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王家の損害賠償

 イザイアが告げられたのは、王太子位剥奪、王籍剥奪の上平民に落とすという措置だった。ジルダは男爵家から除籍され、貴族の庶子という立場も失い完全な平民になる。


 元々平民になることはイザイアの望み通りだった。しかし過程が違う。自分は王太子位を返上し、王籍を自らの意志で離れ、平民になるつもりだった。刑罰のように王太子位と王籍を剥奪されるなど考えてもいなかった。


「何故ですか! 私は自ら王太子位の返上、臣籍降下、平民になることを望みました。何故罰せられるかのように剥奪となるのです!」


 既に平民となっているイザイアはそれに気づかず、父に問いかける。無礼を働く平民に騎士がイザイアを拘束しようとするが、国王オリヴィエロはそれを止めた。


「貴様はそれを私に告げたか? そなたの口からは今初めて聞いたぞ」


 そう、エルシーリアとの話し合いの後、イザイアは父にも誰にも報告することなくジルダの許へと行った。城に戻ってから父王に面会を求めたがそれは許されず、そのまま部屋に謹慎という名の幽閉をされていた。だから今迄一度も王太子位を返上することも王籍から抜けることも平民になることも父王には話していなかった。


「貴様は王命の婚約を軽んじ、王命に反して身勝手に婚約破棄を告げた。王命により結ばれた婚約者を蔑ろにし、王族の婚姻の意味も理解せず、男爵家の庶子を妻に選んだ。そしてそのことを私に報告もせぬまま、己の欲望のままに城を出た。それは王太子として王族としての自覚に欠ける行いだ。王族としての責務を理解しておらぬと自ら示したに等しい。ゆえに王太子位及び王籍を剥奪し、平民とする」


 父親ではなく国王として告げるオリヴィエロにイザイアは震えた。厳しい父であることは知っているつもりだったが、国王の顔をした父は想像以上に恐ろしかった。


 震えて何も言えないイザイアに王の侍従が書類を渡す。そこには慰謝料について記されていた。そう、エルシーリアへの慰謝料だ。


「処分は今言った通りだが、それとは別にそなたらには慰謝料と賠償金を支払う義務がある。まずはアディノルフィ公爵令嬢エルシーリア嬢への慰謝料だ。これはそなたたち二人に課せられた分だ。王家からもエルシーリア嬢の時間を10年以上無駄にしたことへの慰謝料が支払われるが、そなたたちは不貞を働き婚約を失わせたことへの慰謝料を支払うように」


 オリヴィエロに言われ、イザイアとジルダは書類に目を落とす。高額ではあるが、私物──宝石などの装飾品や武具を売り払えば支払える額だとイザイアは安堵した。ジルダの分も合わせても支払える。それに支払ったとしてもすぐに仕度金が下賜されるのだから問題ない。二人はそう軽く考えた。


「それから、イザイアには王家から損害賠償を請求する」


 そうしてイザイアには更に1枚の書類が渡された。王家からの損害賠償とはどういうことだと疑問に思いつつ書類に目を通し、その金額に目が飛び出るほどに驚いた。そこに記されているのは王太子の年間予算10年分以上の金額だ。


 それも当然だ。生まれてから現在までの食費・服飾費・遊興費・教育費など、これまでにかかった費用が全て請求されている。婚約解消を受けてエルシーリアの兄であるアディノルフィ公爵家嫡男セノフォンテが財務部に指示し、1ペニー単位に至るまで詳細に調べ上げ、それを基に算出された金額だった。


 とはいえ、子を育てるのは親の義務だ。だから、最低限の費用は請求されていない。その最低限の費用として算出されたのは、大商会などの富裕層とされる平民の費用の平均値だ。ゆえに下手な下級貴族などよりは余程費用が高くなる。それでも膨大な王族の経費に比べれば、雀の涙程度でしかない。


 更に平民には必要のない絹の衣服、宝飾品、武具(儀礼用も実戦用も)などは持ち出しを許さない前提で費用からは抜いてある。つまり、イザイアがエルシーリアへの慰謝料に当てようと思っていた『売り払える高額な私物』などないことになる。


「イザイア、貴様にはその金額を支払う義務がある。将来国王となるために、或いは王族として国の役に立つために、これまで貴様は豊かな生活を送り、高度な教育を受けていたのだ。王太子ではなくなり王族でも貴族でもなくなる。ただの平民になる貴様は、それら全てを無駄にしたのだ」


 国王がイザイアに向ける視線も声も極寒の地の如く冷たいものだった。いや、国王だけではない。優しく温かな存在だった母王妃も、自分を兄と慕ってくれた弟たちも、重臣たちもみな、冷たい目でイザイアとジルダを見ている。この謁見室に自分とジルダの味方などいないのだとイザイアは悟らざるを得なかった。


「全てを無駄にした貴様は国に対して賠償金を支払わねばならぬ。これより賠償金の支払いが終わるまで、北の魔獣の森の砦にて一兵士となることを命じる」


 北の魔獣の森の砦は王国で一番苛酷な場所だと言われる。北方とはいえ気候が厳しいわけではない。特に強大・狂暴な魔獣が出るわけでもない。だが、異常繁殖する爬虫類型・両生類型・昆虫型魔獣の多い土地なのだ。昼夜問わず兵士たちは魔獣討伐に駆り出され、その討伐に終わりが見えない地獄の地と言われている。つまり余程のことがなければ命の危険はなく、確実に稼げる場所だった。20年ほど勤めれば慰謝料と賠償金を支払うことが出来るだろう。


 けれど、王都しか知らず、魔獣との戦闘経験など皆無のイザイアにとって、それは地獄行きと同義だった。


「父上、ならば私は王族としての義務を果たします! 王族に残ります! エルシーリアを娶り、次期国王として誠心誠意努めます!! だから、魔獣の森の砦に送るなど止めてください!!」


 あっさりとイザイアは己の決意を翻した。結局、彼にとっての真実の愛など、豊かで安定した安寧な生活が保証された上での夢想に過ぎなかったのだ。


 イザイアの心変わりにジルダは大きなショックを受けた。けれど、自分もイザイアと一緒に北の砦に行くなんて真っ平御免である。王都か王都周辺の豊かで洗練された都市での生活を望んでいるのだ。


 結局覚悟など何もなかったイザイアにオリヴィエロは呆れ果てた。あっさりと愛する女を捨て、身勝手にエルシーリアとの復縁を望むなど、呆れ果て失望するしかない。


「既に貴様の王籍は抹消されておる。己が望んだ通り平民として、一兵士として北の魔獣の森の砦に向かい生きていけ」


 そうして、イザイアは彼を迎えに来ていた北の魔獣の森の砦の兵士に引っ立てられ、強制的に砦へと送られた。


 また、彼の妻となるはずだったジルダは南の開拓地へと送られた。そこで開拓民(刑罰として開拓を命じられた犯罪者)の宿舎の下働きとなった。南の開拓地は砂漠の緑化を目的とした開拓地で、終わりの見えない開拓と言われている。乾燥した荒地という環境はジルダから自慢の美貌を奪った。僅か数か月で肌は乾燥し髪は荒れ、10以上老けたように見えた。


 二人の支払う慰謝料と賠償金は、与えられる給料から天引きでの回収となった。北の砦も南の開拓地も食事つきの宿舎があり最低限の衣類も支給されるため給与の9割が天引きされた。残りの1割は何か不測の事態が起きた時のための費用ということで本人たちに渡された。なお、エルシーリアへの慰謝料は一旦王家が立て替えている。


 開拓地に送られてから10年後にジルダは解放されたが、男爵家は既に没落しており、ジルダは開拓地近くの町の修道院へと入った。10年の間に貯めた給与の残りを寄付金としたことで修道女として受け入れられ、それからは若いころの愚かさを懺悔しながら祈りの生涯を送った。


 イザイアは砦で20年勤めて賠償金を支払い終えたものの、王都へ戻ることは出来ず、そのまま砦に残り、兵士ではなく戦闘をしない雑用係として一生を終えた。








 一方、婚約を解消したエルシーリアは、これまでの様々な行動を縛る制約がなくなり、学院を卒業後は隣国の高等教育機関へと留学した。己の好奇心の赴くままに学問に励み、失われた10数年を取り戻すかのように学生生活を楽しみ、友を作り充実した時を過ごした。そして留学先で出会った他国の公爵家嫡男と恋に落ち、やがて彼の国で公爵夫人となり、満ち足りた生涯を送ったのだった。


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異常繁殖する昆虫型魔獣で黒光りするアレを思い出した
思春期まで平民だった少女を引き取り教育もせず 学校にほうりこんだのが間違い 少女が勘違いしても仕方がない土台を男爵など周りの大人が作っているのだから、少女は気の毒。 公爵令嬢もなんだかなぁ。結局、国税…
 面白かったです。  「北の魔獣の森」、「余程のことがなければ命の危険がなく、確実に稼げる場所」なら、待遇悪くなさそうだし、もしかして短期で稼ぎたい人達には意外と人気の場所?  マグロ漁船のような? …
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