クラスに一人はいるという、ギャルですわ!
「あたし、ノノ。ノノ・クラリントン。よろしく~! あ、隣いい?」
人懐っこくニコッと微笑み相好を崩して、ノノは二人に挨拶をした。崩れているのは態度だけではない。胸元のリボンは緩めボタンは外れ、すこしオーバーサイズな制服を着崩している。それでいてだらしない格好と見えないのは、彼女の姿勢や所作が非常に洗練されているからだろう。ふんわりとウェーブのかかったサイドテールを揺らしている彼女にローラも挨拶を返した。
「ええ、もちろん。こちらこそよろしくお願いいたしますわ、ノノ様。ローラ・ルルベルです」
「アメリア・パンナイフ」
「これから仲良くしよーねー! うぇーい」
──あっ、この方……クラスに一人はいるという、ギャルですわ!
ギャルの生態に謎は多い。ギャルはいつギャルになり、また、ギャルがギャルでなくなる日はくるのか。その全てを知る者は少ない。ローラも兄や姉たちが大げさに吹聴する話の中でしか聞いたことがなく、実際にそのような人間に会うのは初めてだった。
「きゃあああっ!!」
先程からざわめきっぱなしだった教室が最高潮に達した。何しろ、公爵令嬢であるローラの両隣に誰が座るかというのは、誰しもが注目していたことだったのだ。その第一候補と目されていたのは同じく公爵令嬢のドロシー・ウッドハウス。いや、第一候補などという程度ではない。このクラスの誰しもが、ローラとドロシーが並んで座る光景を思い描いていた。しかしそんな予想を裏切り、ローラの隣に座ったのは、破滅令嬢アメリアとどう見てもお嬢様らしくないおちゃらけた様子のノノ。再び、クラスの目が彼女たちに集まった。
「クラリ……? どのような家か知っているか?」
「いや、クランツ伯爵家ならば知っているが……」
「わたくしも存じ上げませんわ」
アメリアは無数にある噂のおかげですでに有名人だったが、ノノのことはクラスメイトの誰も知らなかった。もちろん、ローラも把握していない。それはつまり、彼女の家の爵位が低く、また、貴族社会の中でも存在感のない家だということを意味している。
「やば、二人とも超、超、超、有名人だからめちゃ緊張する! あんま見つめないでっ」
冗談ぶってケラケラと笑う彼女の姿は、傍目には緊張しているようには見えない。だが彼女は「あ~、やばい」と手でパタパタとやや紅潮している顔をあおいでいた。隣に座るローラだけが、ノノが感じている緊張を察した。
「クラスメイトなのですから、緊張するようなことはありませんわ」
「いや、そうはいっても無理だって! だって二人ともオーラみたいなの出てるもん」
「オーラ?」
「神々しさっていうかさ。『うおおお! 眩しーーっ!』みたいな」
「なんですのそれ──」
「それなら私にも見える」
二人の会話に割って入り、ヌッと横から顔を出すとアメリアは口を挟んだ。
「ローラは特に、輝いてる。きっとたくさん訓練してきたのね」
「わかるーーっ! それ、それよ! 気品っていうか気高さっていうか……こう……! 一朝一夕じゃ身につかないものをまとってるよね!」
「それがわかるなんて、なかなかできるのね。ノノ」
「えへへ、まあね~」
何故か得意げなアメリアはノノとすぐに意気投合したらしい。二人は互いに手を伸ばすと握手をした。
「アメリア様も凛としていて、かっこいいよ」
「かっこいいって言われたのは初めて」
「え~、そうなの? じゃあもっとアピっていかないと損だよ、損!」
自分を挟んで盛り上がりだした二人に、ローラはコホンと咳払いをした。
「ノノ様はアメリアさんが怖くないのかしら?」
「え? 全然怖くないよ~」
即答だった。もしかするとノノは『破滅令嬢』の噂話を知らないのかもと考え、更にローラは尋ねる。
「何故? だってその、彼女には噂が色々あるでしょう」
「そうだね。でもさ、もしその噂話が真実なら、メリアテッサ学園に入れないっしょ。門前払いだよ。そ・れ・に!」
ノノはビシッとローラを指差すと続けた。
「あの名高いルルベル家のお嬢様が隣に侍らすんだから、危険人物なわけないじゃん! 実際普通の子だし」
「それは──そうですわね。失礼しました、ノノ様」
まさかアメリアの美貌に惹かれて声をかけたとも言えず、ローラは言葉を濁した。しかしどうやら、と彼女は思う。
──この方はご自分で考え判断する頭脳をお持ちのようですわ。
最終的な判断は彼女自身がアメリアと取ったコミュニケーションから導き出したのだろう。噂に流されない彼女を、ローラは好ましく感じた。
「あ、ていうかさ、『様』とかつけなくていいよ! なんかくすぐったいし」
「ええ。ではノノさん。あなた、なかなか興味深い方ですわね」
「ちょ、ローラにそう言われると本気で照れるんですけど」
「ローラ、私は?」
「アメリアさんも充分魅力的でしてよ」
「『さん』はいらない」
アメリアは不服そうにしていたが、それが返って彼女の人間味を感じさせ、先程ノノが発した言葉と相まってクラスメイトたちにもアメリアは警戒する必要のない人間だと伝わったらしい。三人を見上げるようにしてチラチラと向けられていた視線もいつしか少なくなり、講義室は活気に満ちたにぎわいを取り戻していった。
「ところでノノさん」
「ん~? 何?」
「お姉様から聞いたのですけど、ギャルの方が100人集まると場のギャル力が高まりギャル魔法が発動するって……本当ですの?」
それはローラの姉が彼女についたデタラメな嘘。だがローラはそれを鵜呑みにしていた。姉にからかわれていると露知らず、大真面目に尋ねてくるローラを見て、ノノもまたローラのいたずら好きな姉の言葉に便乗することを決めた。
「うん。まじだよ、まじ。あたしたち取り扱い注意だから。そこのところ、よろしくね?」
真に受けてあんぐりとしているローラとアメリアを満足げに見て、ノノはにんまりといたずらっぽく笑った。