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グイグイ来るんですのね……!

 その日の朝、身支度を終え家を出たローラが講義棟へ向かっている時にそれ(・・)は起きた。


 目撃した男子生徒は語る。


 ──ああ、それは一瞬だった。ローラ・ルルベル嬢がこの通りに現れた瞬間、漆黒の稲妻の如き黒髪を走らせて、彼女が俺のそばを疾風のように駆け抜けていったんだよ。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 「ごきげんよう。ローラ様」


 目の前に突然人が生えるように現れた場合、大抵の人はその場に腰を抜かすだろう。


 一瞬にして自身の前に現れたアメリアに、ローラは驚き淑女にあるまじき「うひゃあっい!? 」と奇声を上げたものの、腰を抜かすことはなく情けない姿を衆目に晒すことはなかった。かろうじて。


「……ご、ごきげんよう……アメリア様」


 ──お、驚きましたわ!


 ぎくしゃくと挨拶を返すローラを見て、アメリアは満足そうにしている。その様はまるで朝一番に挨拶できたことを誇るようで、得意げな顔をしてアメリアは「では行きましょう」とローラの横に並んだ。


「え、ええ……ところで、どうやって突然現れましたの?」


 ローラとしては、瞬時に目の前に現れたアメリアが魔法か魔道具かそれに類する何かを使ったのではないかと尋ねたつもりだった。しかしアメリアの口から出た言葉は簡潔にして単純で、


「走って」


 とだけ答え、黙った。


「は……し……?」


 歩き出そうとしたアメリアの一方、ローラはぽかんと口を開けて立ちすくんだ。ちらりと振り返り言葉が足りなかったかと思ったのか、アメリアは言葉を重ねる。


「あなたを待っていたから」


 彼女の淡々とした言い方に思わずローラは「どっ、どこでですのっ!?」と声高く聞き返してしまっていた。少なくとも、彼女が突然自分の目の前に立つまで、存在にすら気がつかなかった。するとアメリアは、歩道より離れた植え込みの中にそびえる木々を見つめた。それも木のてっぺんを見上げている。


「……」


「え」


 ──冗談か本気か読めませんわ……!


「最初はあなたにもすぐ気がついてもらえるように道の真ん中で待っていたのだけれど、皆さんが通りにくそうにしていたから……」


 ──破滅令嬢の噂はどれもこれも恐ろしいものばかりですものね。


「それで邪魔にならないようにと思って植え込みの端の方にいたのだけれど、やっぱり皆さん、挙動不審で」


 歩道から外れ植え込みに侵入し、そこに直立不動してじいっと道を往く同輩たちを見つめるアメリアを想像して、思わずローラはクスッと笑った。きっと誰もが彼女の放つ視線に怯え、駆け足で校舎の中へと逃げ込んだことだろう。


「何かおかしなこと言ったかしら」


「いえ、ごめんなさい。でもどうして、わたくしを待っていてくれましたの?」


「だって──」


 アメリア一歩踏み込みローラに近づくと、その紫黒の瞳で公爵令嬢を見据えた。


「わたしたち──」


 更に一歩踏み込みローラの手を取ると、鼻先がぶつかりそうなほど顔を近づけた。


「友だちでしょう?」


 ローラを至近距離から見つめるアメリアの翠緑の瞳が放つその眼差しは、一点の曇りもなく彼女だけを見つめている。ためらいもないまっすぐな美しさにローラが頬も耳も真っ赤に染めていることも知らず、アメリアは友人の手を取ったまま「さあ、早く行きましょう」と誘った。


 ──グイグイくるんですのね……!


「え、ええ……そうね。ここに留まっているのも通行の邪魔になりますし。教室へ行きましょう」


 まっすぐに見つめてくるアメリアの視線から逃れるようにローラは歩き出した。その横を、手を放したアメリアがテクテクとついてくる。


「おい、見ろあれ」

「破滅令嬢がローラ様の御後を……」

「ヒィィイィィ!」

「ローラ様、大丈夫なのでしょうか……」


 二人は他の学友たちの視線とヒソヒソと交わされる噂話を独占しながら、黙々と教室へと向かおうとした。だが少し歩いたところで突然アメリアは立ち止まると、背後の植え込みをじっと見つめた。


「どうかいたしまして?」


「いえ、ローラ様。大したことではないのですけれど、先程から──」


 と、言いかけたところで、アメリアは植え込みのそばまで瞬時に駆け寄ると、そこにいる人物に声をかけた。


「先程からこちらを見張っている、あなたは何者ですか」


「ひょえっ!? なっなんでっ!?」


「ヘレン!?」


 植え込みの陰からコソコソと二人を見ていたのは、植え込みに精一杯擬態したローラのお付きのメイドであるヘレンだった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 「申し訳ありません、お嬢様。でもどうしても、気になったんです……」


 何が気になったのかは流石に言えず、ヘレンはしおしおと謝った。元々華奢なヘレンだが、身長のあるアメリアと並ぶとますます小柄に見える。


「ローラ様のお付きの方でしたか。でも一体どうして、隠れて見張るような真似をしていたのですか」


「いやあ……そのう……あのう……」


 ちらりと助け舟を求められて、ローラは代わりに応じてあげた。ヘレンが何を気にしてこっそり自分の後をつけてきたのかローラは察している。だが、気になる噂の張本人を──アメリアを──前にして言うことでもないだろうと判断し誤魔化すことにした。


「わたくしがきちんと教室までたどり着けるか心配で、見守っていてくれましたのね」


 ローラが幼児ならばともかく、なかなか苦しい誤魔化し方である。


「……はい! 仰る通りです! お嬢様がこの広い学園で迷子にならないか心配で、見守ってましたあ!」


 噂の破滅令嬢に見つめられ続けたせいか、ヘレンは緊張のあまり必要以上に大きな声で返事をしてしまった。遠巻きに、見るとはなし聞くとはなしに眺めていた野次馬たちがそれを聞きどよめきが湧き起きる。


「今の聞きまして!?」

「ルルベル家の人間でも迷子になることがあるんですわね」

「完璧な者など、いるわけないしな」

「お可愛いこと……導いてあげたい……」



 すぐにヘレンは自身の失態に気がつき口元を押さえたが遅かった。ざわめく野次馬たちの声を聞き、ローラは恥ずかしさから顔を真っ赤にしている。しかしそこは流石の公爵令嬢。


「心配ありがとうヘレン。でも、もう大丈夫ですわ」


 耳元まで赤らめつつも、ローラはヘレンに努めて冷静にそう伝えた。


「さあ、行きましょう、アメリア様」


「い……行ってらっしゃいませ」


 その場から早足で歩き出したローラと彼女の後を追うアメリア、二人の背中に挨拶をして、道の真ん中に一人取り残されたヘレンは「失敗(やらか)してしまった……」と落ち込んでいた。


「お嬢様が帰ってきたらお説教されちゃいますね……」


 破滅令嬢アメリア・パンナイフがどのような人物か、ローラに仕えるメイドの身として一目見ようと後を追ってきたヘレンだった。しかしどうやら少なくとも、破滅令嬢は噂のような極悪人ではないらしい。そんな感触を得て一先(ひとま)ず彼女は安堵のため息をついた。不覚にも年下の彼女にちょっと怯えたけれど。

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