わたくしは直感しましたの
「はっ……あぁ~~~……疲れましたわぁ~~~」
アメリアの手を取り「友だちになりましょう」宣言をしてすぐに、ローラは気恥ずかしくなりアメリアや他の皆に別れを告げるとそそくさとその場を離れた。そして学園の敷地内にある自身の家に帰ってくると、気の抜けたみっともない声と共に大きく息を吐き、身をベッドに投げ出したのだった。
「ローラ様? 気を緩めすぎですよお」
「だって本当に疲れたんですもの」
あっという間にメイドのヘレンが紅茶と共に馳せ参じ、ベッドサイドのテーブルのそばで静かに待機した。今年で十六歳になるローラよりヘレンは三つ年上。主従の礼節を弁えてはいるものの、歳が近いこともあって、人の目のない時は何の気兼ねもなく姉妹のようにくだけて会話している。
「あらあら……美を愛する者こそ美しくなければ意味がない──ではなかったのですか? というか、お嬢様がビシッとしていないと私も旦那様や奥様よりお叱りを受けるのですからね。わがままを言って特別待遇を得たのですから。お忘れではありませんよね? もしあまりにも腑抜けていらっしゃるようでしたら、即、寮行きですよ?」
「ううっ」
学園の生徒は基本的に学生寮へ入ることになっている。公爵令嬢とて例外ではない。現に他の公爵家の令息・令嬢たちはその決まりに則り入寮している。それにもかかわらず、ローラはこのメイドのヘレンと共に、学園の片隅に居を構え二人で住まうことを許されていた。土地そのものは貴族である彼女たちからするとほんの一握りだが、規則を覆し自身の住まいを構えることを許されるほど、ルルベルの家の権力は強い。
「『学園内に家が欲しい』とお嬢様が仰った時に旦那様が見せた、ほとほと参った、という顔は忘れられません。まさかこんなお願いをされるだなんて、旦那様はもちろんのこと、誰もちっとも思ってなかったでしょうね」
「成績優秀な新入生代表として式辞を述べる立場を掴んだのですから、それくらいのわがままは許してくれると思ってました」
「本当に『わがまま』だったとお考えなんですか?」
そう尋ねるヘレンの顔は、反省を促すようなしかめ面ではなく、仏頂面でもない。ニコニコと微笑んでいる。そしてローラが実家から持ち出してきたお気に入りの深緋木製の椅子に腰掛けると、彼女のために紅茶をカップに注いだ。
「入学式早々、ローラ様のもとに学年や性別を問わず様々な方が挨拶に来られてお疲れになったのかもしれませんけど。でもそれも彼らや彼女たちのお役目ですから、無下にするようなことはいけませんよ」
「もちろんですわ」
公爵家に繋がろうとする人間は多い。家の栄華を求める貴族がより有力な家に連なりぶら下がろうとするのは自然の成り行きだったが、ローラが人に囲まれていたのはそれだけが理由ではない。家格に相応しい彼女の威風堂々とした佇まいや新入生代表の挨拶を任ぜられる頭脳明晰さも相まって、彼女は初日にして男女問わず引っ張りだこだった。
「まだ簡単にお話しをした程度ですけど、基本的には皆さん良い方たちばかりだと思いますわ」
「ふふふ、お嬢様のお腹が誰よりも黒かったりして」
主人をからかうヘレンに構うことなく、ローラは椅子の背もたれに身を預けた。
「親同士の交流とか、勢力の構図とか……色々考えて人付き合いはしなければ、とは思ってますけどね。でもお一方だけ。打算抜きでよくしていけたらな、と思える方に出会えましたわ」
「っ! ほうほう……詳しくお聞かせください!」
普段は春の綿毛のようにふわふわとしているヘレンは瞬時にキリリとなると、主人のそばにずずずいと近寄った。
「お嬢様のお眼鏡に叶うとは……よっぽどの美男子ですか」
「違いますわ」
「では、その力強い優しさが雷となって胸を貫くような好青年……」
「違いますわ」
「わかりました! 素っ頓狂な言動や奇抜な格好で耳目を集めるだけの、ペラッペラな軽薄男ですね? 駄目ですよお。そういうのに引っ掛かっては」
「違いますわ。もう。私が言っているのは女の子のことです」
「なぁんだ、つまんな……いえ、はあ、左様ですか」
途端に興味を失ったヘレンはヒラヒラと手のひらを振ると「で、どのような方なのですか?」と熱を失った声で尋ねた。
「ええ。あなたも知っているでしょう? アメリア・パンナイフの名前だけなら」
「んへっ!?」
「こら。失礼ですよ。人の名前を聞いて咳き込むだなんて」
「だって、その方、『破滅令嬢』──」と言いかけたヘレンの口に人差し指を押し当て口をつぐませると、ローラは愉快げに微笑んだ。
「噂は所詮噂ですわ。実際に会ってみて、わたくしは直感しましたの。『この方は流れている噂通りの人物ではない』と」
「……というか、単に可愛かったんでしょう? お嬢様が一目で入れ込むほど、それはもうお美しい方だったんですね?」
「ええ驚きましたわ。彼女の真っ直ぐな瞳は汚れを知らない無垢な宝石のように輝いていたのよ。それにそう……あの黒髪はまるで一本一本丁寧にお手入れをしているのではと思うほど艷やかで──」
大袈裟にため息を吐き、ヘレンはヤレヤレと首を振った。
「面食いなのは存じ上げておりましたけれど、まさか何かとよくない噂の多いお方に手を出すとは……」
「あら失礼ね。お声掛けしただけよ? それにあの方は中身もきっと……」
「知りませんよ」とヘレンは呆れた目つきで主人を見つめ、再び大きなため息を吐いた。