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お友だちになりませんこと?

 ローラは困惑と共にどうすべきか迷い沈黙をしていた。何しろ目の前の黒髪の少女はまるでローラを射抜くようにまっすぐ彼女を見つめていたのだ。時が止まったのかと思うほど、ローラはピクリとも動けなかった。高鳴る心臓の音だけが時を刻んでいる。そんな沈黙を打ち破ったのは、彼女の背後で「ひっ」と小さな悲鳴を漏らした令嬢たちだった。


「っ……行きましょう……!」

「ローラ様、早く!」

「この方は……この方は……っ!」


 ローラと共に歩んできた令嬢たちはもはや声を潜めることもなく、先程のおっとりとした立ち振る舞いなど投げ捨て、あられもなく彼女の腕を引きこの場から立ち去ろうとしている。彼女たちの方を振り返ったローラが目にしたのは、青ざめて首をブンブンと左右に振り危険信号を発する、小動物のような令嬢たちだった。


「皆様……一体どうなされたのですか?」


「この……っ! 黒髪のご令嬢はっ……!」

「アメリア・パンナイフ……様ですぅ……!」


 その名を聞いた瞬間、ローラの脳内で疑問が氷解し腑に落ちた。


 アメリア・パンナイフ。その異名は有名で、ローラは何度も噂話でその名を聞いたことがある。彼女に(まつ)わる噂は、全てよくないものばかりだった。


 曰く、生家は彼女のせいで没落した。

 曰く、領地は彼女のせいで荒廃した。

 曰く、領民は彼女のせいで滅亡した。


 曰く、曰く、曰く……


 もっともらしい噂から誰が聞いてもデマカセだとわかる噂まで、その全てが「彼女に関わると身を滅ぼす」と結ばれることで有名だった。そんな彼女についた二つ名が、『破滅令嬢』。


あの(・・)……?」


 ローラは恐る恐る再びアメリアの方を向いた。破滅令嬢アメリア・パンナイフの容姿も噂では聞いていたが、眼の前にいる彼女とは遠くかけ離れている。


 曰く、耳元まで裂けた真っ赤な口から吐かれるものは、邪念に満ちた語句文句。

 曰く、(くら)く冷たい瞳は、怖気立ち血液まで凍結させる視線を放つ。

 曰く、どす黒い性格が露わになって、その容姿は醜く悍ましい悪魔像(ガーゴイル)


「はい。あの(・・)アメリア・パンナイフです。ローラ・ルルベル様」


 ──全然違いましてよ!?


 ローラは目を見開き驚愕した。彼女の口は普通の人のそれだし、唇からはもちろん血など(したた)れていない。たしかに瞳はひんやりとした冷たさを感じさせるものの、悪魔的というより小悪魔的と言ったほうがいいだろう。醜いだなんてとんでもない。つまるところ、アメリア・パンナイフはローラにとって、とても──


「き……綺麗……ですわ……」


 思わず声が漏れていた。彼女がそこにいるだけで、名匠の手による絵画になると思った。この手入れの行き届いた庭園に暮れゆく陽を背にした彼女は、何よりも美しく見えた。レンガ敷きの小路も色鮮やかに咲き誇る花も歴史と伝統の趣ある学園の学び舎も大気も空も太陽も、そして公爵令嬢たる自分自身すらも、今この瞬間は彼女の引き立て役に過ぎない。そう思えてならない。息を呑みアメリアを見つめることに、ローラは精一杯だった。


「……その、アメリア様はここで何をしていらしたの?」


 ようやく声を出せたローラがそう問いかけると、アメリアは「花を見ていた」とだけ答えた。


「そ、そう、花を……」


「一緒に見る?」


 アメリアが一歩踏み出すと、ローラの背後に控えていた令嬢たちが一歩引き下がった。まるでアメリアの周囲に呪われた結界でも張られているかのように、噂話を鵜呑みにしている彼女たちはアメリアに一歩として近づこうとはしない。


「ええ。でも、それより──」


 だがローラは一歩も引かずに、むしろ一歩を踏み出してアメリアに手を差し伸べた。彼女には尋ねたいことが山程ある。何故花を眺めていたのかとか何故一人でいるのかとか、それに掃いて捨てるほどある破滅令嬢に関する噂の真偽とか。


 ──本当に、彼女のせいで様々な方が没落したのかしら?


 ある意味では悪魔的だが、少なくともローラの目にアメリア・パンナイフは噂話の中の『破滅令嬢』のような悪人には見えない。ローラは蠱惑的な彼女に自身の頭に浮かんだ諸々の疑問を尋ねたかった。しかし今はまだ、あれこれと尋ねてよい関係ではないだろう。ローラはそう判断すると、神秘的な雰囲気を纏うアメリアの手を取り強く握りしめた。彼女の手はひんやりとしているが健康的で、優雅な弧を描く爪はそっと撫でたくなるほど瑞々しい光沢を携えている。


「──ねえアメリア様」


「はい、なんでしょう」


「わたくしたち、お友だちになりませんこと?」


 ──こんなに美しい女性(ひと)、手放すものですか。


 背後で令嬢たちが小さな声で悲鳴を漏らした。「彼女に関わると身を滅ぼす」などと言われているアメリアに国家の要諦であるルルベル家のローラが接近することは、静謐(せいひつ)な湖に広がる波紋がしまいには波となって岸辺に達するように、過激な噂話となっていずれ広まるだろう。それでも構わない。すでにローラはアメリアの虜になっていた。夢中と言ってもよかった。


「友だち……?」


「ええ。ぜひ」


「あなたが望むなら」


 夕陽が周囲を橙色に染めていく中、先程からずっとアメリアの目が微かに見開いていることにローラは気づいていない。のちに「友人になろう」だなどと軽率に言ったことを後悔するようになることも。今はまだ、彼女は何も気づいていない。

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