9、女難の相
「さて……占いマシンってこれか?」
カウンターの隅に置かれたその機械は、占い専門といった感じのマシンではなく、一般的なカプセルトイ自販機だった。
上半分にあたる透明なケースの前面には、『占い』と大きく表示されたポップな文字とちびキャラのメイドが描かれた手作り感ただようミニポスターが貼られている。
「ガチャガチャだっけ、ガシャガシャだっけ?」
「どっちでも合ってるんじゃなかったかな……どっちかは商標登録されてたと思うけど」
「登録されてるかどうかは俺らには関係ないから好き勝手に呼ぶか」
「どう呼ぶかはともかく、この仕組みだと占いというよりは、おみくじだね」
「なにか違いがあるのか?」
「占いってのは星座とか手相とかでタイプ分けみたいな感じだけど、おみくじだと大吉とか大凶とか運勢が書いてある紙を引く運試しみたいな感じ」
「なるほど。星座占いや手相占いは聞いたことあるけど、星座おみくじや手相おみくじってのは聞いたことないな」
「さてタダってのもあるけど、おみくじなら真剣になるほどのものでもなさそうだし、運試しってことで先にチャレンジさせてもらうね」
陽樹が機械にコインを投入してハンドルを回すと、丸いカプセルがひとつ取り出し口に転がり落ちてくる。
カプセルの中には小さな巻物が入っており、そこに運勢が書かれているようだった。
陽樹は巻物をカプセルから取り出すと、紙が破けないよう慎重に開いていく。
「『探し物、尋ね人見つかる』だって。幸先いいかも」
紙片を広げながら、陽樹が書かれていた文言を読み上げる。
「じゃあ、俺も挑戦してみるか」
龍星も陽樹と同じようにコインを入れてハンドルを回し、取り出し口に落ちてきたカプセルから巻物を取り出して中身を確認する。
「リュウちゃんのは、なんて書いてあった?」
「『女難の相が出てるっぽい』だとさ。人相も手相も見たわけじゃないのに……っていうか『っぽい』ってなんだ、『っぽい』って」
龍星は巻物に書かれた文字を見せながら答える。
「こういうのは、ほぼお遊びだからねえ」
「お遊びと考えてもなんかひっかかる文章だけどな。まあ、いいほうに考えれば女難ってことはモテモテ状態からのトラブルだろうから、うまくコントロールすればトラブル回避ができて、ただのモテモテ状態ですむんじゃないだろうか」
「女難ってそういう意味合いじゃないと思うよ」
「これから女の子と会うんだから、災難があるかもって身構えるよりポジティブにとらえたほうがいいだろ」
「そりゃあまあそうだけど、モテモテなら最初から『モテ期到来っぽい?』とか書いてあるでしょ」
「どっちにしろ『っぽい』は付くのか」
ふたりが他愛もないやり取りをしつつ、席に戻ってしばらくすると、
「お待たせしました、かけ蕎麦とコロッケ、メンチカツです」
空子ともうひとりのウェイトレスが、皿に載ったコロッケとメンチカツ、かけ蕎麦をふたりの前へと運んできた。
空子とは別のウェイトレスは、さきほどこはるの元にわんこ蕎麦ならぬにゃんこ蕎麦の追加分を運んでいた少女で、胸元のネームプレートには『ぱせり』とひらがなで書かれていた。
コロッケとメンチカツは揚げてからすぐ運ばれてきたようで、皿の上からでも感じ取れる熱を発している。
コロッケはキツネ色をした小判状、メンチカツはコロッケと比べると色濃く、真円に近い形でやや厚みがあった。
かけ蕎麦はまさにシンプルの極地といった感じで、ドンブリの中のつゆはやや透き通った色合いの醤油ベース。中細の麺は淡い灰色。湯気とともに立ちのぼってくる香りがより食欲をそそる。
「鶴さんに会いたがってる先輩に『もう来ちゃいました』って連絡したら、『すぐ向かいます』って返事が来たから食後に会えると思うわよ」
空子が告げ、
「では、ごゆっくりどうぞ」
もうひとりのウェイトレスとともにテーブルを後にする。
「よし、いただくとしますか」
龍星は箸を手に取ると、
「えーと、こっちがメンチカツだな。まずはメンチカツでいってみるか」
皿のメンチカツをドンブリの上へと移し、片面のみをつゆに浸した状態のメンチカツを切り分けようとゆっくりと箸を入れる。
が、粗めの衣と中身の弾力に箸が通らず、軽い裂け目すら入らない。
「思ってたより、がっちりしてるな」
箸で割るのを諦めて、龍星はつゆに浸ったメンチカツを箸で持ち上げてかぶりつく。
ザシュと衣が音を立て、噛んだところから肉汁がじんわりと染み出してつゆの風味と相まって味と匂いが際立つ。
「あつ、あつあつ……っ」
口内で冷ますようにして、ほぼ出来たての熱と風味を味わう。
陽樹のほうはコロッケを選んで、かけ蕎麦の上へ。全体が浸るように沈めてから、つゆが染み込んだ衣に箸を入れていき、ひとくちサイズにしたものを口に運ぶ。
コロッケの持つ甘みに麺つゆのほのかな甘みが加わり、うまさがより引き立つ。
陽樹は麺の上に残っているコロッケを切り分けて、そばつゆに溶け込んだ具と麺を絡めて同時に味わうようにすする。
麺はコシのあるほどよい弾力で、つゆはほんのりと甘辛い。
ふたりとも無言でそのままドンブリの三分の一ほど一気に食べると、そこでようやくひと息つき、「おいしい」と、ふたりそろって口にした。
「この店はアタリだな」
「大アタリだよ」
龍星はいったん箸を置き、皿の上のコロッケを紙で包むようにして手にとると、小判の形をしたおかずへとかぶりつく。
陽樹もメンチカツを手にして、衣に歯を立てた。
「こっちも美味しいな」
「うん、次はメンチカツ蕎麦に挑戦してみようかな。そういえば、かけ蕎麦にフライドポテトを入れる店もあるらしいよ」
「へ~、味の想像がいまいちできないけど試してみる価値はありそうだな。でも、その前にこの店で他の蕎麦にも挑戦したいところだ」
「そういうことなら明日もここでお昼にしようか」
「そうだな」
と会話をしていると、カランカランとハンドベルが鳴る音が聞こえてきた。
音のする方向を見てみると、
「七十七杯達成おめでとうございま~す! 完食です!」
と、にゃんこ蕎麦に挑戦していた女性が七十七杯目を食べ終えたところだった。
テーブルの上には空になったお椀がきれいに七杯ずつ積み重ねられて、十一本の塔が並ぶ景色をつくりだしていた。
「そちらのお客さんも拍手おねがいしまーす」
ハンドベルを手にしたこはるに促され、龍星と陽樹が拍手で称賛すると、そばを完食した女性はにこやかに微笑みながら会釈をする。
「すごいな……まあ、すごさがよく分からないけど」
「たしか、わんこ蕎麦って11杯くらいが1人前だったと思う」
「そうすると……七人前か」
人数分で考えるとかなりの量の蕎麦を消費しているはずなのに、女性は涼しい顔をして食後のコーヒーを楽しんでいる。
「あのお客さん、なんか見覚えがあるんだよなあ」
「たぶんテレビでじゃない? 『お蕎麦のソムリエ』って肩書きで活躍してる人でしょ」
「それだ。サインとかもらっておいたほうがいいかな?」
「プライベートで来てるみたいだから、そういうのは店にもあの人にも迷惑になるんじゃないかな」
「そっか、それもそうだな」
「そういえば、お蕎麦のソムリエっていっても、ワインのソムリエみたいに生産地とか風味の説明や知識を披露するわけじゃないんだね」
「それこそプライベートで来てたからじゃないのか。というか、ワインのソムリエだって普段から詩的な表現をしているわけじゃないだろ」
「なるほど。まあでも日頃から習慣づけておくのもアリじゃない?」
「そこは鍛錬と似たようなもんか」
と、ふたりはとりとめのない話をしながら食事を続ける。
そんな中、コーヒーを飲み終えた女性客が会計をすませて、
「ごちそうさまでした」
と外へ出て行き、
「ありがとうございましたー」
空子とこはるたちウェイトレスは彼女を見送ると、外にあった暖簾や立て看板を店内へとしまい込んでいく。
その様子を見て、
「ん? 店を閉めるのなら、俺らも外に出たほうがいいんじゃないか」
「でも、食後のコーヒーが……というか、まだ食事の途中だけど」
困惑しているふたりに、
「あ、ふたりともそのままでいいわよ。これから1時間くらい貸し切りになるから」
空子が声をかけた。
「どういうこと?」
「先輩から追加の連絡があって『お店を貸し切りにしておいて』って言われたの」
「そんなことしちゃって大丈夫なの?」
「うーん、今日はお客さんも思ったほど多くないし、なにより先輩と鶴さんが会うことに対してみんなが乗り気なのよね」
「みんな?」
「ここの店主さんご夫婦とバイトしてる子たち」
「なんでまた」
「刺激に飢えてるというか、イベントを欲してる感じ?」
「ちなみに聞いておくけど、クーコさんの先輩が俺らに会いたいってどういう流れでそうなったの?」
空子による経緯の説明を受けて、
「うーん、ソラちゃんの先輩が天久愛流とリュウちゃんの名前を知ってるのはなんでだろう?」
「さあ? ふたりともなんか心当たりはないの?」
「まったくないんだな、これが」
「そもそも僕らが天久愛流を使うことを知ってる女子なら顔見知りのはずだしね」
龍星、陽樹、空子の三人がそんな会話をしているなか、店の2階では――。




