8、ご注文は?
「フタを開けてみればなんてことはなかったな」
「平和そのもののネーミングでよかったよ」
「まあな……ところで予約すれば、クーコさんもあの『にゃんにゃん』ってのやってくれるの?」
「絶対にやらないわよ」
断固拒絶といったふうに空子が答える。
「猫耳つけて『にゃんにゃん』ってのはあの子のアイディアで、要予約の理由には大量のお蕎麦を用意するのに加えて、担当する彼女のスケジュールも入ってるからよ。あと女性限定だからね、あのサービス」
「オトコ受けしそうなサービスなのに」
「それが目当てのお客さんが増えても困るし」
「もっともだな」
「で、注文はどうするの?」
「ん、ああ……えぇと」
龍星と陽樹はふたたびメニューへと目を向ける。
「特訓のあとだから、がっつり食べてもいいんだけど……」
「お蕎麦だとあまりガツンという感じじゃないよね」
「このあと人と会うことだし、軽めに済ませるだけでいいかな」
「そうだ、念のために聞いておきたいけど、リュウちゃんに会いたいっていう子はどんな子なの?」
陽樹の問いに、
「学校の先輩で、私のひとつ上。なんか鶴さんと亀さんのことは知ってるみたいだったけど、『もし会ったときに覚えてもらえてなかったら気まずいから詳しい話はしないで』って言われてるの。ああ、でも天久愛流に興味があるみたい。その名前に反応したし」
「僕に思い当たる節はないけど、リュウちゃんに心当たりは?」
「まったくない。そこが逆にミステリアスでいいな」
「楽観的すぎない? 天久愛流の名前に反応するなんて、現時点でフクマ憑きくらいしか思いつかないんだけど」
心配そうな陽樹に、
「その点は大丈夫だと思うけど。もしフクマが憑いていたら、このお店で働いてる私や他の子がなにかしらの被害に遭ってるはずだから」
空子が答える。
「なら大丈夫……なのかな?」
「ハルの懸念ももっともだし、これから会うのがフクマ憑きだった場合を想定して、対策を練っておくのは有りだろう。それよりまず注文をすませちゃおうぜ。といっても迷うな……そうだ、クーコさんのオススメは?」
龍星の問いに、
「そうね。この前教えてもらった食べ方だけど、このお肉屋さんのコロッケをかけ蕎麦に入れて食べるのとか味的にも値段的にもオススメだけど」
空子はメニューを指さしながら答える。
「おお、いいなそれ。あ、でもこのお肉屋さんのメンチカツってのもよさそうで迷うな」
「メンチカツとかけ蕎麦ってのも合いそうだしね」
龍星と陽樹はサイドメニューに書かれているコロッケだけでなく、メンチカツにも興味を惹かれた。
「両方頼んでお好みでってのはどう?」
空子の提案に、
「それが一番いいかな。ハルもそれでいいかい?」
「大丈夫だよ」
「よし、決まりだ。飲み物はどうしようか?」
「僕はホットコーヒーでいいかな。おかわり自由みたいだし」
「じゃあ、俺もそれにしよう」
それじゃあ、と注文を口に出そうとするタイミングで、
「あ、でも……かけ蕎麦ってあったかいヤツだよな、大丈夫かな?」
龍星が疑問を口にする。
「大丈夫ってなにが?」
空子に問われ、
「ほら、素麺と同じで……」
龍星は神社でモエギに言われた素麺への禁句にまつわるエピソードを話した。
空子は話を聞き終えると、
「ひとつ言っていい? 素麺もお蕎麦もあったかくてもそうでなくても1回はゆでるものよ」
「そうでした……」
彼女の言葉に、龍星は面目なさそうな表情を浮かべたが、すぐに気を取り直し、
「じゃあ注文だけど、かけ蕎麦とそれとお肉屋さんのコロッケ、メンチカツをそれぞれふたつずつ。あと食後でいいんでホットコーヒーもふたつ」
「はい。亀さんも鶴さんとまんま同じでいいのかしら?」
「OKだよ」
「それじゃあ、注文はかけ蕎麦、コロッケ、メンチカツ、それと食後のコーヒーをホットで。ふたり合わせてそれぞれ4つずつでいいのね?」
すました顔で確認してきた空子に、
「ああ」
龍星は何気なく答えたが、
「ああじゃないよ」
陽樹がツッコミを入れる。
「ん? あ、あっぶね。4つじゃなくて2つずつだよ、2つずつ。2つで充分だ」
あわてて龍星は指を2本立てて強調する。
「あはは。冗談よ、冗談」
空子は茶目っ気たっぷりに笑って、
「注文入りましたー」
元気よく声をあげながら店の奥へと向かっていく。
その背中をふたりは目で追いながら、
「ソラちゃん、ときどき仕掛けてくるよね」
「普段マジメなだけに、そのときどきの攻撃力が高いんだよなあ」
「っていうか、ボクらが相手だからとはいえ、ちょっとくだけすぎな気もするけどね」
「過度によそよそしかったり、妙に気を遣わせたりって感じよりはいいけど、店員モードではないな」
「お店としてはアットホームって雰囲気でいいかもしれないけどね」
と話していると、
「コロッケとメンチカツ、買い出しに行ってきまーす」
宣言する空子の声が奥のほうから聞こえてきた。
「お肉屋さんのコロッケってそういうことか」
「商店街のお肉屋さんからその都度調達してくるみたいだね」
「そうだとすると、絶対おいしいヤツじゃないか」
「出来たてが来るといいね」
「だな」
「さてと、ただ待つのもなんだし、このコインで占いに挑戦できるって言ってたよな」
龍星はさきほど渡されたコインを手に取る。
ふくねこコインと名がついたコインは、百円玉と同じくらいの大きさをした円形の、金色をしたコインで、片面に『福』のひと文字、反対側には猫の顔を思わせるレリーフが彫られていた。
「記念品にするのにはちょっと地味だな」
「純金ってわけでもないだろうしね」
「蕎麦の注文が入るたびに金貨配ってたら大赤字だろ」
「そりゃあまあ。そういえば金貨で思いだしたけど、こんど昔のマンガのアニバーサリー金貨が出るんだけど、表はマンガに登場するキャラクターなのに、裏がなぜか外国の王様の肖像画っていう」
「なんでだ。そこは作者の肖像画とかじゃないのか」
「やっぱりそういう感想になるよね。まあこれ特にオチはない話題なんだけど」
「別にコントをやってるわけでもなし、オチがなくても困りはしないさ。とはいえ、こんな話ばっかしてると、周りからは芸人のネタ出しみたいに見られてたりするかもな」
「ヒメ様がいたら『お笑いもいけるアイドルを目指せ』とか言い出して、ショートコントとかやらされそう」
「そうなったら『まずは剣を極めてから』って丁重にお断りするよ」
「その断り方だとヒメ様のことだし、お師匠さまと結託してなにがなんでも剣を極めさせようとしてくるかもよ」
「ないとは言い切れないのがコワいな」
注文した品が出てくるまでの待ち時間で取り留めのない話をしつつ、龍星と陽樹は店内に置かれた占いマシンに挑戦することにした。