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7、あなたのおそば

 空子から呼び出しをうけた龍星は陽樹を伴って萌木山を下りると、夏の日差しが降り注ぐ中、人通りの少ない街を商店街目指して進んでいた。

「この暑さじゃ出歩いてる人もそうそういないね」

「人を見かけないのはまあいいけど、フクマが全然見つからないのは困るな」

「ヒメ様は『焦る必要はない』と言ってくれてるけどね」

「そうは言われても、夏祭りのあと1体も見つけられない状態だとさすがにな……」


 夏祭りの夜に、モエギと龍星、陽樹が退治したフクマの数は約四十体。

 だが、その倍以上のフクマ憑き――フクマに取り憑かれた少女たちが山から街へと逃げ、その姿を隠してしまっていた。 


 彼女たちの素性がいっさい分からないことと、それぞれが示し合わせたかのように行動を起こさないことに加えて、街のあちこちに潜む妖異・怪異から発せられる妖気が山の下に蔓延しているのもフクマの捜索と追跡を困難にしていた。


「妖気の元を絶つことができれば楽なんだけどな」

「無茶はするな、ってお師匠さまにも釘を刺されたからね」


 妖怪フクマの封印を解いてしまってから夏祭りが終わるまでの一部始終を、ふたりは自身の師へ正直に報告していた。 


 龍星と陽樹のふたりは大目玉や嘲笑を覚悟していたが、ふたりの師は彼らに対して、安堵とねぎらいの言葉をかけてきた。


 そして、ふたりが知らなかった秘密もいくつか打ち明けてくれた。

 天久愛流剣舞とは妖怪退治の剣・天久愛流のかくみのであること。 

 ふたりの師は実際に妖異・怪異を封じることを生業なりわいとしていること。 

 いま現在、昔の知り合いのもとでまさにその妖怪退治をしていること。


 それらを隠していたのは、龍星と陽樹のふたりが興味本位で妖異・怪異に関わることや自身の腕前を試すようなことが無いようにとの師匠なりの配慮だった。

 だが妖怪フクマと接触し、神器を手にしたふたりに隠す必要はなくなった。


 師匠は萌木神社にも連絡を入れ、モエギに龍星と陽樹のやらかしを深謝しんしゃするとともに、ふたりの身柄を彼女に預けることに決めた。

 妖怪に関わってしまったことは仕方ないとしても、これから先もフクマの件に関わるつもりならば、モエギのもとで修行をすること、妖怪に挑むときは彼女の判断に従うことが龍星と陽樹のふたりに課せられた。


 そんなわけで、ふたりは神社でモエギの指導を受けていたのだった。


「話は変わるけど、リュウちゃんに会いたいってのはどんな人だろう?」

「まあそれは会ってからのお楽しみということでいいんじゃないのか」

「ソラちゃんの仲介とはいえ、なんの情報もない相手に会うとか怖くない?」

「クーコさんが間に入ってるから、とんでもない相手ってことはないだろ。下手に先入観をもっても仕方ないしな」

「そんなもんかねえ」

「そんなもんだよ。お、そろそろ店が見えてくるはずだぞ」



 古めかしい商店街の一角に『あなたのおそば』はあった。

 ややピンクがかった白く明るい外壁の洋風建築で、見るからに洋菓子店といった雰囲気を漂わせている。

 通りに面した窓には柔らかいクリーム色のオーニングがあり、足下にあるレンガ調のプランターには空色の小さな花が華やかに色めいていた。


 店の前には、開店を祝するフラワースタンドとブラックボードタイプの立て看板が置かれ、ボードには店名とマンガ調にデフォルメされたメイド姿の女の子の絵が描かれている。

 そして、それらとはミスマッチすぎるダークブルーの暖簾のれんの奥に、洋風の引き戸があった。


 蕎麦屋と考えても洋菓子店と考えても、ある種の入りづらいオーラを醸し出していた。

「見つけることができたのはいいけれど……」

「いや、これは怪しい店というか、敷居が高そうだな」

「それ誤用」

「え、じゃあこういう場合、どう言えばいいんだ?」

「普通に、入りづらいで大丈夫でしょ」

 そんな会話をしていると、店から出てくる人影があり、ふたりは特に悪いことをしているわけでもないのに、店から距離をとる。


 店から出てきたのは夫婦らしき年配の男女だった。

 そのふたりが満足げな表情を浮かべ、仲睦なかむつまじそうに去って行くのを見て、

「そこまで警戒するような店ではなさそうだな」

「そうだね」

「よしじゃあ入るとするか」


 扉を開けると、カランカランとドアにつけられていた鐘が揺れる涼しげな音色が響き、店内から漏れ出た冷えた空気が体にまとわりついた夏の暑さを拭い去っていく。


 店の中は思ったよりもそこそこ広く、中央の大きな空間を挟んで左側に2人がけのテーブルが三卓、右には四人がけのテーブルが1卓、店の奥にはカウンター席が四脚。

 天井から下がるレトロな行燈あんどん風の照明は明るく、パステル調だった外観とは反対に内装はシックな感じで、ダークブラウンのフローリングの上には木目がむき出しの明るい茶色をした洋風のテーブルとチェアー、窓際にはレースのカーテンがかかり、BGMとして静かなクラシックが流れていた。


 カウンターの向こう側には招き猫やネコのぬいぐるみ、写真といったネコ関連のグッズが並ぶ棚、ウォーターサーバーやコーヒーメーカーが見えるが、調理場や洗い場とおぼしき場所は見当たらない。

 カウンターの右横に間仕切まじきり用のカーテンと奥へと向かう通路が見えることから、おそらくその先が調理場や洗い場で、客側からは見えないような造りになっているようだ。


 先客として、若い女性がひとり四人がけのテーブルについている。

 アクセサリーのたぐいは身につけておらず、淡いグレーのブラウスと濃いグレーのスカート、肩に届く黒髪、口紅をつけない薄化粧で、瞑想するかのように静かに目を閉じているが、これからの食事をいかにも楽しみにしているといった感じだ。


 2人用のテーブルが並ぶ側では、さきほど出て行った男女の客がいたとおぼしきテーブルをウェイトレスが片付けている。

 白いフリルのヘッドドレス、動きを妨げないように過剰な装飾を排し、機能性に着眼点をおいた白エプロンと黒のロングスカートを組み合わせたエプロンドレス、仕事着という役割を忠実に重視したヴィクトリアンタイプのメイド姿だった。


「なかなか男子にはちょっと居心地の悪い空間だな」

「ちょっと前に、ひとりで甘味処に入った時ほどじゃないよ」

「勇気あるな」

「いま思えば無謀だったかな。でも、そのときは無性に甘い物が食べたかったんだよね。僕、甘党だし」

 などと会話していると、テーブルを片付け終えたウェイトレスがこちらに気付いて開口一番、

「いらっしゃいま……え、もう来ちゃったの?」

 驚いたような声をあげた。


 ふたりが彼女を見てみると、それはメイドの格好をした空子だった。

 左右に分けた前髪から広い額を見せ、夏祭りのときとは違い、トレードマークでもある銀縁のメガネをかけている。


「いや、あの連絡を受けたら普通にお店に来ちゃうでしょ」

「あー、あの時間帯だと神社でお昼が出る頃だから、てっきり神社でお昼を食べてから来るものだと。どうしよう、会わせたい人が来るのはもうちょっとあとなのよ」

「タイミング悪かったかな」

「となると、仕事の邪魔をしても悪いし、いったん出直そうか」

「だな。そこらで時間をつぶしてからまた来るよ」


 龍星と陽樹がそろって店を出ようとしたところに、

「たっだいま戻りましたーっ」

 との明るい声とともに、正面口からメイド姿の少女が入ってきた。


 彼女を見た空子はあきれたように、

「こはるさん、帰ってくるときは正面からではなく裏口からでしょ」

「あ、いけな……って、お客さんお帰りですか? え? 今来たところ……だったら、さあさあ、さあさあ空いてるお席へどうぞ」

 こはると呼ばれた少女は誤魔化ごまかすようにして龍星と陽樹をぐいぐいと店内へ押し込んでいく。


 その最中、少女は龍星と陽樹の顔を見て、

「あっ」

 と声をあげたのち、

「夏祭りで漫才してた人たちじゃないですか、チラシを見て、来てくれたんですね」

「漫才?」

 怪訝けげんな顔をした空子と同じように、なんのことか飲み込めずにいた龍星と陽樹だが、 

「安心してください。このお店、おそばがのびても延長料金はかかりませんから」

 と言われて、ふたりは夏祭りの日に交わしていた戯れ言を思いだした。


「……あのときの会話聞かれてたんだね」

「神社でチラシ配ってた子か」

「うわぁ、一瞬だったのに覚えててくれたんですね。それはとりあえず置いといて、さあさあ、お席のほうへ。ご来店まことにありがとうございま~す」

 気さくな感じで、ふたりを2人掛けのテーブルへと案内する。

 

「では、アタシは別のお客さんのもてなしがあるので失礼します! どれみんちょ、あとヨロシク~♪」

 やや閉口気味の表情を浮かべている空子をどこ吹く風といった感じで、こはると呼ばれていた少女は店の奥へと消えていく。


 龍星と陽樹は席に着きながら、

「どれみんちょって?」

「ここでのニックネームをあの子はそう呼ぶの」

 空子が胸元にあるネコの顔をかたどったネームプレートを指さすと、ひらがなで『どれみ』と可愛らしい文字で書かれていた。

 

「こんな感じで、ここで働いてる子はみんなニックネームをつけてるの」

「本名で仕事する必要ないだろうしね」

「どれみに委員長が混ざってどれみんちょか。あ、そうだ、こはるさんだっけ? さっきの子なんだけど……」

「どうかした?」

「誰に対してもあの接し方と距離感だとすると、勘違いするオトコが出てくるかもしれないから気を付けさせたほうがいいと思う」

「そうだね。ちょっと気さくすぎる感じはするね」

「あとハルと名前がかぶってるのがちょっとな」

「いやまあそれは偶然でしょ。ここで『名前が似てるから親近感わくね』とか言ったら、それこそ勘違いだろうけど」

「まあそうだな」

「なるほどね。分かった、注意というか忠告しとく。メニューとお冷やを持ってくるから待ってて。それと漫才ってのが気になったからあとで教えてよね」


 空子がカウンターのほうへ去って行くと、 

「漫才か……あの馬鹿話を聞かれてたのはちょっと恥ずかしいな」

「世間は狭いね」


 空子が戻ってくると、ふたりの前にそれぞれメニューとお冷や、そして小さなメダルを置いた。

「ん? これは?」

「ふくねこコインっていうオマケみたいなものね。記念品としてコレクションしてもいいし、カウンターに置いてある占いマシンに使ったりできるわよ」

 空子は答えたあと、

「おっといけない、口調を店員モードに切り替えないと」

 と軽くほほを叩き、表情を引き締め、

「それでは注文が決まったらお声がけください」

 とカウンターの向こうへと去っていった。

 

 さっそくメニューを広げた龍星は、

「かけ蕎麦、ざる蕎麦……ん? なんだこれ?」

「なんか気になるのがあった?」

「猟奇的な感じがする名前の蕎麦があるんだが……」

 と、メニューのある部分を指で示す。


 そこには、にゃんこ蕎麦 ※要予約 と書かれていた。


「にゃんこってことは、これってネコが入ってるのか?」

「いや待って。キツネは油揚げだし、タヌキは揚げ玉だから、ニャンコというかネコが丸々入ってるわけじゃなくて、ネコに関係するようなものが入った蕎麦じゃないのかな」

「でもニシン蕎麦とか山菜さんさい蕎麦ってそのものズバリが入ってるだろ。それにネコに関係するもので蕎麦に入れるようなものって鰹節くらいじゃないか? それだったら別に予約の必要はないだろ」

「そうだね。特産品というか別格の鰹節とかが入ってるのかな……まあ気になるなら」

「聞いてみればいいだけだな」


 すいません、と手をあげて空子を呼ぶ。

「注文はお決まりですか?」

 とやってきた彼女に、

「いや、あの……このにゃんこ蕎麦ってなに?」

 疑問をぶつける。


「それならちょうどあそこのお客さんが予約してるからすぐに分かるわよ」

 彼女は店内にいた先客である女性客のほうを示す。


 空子に言われたとおり、ふたりはなにが運ばれてくるかと見守っていると、

「お待たせしましたー」

 さきほど店の入り口で出会った少女こはるが大きな長方形のお盆の上に十数個のお椀を載せて女性客の待つテーブルへとやってくる。

 

 さきほどは白のヘッドドレスだったが、今の彼女はネコミミカチューシャをつけている。

 こはるがお盆をテーブルの上に置き、ひとつだけ色の違うお椀といくつかの小鉢を女性客の前へと並べていく。

 ひとり客なのに四人掛けのテーブルについていたのは、サイズの大きいお盆を置くスペースを確保するためだったのだ。


「いただきます」

 女性がお椀を手に取り、さっと勢いよく麺をするりとひとくちで飲み込む。


 女性がからになったお椀を、こはるのほうへ差し出すと、

「はい、どうぞ」

 こはるはお盆の上に並ぶお椀から空のお椀へと麺を投入する。


 女性客は2杯目も、すいっとすすり、お椀をこはるのほうへ。

「はい、にゃんにゃん~♪」

 こはるがひょいとお椀に蕎麦を投入するそばから、ぱくっと女性の口の中に蕎麦が消え、

「はい、どうぞ」 

 ひょいぱく、ひょいぱくという感じの目まぐるしい速さで次々と蕎麦が消費されていく。


 お盆の上に並んでいたお椀があっという間に半分ほど空になって積み重なると、別のウェイトレスが新たにお椀を載せたお盆を奥から持ってきてテーブルに置いた。

 そのあとも機械的にも見える動きで一連の動作がしばらく続く。


 その光景で、龍星と陽樹は『にゃんこ蕎麦』なる物がどういうものか理解できた。

「……わんこ蕎麦じゃないか」

「そうとも言うわね」

「そうとしか言わないでしょ。なんで『にゃんこ』になってるの?」

「ここのお店をやってるご夫婦、ネコ派らしいの」

「わんこそばの『わんこ』は犬の『わんこ』じゃないよ!」

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