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5、禁句

「あー、緊張した」

 白雪と夜里が去っていくと、龍星は縁台に腰掛けて体をほぐすように伸びをする。

「だね」

 陽樹も同じように伸びをする。


 彼らを横目に見ながら、

「ふたりともいい加減にうちの巫女との応対に慣れてもよい頃合いじゃろう、昨日や今日、初めて出会ったわけでもあるまいに」

 モエギがどこか呆れた口調で言った。

 

 彼女の言葉に、

「そうは言うがなあ。こっちには負い目があるようなもんだし」

「向こうは覚えてないけれど、こっちはばっちり覚えてるからね」

 ふたりが少し顔を赤らめながら弁解するように言うと、

「巫女たちにどこか他人行儀な態度をとっておったのはそういう理由か。まあお主らにとってはあの祭りの夜の忘れがたい初めての相手であるからな。感慨深かんがいぶかくなってしまうのは致し方ないか。いやはやなんとも初々しいのぅ」

 にやにやとした笑みを浮かべながらモエギは言い放った。


「うぉいっ!」

「ヒメ様ッ!」

 より顔を火照ほてらせたふたりが叱責しっせきにも似た抗議の声を飛ばす。


 龍星と陽樹が、白雪と夜里の巫女ふたりに感じている負い目とは、彼らが夏祭りの日に妖怪フクマを解き放ってしまったことに起因する。


 フクマとはガス状めいた妖気の集合体という不定形の存在で、主に十代後半の少女が着ている服に分身を取り憑かせて宿主の体を操り、人々から生命力を奪って力をつけるという特徴を持っており、過去にモエギが激闘の果てにこれを制し、神社の片隅に封印していた。


 そのようないきさつを知らない龍星と陽樹がその封印を解いてしまい、解き放たれたフクマは神社に集まっていた少女たちに取り憑き、猛威を振るった。

 白雪と夜里のふたりも例外ではなく、フクマによって操られたため、モエギの神司として戦うことになった龍星、陽樹の初戦を務める相手となった。


 モエギによって託された神器、炎天えんてん氷天ひょうてんの力によって、ふたりの巫女に取り憑いていたフクマを祓うことには成功したのだが、その副作用として――、


「フクマを祓うことで女の子の服も弾け飛ぶのはなあ……」

「あれはちょっとねえ……」

 操られていた白雪と夜里をフクマから解放したのはいいが、その結果として下着姿で気を失った彼女らと密着する結果になったことを思いだしてしまい、少年ふたりは顔を赤くしたまま気まずそうにうつむく。


 その後、龍星と陽樹の働きで萌木山内のフクマ(分身体)たちはことごとく退治され、少女たちはモエギの力によってフクマに取り憑かれていた際の記憶を消去された。

 しかしながら彼女たちの記憶が消えていても、龍星と陽樹の記憶はしっかりと残っているので、顔を合わせることの気まずさゆえにふたりの巫女とは距離を置いていたのだった。

 

「夏祭りの日だけで四十人近い女子おなごの服を次から次へと引っぺがしておるのじゃから、いまさら恥ずかしがったところでどうにもなるまいて」

「他人が聞いたら誤解するような言い回しはやめろ」

「あながち誤解でもないから困るんだけどね、ヒメ様にはもう少し言い方というものを考えてほしいかな」

「というか、可愛い顔してひんのないことを言うところから変えさせないとな」

「いやはや自覚はしておるが、改まって他人の口から可愛いなどと言われると恐縮してしまうな」

「恐縮するべきなのは、そっちにじゃないよ」


「言いたいことは分かっておるが、可愛い娘がきわどいセリフを吐くのはギャップがあっていいとは思わんか?」

「全然いいと思わない」

「僕もあんまり好みではないかな」

「ぐぬぬ……」

 あからさまに拒否反応を示されて、モエギが顔をしかめる。


「仕方ない……ふたりが否定するならこの路線は封印し、真面目な路線で行くしかないのか」

 モエギが残念そうにつぶやくのを聞きながら、

「ぜひそうしてくれ。さてと俺らもそろそろ支度をするか」

 龍星と陽樹は麦茶を飲み干し、空になったグラスを盆の上に置いて立ち上がった。


「そういえば、お主ら店の場所を知っておるのか? さっきの通話ではかなり大雑把な説明でしかなかったが」

「ああ、だいたいの場所は分かってる。そうだ、ヒメも一緒に行くか? 山を下りて街を見て回るのもいい感じの気分転換になるだろうし」

「ありがたい申し出じゃが、今日の昼餉ひるげ素麺そうめんと聞いておるのでな、蕎麦もよいが今日は素麺を楽しみたい」

「そうか。しかし素麺か、さっぱりとした感じで、この時期にぴったりだな」

「さっと作れて、アレンジも効くしね」


 ふたりの言葉に、モエギはあきれかえった表情を浮かべて、

「お主ら……この先、彼女ができて同棲や結婚をすることがあったとして、今のような言葉を絶対に口にするでないぞ」


「なんかマズいこと言ったか?」

「地雷めいた語句はなかったと思うけど」

「気付いておらぬのか。それでは、ひとつシミュレートしてみるとするか」

「シミュレート?」

「うむ。どこに禁句が潜んでいたか、素麺を調理する立場になってみれば分かるじゃろうて」

「なるほど」


「さて、素麺を作ることになったと仮定して、素麺とはどのように料理する?」

 モエギの問いに、

「簡単だろ。鍋に水を入れて……」

 龍星はジェスチャーで鍋を手に持ち、蛇口をひねって水を入れる仕草をしてみせる。

「ふむふむ」

「沸騰させて……」

 と、今度は陽樹が鍋をコンロにおいて、ガスのつまみをひねるようなジェスチャーを。


「で、束になってる素麺を、なんか占い師が塗り箸を『当たるも八卦はっけ、当たらぬも八卦』ってやるような感じでほぐして……」

「箸ではない。筮竹ぜいちくじゃな。で、それから?」

「えっと、スパゲッティーとは違って、ふたつに折るのはダメなんだよね」

「スパゲッティーだって普通は折らんぞ」

「え、でも折って作る調理法あるよな」

「それ、イタリア人の前では御法度ごはっとじゃからな。少し横道にそれたが、そのあとは?」


「素麺を鍋のふちに沿って広げるような感じで……」

「あとはゆでるだけだろ?」

「箸でかき回すって作業があったと思う」

「じゃあそれも追加で」

 交互にジェスチャーを続けるふたりに、

「ふむ。ここまでは順風満帆じゅんぷうまんぱんのようじゃな。では質問、台所に立つお主らが体感している温度はいま何℃じゃ?」


「「あ」」

 ふたりはようやくモエギが言わんとしていることに気付いた。

「そういうことか」

「夏場に火を使って作る料理に、さっととか簡単とかはNGワードだね」

「さっぱりなのは食べる側だけってことか」

「できれば水を沸かしてる時点で気付いて欲しかったがの」

「「申し訳ない」」


「まあ、これで将来、不用意なひと言で破局の危機になる懸念がひとつ消えたな。さて、ふたりをこれ以上引き留めておいても仕方がない。後片付けはわしのほうでしておくから、お主らは委員長に会いに行くと良い。あと、たまにはこっちにも顔を見せに来るよう、あの娘によろしく言っておいておくれ」

 と言って、モエギも麦茶を飲み干した。

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