42、作戦会議
フクマ憑きであるふたりの少女、甘蔓ユウと鉄台なつきは炎天下の公園から少し離れたスイーツカフェに来ていた。
シンプルでスポーティーな格好のユウと、避暑地の風景から抜け出てきたような温雅なお嬢様コーデのなつき、対照的なふたりのあいだにあるテーブルには様々な種類のケーキが所狭しと並べられている。
「ふふふ、まさに至福のひとときですねえ」
なつきがテーブルに顔を寄せ、ケーキのひとつひとつに目を走らせ、うれしさに満ちた声をあげる。
「いや、さすがにこの量は……」
ユウのほうは若干引き気味でテーブルの上を見渡す。
カラフルな芸術品とでもいうべき彩りのケーキたちは、見方によっては高カロリーな爆弾をひっさげてきた凶悪な軍勢ともいえた。
「女の子はお砂糖とハチミツでできているってどっかの誰かも言ってたし。あれ? ハチミツじゃなくてジャムだったっけな?」
「どっかの誰かってのも曖昧だけど、せっかくの格言みたいなのまで曖昧だと意味ないんじゃない?」
「まあ細かいことは気にせずに、作戦を立てつつ優雅なスイーツタイムといこうじゃありませんか。ほら見てよ、上物のブツが並ぶこのさまを」
お嬢様的な格好からはほど遠いなつきの言いまわしに、
「ブツ言うな。優雅なスイーツタイムはどこ行った? というか、もう少しお嬢様っぽくエレガントに」
ユウは笑いをこらえるような顔で、なつきにツッコむ。
「じゃあ言い直して。ほらユウ様、ごらんあそばせ。これほどの上物なブツが一堂に会しているご様子を」
「肝心な部分が変わってない」
ユウは笑いながら手近なミルクレープの皿に手を伸ばして引き寄せて、
「ミルフィーユとかミルクレープって好きなんだけど、ちょっと食べにくいんだよね。フォークで切ろうとするとグニャってつぶれちゃったり、クリームはみでちゃうしさ」
すこし不満げに言う。
「倒せばいいじゃん」
と返したなつきのひと言に、
「誰を?」
「いやなんでそこで『誰を?』って言葉が出てくるの、武闘派か! ケーキをお皿に倒せばいいってこと。そうすれば切り分けやすくなるから」
「あ、そういうことか。だったら最初から横にした状態で出してくれればいいのに」
ユウはフォークでミルクレープを横倒しにする。
「それはそう思うけどね~」
なつきはダークチョコレートでコーティングされたボール状のチョコケーキをフォークで適度なサイズに切り取って口へと運ぶ。
横に倒したミルクレープにフォークを入れ、クレープ生地とクリームをすくいとったユウが、
「あ、本当だ。横にすると切りやすい。ああでも、これを普通にしちゃうといつもやってた遊びができなくなるなあ」
「なに、遊びって?」
「えっと、ミルクレープにさ、フォークを入れるときに瓦割りチョップに見立てて『チェストー!』とかやったことない?」
「武闘派か!」
なつきがツッコむ。
そんな他愛もない会話と、コーヒーや紅茶、そしてケーキを楽しみながら、ふたりは今後の計画についての相談を始める。
「さて『あなたのおそば』についてだけど」
「なっちゃんのフクマによると『ヤバい気配』だっけ、このヤバい気配ってのは……神社の、えっと、モエギヒメだっけ? そういう天敵さんを感じとったってことだよね?」
「それとモエギヒメに仕えてる三人の神使ね。いまのフクマちゃんのチカラじゃ会った瞬間にゲームオーバーらしいし」
「せっかく共同生活がうまくいってるのにそれは困る」
「うん。だから偵察に行くのならフクマちゃんにはお留守番してもらうのが正解じゃないかな」
「まずはフクマといっしょにどこらへんまで近づいても大丈夫かを探るべきかも」
「それでも用心のためにフクマちゃんは小分けにしておくべき」
この会話に、モエギや龍星たちがフクマをなかなか見つけ出せない理由のひとつが隠されていた。
フクマと共生関係を結んだ少女たちがモエギたちの追跡を逃れるために知恵を出し、小分けというカタチでさらなる分体をつくりだしたことで、フクマ1体1体の妖力がより分散され、見つけにくくなっていたのだ。
「それじゃ偵察に行く決行日を決めようか」
「なるべくなら早いほうがいいよねー」
そんな感じで相談を始めてから、
あっという間に偵察実行の日取りが決まり、
「なんかこんなすぐに終わるのなら、ここに入る必要なかったかも」
「いやいや、他人からエネルギーを奪うのが難しい状況だからこそ、こうやってエネルギー補給する必要があるわけだし」
と、なつきは残り少なくなったチョコケーキを切り分けて口にいれ……、
「うげっ、ドライフルーツが入ってた……」
「ドライフルーツ苦手だっけ?」
「キライじゃないけど、チョコケーキに入っていたら話は別。フルーツケーキに入っているのならまだしもチョコケーキに紛れ込むのは『百合プラス男』」
「どういう例えなの」
「百合プラス男の計算式から導き出される値は10004すなわち万死」
「『万死に値する』をそこまでこじらせた言い方しなくても」
ユウはあきれた表情をしてみせた。
「く~、しくじったなあ。ケーキの説明にきちんと目を通しておけばよかった。だけどなあ、チョコチップならまだしもドライフルーツとか……ありえない……本当に万死に値するよ」
「そこまで……」
「そりゃあそうでしょ、こっちが求めているのは外側のパリっとしたチョココーティングと内側のとろけるチョコクリームとふわふわのスポンジケーキによる三位一体の甘美なマリアージュだよ。そこにこの憎たらしいドライフルーツがくわわったせいで台無しに……!! えーい、チェストー!!」
なつきがフォークで皿の上に残っていたチョコケーキを両断する。
「武闘派だ!!」
とのユウのツッコミに、なつきが声を立てて笑う。
こうした明るく何気ない日常の光景に紛れながら、少女とフクマたちの企みは次の段階へ移行しようとしていた。
――――――
龍星が倒れ伏したところで回想をいったん区切り、
(ふう)
と瑠璃はひと息つく。
対戦中にも感じていた『自分の技量がどこまで通じるか』と『相手がどんな手を見せてくるか』というふたつの欲求を満たすため、飽きるまで手合わせを続けたいという思いは回想を通じてより強くなっていた。
もとよりトレーニングルームに来ているのも、勝負を思いだして体を動かさずにはいられなかったからだ。
琥珀がフクマに取り憑かれてまで彼との再戦を望んだ理由が分かる気がした。
龍星のほうは明らかに再戦を避けたがっていたが……。
(だからとはいえ、やはりフクマと手を組むというのは手段として正しいものではありませんわ……)
なし崩し的に行われた琥珀との勝負のあと、龍星が倒れてからもなにかと慌ただしかった。
スズノが介抱といいつつ、龍星を椅子に拘束しながら、
「ダーリンがこんな感じだと瑠璃ちゃんとの再戦は難しそうだし、ちょっと趣向を変えてダーリンが被告人、瑠璃ちゃんが検事役で裁判の真似事でもしてみようか。そろそろ新しいゲストも到着するみたいだし」
気まぐれに思いつきを述べ――、
そこから始まった芝居めいた裁判劇に福と服の神であるモエギヒメが乱入してきて、紆余曲折があったものの騒動はどうにか終結して――。
(本当にいろいろありましたわね……)
瑠璃は左手首にはまる未散花へと目をやる。
糸を編み込んでつくったような、ところどころに花模様があしらわれている白いブレスレット。
ハタオリノモエギヒメから神力を分け与えられた神司となった証。
神司となったことで、女子の服に取り憑く妖怪フクマを退治できるチカラを得た瑠璃ではあったが……。
(まさか二度も下着姿をさらす羽目になるとは……)
自らの行為とそれに続く空子にされた行為を思いだし、
(女子同士とはいえ、あんなハレンチな……)
忘れたい醜態の記憶がフラッシュバックして、瑠璃はふたたび顔を赤らめ、体を前に倒すと、
(あーもう、あれもこれもどれもかれも、なにもかも全部鶴来さまが悪いのですわ!!)
畳を両手でばんばんと叩く。
(はいはーい、異議あり~)
ここで脳内のイマジナリー泉が瑠璃に異議の声をあげる。
(ここでなぜ比楽さんが思い浮かんでくるんですの……というか、彼女は少々鶴来さまに肩入れしすぎですわ……そうですわ、あの騒動のあとにしても……)
――――――
ごたごたとした騒ぎにケリがついて、龍星と陽樹が店を去ったあと、『あなたのおそば』の女子店員一同は夏祭りに起きた騒動の詳しい顛末や現在の状況をモエギから聞かされていた。
「――とまあ、これが夏祭りに起きた出来事の一部始終じゃ」
「つまり、この街にはフクマに取り憑かれている女の子がざっと100人近くはいる、と」
「そういうことになるかの」
「それって相当まずいのでは」
市子の当然の反応に、
「まずいのぅ」
モエギは当然の答えを返す。
「はいはいはい!」
ここで泉が威勢良く手を挙げ、
「そんな猫の手も借りたい状況ならば、アタシたちがお役に立てると思います!!」
と宣言した。
「アタシたち?」
「そう、アタシたち。アタシたちはこうしてフクマのことを知っちゃったわけだし、だったらこの騒動を一刻も早く終わらせるために街中をパトロールしてフクマ捜しや情報収集をするのもアリだと思うわけ。どっちみちレポートのために街の中を探訪しないといけないんだし」
泉の提案に、女子一同はモエギへと顔を向けて、彼女の答えを待つ。
モエギは少し考え込むと、
「その申し出を聞き入れるとしても条件がある――」
と切り出して、
必ず3人以上で行動すること、
その際には龍星、陽樹のどちらかを同行させること、
琥珀はスズノもしくはシズカといっしょに行動すること、
フクマや他の妖怪などを発見してもその場でどうにかしようと思わないこと、
諸々の危険と直面するのを避けること、
などの条件を並べ立てた。
「それでOKです――と言いたいところだけど、みんなの意見も聞かないとダメか」
泉は女子たちの反応を見る。
「うちはかまわんよ。それで罪滅ぼしになるんなら」
「推しであるリューセイさまと同伴できるのなら願ってもなく」
「それはちょっと不純なのでは?」
「まあそちらがメインではないですし。メインはレポート作成で、フクマ捜しや推し活はサブとして、学生の本分は忘れてはおりませんぞ」
「でも、その……レポート作成に他校の生徒というか、男子がいっしょなのは……委員長的にはどうなの?」
市子の問いに、
「あのふたりなら問題はないとは思うけど。まあ他校との交流という話になるから学校側にも報告はしておいたほうがいいかもね」
空子が答える。
「いやそういうのとはちょっと違くて……」
口ごもる感じの市子に、
「ん?」
空子が不思議そうな面持ちで返す。
「富津さんが男子との団体行動に気後れしちゃうのも分かるけどね~、極端な話、アタシら女子校通いだと同年代の男子と接することってあまりないし」
泉が市子の言葉を補足し、
「ああ、そういうことね。もしあのふたりが苦手だったら私を通してくれればコミュニケーションは問題ないと思う」
空子に続いて、
「まあ委員長だけじゃなくアタシも頼っていいし。それにほら、頼りになる先輩がたもいるわけだし」
泉もフォローを入れる。
「いや、うちはあんまり頼りにならんかも」
「ワタクシもちょっと……」
「わたしもギリギリってとこですかなあ」
上級生の反応に、
「うん。ということなので、富津さんはアタシか委員長と組もう」
泉はあっさりと解答する。
「というか、比楽さんは平気なの? ……男子と組むの」
「いやまあアタシも緊張はするけれど、その……不純な動機というか好奇心のほうが勝ってたりして……」
「不純?」
「好奇心?」
「どういうことですの?」
女子一同がいっせいに泉へと視線を向ける。
「いやあ、男子に慣れておくチャンスというか、人となりを近くで見極めるいい機会というか、恋人とまではいかなくても友達として付き合うことになるかもしれないし。そう考えると、あのおふたりなら練習相手としてもってこいな感じがするんですよ」
泉が少し照れたように言い、
「おっしゃっていることは分からないでもないですが……ハレンチ剣士ですわよ?」
瑠璃が少しほほを赤らめながらも冷めた視線と口調で応じる。
「それなんですけどね……フクマを倒すなり封印するなり、どんなカタチにせよ、今回の騒動が終わるとあら不思議。まあまあ顔がよくて、そこそこ気が利いて、それなりの腕前を持ってて、ハレンチじゃなくなる男子ができあがるんですよ」
との泉の言葉に、
「たしかにそうなりますな」
和子が同意してみせる。
「そうなるんかな」
「ノーコメントですわ」
琥珀と瑠璃はいまいち冷めた反応だったが、
「そこに気づくとはなかなかにお目が高いにゃ」
どこか得意げなスズノに続いて、
「まあ、このわしもリュウセイとハルキのふたりを歌って踊れる神主系アイドルとして売りだそうと思っておるくらいだしのぅ。お主の考えは分からんでもない」
モエギもまんざらでもなさそうに付け足す。
「アイドルの話、まだあきらめてなかったんですね」
「ほう。神主系アイドルとかますます推せますなあ」
そんな無駄話をはさみつつ、女子店員一同はモエギのためにフクマについての情報を集めるチーム『あなたのおそば』を結成したのだった。
――――――
「ふう」
瑠璃は声に出る感じで大きなため息をつく。
(どうして比楽さんはあのように意識させるようなことを……! たしかに鶴来さまは見た目は悪くないですし、お優しいところもあって、腕もまあまあお立ちになりますけど……って、そうではなくてっ!!)
やきもきとした瑠璃は畳の上に突っ伏して足を投げ出すと、水練のように手足をこれまで以上にじたばたさせる。
「瑠璃姉さま、こちらにおいででしたか……って、大丈夫ですか?」
このタイミングでトレーニングルームへやって来た妹の美月が心配そうに声をかけてきた。
瑠璃は奇行ともいえる動作をやめ、座り直して姿勢を正すと、
「な、なんでもありませんわ。ちょっと雑念を追い出そうかと……」
言い訳めいた答えを返す。
「そうでしたか。では今日の先輩についてお話をうかがいたいのですが」
店における琥珀の働きぶりを妹に報告するのが、このところの瑠璃の日課となっているわけだが……、
今夜はいつもとは違い、美月はまっさきに、
「たしか今日は、先輩が捜していた男の人との再会予定があった日ですよね」
瑠璃にとってはちょっと避けておきたかった話題を振ってくる。
「先輩はその人と会えたのでしょうか?」
妹から好奇心に満ちた瞳を向けられて、
「いちおう再会はできましたわよ」
瑠璃は内心の動揺を悟られないようにして、彼女の質問に答える。
「で、どうでした?」
なにかを期待しているような響きがある妹の言葉に、
「どうでしたとは?」
逆に問うように返す。
「そ、その……せ、先輩の恋愛が成就したかどうかです」
美月のはにかみながらの問いに、
「ああ、そのことですのね。どうやら、それはワタクシたちの思い違いだったようですわ」
「といいますと?」
瑠璃は妹に、琥珀の目的が龍星との再戦であったことを告げる。
「本当にただ再戦がしたかっただけなのですか?」
「そのようですわね。琥珀さんがお相手に懸想しているというのはワタクシたちの思い込みでしたわ」
美月は少し残念そうな表情をしたあと、
「でしたら勝敗は? 再戦なさったのですよね?」
「見守っておりましたけどいい勝負でしたわよ」
と、瑠璃は自身の醜態やフクマに関することは省いて、琥珀と龍星の勝負を話して聞かせる。
美月は感心した様子で、
「それほどの方ならいちどお目にかかりたいですね……できることなら手合わせも」
「い、いけませんわ、あ、あのようなハレ……」
ハレンチといいかけて、なにがどうハレンチなのか経緯を説明しなくてはならないことに気づいた瑠璃は、
「フレンチ……な殿方に……」
どうしようもないごまかしをする。
「フレンチ? シェフをなされている方だったのですか?」
「ち、違いますわ」
「ではフランスの方だったとか?」
「それも違います」
「どういうことなのですか?」
困惑気味の美月に、
「と、とにかく……鶴来さまについては詮索禁止、接近禁止ですわ!」
瑠璃は顔を赤くしながら答えた。
――――――
「――という調子で、肝心なところを聞き出せませんでしたわ」
美月はグループチャットで、親友であり道場の同門でもある桜子、結衣に報告する。
「でも、話の感じからすると、ルリ先輩もその男子と手合わせしてるんじゃないかな?」
「ですわね。そしておそらく軍配は……」
「相手側だろうね」
「でしょうね」
「ますます興味がわいてくるね」
「でも、その男の人が使う流派……アマツヒサメ流だっけ? ネットで調べてみたけどなんの情報もなかったよ。似たような名前の踊りの流派は出てきたんだけど」
「実はその踊りの流派ということは?」
「うーん、名前も語感が似てるだけだし、その流派ってここらへんのものじゃないし、なにより継承できるのは女性のみなんだよねえ」
「だとしたら違いますわね」
「やっぱり地道に足で情報を稼ぎますか。まあ手がかりとしての第一歩はルリ先輩とコハク先輩の働いてる……」
「『あなたのおそば』だね」
「じゃあ、先輩ふたりがシフト入ってないときに……」
「お店で聞き込みだね」
「なにか聞き出せるといいけど」
「実行プランを考えましょうか」
「先輩たちには内緒でね」
「なんか楽しくなってきたかも」
3人の少女は『あなたのおそば』を訪れる日取りを決めるべく作戦会議を続ける。
さまざまな少女たちが繰り広げるそれぞれの作戦会議がどのような結果となったかを語るのはまた別の機会。




