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ふく×ふく2 決闘の舞台はあなたのおそば  作者: こっとんこーぼー(琴音工房)


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41、回想

(まったく今日は騒々(そうぞう)しい一日いちにちでしたわ)

 瑠璃るりは自宅に設けられたトレーニングルームで今日の出来事を振り返っていた。


 ひとつの大部屋を近代的なジムと畳敷きの古風な道場めいた板の均分きんぶんしたトレーニングルーム、その畳側に動きやすさを重視したジャージ姿で端座たんざし、目を軽くつむった瞑想にも似た状態で物静かに回想を進めていく。


 今日一日というか、半日だけで優に一ヶ月分のイベントを体験した気がする。

 日記にしたら、ちょっとした短編小説ができあがってしまいそうだ。


 もし短編とするのなら書き出しはどんな感じになるだろうか。

 まず彩嶺さいれい女学院が設けている校外学習制度の説明をしたあと、メイド蕎麦『あなたのおそば』で働き始めることになった理由について説明するのが妥当だろうか。


 理由といっても大層なものではなく、瑠璃とは同学年にして同門でもある桧之木ひのき琥珀(こはく)が蕎麦屋でバイトをすると知った妹美月(みづき)に『琥珀先輩が働いてる様子を近くで見てきてくださいますか』と頼まれただけという単純明快なものなのだが。

 

(ここで琥珀さんについていちいち解説を入れると冗長ですわね……そもそも別に小説にする必要はないのですからもっと簡潔に――)


 そこから彩女さいじょの女学生たちとバイトを始めて数日は特に何事もなく。


 主題というか問題となるのは、琥珀が夏祭りで手合わせをした鶴来つるぎ龍星(りゅうせい)という名の男子と再会する日だった今日そのものだ。


 勝負に負けた琥珀が龍星に懸想けそうしているという一方的な勘違いから彼に果たし状を叩きつけて決闘を申し込んだり、琥珀が龍星との再戦を望んでいただけとの勘違いに気づいたあとの謝罪時にとんでもないミスをやらかしたり――。

 

(ん? これではワタクシの失態をただただつづった記録になるだけでは……)

 頭の中に生まれたモヤモヤを追い払うように、頭上で軽く手を振る。


 どうにも方向転換する必要がありそうだ。

 というわけで、目先を変えて、自分ではなくそのあとに起こった展開を思い起こす。


 猫の妖怪スズノとして本性をあらわした主任、織富おりとによって、龍星と自分をはじめとする女子たちがお菓子の世界のような空間に閉じ込められて――。


(なんだかとりとめのないお話のようですわね)

 自身の経験でなければ、現実味のない話で片付けてしまっていただろう。


(そのあとは……)

 スズノのそそのかしに乗るカタチではあったが、なぜか瑠璃自身が龍星と手合わせすることに。


 その結果が……、

(まさか……殿方の前で下着姿をさらす羽目になるとは……)

 思い返してみると、顔が赤くなるようなことが多く、


(どうしてあんなことに……)

 赤面した顔を隠すように上半身を前へと倒し、羞恥心を追い出すように畳をばんばんと叩く。


(あれもこれも全部、鶴来さまが悪いのですわ!)

 龍星に責任転嫁せきにんてんかすることで気持ちとともに姿勢も直し、瑠璃は勝負の結果ではなく内容のほうを振り返る。


 勝敗はともかくとして、勝負自体は面白かったし、楽しかったという感想ではある。 

 

 剣術をもとにした剣舞とはいえ、一定の技量を持つ相手との対戦は稽古や試合と同様に心躍るものだった。


 木刀、番傘、扇子と猫の目のように変わる道具を使いこなす相手の実力を探っていく感触だけでなく、自身のポテンシャルも引き上げられるような感覚も心地よかった。 


 終盤は相手にペースを乱されるカタチとなったが、そこで自身の至らなかった点は改善できる。


 改善点を列挙するために、自分の関わらなかった対戦の組み合わせである龍星と琥珀の勝負を思いかえす。



――ここから瑠璃の回想。


 メイド服からマニッシュな衣装へと変わった琥珀が龍星と対峙するのを、瑠璃たち女子はソファの上から見守る。


「琥珀どのは武器を使わないのですかな?」

「琥珀さんは素手というか武器を手にしていないほうが得意なスタイルですわね」


「えっと、ここでちょっと変な質問というか疑問があるんですけど」

 ギャラリーである女子だけに聞こえるように、いずみが声を潜めて発言する。


「どんな?」

 市子いちこもつられるように声を潜めて返す。


「アタシたちの着てるメイド服はワンピースタイプだから、1カ所でもあの扇子が触れると消し飛ぶわけでしょ? 瑠璃先輩がそうだったみたいに……」 


 顔色をうかがいながらの彼女の発言を特に気にするでもなく、瑠璃は続けるように泉をうながす。


「となると、琥珀先輩の執事スタイルみたいに服が上下に分かれてる場合はどうなるの?」

「両方いっぺんに消し飛ぶのか、それとも部分的に吹き飛ぶのかは分かりませんなあ」


「どちらにせよ、下着は露出するのでは……」

「いや片方だけなら試合続行というか戦い続けることはできるわけで」


「さすがに下着を露出させたまま戦うのは、女子としてどうかと思いますわ」

「そりゃあまあそうでしょうけど……」

「そもそも一撃入れれば勝ちということだから、いちどに全部消し飛ぶんじゃないかなあ」


「理論としてはそのとおり。とにかく服を構成している部分に一撃が入ればダーリンの勝ちというか、女の子の着ている服は全体的にはじけ飛ぶにゃ」

 女子たちの会話にスズノが割り込んでくる。


「え、それじゃ琥珀先輩のほうが不利なんじゃ」

「どういうこと?」


「琥珀さんは武器を使わないので鶴来さまにより接近しなくてはなりませんし、鶴来さまのほうは防御の役割として使った扇子でも当たれば勝ちになるからですわ」

「な、なるほど」


「攻防一体といいますか、防御が最大の攻撃になるわけですなあ」

「……まあ何事にも例外はあるんだけどにゃ」

 スズノが含みのある笑みを浮かべる。


 会話がひと区切りついたところで、女子たちの視線は対峙しているふたりに向けられる。


 琥珀と龍星の距離は、瑠璃のとき同様に3メートルほど。

 ここから互いにどう動くか、瑠璃やスズノはある程度の予測を立てていたが、他の女子たちにはまったく見当がつかない。


 琥珀は意気軒昂いきけんこうとして、いまにも前へと飛び出しそうなくらいに気がはやっている。


 いっぽうの龍星はというと、さきほどの瑠璃との手合わせでだいぶ消耗しているはずだが疲労の色を見せずにいた。


 昂揚気味の琥珀とは対照的に明鏡止水めいきょうしすいとでもいうべき『静』のたたずまいをとり、気負いを見せていないものの真剣そのものな表情をしている。 

 

 そんな龍星の横顔に思わず見とれている自分に気づき、瑠璃はかぶりを振った。

(ず、ずるいですわ……そんなきりりとした表情、妖怪下着脱がしのくせに!)

 

 実際には下着を脱がしているわけではないのだが、頭に思い浮かんできた単語をそのまま使って気持ちを落ち着かせようとする。


 そんな瑠璃の葛藤をよそに、琥珀と龍星は互いの呼吸を読むことで、動き出しのタイミングをはかっていた。


 先手せんて後手ごてが決まっているわけではなく、仕掛けるタイミングは双方が無意識に刻んでいる拍子がわずかにでもずれて相手の先を行けると分かったその瞬間。

 

 先に仕掛けたのは琥珀だった。

 突風のごとき瞬発力で前へと飛び出す。

 これまでに瑠璃が見てきた彼女の踏み込みの中でも格段に速い。


 龍星との間合いを一気に詰めると、勢いに乗ったまま中段の前蹴りを繰り出す。


 いっぺんの迷いもないストレートな攻撃が龍星の胴部めがけて迫る。

 龍星はその一撃を半身をずらすことで避け、同時に蹴りの上を行くカタチで琥珀に扇子を撃ち込もうとする。


 琥珀はしゃがみこむくらいに極端に姿勢を低くして避けると、龍星の足元を薙ぐように払い蹴りを見せた。


 素早い動きだったが、

(……少々うかつなのでは)

 と瑠璃は思った。

 

 扇子のリーチに対して、琥珀のとった地を這うような姿勢は正解の一手かもしれないが、龍星が手にしているのは千変万化せんぺんばんかとでもいうべき自在に姿を変える武器。


 木刀や番傘といったリーチの長い道具に変えられたらあっという間に終わる試合運びといえる。

 それでなくとも今の態勢では上からの攻撃に反応できるとは思えない。 


 が、瑠璃の考えとは異なり、龍星はふた組の扇子を手にしたまま琥珀の蹴りを後ろに避けて跳び、かわされた琥珀のほうは床に手をついた反動を使って大きく後ろへと飛び去る。


 ふたたび勝負が始まる前と同じ距離。


 龍星は扇子の形態を維持したままで琥珀へと向かい合う。


 そのことで瑠璃はふと思い当たった。

 瑠璃が龍星との手合わせの際に自身の技量を試していたのと同様に、龍星のほうもこの勝負を通して自身の技量の底上げもしくは開花をはかっているのでは、と。

(真意のほどは分かりませんが……) 

 

 そして呼吸とタイミングの探り合いを経て、次に先んじたのは龍星のほうだった。


 瑠璃との勝負のときと同じく、無造作な足任せにして右へ左へと揺らぐ足運び。

 琥珀の動きを一陣の風と例えるなら、龍星の動きはすべてを飲み込もうとする炎にも思えた。

 

 そして瑠璃にも見せていた緩急をつけた舞うような動作。

 琥珀を中心に据えて踊るようにとにかく動き回りつつ、彼女へ向けて扇子を振るう。

 琥珀のほうもただ見ているだけではなく、防御と攻撃を織り交ぜるようにして龍星に対抗する。


 扇子が、突きが、受け止められ、受け流されていく。

 互いの喉元を狙うヘビのように鋭く速く、翼を広げて求愛のダンスを踊る鳥のように右へ左へ。

 目まぐるしく攻守が入れ替わる。 


 そして、その攻防を見ている女子たちはある異変に気づいた。

「扇子当たってない?」


 瑠璃や和子かずこのみならず、やり取りを目で追うのがやっとな泉や市子ですら、龍星の扇子がいくどとなく琥珀の腕を弾く際に服の袖に触れているのを認識していた。


「だから言ったじゃん。何事にも例外はあるって」

 こうなるのを知っていたように――いや実際に知っていたスズノがどこか野卑やひな笑みを浮かべながら言った。 


「どういうこと?」

「なにか仕掛けがあるのですね」

 女子たちの問いに、


「いまの琥珀ちゃんは福魔のついたメイド服の上に猫福魔をまとって執事スタイルになってるいわば重ね着状態なんだよね。普通のフクマは重ね着状態にならないから一撃で仕留められちゃうんだけど、琥珀ちゃんの場合、表に出ている執事服が祓われてもメイド服のほうでそこを補填するから――」


「自動修復するバリアなりシールドなりを装備しているのと同じなのですな」

「そういうこと」


「それってずっこくない?」

「ワタクシのときもそうしていただけてれば……」


「一撃で終わる勝負もいいだろうけど、再戦する琥珀ちゃんの場合は長引くというか、長持ちする勝負のほうが後腐れなくていいでしょ。まあずるいといえばずるいんだけど、こうやって種明かししたからにはダーリンも攻略を思いつくでしょ」

 とスズノは涼しい顔で告げ、


「――むしろこの程度の小細工を突破できないようじゃ、神司しんしとして到底認められないにゃ」

 皆が気づかぬほどの小声で付け足す。



 仕掛けに気づかされたからか、龍星の表情や動きに少なからず見えていた戸惑いが消え、龍星のまいはより活発に、より熾烈しれつになった。

 それに釣られるように琥珀の動きも勢いを増していく。 


 両者の動きを見定めるように追っていたスズノが目を細め、満足げな笑みを浮かべる。


 そして激化するやり取りの中で龍星が見せたある動きは、シンプルながらも瑠璃の心に印象深く残った。


 その動きとは――。


 琥珀に肉薄した龍星が左手に持つ扇を右腰に添え、そこから左上へと振り上げる。

 夏祭りの夜に琥珀へと、この場では番傘を使って瑠璃へと見せたハレの型、それの左右対称となる動き。


 だから、琥珀も瑠璃もその動作がとるこのあとの軌跡は、頭上で円を描き、そして斜め下へと戻るものだと思っていた。


 だが龍星の描いた軌跡は左上に振った扇子を右へと戻すことで生み出される横一文字よこいちもんじ


 首を切り落とす斬撃にも似た一撃を琥珀はぎりぎりのところでかわす。

 予想とは違う攻撃だったが、集中していたゆえに避けることができた。


 龍星は真一文字まいちもんじを描いた扇子を振り下ろし、左下へ。

 そしてそこでクルリと円を描く。 

 これまで琥珀や瑠璃が知っている動きを左右だけでなく上下逆にした動きだった。



「おやこれは……なるほど」

 和子がメモ帳に龍星の描いた軌跡を記しながら、ひとり納得したかのように呟く。


「なんか分かったんですか?」

「さきほども申したように武術には詳しくないのでござるが、こちらが瑠璃どのとの勝負で見せた動き」

 和子は真新しいページに丸と線でできた簡素な人形ひとがたを描き、そこに龍星の剣筋を再現していく。


「まず左下から右上へ、そこで丸を描くように動かして、今度は右下へ」

「たぶんですけど、そこから真横に戻るはずですわ」

「おや、瑠璃ちゃん、いい読みしてるにゃ」


「それでこれが今回の軌道」

 さきほどの人形ひとがたの隣に別の人形ひとがたを描き、


「右下から左上、そして横一直線に動かして、右上から左下へ。で、ここで丸っと」

「なんか切りつけ方がエグくないですか?」

 剣筋を模した線を重ねられた人形ひとがたを見て、泉が言う。


「ただの丸と三角を組み合わせただけなのにね」

 なにげない市子の感想に、


「いいところに目をつけましたわね」

 瑠璃が感心したように言う。


「え? どういうことですか?」

「丸も三角もひと筆書きできるのは分かりますわよね?」


「それはまあ」

「つまり、この剣筋はどこを起点にしても良し、それどころか途中で変化させても良しという動きなのですわ」


「なるほど。実際は丸を描くと思わせて直線に移行してもいいし、丸ではなく弧を描くのみって感じにしてもいいってことですね」

「曲線と直線が描けるということはさまざまな軌道を描けるということですしなあ」


「みんなの洞察と理解が早くて説明する手間がはぶけるにゃ」

 にこにことした笑顔でスズノが見るからに上機嫌で言う。


 いかにもゴキゲンという感じで笑ってはいるが、その目は熱を持ちつつも冷徹に見極めようと龍星の動きを追っていた。


 それに感づいた瑠璃は両者の動きではなく、龍星の動きのみに注目する。

 丸と三角。曲線と直線。単純な組み合わせだが、その数は無限ともいえる。

 

 そして瑠璃はなんら規則性もなく気の向くままに舞い踊るような龍星の動きが、手さばきだけでなく足さばきも丸と三角の組み合わせだということに気づいた。


傍目八目おかめはちもくという言葉があるとはいえ、立ち会っておきながら気づけなかったのは不覚ですわ……)


 そんなことを思いながら瑠璃が見守る中、激戦ともいうべき勝負を紙一重かみひとえで制したのは龍星だった。


 龍星の烈々(れつれつ)たる手数と勢いにくわえ、一撃ごとにかすかな火花を発していく攻撃に、2体の福魔のうち猫福魔のほうがを上げ、黒猫の姿に戻ってスズノの元へと逃げ去っていく。


「あ……」

 ベールが剥がされるように執事スタイルのよそおいがけ、メイド服となった琥珀の動きがにぶる。


 それを見逃す龍星ではなく、扇子に姿を変えた炎天えんてんが琥珀のメイド服をしっかりととらえた。


 扇子の触れた場所から明るくとも熱を持たない炎が燃え上がり、琥珀の体を覆っていたメイド服を包みこんでいく。


 炎がメイド服を焦がしていくにつれ、琥珀の白とオレンジによるストライプ柄の下着があらわになっていくが、それを見ることなく、連戦と慣れぬフウの型の使用で精根せいこんを使い果たした龍星はその場へと倒れ込んだ。

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