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ふく×ふく2 決闘の舞台はあなたのおそば  作者: こっとんこーぼー(琴音工房)


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40/40

40、女王

 メールの通知音が聞こえ、机に突っ伏していた天弓たかみアヤメは顔をあげることなく、山積みとなっている紙束の中へと無造作に手をつっこんだ。


 雪崩なだれを打ったように紙の山が崩れ、さまざまな衣装のデザイン案が描かれた紙や書類が床の上へと散らばることになったが気にもとめず、埋もれていたスマホを手探りで引っ張り出す。


 その動作でさらに紙が次々となだれ落ちていくのを無視して、くしを通してもはねかえすようなぼさぼさの短髪にひっかけていた丸メガネを化粧っ気のない顔の定位置におさめ、スマホの画面を寝ぼけまなこでのぞき込む。


 ラフなジャケットにパンツスーツといった少年的ボーイッシュというよりは男性的マニッシュな格好をしているが、カジュアルなスーツはよれよれでスマートさはなく、表情や全身からも、どこかくたびれたというか疲れ果てた様相が見て取れる。


「リエコか」

 旧友からのメールだと分かると、表情を明るくしてさっそく中身を確認する。


 まだ残っている眠気を吹き飛ばすように、大きなあくびと2、3回ゆっくりとまばたきをしたあと、


『お店教えてくれてありがとう。お蕎麦おいしかった。こんどお礼にガレットごちそうする』

 簡素な文面を読み上げ、


「リエコらしいな」

 元気を取り戻し、目を細めたにこやかな笑顔をつくる。


「……蕎麦は分かるが、ガレットとは?」

 抑揚を抑えた金属的な少女の声が背後からアヤメに問いかけてきた。


「たしかフランスの焼き菓子だったっけな? おっと、フランスは分かるかい?」

 メールにあったガレットとアヤメが思うガレットは実際のところ別物なのだがその食い違いに気付かぬまま、彼女は答えと同時に質問を発して声の主へと目を向ける。


「フランスは分かる。資料を見て覚えた……いや、この体であるからにはインプットしたと答えるのが正解か」

 そう答えた声の主は、様々な衣装を着せられたトルソーやマネキンが立ち並ぶ部屋の中央で、デンタルチェアを思わせる椅子に腰掛けてファッション誌を精読していた。

 

 本を読み進めているのは、人間を模してつくられた女性型ロボットで、この乱雑な空間の中でもひときわ異彩を放っていた。


 人間を模していると言っても、その外見はあきらかに人形じみており、衣装から露出している部分は機械そのものだ。


 各関節は球体やスライドパーツによるジョイントで、皮膚や肌に該当するスキンも硬質的な素材で構成されており、各部位の所々にはタトゥーのように位置センサーとおぼしきマーカーとそれらを中継するフラットケーブルが配置されている。

 

 スマートな卵形の頭部に前下がりボブを想起させるハーフメットがかぶさり、耳にあたる部分はメカニカルなイヤーマフ、顔の前面上半分を覆うスモークバイザーの奥には人と構造がまったく違う2対のカメラアイがのぞいている。

  

 バイザーがない顔の下半分は能面のように白くのっぺりとしていて、鼻に該当する器官はなく、笑みを浮かべているように見える薄いクチビルもその奥に隠されているスピーカーの保護を兼ねた枠組みでしかなかった。


 その機械式のボディに、洋の東西を問わずドレスや着物をアレンジの意匠として組み込んだチャイナ服ベースの真っ白な衣装を身につけている。


 夏向きとはいえない長袖の衣装をまとう、このロボットの名はレジーナ。

 女王という意味の名を冠した学習用ヒューマノイドで、現在開発が進められているAI搭載型更衣室と連動するプロトタイプモデルだ。


「どうかな、その体の着心地は?」

 アヤメが機械人形に問いかける。


 静かなモーター駆動音が聞こえ、レジーナがゆっくりと首を動かし、バイザー奥にある2対のカメラアイをアヤメへと向ける。


「悪くはない。昔こういうカラクリに取り憑いたこともあるが、この時代のカラクリはいちだんと進んでいるのだな」

 少し開かれたクチビルの奥にあるスピーカーから、レジーナは抑揚のない声を出し、


「ただ、もう少し慣れが必要かもしれない」

 そう続けると、座ったまま腕や手の可動範囲を確かめるように動かしていく。


 肩をまわし、肘を曲げ、ゆっくりと指を1本1本折り曲げて拳をつくりあげ、また開いていく。


「動力が入っていない指先まで動かせるようならたいしたもんだよ」

 アヤメは楽しそうに声をあげる。


 レジーナはゆるやかな動作で立ち上がると、1歩1歩慎重な足取りで前へと歩き出した。

 ぎこちない動きながら、器用にバランスを取りながらアヤメのほうへ歩み寄る。


 本来AIとしてもロボットとしても完成度が高いわけではなく、このような応答や動作をするのは到底ムリなはずなのだが――。 


憑依ひょういはとりあえず成功のようだねえ」

 アヤメは椅子から立ち上がってレジーナを迎える。


「この体では蕎麦もガレットも味わうことができないのは残念だがね」

「……妖怪でも人間の食事を味わえるのかい?」


「ああ。フクマであっても物の楽しみ方や喜怒哀楽の感情はヒトとさほど変わらない。そして食というものは娘たちの持つ欲求や感情にもつながるからおろそかにはできない。ただ、この体というよりもこの服は締め付けてくるようで食を楽しむには不向きだ。西洋帯はもう少し簡単に緩めるようにしておくか、もっとウェスト自体にゆとりを持たせるべきだと思う」

 レジーナは改造チャイナ服の胴部にはまるコルセットに手を当てながら指摘する。

 

 レジーナがAIやロボットとしては異様とも思える動作をしている理由はただひとつ。

 フクマが取り憑いて、レジーナを自身の意のままに動くカラクリとして利用しているからだ。


 夏祭りの夜に、はぐれフクマとなった1体がたどりついた場所。

 それがここ、姫堂グループで服飾デザインに関わる天弓アヤメのラボだった。

 フクマはレジーナへと取り憑き、現代の知識を急速にその身につけていた。


「なるほど興味深い。食を楽しむための服というアイデアは頭の中からすっぽりと抜けていたよ。そのコンセプトでなにか考えてみよう」

 アヤメはペンを取ると、机の上にある適当な紙に次々とラフな絵やアイデアメモを殴り書きのように記していく。


 これまでのやり取りからも分かるとおり、アヤメはレジーナについたフクマに気付いても騒ぎ立てることなく、フクマの存在を受け入れていた。


 作業に没頭している彼女の背に、

「このカラクリと隠れ場所を提供してくれたことを感謝する」

 フクマは素直な感想を口にする。


 アヤメは振り向くことなく、 

「いやいやいや、礼を言うのはこちら側だよ。この街の神社が服の神様を奉っているのは知っていたけどね、まさか服に取り憑く魔物である妖怪フクマが封印されていたとは。で、そのフクマが私の元に来てくれたというのは偶然とはいえ実にありがたいことなのだよ」


「ひとつ聞いておきたい。妖怪と知ってなぜ――」

 フクマの当然ともいえる疑問をさえぎって、 


「目を引く、見る者の心を奪う衣装というのは、この世界ではできて当然つくれて当然。身につけるとパワーがわいてくるような服もしかり。だけどねぇ、周囲の者の生命力を吸い取るような服というのはこれまで誰もつくったことはないんだ」

 紙の上にペンをひとしきり走らせたあと、


 アヤメはようやくと振り返って、

「これまでに私がつくった衣装に足りなかったものは――ずばり魔性。そう魔性だよ。これは服の神様に頼むことはできないし、頼んだところで叶わないだろう。だが君たちフクマならその願いを叶えてくれる。だから私は君に手を貸すことにしたんだ。君が私にインスピレーションを、私は君に現代で生き残るすべ……いや戦い方を教えてあげよう。ギブアンドテイク、持ちつ持たれつさ」

 滔々(とうとう)と熱狂的に語った。


 レジーナの体を得たフクマはアヤメを見て思う。

 ここに来たのは偶然ではなく、必然だったのかもしれない。

 アヤメの狂気とも屈折ともいえる願望。

 この思いに惹かれ、彼女の願いを叶えるために自分はここに導かれたのだと。


 そして、自分こそが他の分身であるフクマを差し置いて、文字通り『女王レジーナ』として君臨するのだと。


 フクマは専用のチェアへと戻り、夢想する。

(この姿で再会したらモエギはどんな顔をするだろうか。ああ、早く会いたいものだ。忌々(いまいま)しくもいとおしいモエギに――)


 身を横たえたレジーナの表情は無生物でありながら、どこか快活な笑みを浮かべているかのように見えた。

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