4、お呼び出し
「……あ、あの、おふたりにモデルになってもらうことはできますかっ!!」
「え?」
龍星、陽樹のどちらも、予期せぬ夜里の言葉に戸惑いの表情を浮かべたが、モエギはきらきらとした表情で身を乗り出さんばかりに、
「ほう、モデルとな。しかし、ひとくちにモデルと言ってもファッション、絵画、彫刻と多種多様と思うが、お主はこやつらにどんなモデルをしてもらいたいのじゃ?」
「マ、マンガのモデルです……」
と返ってきた答えに、モエギは好奇心が刺激されたようで、
「お主、マンガを描くのか。それはよい。では、リュウセイとハルキによる神主系アイドルユニットのサクセスストーリーをマンガにして、ともに世に広めていこうではないか。まずは自費出版、そこから出版社の手を借りての大量増刷、いや今の時代は電子書籍か、そして本人主演の映像化を経て、やがてワールドワイドとかグローバルといった感じで全世界にお主のマンガとふたりの存在をあまねく知らしめていこうぞ。その結果お主も儲かる、わしらも儲かる。双方満足のうえ、この神社も末永く安泰でめでたしめでたしじゃな」
「取らぬタヌキのなんとやら……というか気が早すぎる」
「アイドルやるとかモデルやるとか、ひと言も言ってないのにね」
「というか、神社の宣伝に使うつもりなら、ヒメの物語をマンガにしたほうがいいだろ」
龍星の提案に、
「それはそうなのじゃが、お主らも知ってのとおり、わしの見目麗しさ、華麗さ、ゴージャスさはいささか現実離れしておるからのぅ。発表後に『現実感に乏しい』とかレビューがついてしまったら、レビューアーに殴り込みをかけにいくお主らや神使を止め立てできる自信がわしにはないぞ」
「いや、そこはファンタジーで押し通せばいいのでは……」
「だいたい不評に対して殴り込みをかけるのが前提なのも問題だろ。まあ、ヒメなら率先して自分から殴り込みに行きそうだがな」
「お主はわしをそんな目で見ておるのか。しかしまあ、わしはともかくお主らを主役にしたマンガに難癖をつけるような者がおったならば殴り込みも選択肢のひとつではあるが……ん、ちと話が脱線しとるぞ、それで話を戻すが、巫女どのはこのふたりを主役にしてどのようなマンガを描くつもりなのじゃ?」
勢いづくモエギに押され気味になりながら、
「い、いえ……キャラクターのモデルじゃなくて、その……ポーズとか構図のモデルに……」
夜里がどうにか答え、
「そっちかー」
と、モエギは天を仰ぐようにして少し残念そうな口調で言う。
夜里が続けて語った話を簡潔にすると――、
学校の漫画研究部に所属している彼女は、夏休みの提出課題として作品を仕上げる必要があり、巫女のバイトを選んだのは資料集めのためだという。
そして龍星と陽樹の境内における演舞を見ているうちに、ふたりの動きを漫画に活かしたくなり、そのためのモデルになってほしいとのことだった。
「マンガのポーズとか構図って想像で描いてるんじゃないのか」
「さすがに全部が全部ではないでしょ。想像力だけだと限界あるし」
「そうか。まあそういうことなら少しくらいは協力してもいいかな」
「そうだね。キャラとして登場するんじゃないなら。あとはヒメ様の許可しだいかな」
龍星と陽樹はモエギのほうを見る。
「ポージングモデルぐらいで、わしの許可なぞいらんじゃろ。まあ公序良俗に反するポーズや構図では困るので、そばで見届けさせてはもらうが」
「じゃあ決まりだ」
「となると、具体的にはどういうことをすればいいのかな」
ふたりが夜里との話を進めようとしたとき、ヒロイックな行進曲めいたメロディーが辺りに響き渡った。
「なんだ、この曲?」
「聞いたことがあるような、ないような……」
「ナイルガー1が必殺技を繰り出すときの勝利確定BGMで、わしの着メロじゃ」
と、モエギが袂からスマートフォンを取り出す。
「スマホなんて持ってたのか」
「もともと持っていたが使ってなかったのじゃ。山の外に出ることや連絡を取ることなどほぼなかったからのぅ……おや、誰かと思えば、委員長じゃな」
着信を知らせる画面を見て、モエギは誰ともなしに呟く。
「委員長?」
モエギ以外の四人の男女が異口同音に言ったが、その反応はやや異なっていた。
龍星と陽樹の男子ふたりは『委員長』が誰のことなのか思い当たるところがなかったが、夜里と白雪の巫女コンビは『委員長』との呼び名を持つある人物の顔を思い浮かべていた。
「もしもし。わしじゃ……ふむ、リュウセイとハルキか? おるぞ。待っておれ、今スピーカーに切り替える」
電話に出たモエギが、会話を龍星と陽樹のふたりにも聞こえるようにスピーカー通話へと切り替えた。
「もしもし、南須佐です」
はきはきとした少女の声がスピーカーを通して聞こえてくる。
声の主は、南須佐空子。龍星と陽樹のふたりにとっては昔なじみの少女であり、夜里と白雪のふたりには同じ女子校に通う顔見知りの生徒で、彼女たちが思い浮かべていた『委員長』その人だった。
「委員長ってクーコさんのことか」
「言われてみれば、ソラちゃんらしいニックネームではあるね」
龍星と陽樹は空子をそれぞれの愛称で呼びながら、彼女の顔と性格を思い浮かべ、委員長とのあだ名にも納得する。
「それで、どんな用向きじゃ?」
モエギが電話の向こうにいる空子に問うと、
「今働いているバイト先での話になるんですけど、ふたりというか、鶴さんに会いたがってる子がいるんです」
かしこまった口調で空子が回答する。
「ほう、それは女子か?」
モエギが興味津々といった感じで問うと、
「残念ながら女の子です」
空子は答える。
「いや残念ながらってどういう意味だ?」
「僕に聞かれても」
龍星と陽樹の会話が聞こえたのか、
「えーと、鶴さん、いるなら聞こえてるよね? そういうわけなんで、商店街に新しくできた『あなたのおそば』っていうお蕎麦屋さんに来てもらえる? お蕎麦屋さんに見えない外見だけど、入り口に暖簾と立て看板、あと開店祝いのフラワースタンドがあるからすぐ分かると思う。あっ、もうそろそろ開店の時間なんで切るけど、たしかに伝えたからね」
モエギと話すときとは打って変わって、くだけた口調で話す空子は一方的に通話を終えた。
「『あなたのおそば』って……例の店か」
龍星は夏祭りの日にメイド姿の少女がくばっていたチラシを思いだす。
何気なく受け取ったそのチラシには『あなたのおそば』という名のメイド喫茶ならぬメイド蕎麦屋が近々オープンする旨が書いてあった。
「例のお店だね。ソラちゃん、新しいバイト先にそこを選んだんだ」
「巫女の次はメイドとかせわしないな。まあとりあえず着替えて行ってみるか」
「行ってみるかというのは別に良いが、お主ら待ち合わせの時間とか決めておらぬようじゃが大丈夫なのか?」
モエギの疑問に、
「この時間にかかってきたってことは、すぐ来いってことじゃないのか」
「たしかに今から向かえばちょうどお昼時だね。リュウちゃんに会いたいって言ってる子もたぶん同じお店で働いているんだろうし」
「まずは行ってみるしかないよな。しかしそうなると、マンガのモデルについての話は日を改めてってことになるけど、それでもいいかな?」
龍星が夜里のほうへ視線を移して尋ねる。
「は、はい! か、かまいません!」
妙にかしこまった態度と口調で、夜里は答える。
「あっ、こっちもお昼の用意をしないと」
白雪が思いだしたかのように言い、
「そ、それでは失礼します!」
ふたりはそそくさと祠に背を向けて去って行く。
「……あ、アイドルの誤解が解けないまま行っちゃったぞ」
「となると、ヒメ様に思い違いを正してもらうしかないよね」
「それってすごい不安なんだが」
龍星と陽樹はモエギのほうを見る。
「ん? 安心せい、あのふたりの誤解を解いておけばよいのじゃろ」
「あとは妙な入れ知恵をしないでくれれば」
「リュウセイだけでなくハルキまでも念押しをしてくるとは……まあ、あの巫女たちがお主らに興味がありそうだったからとはいえ、ちと悪ノリが過ぎたからのぅ。あの娘らにはわしから伝えておく。それにしてもマンガか……いったいどんなジャンルのマンガを描くんじゃろうな」
「それはたしかに興味あるね」
「まあ完成したら見せてもらえるだろう」
会話がひと段落した三人は、ひと息入れるように少しぬるくなった麦茶を喉に流し込んだ。
「あー、緊張した」
祠と三人から遠ざかりながら、ほっとしたように言う白雪に、
「それはこっちのセリフなんですけど。ほとんど私しかしゃべってないでしょ」
夜里はうらめしそうな視線で答える。
「いやまあ、そうなんだけどね。その点については、本っ当に申し訳ない。罪滅ぼしというか穴埋めというか、やれることはなんでもするから」
「……それじゃあ、青嶋さんにもモデルになってもらおうかな」
「うっ、それは……うー、仕方ない。夜里ちんの芸術のためだ、一肌でも諸肌でも脱ぐよ、きわどいラブシーンやハズカしいポーズにも耐えてみせるよ……」
顔を赤く染め、目を伏せがちにして白雪が答える。
「部活の課題でそんなものは描きませんっ!!」
別の意味で顔を赤くした夜里の声が境内で響いた。