38、白砂青松
「さてすまないんだが、俺は少し休むというか帰っていいか?」
「なんじゃ、リュウセイ。スズノへの仕置きを見物せんのか?」
「例のお仕置きは許可したが、さすがにあの妖怪猫の女装を見て楽しめるとは思えない」
「ふむ、それもそうじゃな。まあ養生するがよい」
「そうさせてもらう。ああ、あと帰る前に頼みがあるんだがいいか」
「なんなりと」
「そこの子……桧之木さんを神司にしてやってほしい」
龍星は琥珀を指さし、指名された彼女は驚きで目を見張った。
琥珀を神司とすることで、彼女の手腕をフクマ相手に振るわせ、『腕試し』の願望を成就させるだけでなく、フクマや他の魔物との結託を阻止することもできると、考えたうえでの提案だった。
モエギは琥珀を数秒のあいだ、じっと見つめたあと、
「……わしは気が進まぬ。この娘の『腕試し』という願いをフクマ退治で昇華させようというリュウセイの考えは分からんでもない。しかし夏祭りの日にフクマに取り憑かれてお主らの前に立ちはだかったのみならず、リュウセイと再戦するためだけにスズノと手を組み、2度めの妖着憑きとなった女子じゃぞ。スズノのもとにおるとはいえ、妖怪司となった者に神司の力を与えたらなにをしでかすか分かったものではない」
服の神としての神業のひとつ、服から持ち主の性格や行動を読み取く能力を使って、琥珀の過去を読み取ったモエギは突き放すように言い放つ。
「もし道を踏み外すようだったら、俺が全力で対処する」
と答えた龍星をモエギは慈しむように見つめたあと、
「……決意は固そうじゃの。じゃが、いくらお主の願いでもそれだけは絶対に聞き入れるわけにはいかぬ。この者の身柄は福魔ともどもスズノへと預け、面倒を見させるのが最善じゃろう。スズノだけでは頼りないゆえ、シズカも定期的にこの店に来させ、監督に当たらせることにするか。もし腕試しが必要なのであれば、お主かハルキが相手をすればよいだけのこと」
理路整然としたモエギの意見に、龍星は言葉を返せない。
そんなふたりのあいだに、瑠璃が割り込んできた。
「少々よろしいですか。その神司というのになれば、フクマが取り憑いている女子を元に戻すことができるんですの?」
モエギは瑠璃をちらりと見て、
「まあそうじゃな。そこにおるリュウセイとハルキのふたりと同等の力を持つことになる」
「でしたら、ワタクシを神司にしてくださいませ。そうすれば、殿方の手を煩わせなくともフクマたちを退治することができますわ」
瑠璃は堂々とした態度で意気込みを語る。
モエギは彼女をじっくりと見つめ、
「ふむ。そなたには奸佞邪心はなさそうじゃし、よいじゃろう。左手をこちらに」
言われるがままに瑠璃が左手を差し出し、モエギがその手首を握ると、糸を編み込んだような白いブレスレット、未散花がそこに現れる。
瑠璃が花模様のあしらわれた未散花を欣然として見つめていると、
「お、瑠璃どの。リューセイさまと同じブレスレットをしているということは、もしかしてモエギヒメさまに入信なさったのですかな? これはいい場面を見逃したかもしれませんなあ」
和子がスマホを片手に戻ってきた。
「大げさですわよ」
瑠璃は慎み深い態度で答えたが、声にはどこかうきうきとした響きがあった。
モエギは続けて、
「あとはそうじゃな、神器を選ぶとして……お主にふさわしいのは……ふむ、金天が反応しておるな」
モエギの首飾りに並ぶ勾玉のひとつが、淡い金色の光を放ちながらゆっくりと明滅していた。
モエギは勾玉を取り外すと、
「ではこの金天をお主に貸し与えよう。今は勾玉の姿じゃが、イメージ次第でお主の望む形へと変わるぞ。そうじゃな、ためしにお主が得意とする武器にしてみるがよい」
瑠璃へと手渡した。
「なるほど。イメージで変化するから、リューセイさまが次々と武器というか道具を使えたのですな」
「委員長たちのイメージでピストルにもなったしね」
「となると、姫堂先輩の武器はやっぱり……」
「ワタクシが得意とする武器……」
瑠璃があるカタチを思い浮かべると、彼女の手の中で金色の柔らかい光を放ちながら、勾玉は棍へと姿を変えていく。
棍は瑠璃の背丈ほどの長さで細長く、金色にも似た赤みを帯びた明るいオレンジ色をしていた。
円柱である軸の両端には持ち主にふさわしい瑠璃色の珠がはまっており、宝玉の中にちりばめられた金色の粒が室内の明かりを通して夜空の星のように踊る。
「これはすごいですわね……」
瑠璃だけでなく、女子たちも感嘆の声をあげた。
「これを使えば服からフクマを追い出せますのね」
瑠璃からの問いかけに、
「うむ。強く打つ必要はないぞ。軽く触れるだけでもフクマは雲散霧消する」
モエギが答え、
「そのことは身を以て理解しております」
瑠璃はやや顔を赤らめてうなずく。
ふたりのやり取りを見ていた陽樹だが、
「ねえ、リュウちゃん。なんだかすごくいやな予感がするんだけど」
「奇遇だな。俺もいやな予感はしてる」
「この場合どうしたらいいと思う?」
「惨劇にそなえてあらかじめ後ろを向いていようか」
「それがいいかもね」
龍星と陽樹は女子たちにそっと背を向ける。
「さあ、みなさんお並びになって。ワタクシがみなさんの服に取り憑いているフクマを祓ってさしあげますわ」
瑠璃が喜び勇むかたちで女子たちに告げるが、
「え? いやさっきも言ったけど、今日は勝負下着ではないので」
「さすがにこの場で下着になるのはちょっと……」
「もう結果は目に見えておりますな」
「フクマに取り憑かれたままで過ごすわけにはいきませんでしょ。それに鶴来さまと違って必ずしも服がはじけ飛ぶわけではないと思いますわよ。ワタクシは棍の扱いに関していささかながら心得がありますし、なにより天久愛流の使い手ではないのですから」
「姫堂先輩の腕前を疑うわけではないですけど……」
「このメイド服がヤバいって話なら、更衣室で脱げばいいだけじゃないかな? これまでも脱ぎ着してるんだし」
「それに衣服に取り憑く悪いフクマではなく、主任さんの仕掛けた悪くないほうの福魔なのでムリに祓う必要はないのではと思います」
「えーと、それなんだけども……」
すまなそうな表情を浮かべたスズノが、
「残念ながら……ダーリンや姫ちゃまに反応して、生存本能というか防衛本能というか、まあどっちでもいいけど、とにかく福魔ではなくフクマの『消えたくない』っていう思いが強くなって妖気として定着しちゃってるから、神力でその服を祓わないと脱げなくなってると思うにゃ」
申し訳ないという感じながらも軽い調子で告げる。
「それってこのまま一生メイド姿ってこと?」
「琥珀先輩がやった要領で服装は変えられるだろうから、一生メイド服ってことはないと思うけど」
「でも脱げないのは困るでしょ」
「まあ根本的解決にはなりませんですな」
「となると、もう選択肢はありませんわね」
瑠璃がにこやかに言う。
「そういうことなら……」
女子たちが不承不承といった感じで整列する。
「ではいきますわよ」
「痛くしないでくださいね」
「ほんの軽くさわるだけですわよ」
先端についた宝玉で撫でるように瑠璃が女子たちのメイド服の上に棍をすべらせていく。
メイド服からうっすらとした妖気が消えていく感覚が端からでも感じ取れ、
「ほら、なんともありませんでしょ」
瑠璃が勝ち誇ったように告げる。
女子たちが安堵の吐息をもらすと同時に、ぱしゅんと彼女たちのメイド服が跡形もなくはじけ飛んだ。
「「「~~~っ!!!!」」」
声にならない悲鳴が室内に響き渡る。
「鶴さんも亀さんも見ちゃダメっ!!」
空子が未散花から特大サイズの白布を取り出して、龍星と陽樹に覆いかぶせる早業を見せるかたわら、
「おー、ホワイトピーチにマスカットミント、そしてハワイアンブルーか。これはまた白砂青松は大げさにしても壮観といえる光景じゃな」
モエギが楽しげな声をあげる。
※白砂青松: 白い砂浜、青々とした松林といった海辺の美しい景色のこと。
「見事にはじけ飛びましたね……」
「まあ予想はしておりましたが」
「って、なんで琥珀先輩はちゃっかりよけてるんですか」
「あ、いや……棍が近づいてきたら体が自然に動いてん」
「こ、これはなにかの間違いですわ!!」
目の前の結果が信じられないというふうに、瑠璃が声をあげる。
「その~、ご自分にも試してみてはいかがでしょうか」
おずおずと泉が言い、
「あと桧之木先輩も今度はよけないでください」
市子が釘を刺す。
瑠璃は琥珀と向かい合うように位置すると、棍の先端でメイド服に次々と触れた。
一拍置いたのち、ふたりのメイド服もおおかたの予想どおりはじけ飛び、
「きゃ、きゃああああっっ!!!!」
瑠璃が本日2度めとなるけたたましい悲鳴をとどろかせる。
「おぉ、こちらはマンダリンストライプにクイーンズバニラか。ひとりとして同じものがないのはシャレオツじゃのぅ……いやはやリュウセイとハルキのふたりにこそ見せておきたい、見てもらいたい絶景じゃな」
愉快そうな声をあげるモエギに、
「念のためちびヒメに聞いておきたいんだが、そのかき氷とかアイスのフレーバーみたいな単語ってもしかして……」
布をかぶった状態のまま、龍星が問う。
「ああ、お主が察しておるように、女子たちがつけておる下着の名称じゃ。その状態ではなにが起きておるのか分からんじゃろうからこうして実況しておる。ちなみにいま女子たちがつけておるのはプリンセスシリーズというまあまあ有名なブランドの下着で、これにはフルーツとスイーツの2系統があってな――」
嬉々として述べるモエギに、
「いやあの……女の子がつけてる下着の情報とか、僕たちに必要ないよね!?」
こんどは布をかぶった状態の陽樹が問う。
「ん? あとでお主らが検索するときのために必要じゃろ? ここで問題になるのが、どの女子がどの下着をつけているかを事細かに説明するべきなのか、それとも女子と下着の組み合わせをお主らの想像に任せるべきなのか。わしとしても判断に困る場面での」
「するか、そんな想像! というか、そんなことで判断に困るな!!」
「もともと検索するつもりもないんで……あと女子たちの前で僕たちへのあらぬ誤解を広めるような発言はつつしんでほしいかも」
シーツをかぶったお化けのような状態でふたりが抗議するが、
「えー、検索も想像もせんのか? つまらんー」
モエギはどこ吹く風といった感じで答える。
「だから、なんども言っているようにカワイイ顔で品のない発想はするな!」
「しかしなあ、カワイイはなんど言われても困らんのでなあ」
「困るべきなのはそっちじゃないよね」
3人がそんな会話をしていると、
「ヒメ様……」
空子が怒気がにじみ出るような声をあげ、周囲の温度が冷水を浴びせられたように冷え冷えとしていく。
「な、なんじゃ……」
さすがのモエギも畏縮する。
「いちいちいやらしいです。さきほども申し上げましたけど、もう少し神様としての立場と女の子としての振るまいを自覚して、それにふさわしい言動を心がけるようにしてください」
空子が氷の刃を背筋に突きつけるがごとく冷たい口調で言い放つ。
声を荒らげるのではなく、淡々とした物言いなのがかえって凄みがあった。
「う、うぬぬ……」
「よしいいぞ、クーコさん」
「やっぱりソラちゃんは頼りになるね」
モエギがやりこめられたことに、龍星と陽樹の溜飲が下がる。
いっぽうで、
「な、なんで!? なんでなんですの……」
自信満々の状態から一気に茫然自失になった瑠璃が嘆く。
「着衣についたフクマだけを取り除くというのは『肉を切らせて骨を断つ』ならぬ『肉を切らずに骨を断つ』というような人間離れした技を繰り出す腕がないとな」
モエギがなぐさめの言葉をかける。
「ワタクシが未熟ということですわね……これでは鶴来さまを責める資格などありませんわ」
「そこは研鑽を積めばよいだけのこと。一朝一夕とはいかんじゃろうがな」
「人生とは日々修行なのですわね」
空子が場の空気を入れ換えるように手をひとつ打ち鳴らし、
「ちょっといい、みんなとりあえずその格好はこの布で隠して。それから私ならみんなの服を元に戻すことができるから大丈夫。あと鶴さん亀さんはまだこっち見ちゃダメだからね」
自身の未散花から取り出した白布を下着姿の女子たちへ配っていく。
「南須座さんは服を戻すことができるんですの?」
「姫堂先輩がフクマをはじき飛ばす力を授かったのと同様に、私はヒメ様から女の子の服を元に戻す力を授かっていますので」
「本当ですの?」
瑠璃はモエギへと目をやる。
「ああ、そこで時期外れのハロウィンお化けとなっておるふたりの後始末をしておるから委員長の腕前はわしのお墨付きじゃ。そして再生した服は妖気でできた物とは違って神器で触れてもはじけ飛ぶようなことはない」
モエギが自慢げに説明するのを聞きながら、
「ねえ、リュウちゃん。ソラちゃんが服を戻す方法って……」
「男子には任せられないようなことを言ってたな」
「じゃあやっぱり……」
「惨劇は続くってヤツかな」
龍星と陽樹がひそひそと話すかたわら、
「なら安心できますわね。ということで早速お願いしてもよろしいかしら?」
「では失礼して……」
空子が瑠璃へと近づいていき――、
「……え!? ちょっと、南須佐さん、アナタどこを触ってるんですの!!」
「服を直すのに必要な過程なので、少しのあいだガマンしてもらえますか」
「そ、そうは言いますけれど……ひゃんッ」
「へ、変な声出さないでください!」
「そう言われても……あ、ちょ、ちょっと……ああっ!!」
瑠璃と空子で交わされているやり取りを見ながら、
「え、アレをアタシたちもやられるの……?」
「18歳未満お断りとまではいかなくても、R15あたりのちょっとHなラブコメくらいのことはされてますなあ」
和子の言葉に、
「「あれがちょっと!?」」
泉と市子が引き気味になるなか、どうにか処置が終わり、瑠璃は元のメイド服姿を取り戻す。
「も、元に戻れたのはいいですけれど……これは……自分の未熟さもあわせてダブルの屈辱ですわ……」
精根尽き果てたという感じでへたり込んだ瑠璃を尻目に、
「さて、次はそっちの人たちね」
空子が白布をまとった女子たちへ目を向ける。
「いえ、遠慮します!」
「ど、どうぞお気遣いなく」
「えーと、もう妖着ってヤツは脱げたんで、普通に私服に着替えるのじゃダメかな?」
「気持ちは分かるけれども、そういうワケにもいかないでしょ」
ゆっくりと空子が近づき、女子一同がゆっくりと後ろに下がる。
空子がさらに踏みだすと、女子一同もさらに後ろへと下がる。
より空子が近づこうとすると、女子一同はいっせいに散らばるようにして逃げ出した。
「あ、ちょっと! 逃げないで!」
「そんなこと言われても!」
「お待ちなさい! あなたたちもワタクシと同じ恥辱を受けるべきですわ!!」
「異議あり! 横暴だ、横暴!」
「ワタクシが捕まえますから、南須佐さんはさっきのアレをみなさんにっ!!」
「「「いやーっ!!」」」
龍星と陽樹は、背後である意味惨憺たる光景が繰り広げられている様子を聞きながら、
「ヒメ様に頼めば服はすぐ元通りになりそうだけど、ソラちゃん気付いてないのかなあ」
「ヒメも神気はカツカツだろう。だからこそクーコさんに一任してるんじゃないのか」
「なるほど。でもヒメ様のことだからこの状況を楽しんでそう」
「見えなくてもそんな感じはするな」
男子ふたりの想像どおり、乱痴気騒ぎが好きなスズノは言うまでもなく、モエギもこの状況を見て笑い転げており、シズカですら(あらあら)という感じでただ状況を微笑ましそうに見守るだけだった。
本来こういう状況においてのストッパーであるべき空子が騒動の当事者であり、もうひとりのストッパーになりそうなシズカは女の子たちがわいわいとしているのが大好きと、騒ぎを収める者がひとりもいないというなんとも散々な状況だった。
「こういう場合、僕たちはどうすればいいと思う?」
「『見ざる言わざる聞かざる』と決め込むのが紳士としてのエチケットではなかろうか」
「そうするのが正解かなあ。そういえば『見ざる言わざる聞かざる』の三猿ってなんか悲惨なリメイクというか改修が施されたらしいよ」
「へー、今度どんなふうになったか調べてみるか」
などと会話をしつつ、ふたりはシーツお化けの状態で耳をふさぐのだった。




