37、おしおき☆パラダイス
スズノの体を炎天が横薙ぎにする。
怒り心頭状態の龍星だったが、さすがに手加減を考える余裕はあったので、インパクトの瞬間に炎天をハリセンへと戻していた。
それでも炎天の威力はすさまじく、ハリセン状態であってもひと打ちだけで、スズノを軽々と壁へ向けてはじき飛ばす。
スズノはぶつかる寸前で器用に宙で回転して着地したが、腰が抜けてしまったのか立ち上がれなくなる。
シュウッと気が抜けるような音とともに、スズノの体から霊気が失せていき、体形が元の小柄なサイズへと戻っていく。
炎を思わせるメッシュは灰色の髪から消え、ネイルも化粧っ気のない指先に。
派手だったメイド衣装からもアレンジが消え去っていく。
特徴的な猫耳は後ろへと引かれ、髪に埋もれるくらいに伏せられている。
華やかさがなくなった抜け殻ともいえる状態のスズノに向かって、龍星は鬼気迫るオーラを出しながらゆら~りゆら~りと追い詰めるように近づいていく。
炎天もこの追い込みを楽しんでいるかのように、ハリセンの姿のまま揺れる炎のイメージをまとう。
「悲しいな、今の一撃で倒れていれば楽になれたものを……」
周囲を焦がすような熱気をいだく炎天とは裏腹に、冷たく響く龍星の非情な言葉に、
「ダ、ダーリン、落ち着くにャ! 今のダーリン、なんだか悪役っぽいにゃ! そ、そうだ、理性にゃ! 理性をもって行動するにゃっ!! ダーリンは正義の人のはずにゃ!!」
スズノは慌てふためきながら声を振り立てるが、
「あいにくその理性とやらは、誰かにたっぷりと吸いとられたんでね」
皮肉めいた笑みを浮かべて、龍星が答え、炎天もそれに呼応するようにいちだんと炎をあげて燃えさかる。
「まあでも、正義の人といわれたからにはきっちりと正義というものを執行するとして……お前に受けた傷は生半可なことでは癒せん……その借りは、俺が満足するまでお前の体と心に刻みつけさせてもらう」
「……なんだか、言葉だけ聞いておるとひどく淫猥というか、いかがわしいというか、なんかちょっとHじゃのう」
モエギがどこか楽しそうに言い、
「いい! いいです! 今のそのセリフ、参考にするであります! いやもうなんというかこのシチュエーション、ネタの宝庫でありますよっ!!」
和子が歓喜で興奮した声をあげ、メモにペンを走らせていく。
「外野はちょっと黙ってて」
とだけ言って、龍星はスズノへと近づいていく。
「ダ、ダーリン、ボクらはフレンチキスをした間柄だし、ここはホトケの心になって慈悲を見せるべきにゃ! ね、仏蘭西の仏はホトケの仏にゃ!!」
「……これからお前をそのホトケさんにしてやろうかと思っているんだが」
「ホトケさんとか刑事ドラマ以外で口にする人初めて見た」
「刑事ドラマといえば『椚山警部』の新作がやるみたいだけど」
「ああ、あのシリーズ面白いよね」
「主演の青辺理男がカッコイイんだよね」
「去年の劇場版も良かったですな」
そんな女子たちの刑事ドラマへの論評を聞き流しながら、
「まあ、せめてもの情けとして、フランスへのこだわりがあるようだから、手向けの言葉はフランス語で贈ってやるよ……じゃあな、アデュー」
と告げて、スズノに一撃を振り下ろそうとした龍星の前に、
「ああ、待った待った! ちょーっとストォッープっ!」
大きく両腕を広げた和子が割り込むようにして立ちはだかった。
「どいてもらえるかな」
「どきません! どくわけにはいかないでござる! 可愛い制服を用意してくれたうえに、ヤバめ激萌えシチュエーションでイマジネーションを喚起してくれたネコミミ女装美少年の主任さまを見殺しにするなんて、わたしにはできないでござるよっ!!」
早口ながらも、すごくなめらかな口調で、和子が主張する。
「ここまで本音が駄々もれなのもすごいね」
あっけにとられた陽樹が呟く。
「イマジネーションってなんだ、そりゃ」
毒気が抜かれかけた龍星の顔をじっと見て、和子は頬を赤く染めると、
「いやその……あれだけ素敵なキスシーンを見せつけられたら、筆が進むというかペンが走るというか……」
もじもじとしながら答える。
「あんなもん素敵でもなんでもないわっ! つーか、思いださせるなっ!」
龍星は「はあーぁ」と大きくため息をつき、
「おい、罪深猫。その娘に感謝するんだな」
和子とスズノに背を向けて下がると、手近な椅子を引き寄せて疲れたように腰掛ける。
いっぽうの和子は張り詰めた糸が切れたかのように、へにゃへにゃとなって、スズノのそばに崩れ落ちた。
空子があわてて駆け寄り、
「ちょっと、先輩大丈夫ですか? もう、鶴さんが変な凄みをきかせるから」
「い、いや……たしかに凄みはきいたんでござるけれども、どちらかというとこれまでの流れでそちらの鶴来さま、いえもう、推しとしてリューセイさまとお呼びさせていただきます。で、リューセイさまとスズノきゅんとのカップリングが、わたしの中で完ペキにマッチングしてそれが足腰に来ました。しかしながら、このダメージは心地よいのであります……ぐふ、ぐふふ……」
龍星の態度に心酔したような表情を浮かべている和子に、
「えーと、さっきから気になってるんでいちおう聞くけれども、もしかして……ミケさんって腐ってる人?」
陽樹が和子の名札に書かれたニックネームを見ながら尋ねる。
「やだなあ、食べ物を扱うお店で『腐ってる』はご法度でござるよ。ですので、この店では、わたしは想像力に富んだ女子こと『富女子』であります!」
と和子は誇らしげに親指を立ててみせる。
「ああ、そういえば豆腐のことを豆富って書くお店があるね」
「ん、トウフ? 腐ってるってどういうこと?」
「あとで説明……いやこれはソラちゃんが知らなくてもいい知識かな」
「お、どれみ殿もこちらの世界に興味がありますかな? ならば、それがしが布教いたしますぞ」
「僕としてはそっちの道にソラちゃんを引きずり込まないで欲しいかな」
疲れ果てた様子でぼんやりとそのやり取りを見ていた龍星に、
「大丈夫か、リュウセイ?」
モエギが心配そうに尋ねる。
「あんまり大丈夫じゃないな……えらく疲れた」
「まあムリはするな。ところでハルキとあの女子はなにを話しておるのじゃ? なにか相通ずるものがあるようじゃが暗号で話しているようにしか聞こえん」
「俺にはよく分からん」
と答えたあと、龍星はなにかを思いついたように顔をあげ、
「なあ、ちびヒメ」
「なんじゃ?」
「あいつには、例のオシオキを許可しようと思うんだが」
と、スズノのほうを目で示す。
「まことかっ!」
モエギは満面の笑みを浮かべると、
「フフ、シズカのときはリュウセイとハルキに邪魔立てされたが、此度はそのリュウセイの許可を得たゆえ、思う存分にやらせてもらうぞ」
スズノへと爛々とした目を向ける。
「ちょっと待ってください! オシオキっていったいなにをする気ですか! 暴力ですか! バイオレンスですか!」
スズノに寄り添う和子が不安そうな面持ちで、モエギを見る。
「なぁに安心せい。命までは取りはせぬ。というかバイオレンスなことは起きん。ただ少しばかり、古今東西、洋装和装、ナースや婦警さん、シスターにチアガール、セーラー服やブレザー上下、浴衣にチャイナドレスなどと、我らの前でありとあらゆる衣装を着たひとりコスプレ・ファッションショーをそやつに披露してもらうだけのことじゃ」
「可愛い服でより可愛くなるとのことじゃったし、その望みを思う存分かなえてやろうというわけじゃよ。そう考えるとスズノにとってはお仕置きというよりはパラダイスかもしれんがのぅ」
例によって、モエギは立て板に水のごとくよどみなく、こともなげに言ってのけて、にんまりとした笑顔を浮かべる。
モエギの口上を聞いた和子は少しのあいだ考え込んでいたが、
「あの……?」
「なんじゃ? 止めようとしてもムダじゃぞ? わしの決心は揺るがんのでな」
「……いえ、服のリクエストをしてもよろしいですか?」
「無論!」
予想外の質問だったが、モエギは即答する。
「だったら許可します!」
和子もモエギに負けずおとらずな即答ぶりだった。
「……ひ、ひどい」
思わず陽樹がつぶやく。
「ギャラリーも多いし、燃えるわ。フフフ、そして……」
モエギはスマートフォンを取り出し、
「じゃ~ん、わしのスマホがこんなカタチで役に立つ日が来ちゃったりなんかしちゃったりして」
「あ、あの、少しだけ待っててください! わたしもスマホを取ってくるであります!」
「よい。それぐらいの猶予はある」
「あ、あと服のリクエストなんですけど、無地のワイシャツ、サスペンダーに短パン、ひざ上タイツとかでもOKですか? それと上半身に大きめのワイシャツのちょっときわどいというかあざとい感じで俗にいう萌え袖彼シャツとかも?」
「なんというか、そなた、なかなかに通というか、マニアックじゃな。だがよい。そなたの願い聞き届ける。なにせ、わしは服と福の神であるからな」
「ありがとうございます!」
と答えて、スマホを取りに早足でバックヤードへと進んでいく和子の後ろ姿を見ながら、
「……女の子って、ときたますごい怖いね」
陽樹の呟きに、
「まったくだ」
と答えながらも、龍星はしてやったりという笑顔を浮かべていた。




