32、なんとフレンチ極まりない
「いやはや、リュウセイとハルキの小言には慣れておるが、組み合わせが変わるとこれはこれで乙な味わいじゃな」
陽樹と空子のツッコミを聞き流すように振る舞ってから、
モエギは暗く沈んだ表情を見せたままの龍星へと、
「しっかりせい、リュウセイ! キズは浅いはずじゃ! たぶん……」
励ましの声をかける。
「どうだろうにゃ? ダーリンのキズが浅いか深いかは分からないけど、ダーリンとのキスは間違いなく深かったにゃ。そのおかげでキズナもより深まった気がするにゃ」
はにかみながら代わりに答えたスズノの発言を聞いて、
「キスが深い? それはまさか……お主、されたのか? その……フランス的なやつを……?」
モエギが憐憫のまなざしを龍星へと向ける。
「うふふ、オトナのキスをしちゃいました。ああ、あの感触、思いだすだけで体の底から熱くなってくるにゃ」
目を潤ませ、頬を上気させた恍惚の表情とともにスズノが答える。
「フ、フランス的なやつって……?」
「オトナのキスと言ってることから、その……なんというか、普通のキスよりもアダルトというかちょっとHなヤツでしょうな」
「アダルトってもうものすごくHにしか聞こえないんだけど」
「け、結婚もしていないのにハレンチすぎますわ!」
「結婚はともかく、両者がオトコ同士の場合はハレンチになるのかなぁ?」
「そこは議論が分かれるところではありますな」
「オトコ同士でもフレンチ極まりないですわよ!」
「ルリさん落ち着いて」
「ん? あ、ええとフレンチではなく……ハレンチですわよ!!」
「フレンチなだけにハレンチ……つまりフランスはハレンチってこと?」
「それ、フランスの人が聞いたらすっごく怒ると思うよ」
「比楽さん、今すぐフランスの方に向かって謝って」
女子たちがそんな会話を進めていくごとに、龍星の表情はますます暗くなっていき、周りに暗いオーラがただよい始める。
「リュウセイ、気を強く持て。そ、そうじゃ、猫、猫じゃ。飼い猫にじゃれつかれて顔をなめられたようなものと思えばよいのじゃ!」
モエギは気の毒そうな表情を浮かべながらも、彼を鼓舞するように言ったが、
「飼い猫ならまだしも妖怪猫だし……猫の姿をしてるならともかくヒトの姿で……うう、ざらざらとした舌が口の中に……って、思いださせるな……」
「勝手に思いだしたのはお主じゃろうが」
「ヒメ様、それはちょっと酷すぎる」
陽樹が取りなそうとするが、時すでに遅く、
「とにもかくにも俺はもう役には立てん……ハル、あとは任せた」
ひといきに花がしぼむように、龍星はガクッとうなだれる。
「ああ……刀気だけでなく残っていた活気までも……」
「積み重ねはあったとはいえ、とどめの一撃はヒメ様だと思うけど」
「冷静に断ずるな。しかしリュウセイがこのようなカタチで犠牲になるとは……スズノに仕置きをする理由がこれでひとつ増えた」
モエギが龍星の後ろに立つスズノへとキツい目を向ける。
「う~ん、お仕置きされるのも困っちゃうけど、お仕置きから逃れるためのパワーアップができないのも困ったものにゃ。まったく計算外にゃ……ん?」
スズノが怪訝な表情を浮かべたあと、ノドになにかつかえているかのようにえずき始める。
「猫ちゃんが毛玉はくときみたい」
市子が感想を述べたとき、
「かはっ」
苦しそうにしていたスズノの口からぼふっ、と炎が噴き出た。
「毛玉じゃなくて火の玉はいたんですけど!」
「え? 猫って妖怪になると火を噴けるようになるの?」
「あまり聞いたことはありませんが、世界は広いですからなあ、どこかの国には火を噴く猫の妖怪がいてもおかしくないかもしれんですぞ」
「やっぱり流れ的にフランスあたりにいるのかなあ……」
「フランスから離れたほうがいいと思う」
「じゃあイギリスやドイツあたり?」
「そうではなくて」
「でも猫が火を噴くのって無理がないですか? 猫舌っていうくらいだし」
「一理ある」
「こういうときは委員長に聞いてみよう」
女子の視線が空子に集まる。
「私は妖怪博士じゃありません」
閉口した表情で空子が答える。
「まあ化け猫のなかには火と関係深いものもおるが、スズノと火の気は相性があまりよくないようじゃな」
モエギが横から説明をくわえる。
「たしかにこれはちょっと刺激が強すぎるかも……となると、ダーリンに少し返したほうがよさそうだにゃ」
と、スズノが龍星に3度めとなるキスをしようと迫ったが、肝心の龍星は椅子ごと一本釣りされたかのように宙へと持ち上げられ、スズノの前から遠ざかっていく。
一同が龍星が運ばれた先を目で追うと、椅子にのった龍星を抱きかかえたシズカがモエギたちのそばに立っていた。
店の中にやってきたシズカが蜘蛛の化身としての能力を使って、龍星を椅子ごと自身の糸で釣り上げて引き寄せたのだった。
「あ、シズカっち、ダーリン返してにゃ!」
「スズノちゃん、人に迷惑がかかるおイタはダメって言われてるでしょ」
相変わらずどこかのんびりとした穏やかな口調だったが、その声にはやや怒りのトーンが含まれており、スズノはおっかなびっくりした表情を見せて後込みをする。
「でかしたぞ、シズカ」
モエギは龍星の自由を奪っていたドーナツやバームクーヘン状の拘束を壊していく。
拘束から解放されたものの、ぐったりとした感じの龍星に、
「リュウちゃん、大丈夫?」
陽樹が声をかけるが、
「……心に受けたダメージ以外は」
龍星は棒読みのように感情のこもっていない声で答えたあと、
「とはいえ、あいつに一撃を食らわさないと俺の気がすまない」
と立ち上がり、炎天を構えようとするがそのまま力なく床の上にへたり込んでしまう。
「リュウセイ、無理はせずじっとしておれ」
「すまない、ヒメ。俺がふがいないばっかりに」
モエギは落ち込んでいる龍星の頭をなぐさめるように軽く撫で、
「お主は体力回復を優先するがよい。しかしこうなってしまうと、ハルキと委員長、お主らふたりが頼みの綱じゃ」
陽樹と空子へと声をかけた。
「僕ら?」
「そうじゃ。じゃが、今のハルキと氷天では刀気に練度が足りぬゆえ、奥の手というか禁じ手その2を使うことにするぞ」




