30、クチビルトラップ
※本エピソードには感想・評価の分かれる展開・描写が含まれます。
スズノの放った言葉に、モエギだけでなく龍星、陽樹も顔色を変える。
事情を飲み込めていない女子たちを代表するように、
「なんの話?」
空子が誰ともなしに尋ねる。
場がちょっとした沈黙に覆われる中、
「リュウちゃん、ヒメ様。僕から説明しても大丈夫?」
陽樹がおずおずと申し出る。
「隠しても仕方がないであろうから、わしの口から説明するとしよう。簡単に言うと、わしはリュウセイとキスをすることで一時的にパワーアップというか、天女としての力を取り戻すことができるのじゃ」
「キス? 鶴さんとヒメ様が? それってなんかマズいというかダメなんじゃない?」
「仕方ないであろう、そうでないと神の力を振るうことができなかったのじゃから」
「結果のほうじゃなくて手段のほうです」
「……たしかに手段を問われれば禁じ手ではあるのじゃが……そ、それにはのっぴきならぬ事情があって、あのときはリュウセイがピンチだったというのもあるし、手っ取り早い手段としてそれしかなかったんじゃ……そうじゃよな、リュウセイ!」
少し顔を赤らめながらモエギが同意を求めるように言い、龍星も顔を赤らめながら首を縦に振って同意する。
モエギの言葉の真偽を問うように、空子が龍星と陽樹の顔を交互に見つめる。
「ピンチってのは間違いないよ、僕らヒメ様が来なかったら山の中で倒れたままだったろうし、フクマもより多く山の外に出て行っちゃったと思うし」
陽樹がフォローを入れる。
「でもだからってキスってのは……」
空子は難色をしめす。
「うんうん、真面目な委員長ちゃんにはちょっと刺激が強いよね」
スズノがからかうように言い、
「まあダーリンとキスするのはボクじゃなくて、瑠璃ちゃんなんだけどね」
と続ける。
突然指名された瑠璃は顔をこれまでにないほど真っ赤にしながら、
「な、なんで、ワタクシが!? クチビルを賭けた勝負の結果としてならいざ知らず、ワタクシには、その……くちづけをする理由がありませんわ」
「肌というか下着姿もさらしてるんだし、いまさらキスくらいどうということはないんじゃないかにゃ」
「そういう問題ではありません」
「未来の旦那様候補なんだし、結婚式の予行演習だと思えばいいにゃ」
「それでも、まだワタクシたちには早すぎます!」
「ワタクシたちって自分で言っちゃってるし」
「……ちょっとお待ちになって。今のは言葉のあやで……ああもう! とにかく今はその必要はありませんわ!」
「理由が欲しいっていうのなら、ダーリンから刀気をもらえば確実により強くなれるっていうのじゃダメかにゃ? そのメイド服を着ているとき限定にはなるけれど、キスひとつで強くなれるのなら願ったりかなったりじゃないかにゃ?」
スズノの言葉に瑠璃は心がよろめきかけたのか、ちょっとのあいだ考え込んだが、
「そ、そうだとしても、ワタクシはワタクシの力で強くなって、鶴来さまの横に並び立ってみせますわ」
「そっか。じゃあ琥珀ちゃんは?」
「え? うち?」
次に名指しされた琥珀が目を丸くする。
「そう。だって気に入ってるんでしょ、ダーリンのこと」
「え? あ、いや、だからそういう意味でのお気に入りってワケじゃなくて……」
「またまた~、再戦するためだけにフクマを探し求めるとか普通はそこまでしないにゃ」
「やはり琥珀さん……アナタは……」
「違うってば!」
「ささ、琥珀ちゃん。今こそ想いを成し遂げる時! 存分に堪能めされい」
「いや、だから……付き合ってるんわけでもなし……好きとかそういうんじゃなくて、うちが一方的に勝負を挑んでるだけで、だいたい互いのこともよく知らんわけだし……」
もじもじとする琥珀の言葉をさえぎって、
「もうじれったいにゃあ。はい、他に立候補する人は?」
スズノが他の女子に問う。
誰も手を挙げようとしないのを見て、
「和子ちゃんは? マンガの参考とかになるかもよ」
「興味がないといえばウソになりますが、この場合キスでパワーアップしてもわたしは戦いには向いていないのであまり意味がないですなあ。それよりは他人がキスするところを描写するほうがいいかと」
「それじゃあ泉ちゃん」
「いやあ……お相手がそこそこカッコイイとはいえ、もうちょっとロマンチックなシチュエーションのほうが……っていうか、その……男女の付き合いには段階があって……」
「みんな煮え切らないにゃあ、じゃあ市子ちゃんは?」
「え? いえ、わたしもこういうことには段階を踏んだほうがいいのではと……」
「志願者ゼロかにゃ。だったら、ダーリンの唇はボクがもらっちゃうね」
その言葉とともに、スズノは軽くジャンプすると、龍星のももの上へと着地する。
「にゃはは、こうやってまじまじと近くで見ると本当にイイ男なんだね~」
と言いながら、スズノは龍星の髪へと手を伸ばして、くしゃくしゃとかき乱すと、
「でも、こうするとよりワイルドでセクシーな感じでステキにゃ」
妖艶な笑みを満面に浮かべる。
「お、おぉーっ」
和子がその情景に触発されて、さささっとペンを走らせる。
「は~い、リラックスしてボクに全部ゆだねちゃっていいからね~」
スズノの指先が龍星の髪から頬を撫でるように滑り、首筋、襟元を経由して服の合わせ目へと這っていく。
「いや待て、スズノ!」
モエギが叫び、前に進み出ようとするが、
「待たないにゃ」
とのスズノの言葉に反応して、飾り物でしかなかったお菓子の家具がポルターガイストのように跳びはねてモエギたちへと迫る。
「ハルキ、委員長はわしの後ろへ!」
モエギはふたりに命じるのと同時に、陽樹と空子の未散花から白布を引き出して大きく広げた。
布は宙に浮く即席の盾となって、飛び回る家具から3人を守る。
モエギがポルターガイストに足止めされているのを尻目に、スズノは龍星の頬に手をそっとあてがい、ゆっくりと顔を近づけた。
身動きのとれない龍星は抗おうと身をよじるが、それにかまわずスズノはおもむろに唇を重ねる。
大胆なスズノの行動を赤面しながら見守る女子たちから、
「迫力があるというか、見ているだけでもドキドキしてきますな」
「なんかのぞき見みたいで、やましい気持ちのほうが強いですけど……」
「っていうか、キ、キスってあんなに吸うものなの……?」
「存じ上げませんわ……し、したことありませんもの……」
と声があがる。
「そうだよ~、こうやって愛しいダーリンの理性を吸い取っちゃうの。みんなもキスするときは真似していいからね~」
スズノはいったん唇を離して女子たちに答えると、龍星の首の後ろに手をまわし、体をさらに密着させるとふたたび唇を重ねてより強く長く吸う。
モエギが暴れまわる家具たちを大きな布でくるんで鎮圧するのと同時に、スズノは唇を離して「ふぅ」と甘くけだるげな吐息をもらし、
「甘露甘露にゃ」
立ち上がって龍星から離れ、口元を手の甲で軽くぬぐう。
「お、おまっ……おまえ、なにをしてくれるんだ!!」
龍星は顔全体を真っ赤に染め、唇を奪ったスズノを睨むように見つめる。
「ふふっ、クチビルも刀気も美味しくいただきましたにゃ。そうそう、女子の皆はキスする予定があるなら、直前に食べるものは厳選しておいたほうがいいかもね。キスがめんつゆやコーヒー風味ってのもそれはそれで味があるかもしれないけれど」
スズノは舌先で唇をなぞるように舐め、濡れた唇でにっこりと艶めかしい笑みを見せる。
これまで以上に人間離れした妖猫らしさで、見ている者の心をどこかざわつかせる笑みだった。
「刀気を奪うのが目的だったけど、半分くらいは夏祭りのお礼というか巻き込んだお詫びと自己満足を兼ねてって感じかにゃ。ダーリン、人間にしてはイイ男だしね」
と、楽しそうに声を弾ませるスズノの顔つきや背格好がやや大人びたものへと変わっていく。
明るい灰の髪に炎のような赤みを帯びたメッシュが走り、手の爪は軽く伸びて炎模様を浮かべて赤く映える。
「さすが炎天を託されてるだけあって、火の気が強くて体が芯からかっかとしてくるにゃあ。ということは……」
自身の体を抱きながらうっとりとした表情で感想をもらしたスズノはちらりと陽樹のほうを見て、
「ダーリンが炎天ということは……水の気が強いキミは氷天を託されてるのかにゃ? そっちの刀気も味見してみたいところにゃ」
ネイルを見せつけながら指先でなまめかしく下唇をなぞった。
陽樹は顔を青くし、思わず口元を手で押さえて後ずさりをする。
「安心せい、ハルキのクチビルはわしが守りとおす」
モエギが陽樹をかばうように前へ出た。
スズノは、
「フフ……ダーリンの刀気を手に入れたボクに今の姫ちゃまが敵うのかにゃ?」
不敵に微笑んだあと、
「とはいうもののおかしいにゃ。ダーリンの刀気は間違いなく奪ったのに、神気も妖気もこれといってパワーアップした感じにならないにゃ」
不思議そうに呟く。
「手順は間違ってないはずなのに……やっぱり、同性同士じゃうまくいかないのかにゃ?」
何気ないスズノの言葉に、店内が一気に凍りついた。




