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ふく×ふく2 決闘の舞台はあなたのおそば  作者: こっとんこーぼー(琴音工房)


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3、鶴と亀

 萌木神社の祠は七十センチほどの高さをした石造りの台座の上に、切妻きりづま屋根を持つ約三十センチ丈の木製の殿舎でんしゃが置かれたタイプで、ハタオリノモエギヒメの使いである蜘蛛、猫、蛇が奉られている。

 それら三体は一般的な生き物としての蜘蛛、猫、蛇ではなく、それぞれが妖怪として退治されたのち神使に召し抱えられたという逸話を持っていた。


 機織り娘を里からかどわかす蜘蛛の妖怪婀羅紅寧(アラクレナイノシズカ)は裁縫に秀でた神使に。

 河川を氾濫させる蛇の化身にして暴れ者の清長姫キヨナガヒメこと清長キヨナガ篝火魑(カガチ)は悪疫や物の怪を討つ神使鬼打姫(オニウチヒメ)へと。

 人をたぶらかし、堕落させることにけた猫の妖怪、鈴乃織富能更狸スズノオリトヨフセリは福を招く芸事に通じた神使に。

 これらの神使たちをモチーフとした諸物しょぶつは神社内に散らばり、狛犬の代わりや手水舎における像、授与所で扱う絵馬や御守りにも見て取れた。 


 そんな神使たちを奉る祠のそばに置かれた簡素な造りをした竹の縁台えんだいに腰掛けているモエギの前では、ちょうど舞いを終えた少年ふたりが息を弾ませていた。

 

 白雪の休憩を告げる声に、

「ふむ。こんを詰めすぎてもなんだし、ひと息入れるとしようか」

 と、少年たちにモエギが澄んだ声で告げる。

 ただ、彼女の口調は子どもらしい外見に似合わぬ大人びた感じのもので、その身全体にも無邪気さだけでなく老練な雰囲気があった。

 襟元には五色の勾玉を紐でくくった首飾りがあり、それらは真夏の陽光を受けながらも色とりどりな氷細工のように涼しげな煌めきを放っていた。


 練習がひと段落となったことで、

「なかなかうまくはいかないもんだな。まあ1日かそこらで、物になるようなら苦労はしないか」

「でも、ヒメ様のアドバイスを受け入れたおかげで、だいぶマシになったよ」

 と総括を始めた少年たちに、白雪は「あの……どうぞ」とタオルを差し出す。


「どうも」

「ありがとうございます」

 と、ふたりは言葉少なにタオルを受け取って、額に浮かんだ汗を拭き取る。


 そんなふたりの様子を、夜里は盗み見るようにしてうかがう。


 鶴さん=龍星は、運動選手のようなすらりとした体型で、白雪の言うようにそこそこイケてる外見ではあるが、どことなく落ち着きのないうわついた雰囲気も漂わせていた。

 一方の亀さん=陽樹は、龍星より広い肩幅で背も少し高い。メガネをかけたやや丸い顔からはマジメで温和そうな雰囲気を感じ取れる。

『名は体を表す』の言葉どおり、龍星には夜の星を思わせるキラリと光るものがあり、陽樹には樹木を思わせる安らぎのようなものがあった。

 両者は対照的でもあり、近似的でもある不思議な関係を思わせた。


 その関係性を深掘りしようと観察をしていた夜里を、白雪は軽く小突き、小さく咳払いをする。

 見ることに注力していたせいでお盆を手にしたまま棒立ちになっていた夜里は、慌てて頭を軽く横に振り、自身の役目を思いだして縁台の上へとお盆を置いた。

 白雪が並べられたグラスに麦茶を注いでいくと、氷はないものの、よく冷やされた麦茶は透き通った琥珀色でグラスを満たしていく。


「どうぞ、ヒメさま」  

 と、夜里が差し出した麦茶を受け取って、

「うむ、かたじけない」

 古風な受け答えをするこの少女が福と服の女神であるハタオリノモエギヒメそのものであるということ、また彼女のそばに立つ龍星と陽樹がモエギが過去に封印した妖怪フクマを解き放ってしまったこと、フクマをふたたび封印するためにモエギに仕える剣士となったこと、巫女のシズカが神使アラクレナイノシズカであることなどを、ふたりの若い巫女は知らない。


 夜里が続けて、龍星と陽樹へと麦茶を差し出すと、

「ありがとう」

「どうも」

 と、タオルのときと同じように、短い言葉とともに受け取る。


 モエギはお盆の上のシュガーポットから角砂糖を2個取ると、グラスに注がれた麦茶の水面にゆっくり近づけていく。

 白い角砂糖がみるみる麦茶を吸い上げて琥珀色に染まっていく。

 下半分の色が変わると、モエギはそっと指を放し、角砂糖は麦茶の中でほろほろと形を崩して、粉雪のように水底みなそこへ向かっていく。


 そのプロセスをモエギは満面の笑みで見届けると、

「ほれ、ハルキ」

 縁台に腰掛けた陽樹のほうへシュガーポットを移動させる。

 陽樹もモエギ同様に角砂糖をふたつ取り、グラスの中へと沈めていくと、全体に溶け込ますようにグラスを軽く回すように振った。 


 龍星は立ったままで、砂糖を入れずにストレートなままの麦茶をひとくち飲むと、

「ふたりとも、さすがに砂糖2個は入れすぎじゃないか?」

 モエギと陽樹の行動を見ながら言う。

「分かってないのう、この甘さがよいのじゃ」

「ヒメ様に同意するよ。リュウちゃんもこっちの派閥に加わればいいのに」

「遠慮しておくよ」

 とだけ答えて、龍星はふたたびグラスに口をつけた。


 そんな三人を見ながら、白雪は夜里を祠から少し離れたところに引っ張っていくと、彼女だけに聞こえるようにして、

「なんか鶴さんと亀さんって、ヒメ様が相手だと私たちとのコミュニケーションと違ってセリフの量多くない? なんというか、こっちにはちょっとよそよそしいというか微妙に距離感があるって感じなのに。まさかの年下趣味だったりするのかな」

 小声でささやく。

「そういう言い方は失礼だってば……だいたいこっちはそんなに親密になるほど接してないんだし」

 夜里も小声で返すと、

「そりゃまあそうなんだけどさ……親密になる・ならないの前に、女子としての扱いっていうか接し方の差は気になるじゃん」


 そんな感じでひそひそ話を繰り広げている巫女ふたりを横目で見ているモエギの口角が徐々に上がっていく。

「ヒメ様がああいう顔をしているときは……」

「なにか悪だくみをしているときだな」

「悪だくみとは失敬な……」

 モエギはいかにも心外だとの表情を浮かべたあと、

「おぉい、そっちのふたり。ちょっとよいかの」

 白雪と夜里に声をかけた。


 突然声をかけられ、

「ひゃ……ひゃいっ、なんでしょう!」

 白雪はうわずった声での返事をしてしまう。

 

「そんなに慌てふためくことでもない。実はな、お主らに頼み事があってな」

「頼み事?」

 聞き返した白雪に、

「うむ。このリュウセイとハルキのふたりを、歌って踊れる神主系アイドルとしてこの神社から売り出そうと思っておるのじゃが、このとおりせっかく見た目が良いというのに、ファンになりそうな年代の女子おなごに対して愛想がよろしくない。そこでじゃ、お主らになにか世間話なり質問なりしてもらって、こやつらにファンサっぽく受け答えさせ、それをわしが採点するというちょっとした余興に力を貸してもらいたいのじゃが」

 と語りだしたモエギのかたわらで、

「アイドルの話、まだあきらめてなかったのか」

「なかったみたいだね。僕としては踊りはともかく歌はちょっとなぁ……」

「そういう問題でもないだろ。ところでファンサってなんだ?」

「ファンサービスの略だね」

「ちぢめる必要ないだろ」


 やりとりする龍星と陽樹のふたりを見ながら、

「アイドル……?」

 とつぶやいた白雪だったが、祠の前の三人が自分に視線を向けていることに気付くと、隠れるように夜里の後ろへと回り、その背中側からぐいぐいと前に押し出そうとする。


「ちょ、ちょっと、なんで私を前にするの?」

「いや、目の前の男子はアイドルとかいきなり言われて、なにか話しろとか質問しろとか言われると無理かも。うん、絶対に無理だわ」

「それを言ったら私だって無理なんだけど……っていうか、ふたりがアイドルだったとか聞いてないんだけど」

「私だって初耳だよ。それはともかく私の代わりになんか話してくれる?」

「接し方がどうのこうの言ってたのはそっちでしょ。コミュニケーションのセリフ量を増やすチャンスじゃない」

「それはアイドルって分かる前の話……っていうか、アイドル相手に『いい人どまり』とかイキってすいませんでしたって、数分前の自分を穴掘って埋めたい……」


 互いをこちらへと押し出そうとしている巫女ふたりを見ながら、

「なんだかものすごい勘違いをしてるっぽいけど……」

「面白いから、お主らをローカルアイドルの卵ということにしたまま話を進めるとしようか」

「進めなくてもいいよ、というか進めるな」

 という龍星のツッコミをよそに、

「ほれほれ、未来のアイドルとじかに接する機会などそうそうないぞ」

 からかうような口調でモエギが催促する。

「そうじゃ、質問が思い浮かばぬようなら要望でもいいぞ。握手してくださいとかチェキお願いしますとか」


「……チェキってなんだ?」

「アイドルと一緒に写真撮影ってのがいちばん簡単な説明かな」

「……なんでこのヒメ様はそういう俗っぽいことを、よりにもよって自分の神社でやろうとするんだ」

 ぼやく龍星に、

「それこそ、わしの神社であるからじゃろうが。余所様よそさまの神社ならそんな勝手な振る舞いなぞせんわ」

「勝手だっていうのは自分でも理解してるのか」


 一方、若い巫女ふたりはというと――。

「いや、握手とか写真とか言われても……」

「話すのでさえ無理なのに、リクエストとかもっと無理でしょ」

 と尻込みする様子の夜里と白雪に、

「なにもコンプライアンスに反することをやらかすワケでもあるまいに、そこまで臆することか」

 と、モエギは言ってのける。


「コンプライアンス違反とか余裕でやらかしそうなくせに……」

 小声で呟く龍星に、

「なにをいう。わしだって体面くらい考えとるわ。神社の評判だってあることじゃしな」

「意外。ヒメ様もそういうことをちゃんと考えてたんだ」

 陽樹の言葉に、

「意外は余計じゃ」

 と言ったあと、巫女ふたりに向き直り、

「リュウセイとハルキのどちらかを選ぶのに迷っているというのなら分かるが……まあ仮にそうだとしても、ひとりを選べとは言わん。むしろ両方と握手したり写真を撮ったりしたほうがよりアイドルという感じがするしな。ただまあ、写真を撮った場合には『萌木神社でアイドルに会えました。この神社ものすごく御利益あります』との宣伝に使わせてはもらうが。まあそれはさておき、握手も撮影も並ばずできるのは今のうちじゃぞ、それに初回は半額どころかタダだぞ、タダということは実質無料じゃ。タダでこやつらを使えるお試し期間じゃぞ、なんかこやつらにやってほしいことのひとつやふたつはあるじゃろ?」

 モエギは判断に迷っている白雪と夜里に言葉で畳みかける。


「巫女さんと神主みたいな格好で写ってたら、どう見てもやらせだろうが」

「ステマだよね、ってこんなやり取り、前にもしたね」

「したな。ディテールはちょっと違うけどな」

「というか、ヒメ様の悪ノリがすぎる」

「悪ノリというか支離滅裂すぎて、巫女の子たちが困ってるだろうが」

 

 龍星と陽樹の言葉に、モエギはやや残念そうに、

「まあたしかに、あの娘らに一方的にこちらのノリを押しつけるのもなんだしな……よし。巫女たちよ、この話はなかったことに」

「その前にアイドルという話を否定してほしいんだが」

「そうそう、誤解だけでも解いておいてよ」


 そんなモエギたち三人の会話に割り込むように、

「あ、あの、ちょ……ちょっと待ってください!」

 声をあげた夜里へ、皆が一斉に視線を向ける。


 視線が集中したことで逃げ出しそうになった夜里だが、どうにか踏みとどまり、自身を落ち着かせるように静かに深呼吸すると、

「……あ、あの、おふたりにモデルになってもらうことはできますかっ!!」

 と口にした。

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