28、妖怪司
琥珀の言葉に呼応するように、黒猫のカタチをとっていた福魔が霧状の黒いベールとなって彼女の全身を包みこむ。
霧のベールが琥珀の体に吸い込まれるようにして消えると、彼女の格好は一変していた。
エプロンドレスだったメイド服は、白のワイシャツに黒いベスト、黒のトラウザーズといった執事を思わせる男装となり、両拳には白虎の顔がワンポイントとして浮かび上がる黒いナックルガードがはまっていた。
琥珀の変容に、龍星だけでなく女子たちも驚きの声を発する。
「ほう、執事服ですか。こう見てみると執事スタイルで接客というのも店的にはありかもしれませんなあ」
「メイド蕎麦屋と銘打っているから執事スタイルってのはどうかと思いますけど」
「いや今考えるのはそのことではないかと」
「変身って、アタシたちにもできたりするのかな」
「っていうか、妖怪のチカラだから副作用とか出ちゃうんじゃないかな」
「そう考えるとコスプレには便利そうですが、少々抵抗がありますな」
「にしても、動きやすい格好っていうから道着になるかと思ったんだけど」
「うちの道場は護身術なので基本的に稽古は普段着ですわよ」
「なるほど。日常で身を守るというなら道着はそぐわないですからなあ」
そんな会話をする女子たちのものと龍星の驚愕は根本から違っていた。
神器によって妖気を祓ったところにふたたび妖気が取り憑くのは、夏祭りの夜における蜘蛛のシズカとの戦闘での経験と、少し前に瑠璃が着ていたメイド服が再生するのを見ているため、そこに驚きはない。
だが、琥珀はあの晩にモエギの神力をもって浄められているので、そこにフクマが再度取り憑くという余地はないはずだ。
龍星の目がスズノへと移ると、彼の疑問を察したスズノが、
「これも実験の成果ってヤツ。琥珀ちゃんはフクマが取り憑く条件から外れてるんだけど、福魔ならこうやって取り憑くことができるのにゃ。ボクのチカラとの相性がいいってのもあるけど。ダーリンが姫ちゃまの神司なら、琥珀ちゃんはボクの妖怪司といったところかにゃあ」
スズノの説明に龍星の視線はより責めるようなものへと変わるが、
「ダーリンが言いたいことはなんとなく察しがつくけれど、こうでもしないと、琥珀ちゃん、もっとよくない妖怪に振り回されちゃう可能性があるし、ボクの目が届くところなら福魔も琥珀ちゃんもコントロールできるからね」
「だけどまあ、そんな懸念もダーリンが琥珀ちゃんと勝負してフラストレーションを発散してあげれば無事解決にゃ。それにもともとは結界にみんなを閉じ込めるのが成功していれば琥珀ちゃんを足止めに使う予定だったし、どっちみちダーリンと琥珀ちゃんが勝負するのは既定路線だったにゃ」
「そういうお話でしたら、別にワタクシが勝負をする必要はなかったのでは……」
「んー、結局逃げ切れそうにないからダーリンをテストするって名目に切り替えたんだけど、今日一日の流れを見ていて、瑠璃ちゃんも巻き込んだほうが面白そうだったから」
無邪気に答えるスズノに、瑠璃は絶句する。
「萌木神社の神様いわく、この猫の妖怪は自分の楽しさ面白さを優先するらしいから」
「そんなにほめられると照れるにゃ」
「ほめてない」
「ほめてはいませんわね」
龍星と瑠璃、ふたりからのけんもほろろな態度に、
スズノは少したじろぎながらも、
「でもでも、瑠璃ちゃんだってダーリンと勝負してて楽しかったでしょ?」
瑠璃は少し考え込んでから、じーっと龍星とスズノの顔を交互に見比べ、
「それはおっしゃるとおりかもしれませんが……服をはじき飛ばされたことで帳消しになりましたわ」
「ありゃ、それは残念。まあでも、瑠璃ちゃんがダーリンの技を引き出してくれたおかげで琥珀ちゃんはかなりやる気になってるみたいだよ」
スズノの指摘に、一同の視線が琥珀へと向かう。
琥珀は準備運動の深い伸脚から立ち上がるところだった。
飴色に変わった瞳にうきうきとした明るい光をたたえ、勝負に賭ける意気込みというよりかは対戦を思いっきり楽しもうとする気持ちが全身からあふれている。
彼女は龍星を見すえながら、
「傘や2刀流の戦法を隠してたんとか、やっぱり食わせ者だよね。夏祭りんときは手の内を半分もさらしてなかったってことでしょ。ルリさんには感謝しないと」
「いや隠してたワケじゃないんだが……まだまだ勉強中というか修行中だからね」
そう答えながら、龍星は自らのコンディションをチェックする。
スズノに威勢よく啖呵を切ったのはいいが、実際のところ瑠璃との対戦や慣れぬフウの型を使ったことで酷使した体は休息を欲していた。
服に宿る神力が体を癒やしてくれてはいるが、完全回復とまでは至っていない。
(ヒメが来るまでの時間は稼がないといけないとはいえ、逃げも休みも許されないのはちょっとしんどいな。だけど……)
モエギに『妖着を長く身につけていると、それだけ着ている者も魔に染まる』と聞かされているからには、妖気をその身にまとうことで妖怪司となっている琥珀を放っておくわけにもいかなかった。
彼女の着ている妖着を祓うにしても再戦へのわだかまりを晴らすにしても、どのみち勝負は避けて通れない。
(やるしかないのか)
龍星の気構えを了承ととらえた琥珀がうれしそうな表情を見せたあと、真剣な顔つきとなって身構える。
戦闘態勢に入った彼女に挑むように、
「天久愛流、鶴来龍星。その妖着、祓わせてもらう」
龍星は2対の扇を両手に構えた。




