27、再戦
「というわけなので早速リベンジ、再戦、雪辱戦とまいりますわ!」
「ルリさん、待って。再戦するんいうなら、うちに優先権があると思うん」
ドーナツ状の拘束を振りほどきながら、琥珀が立ち上がる。
「え? それって自力でほどけたの?」
泉が目を丸くしたあと、自分を拘束するバウムクーヘン状の輪っかをほどこうとチャレンジしてみるが、弾力のある輪っかはびくともしない。
「これがチカラの差か……」
がっかりする泉に、
「ああ、堪忍な。うち、主任さんとは最初からグル、一蓮托生の間柄なんで、実はいつでも簡単に抜け出せたんよ」
琥珀があっさりとした態度で放った問題発言に、
「じゃあ、主任さんが妖怪だって知ってたんですか?」
市子の問いに、琥珀が首を縦に振って肯定すると、床に落ちたリングドーナツを模した拘束具が黒い猫へと姿を変えていく。
琥珀は猫を抱き上げると、その頭をいとおしそうに撫でた。
黒猫がうれしそうに目を細める。
陽樹が脱出の間際に見た違和感の正体、『妖気の猫がなついている少女』とは彼女のことだった。
「その猫は……」
龍星の問いに、
「元々はフクマ、今は福魔になってるうちの相方」
答えた琥珀の肩に黒猫が乗り、龍星に向かって挨拶のような笑みを見せる。
「そういえば……桧之木先輩、主任に誘われてこの店で働くことになったって……」
「そのころからグルってこと?」
「正確にいうんなら、フクマが出た夏祭りの晩からってことになるんかな」
「そういえば琥珀先輩って、アタシと富津さんが救護所にいたときにやって来て、巫女さん……カガチって人と主任のこと聞いてきましたよね」
「え、じゃあ、わたしとも会ってる?」
「会ってるよ。そうなってくると、なんか縁があるっていうか不思議なつながりがあるのかも」
泉がしみじみと言い、
「って偶然なのかな、これ。あまりにもつながりがありすぎるというか……」
市子が疑問を口にする。
彼女の言葉どおり、この店で働く女子は強弱はあれど、なんらかのカタチでフクマや萌木神社、夏祭りに関わっていた。
琥珀は萌木神社の夏祭りでフクマ憑きになり龍星と勝負し、今はスズノと組んでいる。
この場にいない空子は龍星とともにフクマ騒動に対処する巫女。
泉は神社でビラ配り中にフクマ憑きになり、鬼打姫であるカガチと神社の巫女であるスズノに助けてもらっている。
神社の夏祭りには直接参加していない残り3人のうち、街の広場にいた市子は泉、カガチとスズノ、そして琥珀と縁ができている。
部活の後輩が神社で巫女のバイトをしていると言っていた和子ですら、
「縁がそれだけかといわれると、実は神社からの依頼で絵を何枚か納品というか奉納しておりまして」
神社、夏祭り、フクマにほぼ縁がないといえるのは、妹が琥珀とともに夏祭りに出かけただけの瑠璃くらいだった。
「なんで縁がいちばん薄いワタクシだけがこのような目に……」
「それこそ縁が薄かったからではないでしょうか」
「服と福の神様を奉った神社と縁が遠いのなら当然とも言えますなあ」
「厄落としとかお祓いをしたほうがいいかもしれませんね」
「たまたま運が悪かったというような物言いでいらっしゃいますけど、みなさまのメイド服にもワタクシ同様フクマが憑いてるのをお忘れなく。下手をすれば、みなさまだって下着姿をさらしていたのかもしれませんのよ」
不満げに瑠璃が言う。
「そう言われると、たしかに運が良かっただけかもしれませんなあ」
「店の中でならまだしも、外で服がはじけ飛んでたりしたら大変なことに……」
「店の中でも大事件だよ」
「……だいたい、主任さんだけでなく琥珀さんも人が悪いですわ。ワタクシだけでなくみなさまを巻き込んで」
「最初はうちも福魔をみんなに取り憑かせるんは不安だったんけど、数日ほど様子を見てたらこれならイケるんかなと思って」
「イケるんかな、じゃありませんわよ。イケてない結果がいま目の前にいるんですのよ」
「いや、福魔がフクマ同様にはじけ飛ぶんかどうか分からんかったし、ルリさんが勝負に乗り気だったんで止めるんのも悪いんかなあと」
琥珀の答えに、瑠璃は大きくため息をつき、
「できれば忠告くらいはしてほしかったですわね。でも、これで分かりましたわ。鶴来さまとの勝負が楽しかったというのは建前で、本当のところはワタクシ同様にはずかしめを与えた鶴来さまを血の海に沈めるために再戦を所望していたということが」
「え? いや、違うんけど……」
「ごまかさなくても結構。そもそも再戦にこだわっていた時点で気付くべきでしたわ。懸想しているのではなく、ただただ宿怨を晴らすチャンスを待っていたと。その報復の機会に横入りしたワタクシの落ち度を認めなければいけませんわね」
「えーと……」
「これはもしかして……」
「もしかしなくても、完全に思い込みモードへと入ってしまったようですな」
「思い込みが、というよりフクマの悪い影響を受けてるだけなのでは……」
当惑する女子たちを横目に、
「さてワタクシは1敗を喫しているわけですし、優先順位が琥珀さんにあるのも事実。ただ琥珀さんの他に鶴来さまをこてんこてんのぎったぎたんのめっためたにしてやりたいと思う方の意見も聞いておきたいですわ。さあみなさま挙手を。順番を検討いたしましょう」
瑠璃の問いかけに、
「いや、うちは別にこてんこてんとかにしたいんってワケじゃないんけど……」
と答えた琥珀に続くカタチで、
「わたしは見て描くが専門ですからなあ。頼まれたのなら実況やら解説やらもやぶさかではないのですが」
「ん~。アタシ格闘技とか習ってないし、負けると下着姿にされちゃうのはちょっとね~。それに今日は勝負下着でもないんで勝負はパスってことで」
「『ぱせり』のニックネームのとおり、主役ではないモブ女子なんで、かまわないでください」
和子、泉、市子と辞退する声が順番にあがり、
「なら話は決まりですわね。琥珀さん、バイオレンスを思う存分に奮ってコテンパンにしてやるといいのですわ」
「だからコテンパンとかにするのが目的じゃないんだってば……人の話はちゃんと聞いて……ま、いいか」
「説得をあきらめちゃった」
「もともと再戦したいと最初から言ってましたからなあ、他人がどう思うかは問題ではないのでしょう」
琥珀が進み出ると、肩に乗っていた黒猫は床の上へと降り立ち、彼女を先導するようにして龍星の前へと。
瑠璃は琥珀と入れ違いにソファーの空いたスペースへと腰を下ろす。
「その、桧之木さんと戦う理由もまったくないのですが……」
龍星がおそるおそる申し出ると、
「いや、それがあるんだにゃあ」
スズノが横から口を挟んできた。
「神司としてのチカラを計るテストの続きってことか?」
「うんにゃ。質問だけど、ダーリンは琥珀ちゃんが再戦するためだけに、夏祭りのあともフクマを捜していたって言ったらどう思う?」
「フクマを? なんで?」
龍星は驚いて琥珀に目をやった。
「琥珀ちゃんがただ再戦を申し込んでもダーリンなら今みたいに拒絶するでしょ」
代わりに答えたスズノへ、
「そりゃあまあ」
と応じた龍星に、スズノは夏祭りの晩に琥珀と出会ったいきさつを語り始め、
「――で、琥珀ちゃんが考えついたのがもう1回フクマに取り憑いてもらえば、ダーリンは否応なしに戦うしかなくなるって寸法で、福魔をつくりだす実験に協力者が必要だったボクとは利害が一致したわけ」
と締めくくる。
「筋道の立て方が乱暴すぎる」
龍星は予想外の経緯に対する正直な感想を口にし、スズノと琥珀に非難じみた視線を送る。
「たしかにやり方はおかしいし、間違ってるんかもしれんけど……そのおかげで、こうやってリュウセイさんにも会えたし、もういちど戦える――」
琥珀が暗く静かに、自嘲と熱狂が入り交じった笑みを浮かべた。
「そういうわけなんで、動きやすいというんか、それなりの格好になりますか。えーと、リュウセイさんたちを真似させてもらって――」
琥珀が目を閉じて、ゆっくりとひと呼吸する。
ふたたび目を見開いたとき、その瞳は飴色へと変わっており、
「変身」
低く発した呟きが、空間に爪痕を残すように響きわたった。




