24、第4のフクマ
部屋中の視線がスズノに集中する。
「そんなに注目されると緊張するにゃ」
と軽口をはさみながら、
「フクマがひた隠しにされてきたのはね、フクマってのは悪用されやすいからだにゃ」
スズノの言葉に一同はピンと来ず、
「というと?」
龍星が真っ先に聞いた。
「ダーリンには繰り返しになっちゃうけど、フクマに取り憑かれた女の子――フクマ憑きには3つのタイプがあってね」
スズノは女子たちへフクマ憑きの種類について箇条書きのように聞かせていく。
ひとつめ、寄生タイプ。
服に取り憑いたフクマに操られ、意志もなく、ただ人の精気を奪い集める。
ふたつめは共生タイプ。
フクマと共鳴して自身の願望、欲望を満たそうと共生関係を持ち、互いを補完し合う。
そして最後が支配タイプ。
フクマを逆に取り込み、自身の力へと変え、フクマの妖力を行使できるようになる。
「どれも厄介だってのは分かると思うけど、共生と支配のふたつは寄生タイプと違って、女の子の意志が残ってるってのが逆にマズいんだよね」
「なんでかっていうと、フクマってのは精神に悪影響を与えてね、その結果『どんな犠牲を払っても自分の願いだけはかなえたい、ほかの人たちに危害がおよぶことになってもかまわない』っていう性格になっちゃうから」
ここでスズノは龍星へ目をやり、
「ダーリンなら、共生タイプの危うさは理解できてるでしょ?」
その問いに龍星は黙ってうなずく。
龍星が遭遇したことのある共生タイプのフクマ憑き――、
この場にいる琥珀がまさにそうだった。
強くありたい、さまざまな相手との腕試しをしたいという目的のために、周りの人間が精気を奪われ倒れていくのを気にも留めず、それこそが望む世界のあり方とばかりに明るく平然と行動する。
『フクマは女子の願望をゆがめる』と、事前にモエギから聞いていた龍星と陽樹でもフクマ憑きとなった琥珀の考えの異様さには顔色を変えずにはいられなかったほどだ。
だがここで琥珀に視線を送るのは彼女の非をとがめるのよりも先に、琥珀がフクマ憑きであったということを女子たちに知らしめる結果につながるので、龍星はあえて彼女を見ないことにした。
「で、どんな手段を使ってでも願いをかなえたいって思うヒトがフクマのことを知ったらどうなると思う?」
スズノが問いかける。
「そりゃあ、便利な道具がわりに使うんじゃ……」
泉が答え、
「そのとおり。で、そうなることを避けるために、フクマはその存在ごと隠されてきたってワケ」
「……フクマについてどのような存在なのかは分かりましたが、封印されたうえに存在を隠されてきた妖怪がワタクシの服になぜ取り憑いていたんですの?」
「それについては俺も知りたい。だいたい彼女の服から妖気は感じ取れなかったぞ」
瑠璃と龍星がスズノを問いつめる。
「それはね……4つめ、つまり新種のフクマをつくり出す実験の結果にゃ。ボクはフクマを人の精気を奪わず、人をシアワセにすることで糧を得る魔物――というより神の使い、福魔に作り替える実験をしていたのにゃ」
スズノが器用に猫の手グローブで指を鳴らすと、空間上に様々なお菓子でかたどられた『福魔』の文字が現れる。
「フクマを福魔にするって……そんなことができるのか?」
龍星が半信半疑といった感じで聞く。
「ボクの神力とフクマの妖力をうまいこと配合してね。ダーリンが感知できなかったということはコントロールはうまくいったって証拠になるかにゃ。まあまったくフクマとは別物ってワケではないから、さっきみたいに炎天の一撃を食らったらBON! って、服がはじけ飛んじゃうけど」
スズノがもういちど指を鳴らすと、周りにあった『福魔』のお菓子文字も弾けるようにして消える。
メモを取っていた和子が顔を上げ、
「あー、よろしいですかな、主任どの?」
「なーに、和子ちゃん?」
「その……実験の対象になっているのは瑠璃どのだけですかな?」
「いい質問だにゃ。実はみんなの制服に福魔を取り憑かせてあったりするにゃ」
「え?」
女子たちが自分の体を覆っているメイド服に目をやる。
「ということは……」
「わたしたちの服にもそのフクマが取り憑いてるというコトになりますなあ」
「なんてことしてくれてるんですか」
市子があきれたようにスズノを見るが、
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。コントロールはうまくいってるから」
スズノのほうは気にも留めない。
「B級映画によくある制御に失敗して暴走するヤツじゃん……」
「疑いたくなるのは分かるけど、プレオープンからその服を着てても、みんな悪影響とかないでしょ?」
「そんなに前から……?」
「ってことは、もしかしてクーコさんも……?」
龍星は顔色を変えて、陽樹と空子が脱出した通路があった場所を見る。
「あー、どれみちゃんは大丈夫。バイトとはいえ神社で巫女やってただけでなく、姫ちゃまの神司だからね、それこそ妖気が取り憑くには取りつく島がないでしょ」
「ちょっと待って……つじつまが合わなくない? フクマって封印されてるんでしょ? それがなんでアタシたちに?」
「フクマならとっくの昔に封印が解けて外に出てるにゃ。まあ昔といってもついこないだの夏祭りの日だけど」
スズノがあっけらかんと答える。
「ん? だとしたら、それはそれで騒ぎになってないとおかしいよね?」
「そこはほら、ここに妖怪退治の専門家がいるじゃないですか」
スズノは龍星をもてはやすように示してみせる。
ただその瞳は、
(封印を解くきっかけになったのがボクらということはご内密に。直接封印を解いたのはダーリンたちってのは内緒にしとくから)
と小狡いサインを送ってきていた。
龍星としても、フクマの封印を解いたのは自分だとはこの場では言い出せないので、仕方なくスズノに合わせることにしたが……、
「おや? 主任さんが封印を解かせた巫女、鶴来どのが封印を解いた責任云々とさきほど発言されていたような……」
和子の指摘に、
「「ぎく……っ」」
スズノと龍星による秘密の協定は結成と同時に破綻する。
「語弊と誤解があるにゃ! そもそもフクマの封印は弱り切っていたにゃ! そこにほら、過去にフクマ封印に尽力してくれた天久愛流の使い手であるダーリンたちが来たもんだから、フクマが逃げ出したのにゃ!! もちろんボクらだってそれを黙ってみていたワケではなく、ダーリンが女の子たちに憑いたフクマを退治し、ボクがそうではないフクマを福魔に変えて事態を丸くおさめるという寸法で現在進行形というワケにゃ!!」
自身と龍星に不利になりそうな部分を見事にカットして、スズノが早口でまくしたてる。
肝心な部分に穴がある論法ではあるが、藪蛇になるのを避けるため龍星は沈黙を通す。
「なるほど。だいたいの事情は飲み込めました。ですが納得いってはおりませんわ」
瑠璃がため息まじりにつぶやく。
「おんや? 納得いかないかにゃ?」
スズノが困った表情を浮かべる。
「これにつきましては理解と納得のあいだにエベレストより高い山、マリアナ海溝より深い溝がございますわ! だいたい、そういう実験とやらを事前に説明しておいてくだされば、このような憂き目には……」
「あー、それは悪かったにゃ」
スズノの殊勝な受け答えに、瑠璃は拍子抜けした表情を見せたが、それも一瞬、
「だいたい鶴来さまも鶴来さまですわ! 自分が未熟と分かっていらっしゃるなら、もっともっと鍛錬を積んでおくべきなのですっ!!」
龍星へ怒りの矛先を向ける。
「お、お怒りはごもっとも……」
恐縮するしかない龍星へぶつぶつと文句を言う瑠璃だったが、ここである考えに至ったようで――、
「フクマが封印の外に出たのが夏祭りの日ということは……じゃあアナタが琥珀さんと勝負したというのは、琥珀さんがフクマに取り憑かれていたからですの?」
彼女の問いに、龍星がしぶしぶ首を縦に振ると、
「そ、それじゃあ……ま、まさかアナタは琥珀さんにもこのようなはずかしめを……」
うかつな答えでは火に油というのを察した龍星が答えに窮していると、瑠璃の視線は自然と琥珀のほうへと向けられる。
瑠璃から詰問するような視線で見られた彼女は顔を赤らめて目を伏せた。
龍星と琥珀、ふたりの沈黙から『答えは肯定』と判断した瑠璃は、
「し、信じられませんわ! いくら、そのフクマとかいう妖怪が取り憑いていたとはいえ、やっぱりハレンチですわ!」
「いえ、ですから、フクマが取り憑いたままにしておくとより悪影響が出てしまうので……荒療治と言いますかなんというか……」
気圧されたまま龍星が答える。
間違ったことは言っていないのだが、状況が状況なだけに、妙に言い訳がましく聞こえてしまう。
針の筵という状況の中、龍星ができることといえば、
(うう……ヒメ、早く来てくれ……)
文字どおりの神頼みしかなかった。




