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ふく×ふく2 決闘の舞台はあなたのおそば  作者: こっとんこーぼー(琴音工房)


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20/28

20、攻守

 ふたりはこれまでと同じように静かに向かい合う。

 互いの距離も最初と同じく3メートル。


 ゆっくりと龍星が前へ進み始めるが、瑠璃のほうは微動だにせず、これまでより棍を長めに前へと出した状態で待ちかまえている。


 あいだに挟まるタイルの数が9,8、7……と見ているほうがじれったくなるほど、ゆっくりと距離が縮まっていく。

 そして6が5へとなる瞬間、龍星はこれまでの歩みから想像もつかない勢いで前へとおどり出た。


 疾風迅雷しっぷうじんらい、あっという間に距離を詰める強烈な踏み込みにダンッと床が重々しく響き、それに負けない勢いで番傘が斜めに振り上げられる。

 室内の空気が熱気をはらんで震えた。


 龍星の動作は瑠璃が予想していた動きのひとつ――こちらのリーチに一瞬で入り込んで棍を払う一撃――だったが、実際に傘が描きだした軌道は予測とはるかに違っていた。

 それは突き出されている棍を払うのではなく、むしろ避けるような動きで、ほぼ空振りといってもいい挙動だった。

 こちらの動きを見越しての動作とは思えず、胴から下ががら空きになるだけの行為が意図するところを読み解こうとして、瑠璃はふと自分の言葉を思いだす。


『鶴来さまが一撃を入れたら勝ちとは申しあげましたが、ワタクシが一撃を入れたら終わりとはひと言も申しておりませんわよ』


 そう、ここで攻撃を何発何十発と入れても勝利にならないどころか、相手が『肉を切らせて骨を断つ』の戦法で一撃を返してきただけで勝敗は決する。

 みずから課したルールが自分の動きを縛ることになるとは――。


 狙いがこちらの攻撃を誘うことと判断し、手を出すのをひかえて相手の動きを待っていると、龍星が頭上の番傘を素早く翻した。

 重々しい見た目と裏腹に、切っ先が軽々と円を描く。

(やはり……初段はオトリで、ここからが本命ですわね)


 次に来る動きとしてもっとも公算が大きいのは、傘で棍を上から下方向へと叩きつけ、そのまま棍をレール代わりに傘を走らせてこちらへ一撃。

 こちらの武器を無力化しつつ、それを利用する。さきほどの意趣返しとも考えられる。

(ますます面白いですわね)


 だが、それに付き合う道理もないので、

(こちらが上から押さえ込ませてもらいますわ!)


 相手が上段から振り下ろすタイミングに合わせて、瑠璃は棍を引き、二撃めはこちらの意図をもって空振りさせる。

 そして標的を失った番傘を上から押さえつけるため、瑠璃は素早く棍を前へと突き出し、龍星の持つ番傘めがけて振り下ろした。



(ここだ!)

 龍星には瑠璃が棍を前に出す動きがスローモーションのように見えていた。


 ほんの数秒の出来事が数分のように長く、時間の流れがゆるやかに感じる瞬間というのは存在する。

 おもに脳が危機的状況における起死回生の手段を求めてフル回転しているときに起きる現象らしいが、たいていの場合は『体のほうがついてこないのでどうにもならない』という残念な結果に終わることが多い。

 だが事前に、状況を想定してトレーニングを積み、ここぞという勝負時における脳の判断に体が答えるようにしているのなら――、

 一瞬の判断に体は即応して動く。 


 初手の空振りは計算のうちだった。

 隙を見せることで、攻撃を食らいながら反撃を入れるつもりだったが、瑠璃が乗ってこなかったので、瞬時に空中に円を描いて振り下ろすハレの型に移行する。


 振り下ろしに対し、瑠璃が棍を引き戻してもあわてはしなかった。

 彼女がそう行動するのも多岐にわたるルートのひとつであるからだ。

 むしろ彼女ならそうするという思いもあった。


 二撃めが空振りとなってもそこで終わるわけではなく、連続と連鎖を視野に入れ、次の行動を瞬時に選択する。

 瑠璃の狙いがこちらの番傘を上から押さえつけることと判断し、彼女の攻撃を待っていたかのように、龍星は半歩横へとずれ、横一文字にした傘の胴で振り下ろされた棍を受け止める。

 骨組みが衝撃で軽くたわんだ瞬間、龍星はここぞとばかりに番傘をパッと広げた。

 赤、黄色、朱色。傘に描かれた渦を巻く炎の模様が鮮やかに広がる。

 

 傘の骨が棍を押し返し、広がる面が棍を滑らせるようにして先端部まで運ぶ。

 間髪を入れず、瑠璃の態勢を崩させるために龍星は傘を回転させ、ひねりを加えながら自身の斜め後ろへと受け流すために全身を使って傘を押し出す。

 頭頂部かっぱが車輪のように瑠璃の棍をスムーズに運んでいく。


 回転する傘に描かれた炎の模様が生命を宿して燃え上がる大輪たいりんの火の華となり、見ている者に火のが舞い飛ぶような錯覚を与えた。


(ハルにコツを教えてもらっておいて良かった)

 モエギの指導のもと、陽樹から直接手ほどきを受けていた故の会心の出来だった。

 だがここで終わらせず、すぐ次の手を繰り出すための判断へと移る。


 押し出しと回転で瑠璃に棍を手放させるつもりだったが、彼女は棍を握ったままだ。

 だがこれは想定のうち。

 棍の先端は龍星の体を捕らえることなく、さらに今の瑠璃の態勢なら反撃に移るまでにわずかな遅れが生じるはずだ。


 さらに勢いよく棍を弾き出すように押すのと同時に、傘を盾のように瑠璃へと向けたまま、龍星は側面から彼女の背後へと素早く回り込む。

 少し前に見せた動きと左右の違いはあるが、瑠璃を中心点とした弧を描く動きだ。

 今回は広げた傘で彼女の視界を遮りながら移動し、すぐさま番傘をハリセンに戻して回転しながら瑠璃へと打ち込む。

 途中、背を相手に向ける無防備な瞬間がある動作だったが、相手の背もこちらに向いている。


 はずだった。

 ハリセンがなにかを打った手応えはあった。

 だがその一撃は瑠璃には届いていなかった。

 彼女は龍星のほうへと向き直って、直立させた棍で彼のハリセンを防いでいた。


「惜しい」

 琥珀が残念そうに呟くのと同時に、瑠璃が反撃の態勢に入る。


 ほぼ反射的に、龍星は後ろへ大きく飛び退き――、

「あ……」

 自らの失策に気付いて声をあげ、顔をしかめた。


「ん? いまのはどうなってるの?」

 速すぎる攻防に目が追いつかない市子が誰ともなく問う。

「ルリさんは受け流された棍の挙動に逆らわず斜め前へと踏み込むのと同時に、持ち手を支点にして方向転換。棍を引き戻しながら縦にして防御したんよ」

 琥珀が瑠璃の動きを解説する。



 ここまでの攻守で龍星の失敗は主に三つ。

 ひとつは瑠璃が棍を手放さないと分かった時点で、傘を閉じながら棍に沿うかたちで押し込み、体のどこへでも傘を当てればよかったのだ。

 しかし、そこでの判断を責めるわけにはいかない。

 傘を閉じれば、逆に瑠璃が傘に沿うかたちで棍を打ち込んでくる可能性があり、それを避けるために炎天をハリセンへと戻して振り抜くというほんの一瞬の判断が、彼女に防御を成功させる機会を与えてしまったのは運が悪かったといえる。


 致命的な失敗はふたつめと三つめだ。

 ふたつめは、ハリセンが防御された際にそこで攻め手を切ってしまったこと。

 仮に防御されずに一撃が決まっていたとしても、ジャッジから声がかかるまで攻めは継続しておくべきだった。


 そして最後が、瑠璃の反撃に対して反射的に飛び退いたことである。

 肉薄した状態であったのだから相打ちになってでも一撃を入れるべきだった。

 ハリセンが防がれたことによる動揺が判断を鈍らせていた。

 

 瞬時にとった判断、反応がすべて裏目に出たカタチだ。



「いまのはなかなか危なかったですわね。琥珀さんが負かされたのが偶然の一手ではないことと彼女がアナタさまとの再戦にこだわる理由もいまなら理解できますわ」

 瑠璃がどことなく嬉しそうに言った。


「それが分かってもらえたんなら選手交代というんことで――」

 琥珀が立ち上がりかけたが、

「ごめんあそばせ。そうしたいのはやまやまですが、鶴来さまはまだ勝負を諦めてはいないご様子。ならば、ここで手を引くのは非礼というもの」


 瑠璃の言葉どおり、龍星の目には断念や諦観ではなく、百折不撓ひゃくせつふとうたる意志の光があった。


 琥珀は、その光が示すものを自らの手で引き出したいという欲求と、龍星と瑠璃の勝負で引き出されるものを見てみたいという欲求の狭間で葛藤する。

 しばしの沈黙ののち、琥珀は複雑な表情のままでソファーに腰を下ろした。


「では試験続行ですわね。さあもっとワタクシを楽しませてくださいませ」

 瑠璃は楽しそうに笑うと、身構えた。



 龍星はここで心が折れず、ひざをつこうとすらしない自分を自身でも不思議に思っていた。


 ここに閉じ込められてからどれくらい時間が経ったか分からない。

 モエギはまだ到着していない。

 しかし陽樹が呼んでくるといったのだから、モエギは必ずやってくる。

 ふたりが自分の期待を裏切ることはないという妙な自信があった。

 それにやってくるモエギのために、炎天とともに刀気を練る必要がある。

 なおさら、ここで勝負を放り出すわけには行かない。


 だがハレの型・ヤトの型を使った奇策も出し切った今、残された手はないように思える。

 いや――残された手がひとつだけ、龍星の脳裏に浮かぶ。


(……不慣れなのは承知でイチかバチか、だ)

 龍星はハリセンの形を取っている炎天を横一文字に持って両手を添えると、ある道具の形状をイメージする。

 炎天は彼の意志に答えてすかさずその形を変え、白木の骨組みを持つふた組の扇子となった。


 龍星が手首を軽く振って扇子を開くと、扇面に鮮やかな火の模様が映え、同時に彼の着る白衣の袖、袴の裾にも炎をかたどった紋様が浮かび上がる。


(フウの型でいく!!)

 龍星は扇子を閉じると、これまでとは違う構えを見せて瑠璃へと向き直った。

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