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ふく×ふく2 決闘の舞台はあなたのおそば  作者: こっとんこーぼー(琴音工房)


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19/28

19、思惑

 赤を基調とした番傘の長さはハリセンや木刀と同じく約75センチ。

 これまでは赤かった握りの部分は武骨ぶこつとうを巻き付けたシンプルなものへと変わっている。

 かっぱと呼ばれる頭頂部は黒。

 そこから裾へと走る竹の骨組みは赤だけでなく黄色や朱色が塗られており、閉じた状態でも傘の表面に鮮やかな色使いがされているのは容易に想像できた。


 天久愛流が傘を道具として取り入れていることを知るスズノは驚くこともなく、当代の使い手がどのように動くかを見極めようと沈黙を保つ。

 瑠璃はこれまで以上に興味深そうに見守り、琥珀は身を乗り出して食い入るように見つめていた。


 他の女子は不思議そうに、

「傘だよね……?」

「番傘というヤツでござるな」

「でもなんで傘?」

「男子というのは傘でチャンバラする生き物ですからなあ」

「それが許されるのは小学生までなのでは」

「手近んもので身を守るってんは武術としては有りになるんよ」

「なるほど」

「うーん、傘を使うのは有りとしても、使い勝手はさっきの木刀のほうが良さそうですけど」

 泉が疑問をていし、

「それはたしかに。なにか理由というんか、考えがあるんとは思うんけど……うー、こっちであーだこーだ考えるんよりも手合わせしたほうが答え合わせが早いんよなあ……」

 琥珀はいますぐにでも龍星の相手をしたいという態度を隠そうともせず答える。



 龍星は女子たちの会話を耳にしながら、呼吸と思考を整えると、籐巻きの柄を両手で握り、正面へと構えた傘の先端を斜め下へと向ける。 

 天久愛流が用いる傘は従来のものと仕組みが異なり、雨乞いの祈念として舞うヤトの型に絶好の要具であるとはいえ、泉の指摘どおり武器としての使用には向いていない。

 しかし神力を宿す神器・炎天が変化した番傘は他の傘とは違い、龍星が思い描いているプランに必要不可欠だった。


 ただ――こちらの動きに相手がどう反応するかを考え、出し抜くためのパターンはいくつか構築しているものの、どれも現状では綱渡りに等しく必勝の策とは呼べない。


 瑠璃は最初に対峙したときと同じく、左半身を後ろに引いて棍の先端をこちらへ突き出して中段に構えている。

 これにより構築したパターンのうちいくつかが無効になり、残された手での勝ち目を目まぐるしく計算し、もっとも成功率の高そうな剣筋のイメージを反復する。

  

 思考を読まれないように目線で仮想の太刀筋をなぞることはせず、気持ちが先走るのを抑えて呼吸はより静かに。

 ふたたび『虔』の状態となって、龍星は瑠璃と相対した。

 


 瑠璃は目の前の相手を熟視じゅくしする。

 置かれている状況はともあれ、心の中ではこうして対峙することを期待していた。

 ――少し前までは。


 妹や道場の後輩から『琥珀先輩と勝負をして勝った男子がいる』と聞いてから実際に自分自身の目で見るまでは、なるべく余計なイメージ、先入観を抱くのは避けていた。

 もともと彼の名前と使う流派という断片的なふたつの情報しかなかったというのもあるのだが。


 流派についてもアマツヒサメ流という名称以外に分かることがなく、数日前に同じ店でバイトをしている後輩がたまたま口にするまで、剣術の一種であるということすら知らなかった。

 そしてアマツヒサメ流の名を聞いたときの琥珀の喜びようから相手にだいぶ惚れ込んでいると感じるのと同時に、妖怪を退治するための剣術という触れ込みにはどこか引っかかりを覚えた。

 はくを付ける売り文句だと割り切ってもよかったが、聞いたこともない無名の流派に琥珀が敗れたという点も加味すると、勝負の内容に疑問もあった。


(剣と拳との勝負とはいえ、なにかイカサマがあったのではないか?)

 そう考えていたところに、店にやってきた当人がどこにでもいるような普通の男子だったことで、瑠璃の疑念は確信へと変わり、彼をこてんぱんにすることで琥珀の目を覚まさせようと勢い任せで決闘を挑んだのだった。


 その思い込みからの決闘の申し込みだけでなく、謝罪のさいにとんでもないドジを踏んだりと、しでかした失態を思いだすと頬が熱くなる。

 だから彼とは別にやりあう必要はないのだが――、


『琥珀ちゃんを負かした彼と手合わせしてみるのは悪くないと思うけどなあ。それに彼の前で恥をかいたままでいいのかな? 瑠璃ちゃんのデキるところを見せて名誉挽回しておいたほうがいいんじゃない? あと――』


 スズノに耳打ちされた言葉が頭の中でリフレインする。

(まんまと主任さんの言葉にのせられていますわね。ですが……)

 実際に手合わせをしてみたことで、甘い誘惑に乗ったのは正解だったと断言できる。

 

 ひと言で感想を言えば『面白い』になるだろうか。 

 道場での実戦的な稽古や交流試合で味わうような緊張感とは違う新鮮な感覚だった。

 

 彼が手にした武器が奇術のように変化していくのは、妖怪という存在がもたらした非日常的な空間のことを思えば特に気にはならない――といえばウソになるが、それらについて頭を悩ますのは後回しにする。


 それにしても……対峙した際に彼が見せた無念無想むねんむそうとでもいうべき『気』の消し方は見事だった。

 相手に向ける様々な気迫や気負いといったものを感じさせず、それでいて隙を感じさせない。

 開演時間を間近にした舞台の暗幕が上がる瞬間を待つのにも似た感覚を味わえたのは僥倖だった。


 それだけではなく、出足への一撃を警戒して構えを変えたあとの攻防、突きのラッシュに対する対応と、こちらの持つ技術に即応してきたのも期待以上だった。

 

 ただそのせいで相手の実力を測るよりも、こちらの技量がどこまで通じるかという欲求が上回ってしまったのは反省が必要かもしれない。

(これでは琥珀さんのことをとやかく言う資格はありませんわね。でも……)

 いくどと打たれているにもかかわらず、相手の目から闘志の光が消えていないのを確認し、ますます好ましいと思った。

(さあ、次はどんな技を見せてくださいますの?) 

 と、相手が新たに手にした道具へと目をやる。


 傘を武器として使うとすれば、

・叩く

・突く

・払う

・開くことで相手の視界を奪う

 といった使い方ができる。

 西洋傘なら、その他にも持ち手をひっかける、絡めるといったこともできるが、今回の相手が持つ傘の柄は棒状なのでそれは当てはまらない。 


 相手が取る手段のうち3つには、こちらは棍を前に突き出すように構えておくという対処が有効なはずだ。

 あとは相手が傘を開いてこちらの視界を奪ってくるタイミングをいかに読み切るか。


 瑠璃から見て、相手は傘の先端が右下にくるように構えている。

 最初に見せた構えは居合いを思わせる脇での構えだったが、これはふたつめに見せた構えで、防御主体のものと考えられる。

   

 そこから取れる軌道はいくつかあるが、相手の視線から軌跡の想定は読み取れない。

 こちらの構えに対し、どう攻めてくるのか。こちらはどう立ち回るべきか。

 相手の技を引き出すために後手に回ることも考え、二手、三手とさまざまなパターンを脳内に思い描くことで、気分はますます高揚してくる。

(……誰を相手にしていても、こういった時間は楽しいですわね)

 瑠璃は思わず笑みが浮かび上がりそうになるのをぐっとこらえて棍を中段に構えた。

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