16、困惑
(なんでこんなことになってるの……?)
市子は目の前で展開している異様な光景に困惑したままだった。
ここまでの出来事を整理してみようと試みても、
(バイト先のお蕎麦屋さんの主任さんは実は妖怪で、わたしたちは変な空間に閉じ込められて、桧之木先輩が会いたがってた男子は妖怪退治をする人で、姫堂先輩がなぜかその人と勝負することに……うん、よく分からないのがよく分かった)
理解の追いつかないイベントが盛り沢山という状況に思考を放棄しそうになる。
他の女子たちはと見てみると、自分と同じように拘束されているのに、それぞれがどこかわくわくとした表情を浮かべていた。
「いやあ、特等席ですなあ」
「人質みたいなシチュエーションじゃなければねえ」
「どっちもがんばってー」
どこかのほほんとした和子、泉、琥珀の三人が見せる態度に、
(適応力高すぎでしょ……)
市子はあきれるというよりも引き気味になりながらも、現時点で分かる範囲の情報だけでも順を追ってまとめておこうと考える。
もともと今日は、初めてにゃんこ蕎麦を予約したお客さんが来店する日、そして桧之木先輩が夏祭りの夜に出会った男子と再会するという日。店だけでなく市子のような女子校生にとっても興味と関心しかないイベントデーだったはずだ。
姫堂先輩がちょっとした勘違いからお客さんに決闘を申し込んだり、桧之木先輩の目的が再勝負を挑むためというロマンスの欠片もないものだったり、姫堂先輩が謝罪のさいにミスをやらかしたり、というのも、まあ普通に『日常にほんの少しのスパイスを』という感じで許容できるのだが――。
バイトの主任さんは猫の妖怪で、猫耳帽子は自前の猫耳を隠すため。
お店に来ていた男子ふたりは妖怪を退治する剣術の使い手。
バイトの女子一同はお菓子の世界みたいに変わってしまった店内に閉じ込められて。
なぜか桧之木先輩ではなく、姫堂先輩がお客さんのひとりと勝負することに。
そのあとの出来事を箇条書きしてみると、
(いくらなんでも日常と非日常のボーダーラインを簡単に跳び越しすぎだってば……)
スパイス過剰という状況に、わくわくする気持ちにはあまりなれない。
そのいっぽうで、この場の主役とでもいうべき瑠璃、龍星、スズノの三人はというと――。
瑠璃は挑戦的な表情を浮かべながら、
「こちらの準備は整いましたが、そちらは? 徒手空拳というわけではなく、なにか武器をお使いになるのでしょう?」
龍星に問う。
一同が好奇の視線を向けるなか、龍星が左手首のブレスレットへと右手を伸ばすと同時に、身につけている長鉢巻は額を守るプレートへと変わり、上半身はたすき掛けに。白いスニーカーには炎を思わせる赤いラインが走っていく。
そして彼がブレスレットと手首の間にできた空間からゆっくりと引き出したのは、
クリームのように白い厚手の紙を幾重にも折り重ねてつくったような――。
(……どう見てもハリセンだよね?)
との市子の考えを補足するように、
「ハリセンだね」
「ハリセンでござるな」
女子たちの率直な感想のとおり、その場に現れたのは、75センチほどの長さをした握りの部分が赤いハリセンだった。
ハリセンを手にした本人と琥珀以外の面々が怪訝な表情で見守るなか、
「ずいぶんと変わった品というか、叩き売りの売り子が使う小道具のようですけれども、そちらの得物はそれでよろしいんですの?」
瑠璃が口火を切って問う。
「これのほうが慣れてるんでね。あと、これは魔を祓う扇、破魔扇をかたどった物なんで」
「なるほど。たしか……妖怪退治を旗印にした剣術を学んでいらっしゃるとか」
スズノは龍星が手にしたハリセンに訝しげな視線を向け、『破魔扇』と『妖怪退治』、そして『剣術』というキーワードに反応して、耳をぴくりと動かす。
そんなスズノへと軽く視線を向けたあと、
「剣術そのものじゃなくてそれを基にした剣舞だけどね。それにこの破魔扇ならお嬢さんを怪我させずに済む」
龍星は言葉を選ぶようにして続ける。
「お心遣い、痛み入りますわ……けれどもその心配はご無用。差し支えなければ琥珀さんに勝利を収めた際のアナタさまの武器を拝見したいですわ」
瑠璃が不敵に微笑む。
実際に琥珀を制した武器はいま龍星が手に持つハリセン=神器・炎天なのだが、瑠璃はそうとはまったく思っていないようだった。
彼女にくわえて、スズノ、さらには琥珀以外の女子たちも(次になにが出てくるのか)と期待を込めた視線を龍星に向ける。
龍星がどうしたものかと思案を巡らせていると、たまたま琥珀と目が合った。
琥珀はなにも言わずにうなずく。
それに反応して龍星が念じるよりも先に炎天自身が彼女の思いに答えるかのように、その姿を白い木刀へと変えた。
ふたりの無言のやり取りを見た瑠璃は、
「以心伝心というわけですね……やはりアナタさまと琥珀さんは――」
「違う」
「違うってば!」
スズノはここまでのやり取りをいかにも楽しげといった笑顔で見ていたが、ハリセンから変化した白木の刀をこれまで以上に訝しげに見つめ、
「……なんでダーリンが炎天を手にしてるのにゃ?」
「この前の騒動を収めるためにヒメから託された」
「なるほど」
龍星の答えに納得したのか、スズノは『機は熟した』とでもいうような素振りでうなずき、龍星と瑠璃、ふたりの顔を交互に見つめたあと、
「さあさあ見合って見合って、今こそ雌雄を決する勝負の瞬間、一世一代のショータイムにゃーっ!!」
口を大きく開け、上下の牙をむきだすようにして朗らかに宣言した。
その笑みは無邪気な子猫の笑みとも、悪知恵に長けた老獪な猫の笑みともとれた。




