11、瑠璃
龍星は突然の事態に当惑の表情を浮かべながら、
「いや、決闘とか言われたら、なおさら受け取るわけにはいかないのだけれども……だいたい決闘をする理由が分からない。こちらとしては初対面でそちらの素性というか名前も知らないっていうのに」
彼の返答に、少女は数歩下がって、
「ああ、たしかに少々不躾でしたわね。では改めて自己紹介を。ワタクシは姫堂瑠璃、彩嶺女学院高等学校の2年生にして、西方館武道道場の門下生のひとりですわ」
両手でスカートの生地を持って左右に広げながら、片足を後ろへと下げてゆっくりと一礼する。
カーテシーと呼ばれる立ち居振る舞いには洗練された優雅さがあり、育ちの良さを感じさせた。
「こ、これはご丁寧にどうも……」
彼女の放つオーラに圧倒されたようになっている龍星へ、
「さて不躾ついでに、鶴来さま。西方館と桧之木琥珀という名前にお心当たりがございますよね?」
瑠璃がたたみかけるように尋ねてくる。
「え? まあ、あることにはございますけれど……」
彼女の気迫に圧倒されて、龍星の受け答えはどこか珍妙なものになる。
だが、そのことは意に介さずといったふうで、
「風のウワサに聞いた話ですけれども、非公式の野試合とはいえ、アナタはワタクシの永遠のライバルである琥珀さんを打ち負かしたそうじゃありませんか」
瑠璃が続けた。
「非公式である果たし合いだとしても、琥珀さんの同門の士として、このことを見過ごすわけにはいきませんわ。もちろん目をつぶるわけにも」
彼女が琥珀の敵討ちを挑んできたと推測した龍星は、
「いや、道場破りみたいな看板とか威信とかを賭けての勝負ではなかったので、その決闘とやらに応じる必要性がないのですが……」
この先に起こりそうな事態を回避すべく、やんわりと言葉を選ぶようにして答える。
「なら必要性をご説明いたしましょう。ワタクシ同様に西方館で学ぶ妹や後輩たちによれば、とある男子に敗北を喫してから琥珀さんの様子がどこかおかしいとのこと。それでワタクシ、ピンと来ましたの。これは琥珀さんがその男子に懸想しているのだと」
「けそうって?」
言葉の意味が分からなかった龍星が陽樹に問う。
「恋い慕うとか惚れてるって意味だね」
「そういう意味か……って、ちょっと待て、この場合は誰が誰に?」
「琥珀さんがアナタ様にですわ」
「なるほど」
と呟いたのち、だんだんと思考が追いついてきたのか、見る間に龍星の顔色が変わっていく。
「なんで!? 惚れられるようなことはなにもしてないぞ!」
困惑した表情のまま、龍星が助けを求めるような声をあげ、
「思い当たるとすれば、リュウちゃんが桧之木さんから一本取ったことが原因かも」
陽樹が推論を述べる。
「いや待て待て待て、そんな勝負のたびにいちいち惚れたり惚れられたりとかしてたら、どっちの立場でも身が持たないだろ」
「そうはおっしゃいますが現になっているのですから、琥珀さんはアナタ様に心を奪われているのですわ」
瑠璃が決めつけるように言う。
「ここまで話せばもうお分かりでしょう? 決闘の理由は、アナタ様が琥珀さんにふさわしい男性たり得るかどうか、ワタクシ自身のこの目、この手で見極めるため。ワタクシが勝てば琥珀さんも一時の気の迷いということで目を覚ますでしょうし、アナタ様が勝てば琥珀さんの生涯の伴侶としてふさわしいとワタクシが認めて差し上げましょう」
「話が飛躍しすぎる! たった一度の勝負で将来や人生がそんな簡単に決まってたまるか!!」
「勝負とはそういうものなのですわ。なんのために一世一代の大勝負という言葉があるとお思いなのですか。まあワタクシとしては、どこぞの馬の骨にみすみす琥珀さんの身柄を譲る気など微塵もございませんがね」
瑠璃は挑戦的な態度を隠そうともせずに言い放った。
「さて充分ご理解していただけたと思いますので、琥珀さんを娶る資格がアナタ様に備わっているかどうか決闘で証明なさいませ」
「いやいやいや、こっちにとってのメリットがまったく無いので丁重にお断りします」
「はぁ? 琥珀さんを花嫁として迎える名誉をメリットがないなどとおっしゃるんですの!?」
怒りの形相を浮かべて龍星へと詰め寄ろうとする瑠璃を、
「うわーっ! ストップ、ストッープッ!!」
店の奥から出てきた少女が後ろから羽交い締めにする。
瑠璃を制した少女は龍星と陽樹に気付くと、
「あ、おふたりとも……夏祭りのときはどうも……」
うれしさと照れくささをないまぜにした表情で、ふたりに向けて軽く会釈をした。
ふたりは彼女に見覚えがあった。
夏祭りの夜にフクマに取り憑かれ、いわゆる中ボスとして彼らの前に立ちはだかり、龍星とは『竜虎相搏つ』とでも言うべき勝負を繰り広げた少女、桧之木琥珀その人だった。
髪型はあの夜と同じくハイポニーテールだったが、服装はミニチャイナではなくこの店の制服であるメイド服になっている。
「ど、どうも」
つられるようにして、龍星と陽樹のふたりも彼女へと会釈を返す。
その後、互いにどう言葉を続けたものか分からずにいる琥珀と龍星の間に流れる微妙な空気に対して、
「やはり琥珀さん、この男子に懸想していらっしゃるではないですか」
瑠璃が言い放つ。
「ちょ、ちょ、ちょ……ルリさん、そ、そういうんとは違うから!」
「誤魔化さなくとも結構ですわ」
「いや、だからそういうのとは違うんよ」
「いいえ、ワタクシの目を誤魔化すことはできません。だいたいの話、南須佐さんからアマツヒサメ流という流派の名を聞いたときの喜びようを見ていれば、誰だって『ああ、この人は恋しているのですね』と思うに決まってますわ」
「だから、そういうんとは違うんだってば!」
琥珀が顔をより紅潮させて叫ぶ。
「ウソおっしゃい、あんなに乙女な表情を見せておいて……」
「ああもう、ちょっとこっちで話を――」
と、琥珀は瑠璃を店の奥へと引っ張り始める。
「まだ彼から決闘のご返事を聞いておりませんわ」
「決闘なんかしなくていいから!」
龍星と陽樹は困惑の表情のままで、琥珀に引きずられていく瑠璃を見送る。
「なんというか……ちょっと思い込みの激しい人っぽいな……」
「それに加えて、初対面のイベントが決闘の申し込みとなると、好感度や攻略難度を別にしてもこれからもちょくちょく遭遇することになりそうだね」
「ゲームじゃないんだからイベントとか攻略とか言うな……というか、さっそく当たるとはなあ」
「なにが?」
「女難の相」
「あぁ……『っぽい』じゃなくて本当に女性とのトラブルだったね」
「しかし決闘とはねえ……受ける必要ないよな?」
「僕はともかく、ヒメ様やお師匠さまがいたら『なにごとも経験しておくべき』って言うと思うけど」
「どちらかというと『決闘とか面白い。絶対に受けろ、すぐ受けろ。骨は拾ってやるから』だと思うがな」
「そっちのほうが言いそうだね」
「師匠やヒメがこの場にいなくて本当によかった。しかし、会いたいって理由が決闘を挑むためとか、夏祭りの出来事がこんなカタチで続くとはなぁ……」
「たしかにね……でも、会いたいって言ってたのはあのお嬢さまっぽい人じゃなくて桧之木さんのほうだと思うよ、たぶんだけど」
「なんでそう思う?」
「ソラちゃんが言ってたじゃん、『会ったときに覚えてもらえてなかったら気まずい』って。そうなると僕らが会ったことがあるのは桧之木さんのほうだから、リュウちゃんに会いたがってたのは彼女ってことになるでしょ」
「なるほど。天久愛流の名前に反応したって話だったしな」
そんな会話のあと、ふたりは互いに少し考え込むと、
「おかしくないか?」
「おかしいよね?」
と異口同音に発した。




