10、果たし状
『あなたのおそば』の2階にある更衣室となっている和室で、和子はメイド服に着替えながら、
「こはるちゃんとぱせりちゃんのふたりから見て、琥珀どのが会いたがってる男子ってのはどんな感じですかな?」
「顔立ちと身だしなみは○というか余裕で合格点超えてますね」
『こはる』=泉が答え、『ぱせり』=市子も同意するようにうなずく。
「ふむ、ルックスは良しと。性格のほうはさすがに分からないでしょうなあ」
「会話を小耳に挟んだかぎりじゃ、そんなに悪い人ではなさそうですね」
「委員長が特に問題にしてないようなので、人柄にも問題はないとは思います」
「あの委員長が冗談まじりで会話してたくらいだからねえ」
泉の言葉に、
「委員長が冗談……?」
信じられない言葉を聞いたとばかりに市子が返す。
「うんうん、信じがたいよねえ」
「委員長……どれみちゃんはふだん冗談を言わないのですかな?」
「学校ではあまり聞いた覚えがないです」
「よそのクラスじゃ、人のカタチをした歩く生真面目とか委員長ロボとかウワサされるくらいだしねえ」
「ほう、そんなどれみちゃんが打ち解けてるとなると、これはますます実物にお目にかかるのが楽しみですなあ」
「『百聞は一見にしかず』と言いますし、その目で確認しちゃってください」
と、女子三人はこっそりと階段を下りてカウンターの裏に隠れると、ひょこっと頭だけのぞかせて店内をうかがう。
空子との会話を続けている龍星、陽樹を観察し、
「ほうほう、あれがウワサの男子でござるな……ふおぉ! 男子ふたりがおそろいのアクセサリーをしているとか、これは想像力が刺激されますなあ」
ふたりの左手首に同一の白いブレスレットを見つけた和子は小声ながら興奮ぎみに言う。
「え、でも委員長……じゃなくて、どれみさんも同じアクセサリーをしてますけど」
市子の指摘どおり、空子の手首にも同じブレスレットがはまっていた。
「お、本当だ。よく見てますな」
「幼なじみらしいし、なんか三人の共通アイテムなんじゃないすかね」
「永遠の友情の誓いみたいな?」
「たぶんそんな感じの。しっかし男子と歓談する委員長とか普段の学校生活じゃ想像もできないレア光景だね」
「たしかに」
女子三人がそんな会話をしていると、空子が会話を切り上げ、カウンターのほうに戻ってくる。
「みなさん、なにをしているんですか?」
カウンター裏の和子たちに気付いた空子を、
「どれみどの、ちょっとこちらへ」
和子たちは間仕切りの向こう側にある階段そばまで連れていき、
「いくつか聞きたいことが……まず、どっちがその……琥珀どのが会いたいと言っていた男子ですかな?」
和子の問いに、空子は簡単に龍星と陽樹について説明する。
「ふむふむ、メガネをかけてないほうが鶴さんで、メガネをかけているのが亀さんと。それでその……どちらかとお付き合いしてたりは……」
「まったくないです」
空子がかぶせぎみに答える。
「特定のカノジョがいるとかは?」
泉が問う。
「聞いたことないかな。夏祭りのときも、鶴さんと亀さんだけで来てたし」
「言われてみれば」
「ん? こはるちゃんはふたりを知っておるのですかな」
「神社でチラシを配ってるときに見かけただけですけどね。まあカノジョがいるなら『会いたいって言ってる女の子がいる』って言われて、のこのことやって来ないでしょうし」
「どれみちゃんから見て、そういう不真面目というか不誠実な男子だったりしますかな?」
「どっちも当てはまらないですね。そういうところがあるのなら、絶対に桧之木先輩には会わせませんし……なにより友達づきあいしてないですね」
「なるほど」
と、四人が会話をしていると、メイド服姿の瑠璃が階段を下りてきて、
「おはようございます、みなさん」
一同に挨拶する。
「おはようございます」
と四人は挨拶を返し、
「瑠璃どのも到着と。しかし肝心の主役がまだでござるな」
「琥珀さんはまだいらしてないのですね?」
「まだ来ていませんね」
「まあ舞台は整ってることだし、我々はカウンターから事の成り行きを見守ることにしますか」
「そうと決まればさっそく……富津さんも委員長も早く早く」
「なんかドキドキしてきた」
「私は別に隠れる必要ないんだけど……」
女子四人がカウンターの陰に隠れて、琥珀の到着を待つ中、
「って、あれ? 瑠璃どの?」
「瑠璃先輩、隠れて隠れて」
瑠璃はすたすたと龍星と陽樹がいるテーブルへと向かっていく。
制止する声を聞かず、瑠璃はそのまま龍星と陽樹のもとに到着すると、
「お食事の途中に失礼します。少々お時間よろしいかしら」
透き通るような声で言った。
声を掛けられて、龍星と陽樹は少女へと目を向けた。
歳は龍星たちとさほど変わらぬように見える。
前髪は額の前で切りそろえられ、脇や後ろに伸びたロングヘアは丁寧に巻きが入った縦ロール。その房は先端に向かうにつれて逆さにした円錐のように細くなっており、ドリルを髣髴させた。
表情は尊大でつんけんとしたどこか冷たい感じだが、瞳には敵意というよりも好奇が入り交じった光を見せている。
彼女が着ているメイド服は他の少女たちの服とは少し違い、首元に黒い蝶を思わせる小さなリボン、エプロンの前面には大きめのポケットがついており、胸元のネームプレートには『みねおら』とひらがなで書かれていた。
「唐突で申し訳ありませんが、ツルギ・リュウセイとはどちらの殿方ですの?」
外見どおりの気品を漂わせた声で、彼女が尋ねてきた。
その問いに龍星が軽く手をあげ、陽樹が龍星を手で指し示す。
「なるほど。そちらがツルギ・リュウセイ様ですわね。字はどのように?」
鶴が来る龍の星、と伝えると、彼女はそれを手元のメモに書き留めたあと、
「では――」
ごそごそとエプロンのポケットから取り出したものをテーブルの上へと叩きつけた。
その物体に龍星と陽樹の視線が向かう。
彼女が叩きつけてきたそれは……、
「なんだこれ」
「炊事用の手袋だね」
陽樹の指摘どおり、テーブルの上に投げ出されたのは未開封の炊事用手袋だった。
そのアイテムが意図するところを読み取れず、
「これって『お金がないなら皿洗いでもしてもらおうか』ってヤツかな」
「まさかリュウちゃん、お金持ってきてないの?」
「いや財布の中に蕎麦の代金を払えるくらい余裕があるのは確認済みだし、なによりもまだ会計の段階じゃないだろ」
と困惑しながら、かたわらの少女を見上げる。
少女は毅然とした態度を崩さぬまま、
「その手袋は決闘の申し出を告げるものですわ。鶴来龍星さま、アナタに決闘を申し込みます! さあ、その手袋をお取りなさいなっ!!」
と告げるのと同時に、果たし状と書かれた龍星宛ての紙をテーブルの上に置いた。




