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1、プロローグ

「それでは鶴来つるぎ龍星りゅうせいさま、いざ尋常に勝負ですわッ!」

 お嬢様然とした少女の声が高らかに響く。


(なんでこんなことになってるの……?)

 と、置かれている状況に理解が追いつかないまま、富津ふっつ市子いちこは目の前で展開している異様な光景に困惑していた。


 ダークチョコとホワイトチョコが交互に並ぶチェスボードを思わせるデザインのタイル床、マカロンで組み立てたようなソファー、ふわふわのマシュマロやカラフルなグミを模したクッション、四角や丸のビスケットを天板にして、パイプ状にくるりと巻いたクッキーを脚にしたテーブル。

 高い天井には、けばけばしい色のキャンディーを色とりどりのロウソクに見立てたシャンデリア。

 カステラやスポンジケーキ、フルーツケーキの断面のような壁には、書き割りでウエハースの雨戸にアメ細工の窓、ふんわりとしたワタアメの雲。 


 甘ったるい匂いに包み込まれるようなメルヘンチックな空間は、海外のおとぎ話に出てくるお菓子の国やお菓子の家を再現したようで、まるで絵本の世界に迷い込んだかのような錯覚を与えてくる。


 ただ迷い込んだというのは錯覚ではなく実感だった。

 なぜなら、この場所はほんの数分前まで、彼女のバイト先である蕎麦屋の店内だったのだから。

 もともとの店内もコンセプト的には蕎麦屋とは少し遠いところにあったのもたしかだが、ここまでスイーツを前面に押し出したものではなかった。

 

 変貌を遂げたお菓子でおかしな空間に捕らわれているのは市子だけではない。

 同じ女子校に通う生徒でバイト仲間の女子が四人。

 それに加えてアルバイトリーダーとお店の客。

 市子を含めて計七人がこの不思議な場所の中にいた。


 他の女子たちは、ひとりを除いて市子と同じくマカロンのソファーに強制的に座らされ、バウムクーヘンやリングドーナツを模した輪っかで拘束されて身動きが取れない状況にいる。

 だというのに、彼女たちは市子と違って困惑ではなく、わくわくとした表情をそれぞれ浮かべている。


「いやあ、特等席ですなあ」

「人質みたいなシチュエーションじゃなければねえ」

「どっちもがんばってー」

 どこかのほほんとした三人の態度に、

(適応力高すぎでしょ……)

 市子はあきれるというよりも引き気味だった。 


 そして五人めとなる女子は、ビスケットテーブルの向こう、市子たちの視線の先で、お店の客だった少年と向かい合うようにして立っていた。

 さきほどの勝負を挑むセリフは彼女のもので、お嬢様然としているのは声だけではなく、全身から放たれている気品に満ちたオーラ、姫カットと縦ロールを融合させた髪型と、この場所においては『お菓子の国の王女様』というキャッチコピーが似合いそうな風格の持ち主だった。


 ただその格好はプリンセスという感じではなく、宝石が輝くティアラの代わりに白いフリルのヘッドドレスが髪を飾り、身を包むのは豪奢ごうしゃで優雅なドレスではなくひざ下丈の黒いシンプルなワンピースと飾り気のない白いエプロンが一体となったエプロンドレスと、いわゆるメイドの格好をしていた。

 

 服装については、ギャラリー側にまわっている市子と他の女子たちも同様なのでとやかくは言えない。

 これがこの蕎麦屋、メイド蕎麦『あなたのおそば』の制服なのだから。

 おそろいの制服姿の中、お嬢様的な雰囲気を持つ彼女だけが拘束を受けず、人間大のキャンディースティックとでもいうべき、螺旋らせんを描くように赤いリボンを丁寧に巻き付けた長いピンクの棒を手にして、その先端を少年のほうへと向けて不敵な表情を浮かべていた。


 彼女と対峙するカタチで、キャンディースティックを突きつけられている少年はこの空間においていちばん場違いな格好をしている。

 ここにいる女子たちと同年代に見える彼はそこそこマジメそうでもあり、チャラいようでもありとらえどころがなかった。

 格好から人物を判断しようにも、額を守る白いプレート、左手首には花模様が編み込まれたブレスレット、神社の神主を思わせるような白衣びゃくえの上着に薄水色の袴と白足袋(たび)。足先は炎を思わせるラインが入った白のスニーカーと、こちらもつかみ所がない。

 ただでさえ浮いている状態であるところに拍車をかけているのが、彼が手にしている道具だった。

 当惑気味ながらもどこか真剣な表情を見せている彼の右手に握られているのは、クリームのように白い厚手の紙を幾重にも折り重ねてつくったような――、

(……どう見てもハリセンだよね?)

 そう、巨大なハリセンだった。

 

 カオスな状況で向かい合う少年と少女のかたわらには、最後の七人めとなるアルバイトリーダーがいかにも楽しげといった笑顔を浮かべて立っていた。

 理解が追いつかない状況のただ中にいる市子ではあるが、これだけは確実に分かる。


 少し前まで市子たちアルバイトのまとめ役であった彼女こそ、この混沌こんとんとした状況をつくりだした元凶である、と。

 彼女――そう呼んでいいのかは正確には分からない。

 人間ならともかく、半人半獣の妖怪に性別の区分があるかどうか判断がつかないからだ。 


(ん? 半人半獣っていっても50:50じゃなくて、ネコ10%、ヒト90%って場合はなんて言ったほうがいいのかな……いや、いまはそんな割合とかどうでもよくて――)

 

 とにもかくにも、ネコとヒトを合成したようなそれ――ネコヒトは、市子たちと同じような黒いエプロンドレスのメイド姿でありながら、本物の獣耳ケモミミを生やしたショートヘア、白黒縞の肉球グローブをはめた両手、フリルをましましにした白エプロンの結び目から飛び出たしましまの尻尾、ひざ上丈のミニスカートからのぞくすらりとした両脚を覆うグレーがかった白地に黒の縞模様が横に入ったタイツ、足先はやはり白黒縞のネコ足ブーツと、身のこなしだけでなく服装にもコケティッシュなあざとさを全開にしていた。


 妖怪ネコヒトが対決姿勢である少年と少女の顔を交互に見つめ、『機は熟した』とでもいうような素振そぶりでひとりうなずくと、

「さあさあ見合って見合って、今こそ雌雄しゆうを決する勝負の瞬間とき、一世一代のショータイムにゃーっ!!」

 口を大きく開け、上下の牙をむきだすようにして朗らかに宣言した。

 その表情は無邪気な子猫の笑みとも、悪知恵にけた老獪ろうかいな猫の笑みともとれた。

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