第8話
「で、乗員をどうする?」
劣化ウラン弾は、コックピットまでは貫通できない。おそらく生き延びた乗員がいるはずだった。大滝がルーキーの能力を推し量って尋ねると、ハンスは的確に答えた。
「大尉。奴らは捕虜になるぐらいなら自爆します。たとえ機動歩兵が相手で、自爆はムダとわかっていてもです」
「その通りだ。だが、今回は自爆はしないだろうよ。撃ってきたレーザーの照射間隔に規則性があったからな」
「それは、つまり・・・乗ってるのはAIだけですか、大尉?」
「おそらく間違いない。あいつの動きは、AIのパターン認識の特徴そのままだったからな」
ハンスは驚いて尋ねた。
「しかし、妨害電磁波装置のスイッチはコックピットの中ですが・・・乗員がいないなら、ハッチをこじ開けますか?」
「いいや、おそらくブービートラップが仕掛けられている。機動歩兵も吹っ飛ぶぐらいのヤツがな!」
大滝の言葉にハンスの顔が青ざめた。その顔は大滝の次の言葉でさらに緊張に強張った。
「目と耳をシールドしろ。後十秒だ!」
「な、なんです?」
「早くしろ!さもないと、目も耳もしばらく使い物にならなくなるぞ!」
ハンスが慌ててアイシールドのグレア機能とヘッドギアの防音機能をオンにした直度だった。
「ドーンッ」という激しい地鳴りと同時に、マストドン戦車が激しい輝きを放って燃え上がった。太陽を圧して煌めく眩い光が辺りを照らし出す間、大滝とハンスは廃墟の陰で身をすくめていた。
十数秒後、唐突に閃光が消えた。
グレア機能を切ったハンスが恐る恐るビル越しに覗くと、戦車はもはや原型を留めていなかった。堅牢なフレームは残っているものの、砲身も装甲もキャタピラも半ば溶け落ち、黒ずんだ金属の瓦礫と燃えカスがくすぶっているのを目にして、ハンスが呻き声を上げた。
「大尉・・・まさか、燃焼爆弾を使ったのですか?」
呆然としたハンスが尋ねると、大滝は事もなげに言った。
「そうだ。こんなこともあるかと、予備バッテリーの代わりに燃焼爆弾を装備しておいた。乗員がいなければ、投降を呼びかける必要はないからな。それに、仮に自爆しても、奴らは通信妨害装置だけは破壊しない。妨害電磁波装置は車体下部に隠しているはずだ。だが、ウラン弾の放射能が飛び散った。近づいて装置の電源を切るとなると、後で機動スーツの洗浄が厄介だ」
ハンスのあっけに取られた顔はヘッドギアに隠れていたが、大滝は部下が抱いて当然の不満を察していた。機先を制して新入りの肩を叩いて言った。
「気を悪くするな!AIしか乗っていないとわかって、咄嗟に作戦を変えたまでだ。臨機応変に自ら判断して動く。それが機動歩兵の流儀だ」
「はあ・・しかし、燃焼爆弾は見かけよりずっと重量があります。よく持ち運べましたね?」
ハンスが疑問に思うのも当然だった。爆撃機が爆弾として使うならまだしも、ロケット弾やミサイルに装備したところで低速でしか飛ばない。動く標的には使い物にならない。
「ああ、ちょっと動きが鈍ったが問題ない。バランスを取るため胴体の右側にも装備したからな。気づかなかったか?」
ハンスはあっけに取られて、目をシロクロさせた。
設置型燃焼爆弾を二発も持ち運んで、よく動けるもんだ。大尉は涼しい顔をしているが、今日の装備重量は一トンを超えていたのでは?
機動スーツと神経伝導ユニットは問題なく耐えられるが、瞬発力の源となる人体はそうはいかない。
筋肉はともかく関節がもたないはずだ・・・大尉はいったいどんなトレーニングを積んだのか?・・・
その時だった。独特の甲高いヒュルヒュルという発射音を伴って、東西にそれぞれ数キロ離れた場所から、虹色の狼煙が上がるのが見えた。戦車の爆発を視認した友軍の狼煙である。それに呼応して南に待機する二チームからも同じ狼煙が上がった。他の四組のチームは全員無事と確認できた。
「大尉、ここで集合しますか?」
「いいや、いったん脱出拠点に戻るぞ。どうも様子がおかしい。出て来る戦車が少なすぎる。まず、味方の安全確保だ。司令部とチームに連絡を取ってくれ」
うなずいたハンスは、さっそく交信を試みたが、その声が突然、緊張でうわずった。
「サーベルタイガーより司令部、応答願います・・・司令部、聞こえますか!?・・・駄目です。信号が検出できません!」
驚いた大滝は、目を見開いて問い返した。
「何だと!?通信妨害は解除されてないのか?すると、装置はいったいどこだ?・・・くそッ、マストドンは罠だッ!いかん、通信不能だと偵察機が安否確認に戻って来るぞッ!狼煙を上げろ!支援部隊ごと総員退避だッ!」
大滝が叫んだ瞬間、不気味な地鳴りが、マストドン戦車の残骸が残る一帯を激しく揺り動かした。