第七話
――――今日はどれを試してみようか。
休日。彼は最近恒例になっているプログラムの“隠し要素”探しを始めた。
あまりにも現実味が無い幽霊や妖精はダメだった。
人型以外の犬や猫もダメで、ゴリラやオランウータンなども反応が無い。
「人間だけっていうのが、何だか傲慢だな……」
独り言を呟き首を傾げる。
そもそもプログラムは“人型”を前提にしているので、人外を要求して拒否されるのは当たり前だった。
――――外の世界に行けば、実際の動物にも会えるのだろうか?
彼は『育児機関』の施設と、この『生活空間』しか知らない。ここへ来た時も、眠っている間に一度も外を見ることなく放り込まれたのだ。
生身の人間を見たことはあるが、犬や猫といった動物は一度も見たことがない。
大昔は『ペット』という文化もあったと知っていたが、彼がそれを命じてもプログラムは反応しなかった。
「猫とか……触ってみたかったなぁ」
何気なくそう彼が呟いた次の日。
寝室に猫のぬいぐるみが置いてあった。
「いつの間に置いたのか…………」
――――かわいい。でも違うんだよな……。
システムが気を遣ったのだろうか。
ぬいぐるみはモフモフとして気持ち良かったが、実際の動物は違うのだろうと容易に想像できた。いくら外を知らない彼でも、ぬいぐるみでは満足できない。
しかし、せっかく出してもらったからと、ぬいぐるみをベッドの枕元に置く。
彼は動物に関しては、外に出てから本物に触れようと決意した。
そして、また別の休日。
先日まで物語の人物や動物などを試したが、今度は現実にある普通の言葉も試してみたくなった。
しかし、普通にある言葉とは生活に根付いているものである。
「親、兄弟、いとこ…………」
なかなか良い考えだと思い、まずは『母親』を試してみたところ、出てきたのはいつも会っている『家政婦』だった。
どうやら、プログラムのイメージも重複することがあるらしい。彼の『家政婦』はふくよかな中年女性なので、よく見るイメージと大きくハズレている訳では無い。
『あら、どうかしたの?』
「え? いや、別に……その……」
『あらあら、もうお昼になるじゃない。ごはんの用意しないと……』
「え〜と…………」
いつもの『家政婦』なら、彼に対して常に丁寧語で話すことが多かったが、この時の彼女の口調はまさに『母親』のようだった。
彼が驚いて何も言わずにいると、『家政婦』はテキパキと昼の食事を用意した。
『ねぇ、晩ごはんは何がいい?』
「あ、いやごめん。えっと…………“停止”」
『家政婦』は白い球体になって消える。
休日だけは彼女に頼らずに、彼は自分で家事をやっているので帰ってもらうことにした。
この後、“家族”の名称を試してみたが、この日はどれも成功しなかった。
さらに次の休日。
もっと普通で抽象的な『知り合い』と言ってみた。
『よっ。今日は仕事抜きで語ろうぜー!』
「……………………………………」
よりによって、彼の苦手な『同僚』が出てきた。
プログラムは三十分は停止できないようになっていたので、彼は仕方なく黙って『同僚』の話を聞いていた。
『で、そういえばさー、この間さー……』
「…………………………“停止”……」
ピタリ、と動きを止めて『同僚』は消える。
勝手に呼び出しておいて少し申し訳なく思ったが、彼は休日にまで『同僚』と顔を合わせるのは嫌だった。
この日は何となく気分が落ちてしまったので、彼は『聖女』を呼んでお菓子(今回はシュークリーム)を作りながら、他愛ない話を夕方までしてもらった。
また別の休日の早朝。
リビングで長丁場に備えて、飲み物とお菓子、軽食を準備してソファーに座って対峙する。
『……それはイメージの“重複”じゃあないかなぁ。大昔から家政婦というものは家事をしている。母親も子供の世話を焼くだろう? もしかしたら、人によっては父親を呼んでも家政婦が現れる……なんてことが起きるかもしれないよ。ついでに、家政婦とかメイドの歴史というのが…………』
「…………………………」
分厚い大きな本を膝の上で開き、嬉しそうに絶え間なく話す黒髪に眼鏡の少年。
『賢者』ならば、自身であるプログラムのことを知っているかもしれないと思った。
そこで彼は『賢者』の少年を呼んで質問すると、答えてはくれたがその後二時間ほど、家政婦の起源や主従文化の地域差、家族の呼称についての話が続いたので彼は黙って聞いていく。
『…………まぁ、そこまで話すと、今度は別の解釈もあって――――』
「――――すまない。つまりは『A』という呼び方がダメでも、同じ役割りであれば『B』という呼び名でもいけるということか?」
『うん、そうそう。結論はそうだねぇ』
話の長い『賢者』だが、会話の途中で上手く話に沿った質問を入れると結論まで早く到達するのが判明する。
呼び出すのが二回目なので、彼は『賢者』の話のポイントを見付けて、結論への道に切り替えられることに気付いたのだ。
――――でも、いちいち話に割り込むのも面倒だな……別にそのまま聴いていてもいいか。面白いし。
質問の答えは聞いたし、聞き役になるのは苦にならなかったので、彼はそのまま夕方まで『賢者』の話を聴こうと思った。
しかし彼が聞き役に徹しようとした時、『賢者』は彼の顔をじっと見てくる。
『…………君は、プログラムでどんな人を呼び出したいの?』
「え?」
『どんな人?』
「それは…………」
『……………………』
初めて『賢者』が黙って聞き役になっていた。
「…………………………」
『…………………………』
しばらく沈黙が続くと、『賢者』は困ったように微笑んで呟く。
『……自分よりもあっちの方が適任かなぁ』
「…………へ?」
その途端、一瞬にして『賢者』の姿が消え、入れ替わるように『聖女』が現れた。
「な、なんで……!?」
『そういうこともあるわ。さて…………』
彼の耳に、ふぅ……と小さなため息が聞こえる。
『あなたが逢いたいのは、どんな人なの?』
「っ……!?」
にっこりと笑う『聖女』の口調はいつもと違う静かなもの。しかも、さっきの『賢者』とほぼ同じ質問を彼に投げ掛けてきた。
まるで、彼の相談を『賢者』から引き継いだように。
これまで、プログラムが別のプログラムの行動を“継ぐ”ということはなかった。
――――でも、これは何かあるのかもしれない。
そう思い、彼は『聖女』に答える。
「オレが会いたいのは、『子守り』のプログラムで…………」
『じゃあ、その子はどんな人なの?』
「どんなって…………優しくて、とてもキレイな子で…………」
『違う違う。あなたにとって、どんな“存在”なの?』
「え……?」
『聖女』の質問の意味が解らず、彼は目を見開いたまま固まった。
その様子を見てか『聖女』は一瞬だけ悲しそうな表情をするが、すぐに微笑んで小さく何度か頷く。
『家族みたいな子?』
「それは……一緒にいたから、そうだと思ってたけど…………違うかもしれない」
プログラムに家族や姉、妹と命じても『子守り』は出てこなかった。
『じゃあ、友達だね』
「友達は……近いけど、何かそれとも……」
『うん。きっと違うわね』
彼が言い切る前に、スパッと言われてしまう。
『なら、あれね。その子はあなたの“好きな人”なんじゃないの? もしくは“恋人”だったかもしれないわ』
「えっ……!?」
――――確かに、好きか嫌いかと言われれば好きだ。でも、恋人? 恋人っていうのは…………?
“恋人”という単語を思い浮かべたと同時に、彼の頭の中で笑う『子守り』の顔も現れた。
「え? な、え……っと……」
彼の首から上が急に熱くなって、口からまともな言葉が出てこなくなる。
『ふふ〜、そうかぁ、恋人が正解かぁ』
「いや、それは違…………」
『大丈夫、隠すなんて勿体ないわ。好きなら、好きでいいじゃないの。それは“恋愛感情”と呼ぶのよ』
『聖女』は立ち上がって、これまでで一番と言っていいほどのいい笑顔で嬉しそうに言った。
彼は『聖女』が何で、こんなに喜んでいるのか解らずに混乱してしまう。
「好き……って……恋愛は、物語の中のもので…………」
昔、彼が『子守り』と読んだ話にそんな事が書いてあった。だが、彼はそれを大昔のことで今では“無い”ものだと考えていた。
『ふふ。架空のお話だって人間が書いてるんだから、人間が持っているものだったの。それに人間がいる限り無くならない』
トン。『聖女』が人差し指で彼の胸を押さえる。
『誰かが隠しても無理。その証拠に、あなたは持っていたでしょう?』
「……………………」
急に『聖女』が神々しく見えた。
彼が最初に考えていた“聖女”のイメージ通りの笑顔を浮かべている。
彼はその顔を見詰めていると、眼と鼻の奥がじぃんと痛くなった。今にも顔を伏せてしまいたくなるような、悲しいような気分になってくる。
『あなたは、これからどうしたいの?』
「オレは…………」
ピーーーー!
ピーーーー!
『聖女』の問に答えようとした時、いつもより強めに聞こえる警告音が鳴った。
『…………なるほど。これが原因ね』
「原因って……」
『いい? わたしもさっきの子も、あなたのことをずっと見ているから』
「……? 何言って……」
「困ったら、友達…………ううん、“親友”を頼ってみたらいいわ」
そう言って『聖女』は彼から距離を取る。
『あなたに幸あらんことを……』
パンッ!
物語のセリフのような一言投げ掛けて、弾けるような音と共に『聖女』は消えていなくなった。
プログラムが消えるにはまだ早い時間だ。
「『聖女』!? プログラム、『聖女』を……」
彼は慌てて『聖女』か『賢者』を呼ぼうとした。
《ソノ『プログラム』ハ“不適合”ノタメ 呼ビダスコトハ デキマセン》