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第六話

「……えっと……塩小さじ0・5……」


 休日にしている昼。

 彼はキッチンに立っていた。


『あ、違う違う。ここは半分の分量だから、いつもの半分の小さじ4分の1よ。』

「…………難しい……」

『あはは、お菓子作りは積み重ね大事よ。続けていれば、きっとパティシエになれるわ!』

「別にパティシエになるつもりはない…………」


 難しい顔で計量スプーンを握る彼の隣りに、金髪で小柄な少女がハキハキと指示を出していた。


 彼女はプログラムの中のひとり。

『聖女』である。


 ――――オレの思ってた“聖女”のイメージと違う。


 彼は内心ちょっと悩んだ。









 彼が『仕事』に関するコミュニティに入ってすぐ。

 そこでは日夜、たくさんの人間が“上級”になろうと意見を交わしていた。


 そこでわかった流れは大きく五つ。


 ・一度ゲームで評価を受ければ、もうそれ以上はプレイヤーでいる必要はない。


 ・一ヶ月に、一般常識、専門学、語学などの試験が各種何度かある。


 ・試験で良い成績を取っていれば、あちらから声を掛けてくる。


 ・『仕事』をもらっても、最初は『生活空間』での作業になる。


 ・『生活空間』での仕事が評価されれば、外への居住を許可される。



 コミュニティの仲間の言葉を参考に、今までよりも多くの試験に申し込んでみる。しかし、多数の科目で高得点を狙うのは難しく、彼はまた実力不足を感じた。


 ――――ゲームを辞めれば、少しは勉強の時間が取れるな。


 そこで、今までやっていたゲームのリーダーを他のプレイヤーに引き継ぎ、試験の方に集中するようにした。

 そのおかげか、少しずつ得点は伸びていく。


 半分よりも上の成績を取れるようになるまでに半年、さらに上位へ行くためにもう一年掛かった。



 そうすると、試験で上位の成績になった頃に政府から突然『仕事依頼』というメールが届いた。


 仕事内容は一般的に“雑務”と呼ばれる『生活空間』でできる簡単なものだが、彼にはやっと最初の一歩を踏めたようで心底喜んでいた。




 仕事を貰えたことをコミュニティの仲間に報告すると、御祝いの代わりかオマケのようなことを教えてもらった。


 “プログラムには()()()()がある”……と。



 コミュニティ仲間の言う“隠し要素”というのは面白い機能だった。


 プログラムは人間に合わせて役目を変える。必要な時に必要な役目になるが、それは使う人間が特に命じなければ自然に発生していた。


 だが、平日は生活面を支えるプログラムしか出ないのに、何故か休日になるとふざけたことを言っても応えてくれる時があるという。


 それは、この役目の変える際に『抽象的な役目』を言うことだった。


「抽象的って?」

「それな、例えば『英雄』とか『未来の恋人』とか。とにかく、職業以外のふんわりとしか伝えられないものかな? それをプログラムが、命じた主から勝手に連想して役目の姿や性格を決めるみたいなんだ」


 わかるのは、プログラムが自分をどう思っているのか。


 ――――つまり、機械に自己分析をされる……と?


 まるで占いを機械にされるようだ。

 彼は休日の時間は、いつも勉強以外にやることがなく、気分転換にするにはちょうどいいと考えた。


 ――――もしかしたら『子守り』を見付けるヒントがあるかもしれない。


 早速、週に一度の『休日』にそれを試して見ることにした。



 そして、現在である。


 物語や神話でよく見かける『聖女』という単語をプログラムに投げ掛けたところ、この金髪で小柄な女の子になった。歳は『子守り』と同じ15才くらいだろう。


 彼が思い描いた『聖女』というのは一般的なイメージで、清楚、慈愛、繊細……そのような言葉が似合う美しい女性が多いはずだ。


 しかしこの『聖女』は、元気な物言いと笑顔、そして何故かお菓子作りを勧めてきた。



『はい、これで焼き上がりね。初めてにしては、かなり上手くできたわ。えらいえらい!』

「どうも…………」


 思いの外、上手くできたショートブレッドを眺めて『聖女』は満面の笑みを浮かべた。

 彼女は踏み台に昇ると、背の高い彼の頭を無理やり撫でてくる。優しく無でるというより、ポンポンと優しく叩かれる感じだ。


 彼が頭をなでられたのは『子守り』以来である。


 ――――でも『子守り』の方が……聖女っぽい。


 できあがったショートブレッドを、『聖女』が淹れてくれた紅茶と一緒にサクサクと食べる。お昼に作ってしまったので、これがランチ代わりになってしまった。


『やっぱり、手作りのお菓子は美味しいよね!』

「うん、確かに美味しいかも……」

『食べる人によって、作り方を少し変えるのも楽しいよ』

「そうか……」


 久し振りのお菓子が美味しいと感じた。


 正直に言うと、彼は子供の頃はあまり甘い物は得意ではなかった。しかし、誕生日や日々の間食に『子守り』が作った甘味は嫌いではなかった。


 食べているうちに慣れたのだろう。

 そう思っていたのだが、もしかしたら彼が食べやすいように、甘さなどを調節してくれていたのかもしれない。


 お茶の間、『聖女』は一方的にしゃべっていた。しかし、その彼女のおしゃべりを彼は少しも不快に感じず、むしろ楽しいとさえ思った。


 台所の片付けを一緒にして、夕方の5時を過ぎた頃に『聖女』は急にいなくなり『家政婦』と交代していた。


 ――――けっこう面白かったな……。


 こうして、彼は休日の度にプログラムを試すようになった。





 色々と抽象的な単語を拾って、プログラムに命じてみる。実際には無い職業や人によってイメージが違うものが対象だ。


『聖女』でいけたのなら……と、よく物語にあった『英雄』『魔王』『騎士』『魔法使い』なども試したが、プログラムは形を変化させようともしなかった。



 しかし唯一、『賢者』だけは人の形をとって会話ができた。


 しかし…………


『さて……何について知りたい? もしも分らなかったら、自分も一緒に調べるから』

「あ、うん…………」


 彼はプログラムが彼に対して与える『賢者』というイメージに疑問を抱いてしまう。


 現れたのは、短い黒髪に眼鏡を掛けた少年であった。


『賢者』というよりは“優等生”という印象で、年齢も彼よりも年下のように思える。この間来た『聖女』とさほど変わらない年齢に見えた。


 彼が物語を読んで見付けた賢者は、老齢の男性で白い髭を生やす浮世離れしたようなものだった。


 ――――賢者……賢者ってもっとこう…………年の功というか、おじいさんのイメージなんじゃ……?


 男性の方が強いイメージだが、それにしても『賢者』と言うには若過ぎる気がしてならない。


「……………………」

『うん? 何か?』

「あ、いや……若いなぁって…………」

『う〜ん……それは仕方ないことだね。でも、それは一般的な多数の常識になったイメージ。君にはまず、“常識を疑う”ということを念頭に入れてもらいたいな』

「…………はぁ…………」


『賢者』の見た目は若いが、話す声色は落ち着いていた。あながち“賢者”という呼称も、完全なハズレではないのだろうと彼は思う。




『現在、学んでいるのは? もし少しでも引っ掛かる事があるのなら、自分もできる範囲で手伝おうと思っているよ』

「あ、あぁ……それなら…………」


 彼は“ダメもと”で『賢者』に、勉強していてどうしても解けない問題を尋ねた。この問題は調べても、なかなかこれといった答えが見つからないものだった。


『ああ、それかぁ。この分野だけで調べるのは難しいね。別の分野からのアプローチが必要になる』

「え……?」


 パンッ。

『賢者』が両手を叩いた。


 すると、顔の倍以上はあるような大きな書物が、いきなり空中に現れる。


「っ……! これ…………紙の本!?」


『うん、そうだね。大昔に紙という媒体で作られたもの。でもこれは本の形をしているだけで、データの集合体を触れるように具現化したものになるんだ』


『賢者』が出した“書物”はプログラムの一部であるようだ。


 パラパラパラ……


 しかし、重厚感やページを捲る音は紙そのものである。


『自分はコレの方が好きなんだ。だって、調べるのは一つの項目だったとしても、同じページに自分の知らないものが載っていたら、今度はそれを調べたくなるだろ? そうしてそれを調べたら、次に同じく知らないものを見付けて…………無限に知識を拡げることができるって訳だ。そうしたら、ついでに…………』


「……えっと……あの、さっきの質問の……」

『ん? ああっ! ごめん、うっかり忘れるとこだった。えーと、これはね……』


『賢者』は“質問の答えを探す為の導き方”を教えてくれた。


 そのまま答えを教えるやり方よりは断然、そちらの方が彼のためにはなる。

 しかし『賢者』は自分で言って夢中になるようで、しょっちゅう話が脱線していった。


 だがやはり、夕方になると突然消えてしまうので、話の多い『賢者』から聞けたものはたった二つの疑問の調べ方だけだった。

 しかし、彼はそれを決して無駄だとは思ってはいなかった。


 ――――今度『賢者』を呼ぶ時は、もう少し早めに呼んでみよう。



 まだまだ面白いものが見られそうだと思い、彼は次の休日を楽しみにするようになった。






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