第四話
『子守り』がいなくなって、彼は彼女を取り戻すために行動した。
まずは『生活空間』から外へ出て仕事をするための“条件”を調べる。
条件は簡単だった。
“優秀な人間”になること。
年に何度かある政府の試験をクリアし、一定以上の成績を収めていけば、世界にとって有益な人間としてあちらから声が掛けられる。
彼は子供の頃は平凡だったために、この『生活空間』に送られて【細胞の提供者】にさせられた。
もしも、子供の頃に優秀だと判断されていれば、その時点で『能力育成施設』に送られて【未来の開拓者】と呼ばれていたはずだった。
しかし、平凡だったことを今更悔やんでも仕方ない。
今からでもここで努力すれば、大人になった時に外の『研究施設』などに呼ばれて仕事も与えられる。
――――今よりもプログラムを理解することが多くなる。そうすれば、『子守り』を戻す方法も解るかもしれない。
この世界で仕事を持つ人間は“上級”の人間だ。きっとここにいるよりも、彼が得られる知識や情報が山ほどあるだろう。
あとやらなければならないのは、できる範囲での外部からの知識と情報を得ること。
『教師』のプログラムはいるが、それだけでは最近の試験の状況は教えてくれないからだ。
ならば……と、彼は今まであまり手をつけなかった『ゲーム』をやることにした。
――――あまりやりたくなかったけど……。
そう思いながら始めたのは、以前に挫折して放り出した古代西洋を模したファンタジーRPGだった。
あまりにもやっていなかったので、スタート地点がどこだったか思い出すのに時間がかかる。ゲームの世界とはいえ、外の平原や森の風景など彼には見慣れないものが多い。
久しぶりにゲームにログインして辺りを伺うと、最初の町だというのに高いレベルのプレイヤーが歩いている。
仲間を募集している掲示板にも、とても彼のレベルでは参加できない条件が並んでいた。
「やっぱり……入れないか……」
彼はすぐにメインストーリーから外れて、チュートリアルのあった場所まで戻った。
そこならば、彼が探すものが見付かるからだ。
「………………いた」
そこには以前の彼と同じように、ゲームを始めて間もなく、やる気を失くしたプレイヤーがさ迷っていた。
目的はそんな“ゲームが不得意な人たち”であり、彼らを集めるために彼はほんの少しだけ無理をした。
本来はそんなにゲームは好きではない。しかし自分が無気力では他人も動かないと踏んで、進んで攻撃の矢面に立てるようにキャラクターの職業を『剣士』にしたのだ。
これは彼の見立てだが、最初の段階で挫折するプレイヤーは『魔法使い』が多い。魔法は見た目に派手だが、レベルの低いうちはたいしたものも使えず、力も体力も低いために気を抜くと倒されてしまう。
さらに、挫折する『魔法使い』の半数は、内気でパーティも組めず、独りで戦闘をしてももたついている間にやられているのがお約束だった。
「……あの」
「はい?」
「パーティ組みませんか? 自分はレベルが低いから、加入条件はありませんし……」
「えっと、あ……はい」
ザコ敵に苦戦していた低レベルのプレイヤーを見付けては、こんなやり取りで片っ端から集めた。
しばらくすると、似たようなレベルの人間がかなりの数集まっていた。途中から『魔法使い』以外も集めたので、数だけなら高レベルのパーティに負けない規模になった。
――――これだけ集まれば、大抵のことはできるな。あとは人間関係のトラブルにだけ気を配っておかないと…………
最初はみんなレベルが低いので、最初の平原で全員そろってレベルを上げに勤しむ。
彼は他のメンバーには無理はさせずに、裏表に関わらずパーティのためだけに動いた。おかげで、大きなトラブルも起きずに何とかまとまってきた。
退屈かと思われたが、同じ作業を繰り返すことで他のプレイヤーも操作に慣れ、パーティ同士も打ち解けて仲良くなっていった。
「今日はこれくらいにしようか?」
「そうだね」
「じゃあ、また明日に同じ時間で」
「まだ時間有るから、ちょっと付き合ってくれないかな?」
「あ、わたしも大丈夫よ」
「僕も良いよ」
全員が仲良くなると、レベル上げ以外の時間で現実の他愛ない話もするようになる。
彼はこの交流こそが最初からの目的だった。
「え? 仕事がしたいの? ゲームだってレベルを上げれば、政府から色々と褒賞がでるよ」
「うん。実はあんまりゲームとかは得意じゃなくて…………部屋でじっとしているのもそんなに……」
「そっかー。確かに、仕事できたら張り合いあるもんね!」
ゲームをやっている人間のほとんどは、彼と同じく『生活空間』の住人たちだった。
「あ、じゃあ仕事に関するコミュニティに参加すれば? 仕事はゲームより大変だっていうけど、君みたいに職に就きたいって人も多いみたいだよ」
不意にひとりのプレイヤーから有力な情報が入る。
「コミュニティがあるのか?」
「聞いたことあるんだ。どうしても“上級”国民になりたい人たちが、どうしたら良いのか話し合ってるって。でも、閲覧やコメントをするには制限が掛けられているらしい。どうやら、ゲーム上位者になれば参加資格があるみたいだね」
「…………やっぱり、簡単にはいかないか」
どうやら、彼が苦手なゲームも必須になってしまうようだ。
「あー、わざわざ大変な生活を選びたい人が多いんだねぇ……」
「あたしはこのままの生活でいいや。どうせ試験は死ぬほど難しいらしいし。【不適合者】にならなかっただけマシよ」
【細胞の提供者】になれば『生活空間』での最低限の生活は保証されていた。
その生活さえもできない、集団で生かされるだけの【不適合者】となるよりはずっと良い暮らしだという。
――――【不適合者】の話は聞きたくないかな。
『子守り』の呼び出しを拒否された時、プログラムから“不適合”だと言われたのを思い出して胸が苦しくなる。
「……あの、みんなは『プログラム』はどんな感じに使ってる? 『家政婦』とか『教師』とかはいる?」
彼はそれとなく話題を変えることにした。
自分以外の『生活空間』がどんな感じか探ろうと思った。
「あぁ、いるよ。うちは『家政婦』がほとんど一日いる」
「うちは『家政婦』と『シェフ』。時々『トレーナー』とか」
「あたしのところは『教師』と『子守り』がいるよ」
「えっ……『子守り』って……どんな? 若い女の子とか?」
他の人間のところにも『子守り』がいることに、彼は驚いて尋ねた。
「え? うちの『子守り』は優しそうなおばあちゃんだよ。だって、プログラムは個人で違うらしいし」
「違う……?」
彼は今までゲームをやらなかったため、他の人間との違いを考えたことがなかった。
「そりゃあ、人間も色々だから違うだろうよ。うちは『子守り』なんて付いたことないな。『家政婦』が付くことがだいたいじゃないのか?」
「……プログラムが突然消えて、戻らないってことは?」
「う〜ん、ないねぇ」
「ないない。だって、プログラムは必要だからソレの役割りになってるんだし」
その場の仲間たちの中では、プログラムが消えた者はいないという。しかし、あるひとりが噂を聞いていた。
「又聞きなんだけど……」
「うん?」
「……なんか、私たちと意見が合わなくて、ちょっと言い合いになったプログラムが“不適合”とされて消えた……っていう話はあったかな」
「あー、それ聞いたことあるわ。本当かどうかは、噂を聞きいたけど……あとは……プログラムが変わったから“不適合”になったって」
「変わった……? どういうことだ?」
時々、プログラムが“誤作動”を起こすことがあるという噂もあったが、それも確かな情報ではなく、仲間たちはそれを元に推測し始めた。
「例えばさー、勉強を教えてくれる『教師』が、勉強を止めさせて娯楽ばっかり教えたら“不適合”になる……みたいな?」
「『家政婦』が世話する人をこき使ったり?」
「そうそう。ま、所詮はプログラムなんだから、そんな反対のことをする訳ないよね。自分が消えるっていう非合理的なことなんてできるわけない」
「……反対のこと……非合理的……」
彼は仲間の話に耳を傾け、その言葉から『子守り』がいなくなった原因を探ろうと考えた。しかしいくら考えても、彼女が悪い行動を取ったり、彼に害を及ぼすことをしたりはしていない。
「…………『子守り』は何も問題なかったのに」
「え? あなたのプログラム、消えちゃったの?」
「呼び出せなくなっただけ……」
――――“消えた”とは認めたくない。
「『子守り』のプログラム? もしかして、子守りなんだから大人になって消えたんじゃないの?」
「え……?」
「いつ消えたの?」
「……15才になった時」
「じゃあ、もう子供じゃないね」
「…………………………」
――――オレが、大人になったから役目を降りた?
「でも……僕の知ってる中で、四十代になっても『子守り』が付いてる人がいるよ?」
「え…………『子守り』でしょ?」
「『家政婦』と同じじゃない。個人でプログラムが違うなら、有り得るかもしれないわよ」
仮説のひとつが早くもグラついた。
“個人で違う”と言われてしまうと、正解も不正解もない気がしてくる。
結局、決定的な話はほとんど出ない。
しかし、彼女が消えたという証拠も無かったので、彼は絶望することはなかった。