最終話
お読みいただき、ありがとうございます。
この補足のお話で最終話になります。
カツカツカツ…………
コツコツコツ…………
必要最低限の明かりが灯る廊下を、几帳面な靴の音が二つ移動して行く。
足音は大きな扉の前まで来て止まった。
「【655】戻りました」
「【915】戻りました」
彼らが言葉を発すると、扉は静かに開き始める。二人が中へ入ると、部屋の中央だけが明るく部屋の隅までは光が届かないほどの広い空間。
そこは大きな本棚が幾つも並び、壁や柱までも本棚のように蔵書が詰まっている部屋だった。
唯一、灯りが置いてあったのは、周りの雰囲気に合わせたようなシックで堅牢な机と重厚な椅子。
そこには白っぽい髪の毛で、中性的な顔立ちの少年が座っていた。
「ご苦労様。【655】も【915】も、ギリギリまでアイツの世話してくれてありがとう……」
「いや……私たちは……何も……」
「そうだ。おれらは何もできなかったよ。『生活空間』にエネルギーが送られなくなって、行くことも諦めたんだから」
少年の前には、顔立ちが瓜二つな男女がいる。
二人とも、顔に悔しさを滲ませて今にも泣きそうな雰囲気だった。
「これが報告書だ。おれと【915】を併せても、そんなに多くはないけど…………」
片方の男性が手に、ゴルフボールくらいの透明の球を出現させて少年に差し出す。球の中では光の帯のようなものがキラキラと動いていた。
「大丈夫。アイツのデータは【844】が子供の頃から集めてる。政府側のゲームのデータもコピーしたし、大人のデータは少しあればいい……」
少年はキラキラ光る球を透かすように眺めた。その顔はどこか寂しげに微笑んでいる。
「……ソイツも、おれたちと“巡る”ようにするんだよな?」
「する。コイツにはちょっと特別な役目があるんだ。それを今から報告しに行く」
「じゃあ、なんでっ…………」
【655】と呼ばれた男性が、顔を歪ませて少年を睨む。
「アイツにあんな最期を与えたんだ!? 他の奴はすぐに、惑星のシステムが配った“苦しまないための睡眠薬”で眠らされたのに、おれたちはそれを妨害して、アイツは滅んでいく世界を眺めながら逝ったんだぞ!!」
「…………その薬を配られたのは全人類じゃない。同じ様に死んだ奴も相当数いる」
「それは……最下層にされた人間だけだった。アイツは『生活空間』の人間で、【細胞の提供者】だからシステムも優遇して………………」
「結果、世界ごと殺されるのに“優劣”をつけられて嬉しいか?」
「っっっ…………!!」
少年は静かに目を閉じてため息をつく。
『惑星浄化計画』は星に組み込まれたシステムが独自に発動させた結果だった。
惑星の再生システムは、もう何年も前に動いている。
人類の政府はとっくの昔に、再生システムに乗っ取られて壊滅した。
“政府のプログラム”は、そのまま人間の生活に残っていたが、中身は再生システムの手先となった。そして、残っている人間たちの情報を全て自分の身の内に納めた後、“再生”と“浄化”という名の下に人類と現存していた動植物を完全に滅ぼした。
しかし、ただひとつだけ、再生システムがおかしな行動をしたのだ。
人類の一部を“眠らせてから”浄化を行った。
せめてもの情けのつもりか、それとも最後まで抵抗されないためか。世界の異変が起こる前に、“不適合”と呼ばれる人間以外に睡眠薬を配った。
――――再生システムは完全に現代の人間を馬鹿にしていた。きっと浄化後の世界では、人間は形を変えられてしまうはずだ。
「【655】も【915】も、他のみんなには詳しい話を浄化後にしてやる。俺たちが忙しくなるのはだいぶ先だ。だから、今は休んでてくれ……」
「…………………………」
【655】は納得できないような表情をしているが、何も言わずに逆方向を向いて歩いていった。
「申し訳ありません。兄は人間を受け持ったのが、その彼が最初で最後でしたので…………情が移ったのだと思います」
「【915】だってツラかったろ? 主人宛の薬をバレないように廃棄してたんだから」
「………………はい」
【915】と呼ばれた彼女は『家政婦』として、色々な人間の下を訪れた。
そして、少年の命令で数人の“薬”を廃棄していった。
「じゃあ、俺は報告してくる。お前もきちんと休んでろよ」
「はい。失礼します……」
【915】も【655】の後を追うように、同じ方向へ歩いて消えていく。
「はぁ…………やれやれ……意外と、お前はみんなに気に入られてたんだなぁ」
少年は手元に残った光る球を眺めて苦笑する。
それを手にしたまま、双子とは別の方向へ進んでいった。
…………………………
………………
「あ、【143】〜! お疲れ様でーす!」
「おつかれです。【143】」
「なんだお前らも、俺に文句でも言いにきたか?」
暗くて広い大理石の廊下の先に、金髪の小柄な少女と、黒髪の眼鏡の少年が立っている。
「文句なんてとんでもないわ。ただ、また貴方が『悪役』を買ってでたのかなぁって」
「あっちの通路を【655】がムッとした表情で歩いていたからねぇ。本当の君は優しいから『悪役』には向いてないんだけど……」
「別に『悪役』になったつもりはねぇよ。あっちが甘いこと言うから、本当のことを突っ込んだだけだ」
悪役悪役と言う二人に対し、少年は眉間にシワを寄せて答える。
「ほら、そう言う。厳しめな言葉は全部、相手のために言ってるくせに。ふふふ……」
「あははっ。確か君みたいな人種を、大昔の言葉で『ツンデレ』って呼んだらしいよ」
「笑うな!! 誰が『ツンデレ』か!!」
「「あはははははっ!」」
怒る少年の様子に、二人は顔を見合わせてケラケラと笑い転げた。
「ふふっ……あーでも…………その子、連れてきたんだねぇ。なかなか“聞き役”としては優秀な子だったから、自分も気になってたんだよ」
「あら、お菓子作りも素質があったわ。素直に聞いてくれるし、分量も正確だったし…………」
「やらねぇぞ。残念だけど、コイツは【844】の“お付き”にするから」
「【844】の? 貴方のお付きじゃなくて?」
金髪の少女は首を傾げた。
「先にお前らには言っておくけど…………浄化後は俺じゃなくて【844】を『王』に推薦する。俺とコイツが“補佐役”だ」
「えっ!? そうなの!?」
「……てっきり、君が自分たちと“世界の叩き直し”の中心になるのかと思ってたよ」
驚く二人に少年は不敵な笑みを浮かべる。
「アイツはオマケだけど、俺が付くんだから【844】はお前らより安心だな」
「くっ…………妹可愛さに自分はNo.2に収まるなんて!」
「……こういう妹や姉を可愛がる人種を、大昔では『シスコン』って言ったらしいよ」
「誰が『シスコン』だ!! お前はすぐに大昔から引用すんじゃねぇよ!!」
少年と二人が口論を始めるが、仲が良いためのじゃれ合いのように見えた。
「そういえば、【844】も戻っているよねぇ? 浄化が始まってからは見てないような…………」
「本当ね。浄化が終わるまで一緒に本でも読もうと思ってたのに…………」
「……………………」
少年は少し目を伏せて黙り込む。
それを見て眼鏡の少年は眉をひそめた。
「ねぇ、もしかして【844】、浄化途中にどこかへ行ってなかった? 実は閉めていたはずのゲートが開いてたんだよねぇ……」
「えっ!? 浄化中なんて危険じゃないの! なんで!? 【143】、まさか知ってて行かせたんじゃ……!」
世界が浄化の光に晒されている時、彼らは地下に隠れてやり過ごすことができたのだ。
いくら彼らがプログラムでも、浄化の最中に巻き込まれればただでは済まないはずだった。
少年は手のひらの光る球を握る。
「…………行かせたよ。コイツの『今際の際』に会わせてやった」
「「そんなっ!!」」
悲鳴のような声が二人からあがった。
それくらい無謀なことだった。
「本人から……『どうしても、今の自分で今の彼に逢いたい』って、泣きながら懇願された。あっちに渡るのにも、自らのエネルギーを大量に消費して…………何とか生きて戻ってきたけど…………データに損傷が見られたから、もしかしたら……“巡った”時に多少の障害が残るかもしれない」
「そんな……」
普段、あまり我儘を言わない子だが、こればかりは少年にも止められないほど切実な願いだった。
「でも、なんでそこまで危険な時に?」
「再生システムの目を盗むには、建物に火が回ってからじゃないといけなかった。だからギリギリまでコイツには生きててもらって、会わせるしかなかったんだ」
球の中の光はくるくると回っている。
「んー……でも、その子も相当苦しかったはずだよ。会わせるだけなら、その子だけは寝かせてても…………」
「バーカ、それじゃ意味ねぇんだよ。一方的にじゃなくて、ちゃんと…………」
「残酷よね。お互いに想ってたのに、逢えるのが最期の時なんて…………」
「「「…………………………」」」
三人は廊下でしばらく沈黙した。
「だから……コイツには、こちら側から巡らせようと思ったんだ」
「そうね。良いと思う」
「異議なしだ」
少年の言葉に他の二人も頷く。
「じゃあ、今のを含めて報告に行く。『聖女』に『賢者』、お前らも出番まで待機してろよ」
「はーい。いってらっしゃい」
「了解だよー『親友』!」
二人と別れた少年は、暗い廊下をどんどん進んでいき、ついに真っ白な大きい扉の前までたどり着いた。
コンコンコン。
「失礼します……」
入ると、そこは明るく植物の鉢植えがあちこちに置いてある部屋だった。
そこには大きなベッドがあり、ひとりの年配の男性が上半身を起こして本を読んでいた。
「起きていらっしゃいましたか……」
「あぁ、こんな時に眠れそうにない」
少年がベッドに近付くと、老人はにっこりと微笑む。
「お疲れ様。お前には色々と、私の代わりに判断させてしまったな」
「いえ、みんな手伝ってくれてますから……」
老人は息をついて、ベッドのクッションに背中を付けた。
「浄化は、どのくらい進んだ?」
「半分ほど。おそらく、人類はもう生きてはおりません。他の動植物も全て『リセット』されたと思います」
「そうか。じゃああと数十年は焼け野原か」
「はい。新たな人類が出てくるのは、遅ければ千年後でしょう」
「ふむ…………」
人類の政府は惑星の環境を良くするために『惑星再生計画』を打ち立てたが、結果は惑星の再生システムに“汚染物質”とみなされて、人類を滅ぼす前に焼き払われた。
少年は淡々と説明を続ける。
「それまでには、この『館』の地上部分をいつでも建てられるように準備しておくつもりです。奴らの“再生”に便乗させてもらいます」
「……そこまではこちらも計画通りか」
「はい。惑星の再生システムが生物を生成し始めたら、こちらの細胞の情報も流します」
「うまく、いくと良いが……」
「大丈夫でしょう。きっとシステムは休み休み惑星を“再生”させていきますから、我々はその隙間を縫うだけですので……」
「…………私も、そろそろ“巡る”時がくる。みんなもそれに備えよ」
「はい」
惑星に丸々『リセット』された。
しかし、失敗したからといって全てを無かったことにするというのは、彼らからしたらとても許し難いことだった。
だから彼らは独自に抵抗した。
惑星が新たな世界を創るなら、そこに“原始”を織り交ぜてやろう……と。
「さて、私が生きている間に再生は無理だな。あとは人類が生まれた時に『意志を継ぐもの』にここを任せよう」
「はい…………『館長』」
彼らの戦いが始まった。
最後までお読み下さり、誠にありがとうございます。