第十四話
「…………なんで?」
急にラジオが消えて、おかしいと思って部屋の中にある家電やシステムを動かしてみた。
「水は出る……料理コンロは使える……冷蔵庫も…………あとは……」
生きるのに直結するものは使えるが、ラジオ、テレビ、ゲーム、通信…………情報が入るものが使えなくなった。
「プログラム『家政婦』! …………『同僚』!?」
その他、プログラムや各種システムが軒並み使えない。
「プログラムを呼び出せない……“不適合”ではないはず……?」
もしも不適合ならば、呼び掛けた際に『生活空間』のシステムから《ソノ プログラム ハ 不適合デス》と言われるのがいつものことだった。しかし、その言葉すらなく、他のことを言っても何の応答もないのだ。
時間はもうそろそろ夕方である。
いつもなら、何も言わなくとも自然に点く部屋の明かりが暗いままだ。
「…………エネルギーが通ってない?」
彼はオフィスに戻り、砂漠の風景を映す窓に手をついた。
「“ホログラム”設置」
窓は何も変わらず“真実”のままだ。
おそらく、外の景色を変える映像のエネルギーが切れたのではないかと推測できた。
――――オレはたまたま、この景色にしていたから変化を感じられなかったが、他の『生活空間』は窓の外が激変したと思っただろうな。
誰からも何も言わずに窓が“真実”を写したとして、それが世界の本当の姿だとは微塵も思わないだろう。
それに加えて灯りも点かず、プログラムも出てこない。
たぶん、何も知らずに過ごしていた者たちは、今頃大混乱に陥っているはずだ。
「オレは『親友』に教えてもらっていたから、今も冷静でいられるのか……」
彼はオフィスに備え付けられてる“非常用の灯り”を取り出す。これは入り口すぐの壁にひっそりと付けられているが、普段から調べていないとわからない位置にある。
このことは以前に『親友』が来た時に教えてもらっていた。
「灯りよし。え〜と、あとは食料の確保……?」
最近は『家政婦』にも教えてもらっていたので、キッチンの使い方は充分に分かっている。しかし、
「…………あれ?」
キッチンで色々と調べていると、やたら保存食と日持ちのする食材のストックが多い。それは昨日までは無かったように思う。
「何で……? いや、確かに今は必要だけど…………まさか…………」
彼が用意したのでなければ、他には『家政婦』が用意したと考えられた。
まるで、非常事態になることを知っていたように。
“おれたちじゃ、どうしようもない事があっただけだ”
「二人とも、この事を知っていた……?」
それならば、昼間の『同僚』の様子も、この大量のストックも納得できた。
きっと良くない事が起きるのを、彼らは事前に知っていて彼に告げることもできずに準備だけをしていったのだろう。
「何が、起きるんだろうか?」
何も情報を得られない中、時間だけが過ぎていった。
…………………………
………………
現在は夜。
『生活空間』が外部と遮断されて三日が経った。
相変わらず灯りは点かないし、プログラムは出てこない。
――――水は出るし、この空間独自の発電はまだ大丈夫。
だが、ラジオをはじめ全ての情報ツールが使えなくなった。
いや、一応ラジオはつくにはつく。ラジオをつけると、人の声などは一切聴こえず『サーサー』という低い音が鳴っていたからだ。
それに気付いたのは翌日だったが、どうやら放送局自体が機能していないのでは? という疑いが出てきた。
――――放送局は政府だ。政府が機能していない? ………………まさかそんな訳…………いや、確か直前のニュースが何かおかしかったような……。
彼は異変が起きる前に、ラジオから流れていたニュースの内容を必死で思い出した。
「確か……この惑星のマントルに機械を埋め込んで……いや、これは二年前で…………そのあとは…………そうだ、『惑星再生計画』の実行とか言ってた」
彼がいつも聴いていたニュース、『親友』や『同僚』から聞いた話、そして彼自身の推測などを繋げるとこうだ。
この惑星は人口も減り、環境も悪くなる一方だった。
そこで、政府は『惑星再生計画』と称して、この星自体に環境をコントロールできる機械を埋め込む計画を立てた。
計画は着実に進んだが、それを知っているのは“上級”と呼ばれる人間の極一部で、ほとんどの人間は嘘の情報と不自由ない生活で惑星の危機とは無縁であった。
そして、その『惑星再生計画』が実行されて、次の段階に移った。
「確か……“世界の浄化”…………とか言ってなかったか?」
詳しく言うと『地上の汚染物質の浄化』である。
「大昔に人間が自然に放ってしまった有害物質だよな。それの浄化が進めば、この異常が終わるのか?」
一時的に惑星のシステムが、その“浄化”とやらに力を入れてしまったのだろうかと考えた。
「…………だとしたら、いつになったら終わるんだろう」
これ以上の停電やシステム異常は、何も知らない人間には精神的にキツいのではないか。
「待つしかないのか……?」
窓を眺めても変化はない。
…………………………
………………
それから、さらに四日が経った。
異変が起きてから一週間になる。
さすがにここまでくると、何処かで取り返しのつかない事態が起きてしまっていると思われた。
「…………きっと、餓死者とか出てるよな……?」
あのプラスチックのような物質から食料を作る装置は、初日から動かなくなっていた。彼は『家政婦』から聞いて物質を取り出す場所を知っているし、まだ多くの保存食が残っている。
食料の確保を知らない人間が、餓死していてもおかしくない。
まだ水は出ているが、温度調節はできなくなっていた。昼間には極端に温い水が出て、夜には凍り付く直前の冷たいものに変化している。
「…………何日凌げばいいんだ……?」
あれからずっと、彼はオフィスに毛布などを引っ張りこみ、一日のほとんどを過ごしていた。
窓の外を観察し、時計や室温計などを細かく見ていた。最近は室温が少しずつ変化しているようだ。気密性のある空間だが、もう冷暖房は効いていないのかもしれない。
砂漠に棒の建物。
全ての建物が同じ向きで建てられ、向かい合う窓もないので、そこの住民を見掛けたことはなかった。
――――見える限り、建物の中で生きているのは何人だろうか?
彼には確かめる術がない。
…………………………
………………
朝から昼、昼から夜になった。
「…………なんだ?」
八日目の夜になって、地平線の南方が明るいのに気付いた。
まだ夜明けの時間ではないし、太陽が昇るのなら東だ。
それは一晩中、地平線のところで明るく光っていた。しかもかなりの広範囲で。
おそらく、自然の現象ではない。
「…………………………」
昼間は明るさのせいか、その光はよく見えなくなった。しかし、辺りが暗くなるとすぐに確認できる。きっとそれは一日中光っているはずだ。
八日目に発見し、九日、十日、十一日…………光はだんだんと範囲を広げ、彼のいる場所へと近付いている気がしてきた。
そして十四日目。
その光が何なのか判明した時、彼は窓の前で力無く座り込んだ。
たぶん数キロ先、そこにあった棒のマンションがいくつか消えた。最初は何故消えたか解らなかった。
しかし日数が進むにつれ、光の範囲に入ったマンションのシルエットが、折れて崩れた様子を見て『燃えている』という結論に至ったのだ。
それはもう、彼のいる場所からあと数キロもない。
白い光は地面から吹き出てきて、あっという間にマンションを飲み込んでいった。
地面から出ている光は、約二日でマンションを瓦礫にした。まるで布に水が染みていくように、それはどんどんと範囲を広げていく。
――――ここまできたら、いくらなんでもわかる。
「ここに助けは来ない…………オレたちは燃やされて、地上から“浄化”されてるんだ…………」
政府が要らない人間を片付けているのか、惑星に組み込まれたシステムがそうしているのかはわからない。
そのどちらでも、自分は“浄化”対象だという事実が目の前まで迫っている。
…………………………
………………
一昨日、二つ先のマンションが燃えて昨日崩れた。
昨晩、一つ前のマンションが光線に飲まれた。きっと夕方には崩れるだろう。
部屋の中はすでに40℃近い。
このマンションが光に包まれるのも、もう時間の問題である。
蒸し風呂みたいなオフィスの真ん中で、彼は呆然と窓の方を見詰めていた。傍らには、二体の猫のぬいぐるみが置いてある。
――――本で読んだ『世界の終末』みたいだ。
何故か彼は冷静だった。
“浄化”が終わったら、この星はどうなるのだろうか?
そんなことを考えていても、ボーッとした頭がなかなか働いてくれない。
【もしも世界が創れるなら、あなたはどんな世界が良い?】
突然思い出される、無駄にハイテンションな声。
「もしも、世界を創れるのなら…………オレは……」
暑さで朦朧となり、彼は床に倒れ込んだ。