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第十二話

 ある平日の朝、彼は『家政婦』に、キッチンの機能や食材ができる構造を教えてもらっていた。


『今は天然の食材が貴重ですから。全部の食材の素になる“人工多角アミノ媒体”で色々な物を作ります』


 そう言うと、彼女は棚の一部分を開けて手を突っ込み、中から何かを取り出した。


『これが食材を作るための“素”になるものですね』

「…………なんか、プラスチックみたいだ」


 手のひらに乗っていたのは、白っぽい半透明の1センチ程度の硬い粒だった。一粒取って彼に渡す。


『このままでも食べられますよ。無味ですけど……試しにどうぞ』

「…………本当だ。味の無い角砂糖みたい」


 噛んだ瞬間は硬いが、すぐに口の中で溶けて無くなる。


『これに熱、圧力、電気、紫外線などを加えて“食材”ができあがるわけです。穀物、肉類、野菜……糖類や脂質、好きな物ができますし、栄養も天然の物と違って均等になります。一粒で100kcal分の食材が作られます』

「…………なんか、食欲なくなる」


 今まで食べてきた物の正体を教えられ、知らない方が抵抗もなかったと思ったが、それを知ることを望んだのは彼であり後悔は無い。


『………………』

「ん? 何?」


 複雑な気持ちで手の上の“食材の素”を眺めていると、その様子を『家政婦』がじっと見詰めていた。


『いえ……どうして、こんな事を知ろうと思われたのか、少々疑問に思いまして。他の方は、並んだ料理の材料の種類も特に気にされないので……』

「…………他の方……って、別の『生活空間』の?」

『いえ。そこだけではなく……ほとんどの地域ですよ。それこそ、“上級”の方々も……』

「え……そうなの?」


 どうやら『家政婦』は、彼以外の人間とも接触があったようだ。しかも、それは彼の知らない“上級”の人種も含まれていることに驚いた。


「そっか。この粒を食べていたの、オレだけじゃないんだな。“上級”でも当たり前なのか……」

『世界では天然の食材は、ほとんど手に入りませんから』

「……ニュースでよく、食料プラントがどうの……って言ってたから、外の世界ではちゃんと食糧を作っていると思ってたよ」

『それこそ、ごく一部向けですね。あとはみんな似たりよったりです』


 最初に現れた日より、最近の『家政婦』は彼とよくしゃべるようになった。こうしてたくさん話すようになると、少し『同僚』としゃべり方が似ていることがあって面白いと感じる。


「あんな砂漠じゃ何も出来ないもんな……」

『まず、現在の外の気候では無理ですね』


 彼は毎日のように“本当の世界”を窓から眺めるようになった。いつも砂漠と棒のような建物の風景だが、虚構の街並みを眺めるより安心できた。


 ――――自分が思っていたよりもずっと、世界って何も無かったんだな。


 自分の住む惑星が死にかけであることを、毎日実感するのが彼の日課になっていた。





 本日も形だけの仕事に向かおうとした時、『家政婦』が彼を呼び止めて昼の確認をしてきた。


『今日も昼だけの用意でよろしいですか?』

「ん? うん、いつも通りで」

『かしこまりました……』

「……?」


 夜はそんなに食べたくないので、彼は朝と昼の食事の用意だけしか『家政婦』に頼んでいない。

 確認されたのは、最初の日から三日間だけだった。それが、今日は何故か確認されたことに彼は首を傾げた。


 ――――彼女真面目だから、定期的に確認してくるのかな?


 それで納得し、いつも通り仕事へ向かった。






【……お昼のニュースです。全世界“惑星再生委員会”は近々、惑星のマントル付近の調査を完了すると発表しました。これによって、星の半永久的な再生と生命活動の復活の手掛かりを得られると期待しています】


 仕事中に聞くラジオはいつも通りである。

 そして、いつも通り昼休みになった。


 ピピピ、ピピピ、ピピピ…………


「……………………?」


 彼はキョロキョロとオフィスを見回す。

 いつもならアラームが鳴ると共に『同僚』が現れるが、今日は珍しくまだ来ていない。


「…………手洗いに行っておこう」


 ポツリと独り言を言って席を立つ。


 しかし、戻る途中の廊下で嫌な考えが浮かんだ。


 ――――……まさか、『同僚』が“不適合”にされたんじゃ…………!?


 急に恐ろしくなって、彼は急いでオフィスの扉を開けた。


 パンッ!! パパンッ!!


「…………っっっ!?」


 扉を開けた途端、連続した破裂音がして、彼の頭上から色とりどりのリボンやら紙吹雪が舞い降りてくる。


「……………………へ?」


『ハッピーバースデーっ!!』

『お誕生日おめでとうございます』


 目の前に手に紙のクラッカーを持った、同じ顔の二人が笑顔で立っていた。


「えっ!? 『同僚』と『家政婦』!?」


『あっはっはっ!! めちゃくちゃビックリしただろーっ!! サプラーーーイズ!!!!』

『ふふふ、大成功ですね』


 彼が驚いて固まっていると、その様子を見た『同僚』は笑い転げ、普段はビシッとしている『家政婦』もクスクスと笑い声を出している。


 ――――そうか、今日はオレの誕生日だった。すっかり忘れてたな……。


 代わり映えの無い『生活空間』では、日付けをきちんと確認していないとうっかり過ぎてしまうこともあった。


「あの…………二人とも……?」

『いやー、おめでとう!! せっかくの誕生日なんだから特別だなー! ありがたく思えよー!!』

「うん、ありがとう。でもいや、その…………」


 笑う二人に対して感謝の気持ちもあったが、それ以上に気になったことがひとつ。


「二人って、同時に出てこられるの?」

『『…………………………………………』』


 彼の言葉に双子はピタリと動きを止め、なんとも気まずそうにお互いにチラチラと見ている。

 どうやらこれは、彼らの規則に違反していることのようだ。


 やがて二人はそれぞれ目線を逸らし、


『ほら、まぁ……それは……裏ワザ、的な……?』

『えぇ、まぁ……政府側にはバレてませんし……』


「…………………………」


 まるで鏡が置いてあるかのように、彼らはピッタリと同じ動きをしていた。やはり双子である。


 ――――なんだろう。政府以上に、バレちゃマズイ人がいるような気がするのだけど……。


 一瞬彼の脳裏に、怒った『親友』の顔が浮かんだ。

 彼ら側のプログラムに上下関係があるのかは分からないが、もしも双子に上司がいて、それが『親友』だったら面白いと思ってしまった。


『わ、私はこれを置いたら帰りますので……』


 そう言うと『家政婦』は、持っていた箱から何かをテーブルに置く。


 一人分のケーキだ。

 シンプルにイチゴが乗った真っ白な。


「これ…………」

『今年は政府のプログラムの目もありませんし、作ってあげてほしい…………と……』


 “誰から言われた”とは教えないが、これが彼にとってどんな意味があるのか、それを『家政婦』は十分理解しているようだった。


 ――――このケーキ……六年ぶりだな……。


『ほら、おれからはこっち。誕生日プレゼントを()()()()きたんだぞ!』


 今度は『同僚』が、彼の胸にそれを押し付けてくる。


「………………あ……」


 それは“猫のぬいぐるみ”だった。

 彼の寝室に置いてあるものと色違いの。


『本物の猫じゃないけど…………だとさ』

「………………うん。ありがとう……」


 いつか“本物の猫が触りたい”と呟いた翌日に、ぬいぐるみが置いてあったのだが、それも彼女からのプレゼントだったのかもしれない。


 フカフカとした手触りも同じだった。


 “私は、ずっと見てるから”


 正直、その言葉を実感したことはなかった。しかし、ここまでされて『子守り』が彼を忘れていなかったことが純粋に嬉しく思う。




『では、私はこれで……』


 役目を終え、一礼すると『家政婦』は消えた。後に残った『同僚』はニヤニヤと笑いながら彼を見ている。


『どうよ? 今年の誕生日は?』

「うん。嬉しい」

『ほら、早く食えよ』

「………………うん」


 ケーキにフォークを入れた時、久しぶりに胸が暖かくなって泣きそうになったので我慢する。しかし、それは無駄な努力であった。


「………………う……」


 ケーキを作ったのは『家政婦』なのだろうが、味はそのまま『子守り』の作ったものと同じだと感じて、さらに涙がとまらなくなっていく。



『………………』


 彼が泣きながらケーキを食べている間、『同僚』は一言も話さずに、彼ではなく窓の方を見ていた。


 まるで、この時間を邪魔しないようにしている。


『同僚』もまた、彼と『子守り』のことをちゃんと解っていてくれていたのだ。





『じゃ、また明日な』

「うん………………」


 昼休みが終わると、『同僚』は一言だけ残して消えた。


 しぃんとなったオフィスに残された途端、彼は机に突っ伏して静かに泣いた。嬉しいのか、寂しいのか、その日は感情がぐちゃぐちゃして、午後の仕事には手を付けられなかった。








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