第一話
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【……お昼のニュースです。政府は先月の会議でこれ以上の人口減少を食い止める手段として、いわゆる“人工生命体”の製造と人権を正式に認める決定を下しました。それによって惑星規模での………………】
抑揚のない女性の声が室内に響く。
とあるビルのオフィス。
高層ビルの十五階くらいの高さに有り、壁の二面はガラス張りになっていて、外には様々なビルが立ち並ぶ風景である。
窓から眼下を覗くと、キレイに舗装装飾された路上にたくさんの人間が行き交っているのが見えた。
この十畳ほどあるフロアには、事務用の机と白く丸いテーブルが一つずつ置かれていた。
そのフロアには二人の人物がいる。
二人はどちらも二十歳前後の男性で、同じ背丈でおそろいの紺色のスーツを着込み、髪の毛の色はどちらも茶色。顔だけ似ていない。
彼らはオフィスの隅にある丸いテーブルで、昼の休憩をしているところである。
ひとりは休憩中でも空中に映し出されたモニターに何かを打ち込み、もうひとりはテーブルに頬杖をついて天井を見詰めていた。
【……南半球にある『食料プラント』では、夏に需要の高い冷感フードの生産が盛んになり…………】
音声が天井のスピーカーから流れてくる。
オフィスに置いてある、二畳くらいの大きさの画面モニターは暗く何も映してはいなかった。
『あれ? またニュースの音声だけで映像は無し?』
「ラジオ。必ず画を観ろって強制でもないだろ」
『なんで? 映像あった方が楽しいよ?』
「仕事中にも付けてるから。それに、毎日ニュースを読む顔も同じだし見るの飽きた」
『確かに。オレも一日中お前の顔ばっかり見るのもう飽きたよ』
「…………そう。それはどうしようもない」
『まあな。あ、コーヒーおかわりするか?』
「いや、もういい。あんまり飲むと胸焼けがする」
『そっか。じゃあ、いいか』
【……政府は国民一人あたりの寿命を、現在の平均50・5才から100歳までに延ばすことを目標に掲げました。これに伴い、健康維持や老化を遅らせる技術を開拓し………………】
『そういえばさ、もうそろそろ、お前にも“結婚”の話が来る頃じゃないか?』
「あぁ。もう成人だし、いつか話がくるとは思ってる」
『最初の相手はどんな人がいい?』
「研究所に保存された相性の良い『細胞』から選ぶ。こちらからDNAは提出してあるから」
『冷めてるなぁ。もし同じ時代の人間なら、初婚くらいは相手の名前を知れるんだぞ?』
「…………知らなくてもいい」
『ったく、つまんない奴ぅ〜』
ひとりの素っ気ないような態度に、もうひとりは拗ねるように口を尖らせた。ひとりはそんなことはお構いなしに、黙々と画面に文字を打ち込んでいる。
『あ、そうだ! じゃあ子供ができたら会えるのかな! おれ、産まれたばかりの子供を見てみたいな!』
「無理だ。オレは『育児』の許可を持ってないから、自分の子供には会えないと思う。子育ては政府の『育児機関』がやることになってる」
『自分の子供なのに……』
「オレはただ、人口が増えるのに貢献するだけだ。人間の種類も増やさないと、同じ血統ばかりになるから……」
もうひとりの顔を見ずに、ひとりは呟くように言った。
【続いては、お昼の情報コーナー! 『あなたの理想の世界叶えてみましょう!』です! 今日、夢を語ってくれるのは〇〇地区にお住みの△△さん!】
急に明るいBGMが流れ、ニュースとはテンションがまったく違う、若い女の子のハイトーンボイスが二人の耳に飛び込んでくる。
【もしも世界が創れるなら、あなたはどんな世界が良い?】
【えーと、私はいつか外へ、遠くの外国に思っただけで行けるような…………】
【なるほどー! 現在は外を模した空間もありますが、まだまだ種類が少ないですよねー!】
陽気なインタビュアーから振られたのは一般人であろう。今度はぽつりぽつりと、たどたどしいインタビューが何人も続いた。
遠くへ行きたい。
たくさんの人に会いたい。
色んな物を食べたい。
動物がたくさんいる場所へ……
ぴくりと、ひとりの指が止まる。
「…………普通の夢だな」
『ん? 良いじゃん普通』
ラジオのインタビューに、ひとりが小さく呟いた。
もうひとりは、彼が珍しく自発的に話したことに少しウキウキして身を乗り出す。
「……世界を一から創れるのなら、今とは全く違う世界がいいな。例えば………………『ファンタジー』みたいな世界とか」
『ファンタジーって?』
「空想や幻想って意味。ゲームのRPG空間なんかそのまま、その世界を真似たものが多いけど……」
ひとりの言葉に、もうひとりはキョトンとした表情だ。
『じゃあ、ゲームやれば? あそこなら一日中、理想の世界に浸れるから、わざわざ実際の世界を変えなくてもいいから楽だろ』
「違う。そういうんじゃない。それに……ゲームって数字で管理されてるだろ。レベルがどうとか、ステータスがどうとか…………現実だったら、そんなの個人で工夫して進めたりもできるんだ」
ひとりは“ゲームは現実とは違う”と言いたくてムッとする。
『え? だってレベルってそういうもんじゃないか。その方が強い奴と弱い奴がハッキリする。レベルを上げるだけで、不可能なことは無くなるから楽しいだろう?』
「…………………………はぁ……」
ひとりはそれ以上、ゲームのレベルについては黙り込んだ。諦めのため息が漏れる。
ひとりが手のひら大の薄い板をテーブルに置くと、それの表面を軽く指で弾く。すると、板の上の空間に緑色で光る文字の羅列が現れた。
細い枠で囲まれた文章は文字は様々な言語で書かれている。
『これがファンタジー? 随分昔だな』
「“現物”が紙に記された古代のものもあれば、データでのみ残っているものもある。人間の文明超初期から旧西暦二千年代あたりまで、神話や想像された物語が盛んだった……」
浮かんだ文字の一つを指でなぞると、別の場所に今度は色々な画像が浮かび上がる。
「こういう世界の住民はエルフ、ドワーフ、ノーム、エレメント、セルリアンスロゥプ、魔人、悪魔、天使…………人間の形が多いのに、全く違うんだ。それが面白いと思……」
『うわ……人間の平均と全然違うじゃん。なんか気持ち悪いなぁ、見たいならやっぱりゲームの中だけで良いだろう?』
「……………………………………」
あからさまに否定するもうひとりに、ひとりは横目で一瞥しただけですぐに視線を映像へと戻した。
「大昔の読み物に、架空の世界を書いたものが多く見つかってる。古代図書館の保管所蔵データベースでかなりの数が保存されていたんだ」
今のもうひとりの発言を忘れたように話を続けた。
『へー、そうなんだ、よく知らなかったよ』
「………………………………………………」
大袈裟に感心してくる、もうひとりのセリフを黙って聞いている。
【……午後のニュースです。全世界“惑星再生委員会”は近々、惑星のマントル付近の調査を完了すると発表しました。これによって、星の半永久的な再生と生命活動の復活の手掛かりを得られると期待しています】
いつの間にかミニコーナーは終わり、再び落ち着いたニュースの声に変わった。
『このニュースも飽きたなぁ。なぁ、別のチャンネルにしない?』
「…………しない」
ひとりは、もうひとりを見ずに言い放つ。
「マントルの中心に、人口の“星の心臓”を埋め込むんだよな。そんなこと、本当にできるのかな……」
『なるほど。とうとう惑星も“機械化”されるか。仕方ねぇな……』
「そうだな。でも、お前は仲間が殖えて嬉しいんじゃないのか?」
『え? 何、言って……』
「そろそろ時間だ…………」
ピーーーー
《会話時間ガ、必須目標時間ニ到達シマシタ》
ラジオの声に混じって明らかに機械音だと分かる声。これはひとりが掛けておいたタイマーの音声だ。
『おい……?』
「タイプ『同僚』を停止。ラジオと生活用のエネルギー以外は切ってくれ。今日はもう終わりにして…………独りになりたい」
『あ………………音声確認…………動作停止。自然ニ再起動スルマデ“5時間35分30秒”。緊急時ニハ強制起動シマス』
キュウウン…………
もうひとりがイスの上で項垂れて動かなくなった。それと同時にオフィスの明かりが一段暗くなる。
『同僚』だった人型は姿が薄れ、手のひらに納まるくらいの球体になって、座っていたイスの上に乗っていた。
その球体は彼が昔から『プログラム』と呼んでいるもの。
それはイスから転がり落ちて、床の中へと染み込むように消えていく。
「…………何が知らなかった……だ。お前は世界のデータを総て共有しているクセに」
消えた球体に小声で吐き捨てた。
予定時間になれば『家政婦』として起動はするが、プログラムが再び『同僚』として形成し話し始めるのは明日の正午である。きっと何事もなかったように『調子はどうだ?』と挨拶をして一緒に昼休憩をしてくるのだ。
自分が“殴り飛ばしてやりたい”と思われていることも知らずに。
「物語だって、プログラムと探して読み始めたんだぞ…………『同僚』じゃなくて『子守り』とだったけど……」
彼が『同僚』を殴れないのは、このプログラムに『子守り』がいると思っていたからだった。