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現世と幽世 ~代々の生存者~

 本郷警部から矢島の祖母がこの病院に入院しているとの情報を手に入れて、我々は協力的な捜査員とその相棒であろう生意気な捜査員と共に、矢島の祖母がいる病室を目指す。

 最初は被害者とその関係者が同じ病院にいることに違和感を覚えたが、矢島が催眠状態で話してくれた事件当日の状況を思い出せば、確かに祖母が気絶して入院したという証言があったことを思い出す。まさか、その入院先がこの神明大学附属病院とは思わなかったが……。


「こちらになります」


 そのようなことを考えていると、いつの間にか私達は矢島の祖母がいるであろう病室の前に来ていた。

 鳴海刑事が先頭に立ち、彼が小さくノックをして『お邪魔します』と言ってスライド式のドアを開けて中に入るのを確認して、私達も室内になだれ込むようにして入室する……なにぶん、人数が多いだけにこのような入り方になってしまう。

 ザッと室内を見渡すと、矢島の祖母がいる病室は矢島愛が入室していたのとは違って相部屋のようであり、部屋の四方に病床とそれぞれの患者の事情に合わせた医療器具が設置されていた。

 矢島愛の祖母は、そのうち我々から見て右側のドアに近い側の病床で横になっていた。病床に設置されているネームプレートには、『矢島サエ』と油性ペンで書かれている。

 そのネームプレートが設置されているベッドの上では、一人の老女がこちらにいぶかな視線を向けている。

 私は早速、老女に向かって挨拶をして矢島愛の祖母か確認した。


「……はい、そうです」


 ワンテンポ遅れてから、我々に返事が返ってきた。単純に反応が遅れたというよりも、こちらの存在に不信感を持っているような気がする。


「あの……お孫さんの件で来たのですが――」

「っ!? あ、愛ちゃんは、愛ちゃんは無事なんですかっ!?」


 鳴海刑事がそのように聞くと、矢島サエは目をカッと見開いて聞いてきた……どうやら、この老婆ろうばは矢島愛の身に起きた事について心当たりがあるようだ。

 私は彼女に、矢島愛が無事であることと、彼女の身に起きたことで知っていることがあれば教えてほしいと言った。


「そうですか……分かりました、お話しします」


 そう言うと、矢島サエは観念したかのように一呼吸おいてから、ポツポツと語り始めた。


「いきなりこんな話をしても、信じてはもらえないかもしれませんが……私も、かつてあの遊びで友人を亡くしているんです」

「友人?」

「はい」


 鳴海刑事が問いかけると、矢島サエはしっかり頷いた。


「あの遊びは、私がまだ子供の頃からありました。その時も、小道具なんかはあの蔵に収められていて……一度やろうとした時は母に止められましたが、私はどうしても我慢できず、その遊びを友人達と一緒にやってしまったのです。ですが……その結果、友人を二人も亡くしました。

 あの時、なんとなく胸騒ぎがして蔵に行くと、愛ちゃんがあの遊びで使う小道具を友達と一緒に眺めているのを見て、心臓が凍り付きそうになりました」

「あの……その小道具、捨てたりはしなかったのでありますか?」


 大倉刑事がそう聞くと、矢島サエは首を横に振る。


「無理なんです。これは私の祖母や母が言っていたことですが、あの小道具や箱などは捨ててもまた家に戻ってくると……ですので、蔵で厳重に封印していたのですが、私がその封印を解いてしまったと……」

「そんなバカな……」


 我々の後ろで、生意気な捜査員がそう吐き捨てる。所詮、これが一般の捜査員の限界なのだ。


「嘘じゃありません。現に愛ちゃんの母親――つまり私の娘も、あの遊びの被害にっているんです」

「え?」


 私は驚きの声を上げる鳴海刑事に代わって、そのことをもう少し詳しく話すように言った。


「愛ちゃんの母親――私の娘である矢島香も、子供の頃にあの遊びをやっているんです。

 当時、あの遊びで使う小道具と木箱は私が被害に遭ってからずっと蔵に隠すように封印されていたはずなんですが……どうやって見つけたのか、あの子は私や他の家族が家を留守にしている間に遊んでいたようで……帰ったら、娘の友達は亡くなっており、香が玄関付近で気絶しているのを私が見つけました。

 結局、その時のことは強盗にでも押し入られたということになったのですが……間違いありません、絶対にあの遊びのせいなんです。それで、今度は愛ちゃんがその被害に……うぅ……」


 そこまで言って、矢島サエはベッドの上でむせび泣いてしまう。無理もない……自分を含めた家族があのような犯行の被害に遭えば、泣きたくもなるだろう。

 そして、私はあることに気付いた。今回、矢島愛が友人達を亡くした遊びは、過去に彼女の母親と祖母も同じ遊びをして友人を亡くし、本人は生き残っている……これは、何か関連性があるのではないだろうか?

 私は矢島サエに、自分以前にも矢島家で同じ遊びをして不幸な目に遭った人はいるか問いかけた。


「……おります」


 彼女は涙で濡らしたまぶたをグイッと指でふき取りながら、ハッキリとそう答えた。


「私が被害に遭った時、母や祖母が私にそのような話を聞かせてくれました。

 少なくとも、祖母の祖母……つまり、私のひいひいお婆さんの代からずっとあの遊びで友人を亡くし、矢島家の人間は生き残っていると……だから、あの小道具は箱に入れて厳重に保管して、決していじらぬように――もし、私に女の子が生まれたならば、決してその子に触らせぬようにと……でも結局、香はあれを見つけてしまって、愛ちゃんまで……」


 そこまで言って、矢島サエは再び嗚咽おえつしてしまう……これ以上、話を聞くのは難しいだろう。私は、彼女に礼を言って病室を後にした。

 病室の前では、本郷警部が壁に寄りかかって腕組みをしていた。


「どうだった?」


 彼は、私の姿を見るなりそう聞いてきた。

 私は彼に、今のところはまだ分からないが、その道の専門家に意見を聞くと答えた。


「そうか」


 本郷警部のその短い返事が、すでに彼が矢島サエから同じような証言を聞いたであろうことを推測させる。


「俺達は、もう一度被害者周辺の聞き込みをしてみる。何かわかったら、連絡してくれ」


 私はその言葉に二つ返事で了承すると同時に、本郷警部に対して矢島愛の両親はどこにいるか訊ねた。

 この事件が起きてから、二人には一度も会っていない。本来なら、娘が病院に入院したと知ったら真っ先に駆けつけて看病するはずなのだが……。


「愛ちゃんのご両親は、今は二人とも海外で働いている。催眠の許可をウチの部下がとった時にそう言ってたぜ。今はお母さんの方がこっちに帰ってきてるが、もう少し時間がかかるらしい」


 私はその言葉を聞いて、いささか矢島愛が不憫ふびんに感じた。こんな時でさえ、祖母はおろか、両親さえそばにいてやれないとは……。

 その後、『じゃあな』と手を振って部下たちと共に病院を後にする本郷警部を見送り、私はメンバー達に対して、カチューシャの元へ向かうと告げた。


「ほ、本気か……?」


 案の定、大倉刑事が苦虫を噛み潰したような表情を見せるが、私は力強く頷く。


「……まぁ、この状況だと僕らはそれしかないでしょうね。聞き込みなんかは捜査一課がやるって言ってましたし……」


 鳴海刑事はあっけらかんとした様子でそう言っている。もう、あの館やカチューシャには慣れたのだろうか?

 その時、研究室などがある病棟からアシュリンが姿を見せた。


「アシュリンさん? どうかされたんですか?」

「うむ。催眠の事ですっかり忘れていた事があってな」


 鳴海刑事の問いかけにそう答えて、アシュリンは私に視線を向けた。


「すでに捜査一課の方には伝えてあるのだが、今回の事件の犠牲者である島谷明美について……ちょっといいか?」


 アシュリンはそう言って周囲を見渡す……確かに、人が死んだ理由をここで話すのはまずいだろう。

 そこで、私達は再びアシュリンの研究室に向かった。研究室に入ると、アシュリンはいつものイスに腰掛けて、カルテを手に説明を始める。


「まず被害者の死因についてだ。外傷が多くて手間取ったが、直接の死因は首の切傷……つまり、首の動脈を一撃で切り裂かれたことによる失血死だ」

「失血死……ひどいですね」

「まぁな。でも、前例がないわけじゃねぇ」


 見る見るうちに青ざめる大倉刑事を横目に、鳴海刑事と鬼島警部がそう応える。


「確かに。私の見解としては、犯人は被害者を拷問した後、殺したと考えられる」

「拷問……ということは、行方不明の小倉さんや矢島さんはその光景を見ていたのでしょうか?」

「何とも言えんな。少なくとも、矢島愛の方には、拘束された痕は一切見られない」

「変ですね。それなら、いくらでも逃げられそうなのに……」


 鳴海刑事がそう言うと、鬼島警部は眉間にシワを寄せて口を開く。


「どうせ、『逃げたら友達を殺す』とでも言ってたんだろ。そのうえで、目の前でその友達を拷問したわけだ」

「……とんでもない奴ですね」

「私も、傷跡からすべての状況を判断するのは難しいが、犯人が被害者に対して執拗しつような危害を加えていたのは間違いない」


 アシュリンのその言葉に、部屋の空気が重くなっていく……この事件、私は怪異が絡んだものと今も考えてはいるが、もしそれが悪意に満ちた存在ならば……私はともかく、他のメンバー達には大きな危険が付きまとうことになる。

 だが……同時に、彼らならばなんとか乗り越えられるのではないかという、楽観的な見方が私の中にあるのも事実だ。


「あぁ、それともう一つ」私が考え事をしていると、アシュリンが思い出したように口を開く。

「島谷明美と矢島愛の人差し指に、針で出来たと思われる傷があったぞ」

「針……ですか?」

「ああ」


 そう言って、アシュリンはカルテに目を向ける。


「まぁ、これは大したことではないだろう。捜査一課いわく、現場から発見された紙に被害者達のものと思われる血判があったということだから、その血判をする際に自分達でやったものだろうな」

「子供の遊びで、そこまでするか普通?」

「私には信じがたいことだが……あの三人には、何かしらあの遊びをしたい事情でもあったのだろう」


 子供達が、自分の意志で行った血判……果たしてそれは、本当にたいしたことではないのだろうか?

 アシュリンに礼を言って部屋を出ると、私は改めて、皆にカチューシャの元へ向かうと告げた。


「そうですね。僕は賛成です」

「アタシも……まぁ、参考までにな」

「じ、自分は、先輩が行くところならばどこまでも、うぷっ……」


……ということで、我々はカチューシャの館へ向かうことにした。


                        ※


「こんにちは~。どうしたの、みんな?」


 我々が病院を後にしてから数時間後――すでに時刻は夕暮れ時のせいか、足元がおぼつかない……だが、なんとかカチューシャの館にたどり着いた。

 ところどころ土汚れがついている我々を、館の主はいつものドレスを着こんでのんびりとした様子で出迎えてくれた。

 少し疲労がたまってはいるが、私はカチューシャに事件に対して意見が聞きたいとだけ伝えた。


「そう。それなら入って」


 それだけ言って、カチューシャは我々を館に招き入れた。

 ただ、案内されたのは普段使っているドクロやら内臓が保管された瓶などが立ち並ぶ実験室のような場所ではなく、本来の意味での応接室に通された。館内の位置的に、ちょうど実験室とは対角線上にあると思われる。

 しかも、カチューシャから話を聞こうと我々がソファに身を預ける頃には、すでに目の前のテーブルには淹れ立ての紅茶が入ったティーカップが置いてあった。


「あれ? 来客中でしたか?」


 ティーカップを見て鳴海刑事がそう問いかける。


「ええ。あなた達がね」

「い、いつ頃持ってきたでありますか? まったく気付かなかったであります……」

「ふふ……」


 動揺を隠せない――隠そうともしない大倉刑事に対して、カチューシャは意味深な笑みを浮かべる。

 いつもなら、『どうせなんかのトリックだろ』と悪態をつく鬼島警部でさえ、ティーカップとカチューシャに交互に視線を向けては眉間みけんにシワを寄せるばかりだった。


「それで、どんな事件なの?」


 ティーカップの件から話題をそらすように、カチューシャが問いかけてくる。

 私は今回起きた事件の概要と、病院で見聞きしたことについて包み隠さず彼女に話した。本来ならば、この行為は捜査情報の漏洩ということで禁止されていることだが、我々やカチューシャはこの国の法律が適用されるギリギリの世界で生きている……事件解決のためならば、これくらいはなんともないだろう。


「そう、なるほどね……」


 私から話を聞き終えたカチューシャは、何か思い当たる節があるようで、顎に手を添えて考え込む。


「カチューシャさん。何か知っているんですか?」


 すかさず鳴海刑事が聞くと、カチューシャも考えるのをやめて口を開く。


「多少はね。でも、実際にこの目で見てみないと、確証はないわ」

「ほんの手掛かりでもいいんです。教えてもらえませんか?」


 鳴海刑事が念を押すように頼み込むが、カチューシャは自分の考えに自信がないのか、しばらく『う~ん』と唸る……だが、やがて意を決したように我々に視線を向ける。


「……本当に、確証はないわよ?」


 私は彼女の言葉に、構わないとだけ答えた――カチューシャは『ふぅ』とため息をついて、話し始める。


「まず話を聞いた感じでは、彼女達はなんらかの儀式を行った。そして、儀式は成功したということね」

「そうなんですか?」


……普通の警察官なら唖然あぜんとするような話でも、鳴海刑事はさも当然のように疑問を挟んでくる。さすがだ。


「ええ。失敗したなら、たいていは何も起きないから。そういった現象が発生するということは、儀式には成功した……でも、その結果は彼女達に悲惨な結果をもたらした」

「むぅ……自分は魔術などには詳しくありませんが、わざわざ年頃の女の子が血を流してまであの儀式をしたかったからには、相当な理由がある気がするであります」

「そうね。古今東西、儀式というのは人間の力ではどうにもならない現象に対して、人間が人間以外の力を借りるために行うものだから……きっと、彼女達も儀式を通して何かをしたかったのかもね」


 そこで私は、カチューシャに反論した。

 矢島愛の証言では、彼女達はあれを儀式ではなく遊びと認識していたはずだ。単純に、それがたまたまあのような悲惨な結果を生んだのではないか。


「確かにそれも考えられるけど、わざわざ悲惨な目に遭うためにそんなことをするかしら? 自殺願望でもあるの?」その言葉に、鳴海刑事が答える。

「いえ、捜査の結果では、三人にはそのような兆候はなかったようです」

「そう……となると、可能性は三つ考えられるわ」


 私は、その三つについて質問した。


「まず一つ目は、その子達が儀式を有害なモノとは知らずにやってしまったもの。つまりファングの言う通り、単なる遊びとしてやってしまったという可能性ね。

 二つ目は、誰かがその子達にあの儀式をやればいいことが起こる――この場合は、彼女達それぞれの願いが叶うと言ってもいいのでしょうけれど、彼女達に甘い言葉をささやいて、あの儀式をやらせた可能性。

 三つ目は、彼女達があの儀式を有害な儀式と知りつつ、明確な意図をもって実行した可能性よ」


 確かに……今のところ、考えられるのはそれしかないのだろうが……私は、もう一つの可能性を提示してみた。あの儀式は、元々は良い目的のために実行され、実際に良いことが起きるようになっていたが、いつしか、何らかの理由で人に害をなすような状態になってしまった可能性だ。


「なるほど。いわゆる経年劣化みたいなものね。それもあるかもしれないわ」


 意外と、カチューシャは私の案を否定しなかった。それだけ、彼女も今回の事件については判断が難しいということだろうか?

 だが、彼女に話を聞いて良かった。ある程度、捜査の方向性は出来てきたと思う。

 そう思って、ソファから立ち上がってカチューシャに礼を言うと、彼女は『気にしないで』とニコッとほほ笑んだ。

 そのまま、彼女の館を後にして、車に乗り込む。


「さて、これからどうするんだ、神牙?」


 私の横で、ずっと沈黙していた鬼島警部が声をかけてくる。私は、一度捜査一課と話し合ったほうがいいと告げた。


「確かに……カチューシャさんが示した可能性について、捜査一課と情報共有したほうがいいでしょうね」

「彼らは、自分達の話を信じてくれるでありましょうか?」


 心配性な大倉刑事に、以前と違って本郷警部の姿勢が柔軟になったから、なんとかなるだろうと告げた。


「むぅ、だが――」

「大丈夫よ、なんとかなるわ」

「うわっ!? カ、カチューシャさんっ!?」


……いつの間にもぐりこんだのか、カチューシャは私の左隣に座っていた。しかも、先ほどまで中世の貴族を思わせるドレス姿だったはずだが、どういうわけか、今はトレッキングパンツに軍用規格のジャケットという、私とほぼ同じ非常に実戦的な装いをしている。


「……アンタ、どっから入ってきた?」


 鬼島警部が不審者を見るような視線を向けるが、カチューシャは構うことなく、自身の横のドアを指差して答える。


「このドアよ」

「……ふん」


……ひょっとして、鬼島警部はカチューシャが苦手なのだろうか?……まぁ、問題が起きないことを心から願う。


「さぁ、行きましょうかっ!」


 未だ唖然あぜんとした車内の空気など意にせずに、カチューシャの元気な声が鼓膜に響いてくる。

 だが……すでに時刻は夜になっている。今から捜査をして、果たして成果があるかどうか……。

 しかし、そこで思い返してみれば、カチューシャには魔力残滓まりょくざんしを感知する能力があった。この事件は怪異が引き起こしたという私の見立てが成立していれば、彼女を島谷宅に連れていけば何かしらの手掛かりが見つかるかもしれない。

 そこで私は、今からカチューシャと共に島谷宅の調査を行うと告げた。


「この時間からですか?」


 案の定、鳴海刑事が疑問の声を出す。私は、先ほどの考えをメンバー達に伝えた。


「ああ、なるほど。分かりました、僕は賛成です」

「……ま、現場百篇げんばひゃっぺんって言うしな」

「では、向かうであります」


 大倉刑事はそう言うと、車を発進させる。

 我々を乗せた車は道なき山間部から国道に出て、そのまま現場のある郊外の住宅地へと向かう。こうしている間にも、外の闇は一段と濃くなっていく……果たして、この選択に間違いはないのだろうか?

 相手がどのような性質をもった存在なのか、未だによくわかっていない……仮に時間帯によって強さが変化する存在ならば、今から向かうのは得策ではない。闇はたいてい、怪異の味方だ。

 だが、そうしてこの世ならざるモノの力が増すほど、カチューシャの探知に引っかかりやすくなるだろう。ようは、ハイリスク・ハイリターンというわけだ。

 そのまま、しばらく目を閉じて休んでいると、車はゆっくりと停車した。


「着いたぞ」


 大倉刑事の声に呼び覚まされてなんとなく窓の外に目を向けると、事件が起きた島谷宅がある……外の景色のせいか、どことなく禍々しい雰囲気を醸し出している。それが、付近の別宅や街灯に点いている明かり、家の前で警備をする警官達などの何気ない日常との乖離かいりを感じさせ、一層その雰囲気を補強しているように思える。

 私達は車を降りて、警官達に挨拶をすると家の中に入った。早速、私はカチューシャに何か感じるか訊ねた。


「……ええ」ワンテンポ遅れて、彼女から返事が来た。

「なんですか?」


 鳴海刑事が問いかけると、カチューシャは家の中を探るように見渡しながら答えた。


「まずは、複数の霊魂ね」

「ゆ、幽霊でありますかっ!?」途端に、大倉刑事が巨体を怯ませて叫ぶ。

「ええ。でも、それに混じってハッキリと感じられるわ」

「なんだ?」


 鬼島警部が聞くと、カチューシャは少し経ってから答えた。


「……正体までは分からないわ。でも……かなり強大な力を持っている」

「い、今、ここにいるんですか?」


 鳴海刑事がそう問いかけるが、カチューシャは首を振る。


「ううん。ここにあるのは痕跡だけよ。今、どこにいるのかは分からないわ」

「ってことは……犯人は幽霊よりも強い怪物ってことか?」

「そいつが犯人なのかは、私には分からないけれど……かつて、ここに強力な『何か』がいたのは事実よ」

「何かって……カチューシャさんでも、正体は分からないんですか?」

「残念ながらね」


 カチューシャが苦笑するのを見る限り、どうやらこの事件に関わっている怪異はタルホ並みの強さを持っていると考えてよさそうだ。

 だが、もう少し情報が欲しい……私はカチューシャに、他に何か探知できたか訊ねた。


「そうね……それ以外には、特に何もないわ」


……残念ながら、当てが外れてしまった。仕方ないので、私は皆に今日の捜査はこれで終了することを告げた。


                        ※


 その後――我々はカチューシャを都内のホテルに送って解散ということになった。

 私はオモイカネ機関のメンバー達とそのホテルの前で解散し、電車を乗り継いで徒歩で自宅に帰った。警視庁に置いてきた車は、明日運転して帰ろう。

 自宅の玄関から中に入り、一通り異変がないか室内を捜索した後、自室で装備と服を脱いで部屋着に着替えた。そこでふと、隣室のドアに視線が向く。

……今回の事件、カチューシャのアドバイスと協力もあって、怪異が絡んだ事件の可能性が非常に高いように感じる。というか、ほぼ確信している。

 だが、まだ相手がどれだけの実力があるのか分からない……少なくとも、カチューシャの言動から考えて、タルホ並みの実力はあると判断するべきだ。とすれば、今回はこちら側の存在にも協力してもらったほうがいいだろうか?

 そう思って、私は隣室のドアをゆっくりと開けた。


「おお、戻ったか」

「……おかえりなさい」


 部屋の中にいた彼女達は、私に気さくに声をかけてくる。

 そのうちの一人であるタルホとは、『魂喰らい』事件の時からこの家で一緒にいるが、その間に彼女とのコミュニケーションを通じて、彼女はだいぶこちらの世界になじんでいるように思えた。とは言っても、そんな彼女でさえ、この世ならざる存在……油断はできないし、するつもりもない。

 だが……今回は、彼女の力も貸してもらう必要がある。これまでも、何度か彼女に助力してもらったことはあるが、オモイカネ機関のメンバー達と並行して捜査協力は今回が初めてかもしれない。

 これは、やはりある種の賭けではあるが……やるしかない。

 そんな彼女は、私の存在に今気づいたとばかりに読んでいた本から私に視線を移す。彼女の力をもってすれば、私がこの家の周辺に近づいた時点で帰宅を察知していたはずだが、どうしてこのような態度をとるのか、未だに分からない。


「なんじゃ? ずいぶんと辛気臭い顔をしておるな?」


 そう言うが、彼女は私を心配するどころかもてあそんでいるかのように微笑ほほえんでいる……ここは下手にごまかさずに、素直に事情を説明して協力をあおいだほうがいいだろう。

 そうして私がタルホに事情を説明して協力を要請すると、彼女は待ってましたとばかりに立ち上がった。


「うむっ! 見事人々を苦しめる魑魅魍魎ちみもうりょうを撃退して見せようぞっ!」


……その様子を見て、私は彼女にこのような事態を想定していたのか訊ねた。


「詳しくは知らなんだが、ここ最近妙に胸騒ぎがしてな。てっきり、黄泉よみの世界で何かあったのかとちょくちょく様子を見に行っていたのじゃが……まさか、こちらでかような事が起きていたとは思わなんだ」


……彼女の言葉を素直に受け取ればそうなるのだろうが……いまいち彼女は信用できない。まぁ、それでも事件解決に協力してくれるのはありがたいことだが。


「おい、ちょっと待て」


 部屋を出ていこうとする私に向かって、タルホが口を開いた。


「お主、わらわにその件を話した挙句協力せよということは……その魔物、強いのか?」


 私はその質問に答えあぐねた。どれほどの強さなのかという以前に、どのような存在なのかも分かっていないのだ。そもそも、『怪異が絡んでいる』という私の考えさえ、今のところは状況を見た憶測おくそくでしかない。

 私はそのことを、タルホに正直に話した。


「ふむ、そうか。分かった、下がってよいぞ」


 彼女はそれ以上追及することもせず、窓から見える月明かりに目を向ける。その横では、サキがガスマスク越しにジッとタルホを見つめていた……私は、そんな彼女達を目にして、どこか不安な気持ちで部屋を後にした。

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