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敵か味方か ~新しい住人~

「――ったく、あんときはどうなるかと思ったぜ」


 数日後……私はオモイカネ機関のメンバー達と共に機関の本部――つまりは警視庁の地下にある資料保管室にいた。

……女性との死闘は解決し、その後の数日は一連の事件の事後処理や事情聴取、報告書の作成に追われ、休暇らしい休暇はこれからといった具合だ。


「それにしても……結局女性の方は取り逃がしてしまったでありますな」


 鬼島警部の横で、大倉刑事がため息交じりに言った。本人としては、何が何でも連続殺人の犯人を捕まえたかったのだろう。私は、彼に申し訳ないと言った。


「いや、お前はよくやったと思うぞ。うむ……」


……いつもなら小言の一つや二つは言ってくる大倉刑事だが、今は私を気遣ってくれている様子だ。ありがたい。


「女性の方もそうですが……今回の事件、全然マスコミとかに報道されてませんね。かなりの騒ぎもあったし、連続殺人というセンセーショナルなネタを彼らが放っておくとは思えないんですが……」

「確かに……自分もあれから刑事達や警官達に聞いてみたのですが、彼らも上からきつく箝口令かんこうれいを敷かれているとのことであります」

「ま、連続殺人の犯人に何人も殺されているうえ、取り逃がしたとなったら警察のメンツ丸潰れだからな……」


……鬼島警部は、そう言いながらこちらに視線を投げかけてくる。どうも、彼女は妙なところで勘が鋭い……私はその視線に気づかぬフリをして帰り支度を行っている。

 すると突然、携帯電話が鳴った。液晶画面を見ると、そこには『非通知』の文字が表示されていた。


「ん?誰からだ?」


 鬼島警部は私の方をチラッと見やる。私は彼女に、知らない番号からと伝えて電話に出る。


『…………』


 しかし、相手からの返事はない。電話口の向こうからは、ただ無機質な機械音だけが聞こえてきた。


『…………』


 私が呼びかけるも、やはり反応は無い……これはイタズラ電話だろうか?――そう思った時だった。


『あなたは……神を信じていますか?』


 突如として、相手の声が聞こえてきた。だが、それはまるでボイスチェンジャーを通したような奇妙な声色だ。

 思わず絶句する私……この声の主は明らかに異常であるし、危険だ。今考えれば、この携帯の番号を知っているのは限られた人間だけ……『その者』と同じような『組織』の関係者とも考えられるが、それならばこのような異様なやり取りはしないだろう。

 私が何者かと尋ねると、ややあってから声が聞こえてきた。


『私は……神に仕えるもの……』


 それだけ言うと、通話は切れてしまった……私はすぐに電話をかけ直したが、すでに着信拒否設定されてしまったらしく繋がらない。

 呆然と立ち尽くす私を見て、鬼島警部は怪しげな表情を浮かべる。


「お前……何かあったみたいだな。さっきの反応を見る限り」


 咄嵯とっさに取りつくろう私だったが、彼女には全てお見通しだったようだ。


「ふん……まぁいい。それより早く帰ろうぜ」

「えぇ……」

「はい……」


 鬼島警部の言葉に、二人の部下は元気なく答えた。


                        ※


 私は自宅に帰るとすぐに家中のすべての出入り口の戸締りをして、自室に閉じこもる。そして、例の女性の声について考えていた。


(あれは一体何なんだろう?)


 少なくとも普通の人間ではないことだけは確かだ。そもそもどうして携帯を使ってわざわざあんなことをしてきたのか分からない。

 それに、あの異様な雰囲気といい……どこか機械的で不気味な感じがした。まさか……AIみたいな存在なのか?

 だとしたら、彼女の目的が何であれ、放置しておくわけにはいかない。何とかしなければ……だが、どうやって奴を探せばいいのか、考えれば考えるほど分からなくなる……今のままでは、何も対策が思い浮かばない。せめてヒントになるようなものがあれば良いのだが……その時だった。

『ピロンッ!!』と、メール受信を知らせる音が鳴り響いたのだ。送信元は『その者』となっている。私はすぐに内容を確認した。


『今、いいか?』


 私はそのメッセージに『問題ない』と返信した。すると、すぐにメッセージが届く。


『再度知らせておくが、狙撃手の件はすでにこちらで片が付いた。もう気にしなくていい。ただ、厄介なことがある』

『というと?』

『君が戦闘の末取り逃がした女性についてだ。組織、とりわけ上層部はあの女性をなんとしても確保したいらしい』

『そんなに大事な存在なのか?』

『私にも詳しい情報は寄越されなかったが、上層部があの女性を自分達の手元に置きたがっているのは確かだ』

『それって……私の予想通りの事か?』

『あぁ。おそらく君の想像通りだと思うぞ』


 そう言うと、その者はしばらく沈黙してしまった。どうやら次のメッセージを考えているのだろう……ややあって、再び新たなメッセージが届いた。


『最後に一つだけ。もしこの件に関して進展があった時は連絡してくれ。こちらも出来る限り協力しよう。ではまたな』

『ありがとう』


 私は礼を返すと、スマホの電源を落としたのだった。

 そして、私は隣室へと向かう。そこには、いつものようにタルホがいた。だが、そこに新たに加わった住人がいる。


「……」

「おい。こやつ、口がきけんのか?」


 部屋の隅で座っている、一人の女性……新しく新調したフード付きのロングコートにガスマスクを付けた風体は相変わらず異様なものだが、今はさほど気にならなくなってきた……慣れというのは恐ろしい。もっともそれは、あの後彼女が驚異の再生能力を見せたこともあるのだが…。

 私はタルホに、一応話せるとだけ言って女性に近づいた。


「……」


 女性は、こちらに顔を向けたまま黙り込んでいる。

 あの時……二つの手榴弾が爆発すると同時に、私は万が一のために持ってきていた『転移』の呪符を発動させて女性をこの一室へ送った。

 私の自宅は、物理的にも霊的にもそれなりの防御力がある。組織と言えど、そう簡単には彼女を見つけ出すことは出来ないだろう。


「まったく……こやつがいきなり現れた時は、どうなることかと思ったわ」


 そう言いながら、タルホは茶をすする。彼女の実力ならば、この女性を無力化することなどたやすいはずなのだが、なぜか最近はか弱い少女のふりをしようとする……どうも、その方が可愛く見えるとかなんとか言っていた気がするが……。


「それで……これからどうするつもりじゃ?」


 私はタルホの質問に、とりあえずはしばらくここでかくまうつもりだと答えた。

「ふむ……それが妥当かのう」


 彼女が珍しく神妙な面持ちでそう言うので、その理由を聞きたくなったが……なぜだか、むやみやたらと彼女の過去に立ち入りたくない。


「ん?何じゃ?」


 私は彼女になんでもないとだけ答えて、そのまま自室へと戻っていく。


                      ※


――それから数日経ったある日のこと。私は自宅で、例の電話の女性に関する情報を休日返上でかき集めていた。この情報を得るのに、『組織』の調査部まで出向する羽目になった。

 そのおかげと言うべきか、その成果は充分にあったと言える。

 彼女の正体までは分からないが、電話の発信源は日本に存在するとある宗教団体の本部からだった。その名称は『神に仕えし者達の会』という名前である。

 調査部の情報によると、この団体は表向きはごく普通の宗教法人として活動しているようだが、裏では違法な薬物の製造・販売、さらにはその原料となる動物達の飼育も行っているという。

 その文言を見ると、途端にあの倉庫の地下にあった研究所を思い出す……まさか、『組織』となんらかの関わりがあったのだろうか?

 まぁ、もしそうならば調査部が情報を寄こさないだろう……情報工作を施したうえでこちらに情報を渡したとも考えらえるが、今は考えても仕方ない。

 その後も教団の情報を探るが、あの女性に関する情報は見当たらない。あるのは、かつて教団が起こしたスキャンダルやトラブルが世に出た際の記事だった。そこで、ふと手が止まる。


『カルト集団の暴走かっ!? 信者の自殺相次ぐっ!』


……この事件なら、私も覚えている。

 確か、この教団が行っていた違法薬物の生産の過程で、ペットも含めた大量の動物が行方不明となったらしい。当然、世間からは非難の声が上がり、ついには強制捜査が行われることとなった。

 その結果、教祖を含む幹部全員が逮捕、さらには麻薬取締法違反で逮捕された信者達が、次々と自殺するという悲劇的な結末を迎えたそうだ。

 だが、それだけではなかった。調査部が添付てんぷした追加情報によると、この事件は、実は宗教団体の暴走によるものではなく、ある人物が起こしたものであったのだ。

 その人物とは、当時教団の財務幹部を務めていた男であった。

 彼は、自身の所属する組織が摘発されたことを知り、慌てて資金や教団の機密情報を持って逃げ出そうとしたのだが、逃亡先で何者かに襲撃されて命を落としてしまったのだという。

 その事件についても、警察が全力で捜査をしたそうだが結局、真相は未だに謎のままであり、警察内部でも様々な憶測が飛び交っているらしい。

 そして、そのまま情報を調べていくうち……気になる文言を見つけた。

『神の使い』……この教団には、教団がそのように称していた女性が所属していたらしい。ただ、ここでも調査部の添付情報いわく、それだけ仰々しい名称を付けていたにも関わらず、教団はこの女性の存在を外部から徹底的に秘匿ひとくしていたらしく、今もなおその存在は謎に包まれたままだ。


『あなたは……神を信じていますか?』

『私は……神に仕えるもの……』


……私の脳裏で、あの女性の言葉が繰り返される。彼女が、『神の使い』だったのだろうか?……考えていても仕方ない。私は頭を振り、気持ちを切り替えた。

 そして、再び資料に目を戻す。そこには、引き続きこの教団についての詳細情報が載っている。しばらく読みふけっていると、『神の使い』に関する情報もっていた。


『『神の使い』は、人知れず世界の危機を救う存在として語り継がれており、その姿を見た者は大いなる祝福を得ると言われている。また、『神の使い』には不思議な力があり、その力を使って多くの人々を助けるとされている。

 ただし、実際に『神の使い』の恩恵を受けたという記録は存在しないため、教団の中でもごく少数の人々は『神の使い』の存在を信じていなかったようである』


 なるほど……構成員にもその存在を疑われていたにも関わらず、教団はその存在を秘匿していたのか……その理由は今は分からないが、あの女性が私に電話をかけてきた場所が今もこの世に存在している教団本部からとなると、私には『神の使い』が実在しているのでは思えてしまう。なぜ、私に接触を図ってきたのかは不明だが……。

 その後も資料を読み進めているうちに、私は気になる記述を見つけた。


『『神の使い』の力は、他者の命を奪うこと及びその結果によって発揮されると言われている。そのため、『神の使い』は積極的に人を殺める傾向があるようだ』


……なんとも物騒な内容だった。私はさらに読み進める。そこには、こんなことも書かれてあった。


『『神の使い』は、自分の利益のために多くの人間を殺すこともある。しかし、それはあくまで自分が生き延びるための行為である』


 なるほど……この宗教団体の信者が自殺したというニュースを聞いた時、私はほんの少しこの事件について調査をしたことがあるが、ある違和感を覚えたのだ。自殺した信者達はまるで……自ら望んで死んだような印象があったのだ。

 もし、『神の使い』がなんらかの力を行使してそのような状況を生み出したとすれば……その者は、かなり危険な存在だろう。そして、私に電話をかけてきた女性が『神の使い』ならば……私自身、かなりの危険に直面していることになる。

 とはいえ、すべては仮定の話だ。今のところ、実証する手段も機会もない。もっとも、警戒することに越したことはないが……。


(まいった……)


 資料を読み終えて、イスに身体を預ける……どうやら、今回の事件とは別に厄介やっかいな事案を抱えてしまったようだ。


(だが……)


 私はイスから立ち上がり、隣室に入る。


「お、今日はなんじゃ?」


 私の姿を見るなり、タルホはそう言ってきた。ふと目をやると、今日も女性は部屋の隅で縮こまっている。私はタルホに、女性に変わりはないかと尋ねた。すると彼女は、女性に目を向けながら言った。


「特に変わり映えせんよ。あ、それとな」


 タルホはこちらに顔を向けた。


「こやつの名はサキというらしい。ほれ、挨拶せんか」


 タルホが女性に向かってそう言うと、サキと呼ばれた女性はのそっと立ち上がった……体格のせいか、天井に頭がめり込みそうになっている。


「……サキです。どうぞよろしく……」


 そう言ってペコッとお辞儀をするので、私もそれにならう。それを見届けて、タルホは明るい調子で言った。


「ふむ、これで自己紹介はすんだな。ほれ、サキ。メシを作ってくれぃ!」

「はい……」


……そのような会話しながら、二人は和室から出ていった……彼女達の後姿を眺めながら、私は小さく息を吐きだす。

 まぁ、ひとまずは安心だろう……私は胸の奥で小さな不安を感じつつも、出来るだけ明るい未来を描いてそう考えることにした。

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