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未来のための船旅 ~航海~

「はぁ~、気持ちよかったっ!」


 やっぱりお風呂はいいわねっ! 体が暖まるわっ! 久しぶりの船旅も出来ていることだし、私の人生って勝ち組じゃないっ!


(にしても、ホントにこの船って大きいわねぇ……)


 私、エカテリーナ・カザロヴァは自分が泊まっている部屋を見渡しながら、そう思った。あ、みんなからはカチューシャって呼ばれているから、あなたもそう呼んでね?

 ということで……高そうな調度品は家で見慣れた光景だけど、海に面した窓からの絶景は船旅ならではの物だし、棚にはあらかじめ様々なグラスと酒が置かれている。

 もっとも、スイートルームっていうからにはこれぐらいの待遇は当たり前だわ。そのために高い料金払って旅に出ているんだもの。


「姉さん、はしゃぎすぎよ」


 船の中とは思えない、立派な調度品のソファから凛とした女性の声が聞こえてきた。

 彼女の名前はアンナ・カザロヴァ。私の、大切な妹……いろいろ事情があって、しばらく会えていなかったけれど、今はこうして船旅を一緒に楽しめているのだから、まぁ、結果オーライってやつよね。


「あら? だってせっかくの旅なんだから楽しみたいじゃない?」

「まったく……」


 呆れたようにため息をつく彼女を見て、私は苦笑する。

 昔から彼女は生真面目で融通がきかない性格だったけど、今も変わってないみたいね……。


「でも、アンタも楽しんでいるんでしょ? さっきから視線がずっと窓の外に行ってるわよ?」

「それは……まあ、否定しないわよ。こんな豪華な船に乗る機会なんて滅多にないもの」


 素直じゃ無いなぁ。そんなことを思いながらも口元が緩むのを感じる。こういうところは昔と変わらないわね。


「ふふん♪ それなら良かったわ。ま、これからしばらくは船の上で過ごすことになるわけだし、もっとリラックスしていきましょう」

「それもそうね……ん? ちょっと待って。姉さん、今何て言った?」

「え? いや、だから船の上では気を抜いていきましょうって」

「違うわよ。その前」

「その前って……ああ、『しばらくの間』のこと?」

「そう。その間、ずっと船で生活していくの?」

「そりゃそうでしょう? それ以外にどうやって移動するのよ?」


 何を言っているのかしら?――と首を傾げると、妹は何とも言えない表情になった。あれ? 何か変なこと言っちゃったかしら?


「……はぁ、まぁいいわ。ところで姉さん。確認したいんだけど、今回の船旅の目的は?」

「えっと、確か『世界樹の種』を手に入れることでしょう? それで、船に乗って他の大陸に行くんじゃなかったっけ?」


 私がそういうと、妹は頭痛を抑え込むかのように額に手を当てた。そして、大きくため息をついて、私を見つめてくる。


「姉さん、もう一度聞くわ。今回私たちが乗っている船はどこに向かっているか覚えてる?」

「もちろんよ。確か……アメリカのハワイに向かっているはずよ」

「ええ、そうね。正解よ」


 やった! 合ってた! ちゃんと答えられて嬉しいっ!……って、それだけ? 他に何も言わないの?


「姉さん、一応聞いておくけど、アメリカ行きの理由とか知ってる?」

「ええ、もちろん。それが?」

「……なら、いいわ……はぁ~」


 大きなため息をついた妹は、そのままソファに倒れ込んでしまった。

 どうしたのかしら? 体調が悪いのかしら?……それとも、私と一緒に居たくないってこと!? それは嫌だわ!!


「ちょ、ちょっと! いきなり倒れ込まないでちょうだいよ!」

「ごめんなさい……でも、もう疲れちゃって……」

「もしかして船酔い?……うーん、確かに揺れが大きいからねぇ」


 この船、かなり大きいし、設備もいいから快適だけど、やっぱり少し揺られ過ぎている気がするのよね……。


「……チッ……」

「舌打ちしないでくれる? なんかイラつくから」

「はいはい、悪かったわよ」……この姉妹関係最悪なんですけどぉ……。

「はぁ……」


 思わずため息が出てしまう……はぁ、どうしてこうなってしまったのかしらねぇ…いや、まぁ、わかっているんだけれど……。


「姉さん、今から言うことは私の独り言だから気にしなくて良いわ」

「へぇ? そうなの?」

「ええ、そうよ。だから黙って聞き流して頂戴」

「わかったわ。じゃあ、聞かせてもらおうかしら?」


 一体どんな話なのかしら? アンナのことだからきっと面白い話が聞けそうだわっ!……いや、別に面白くなくてもいいけれどね?


「まずは前提として、私たちは『世界樹の種』を手に入れなければならない。これはいい?」

「ええ、そうね」

「そして、今向かっている先はアメリカ。ここまで言えばわかると思うけれど、姉さんの頭の悪さを考えて補足すると、私たちが目指しているのはアメリカにある『世界樹の種』がある場所よ」

「ええ、大丈夫。そこまで馬鹿じゃないわ。というより、さっきから私のことディスりすぎじゃない?」

「気のせいでしょ? で、ここから本題に入るけど、姉さんは『世界樹の種』を手に入れた後、どうするつもりなの?」

「どうって……そりゃあ、次の大陸に向かうつもりよ?」

「……つまり、その後は考えていないのね?」

「まぁ、そうね……」


 だって、そんな先のことを考えていたら頭がパンクしてしまうもの。


「……はぁ…いい、姉さん? 私達は『世界樹の種』を手に入れたら、そのまま家に帰るのよ」

「……ああっ! そうだったわね!」

「……ったく…」


 危うくそのまま世界を放浪するところだったわ。さすがは私の妹! 頼りになるぅ~!


「まぁ、とりあえず、今は目の前のことに集中すればいいのよ。余計なことを考える必要なんて無いのだから。わかった?」

「ふふん♪ 当然よ。私に任せておきなさい!」


 胸を張ってそう答えると、妹は再びため息をついて「本当に不安だわ……」と呟いていた。何よ、失礼な。私はちゃんと出来る子なんだから。


「はいはい、わかりました。とにかく、そういうわけだから、船旅の間は気を抜いていきましょう。姉さん、くれぐれも変なことはしないように」

「はいはい。わかってますよ~だ」


 まったく、しつこい妹ねぇ。そんなに心配しなくたって大丈夫なのに……そう……この旅で、過去との因縁に決着をつけてやるわっ!


                        ※


――1週間後。


「おえっ……」

「姉さんっ! しっかり! もう少しだから頑張って!」


……なんでこんなことになったのかしら……私、ただ船に乗っているだけなのに……。


                        ※


――1週間前。カチューシャが決意を固めた数時間後。


「姉さん、起きなさい」

「んむっ……あと5分……って、あれ? ここどこ?」


 目を開けると、見慣れない天井が視界に映る……ああ、そっか。あの後、ちょっと船内を探検してたら疲れて寝ちゃったんだっけ?


「おはよう、姉さん」

「……おはよう。って、もう夜じゃない。なんで起こしたの?」


 私は窓越しに見える漆黒の世界に目を向けて言った。すると、アンナは硬い表情で呟いた。


「……これから始めるからよ」

「……ああ、そういうこと…」


……そういうことなら、確かに寝てはいられないわね……。


「じゃあ、始めましょうか。姉さん、準備はいい?」

「ええ、もちろん。いつでも行けるわ」

「……それじゃあ、いくわよ」

「うん」


 そして私達は、やるべきことをやるために部屋を後にした。


                        ※


「――はぁ~……やっと終わったわ……」

「姉さん、お疲れ様。これで終わりだよ」

「えっ!? もう!?」


 嘘でしょう?たったこれだけでいいの?


「そうよ。これが私たちが世界樹の種を手に入れるために必要なこと。あ、だからといって気を抜かないでね?」

「うへぇ……面倒くさいわねぇ……ま、誰にも見られなかったからいいけど」

「ええ、そうね。ほら、早く片付けて次の準備に取り掛かりましょう。時間は有限よ」

「それもそうね。よし、ここからは美人投資家姉妹よっ!」


……アンナからの返事はないけれど、私達は着々と次の準備に取り掛かった。


「よしっ!頑張ろっと!」


 頬をペチッと叩いて気持ちを引き締めると、早速行動を始めることにした。まずは着替えからかな?……それにしてもこの服、着心地が良くて楽だけど、少しヒラヒラし過ぎているような気もするんだよなぁ。もっとシンプルなデザインの方がいいんだけど、これしか無かったみたいだし仕方ないか。


「姉さん、準備できた?」

「ええ、いいわ」

「それじゃ、行きましょ」


 そう言って、アンナは先に部屋から出て階段を下りていく。私も彼女に付いていった。廊下の途中で何人かの人とすれ違ったけど、特に何も言われなかった。よかった。とりあえずは順調みたい。まあ、船員だったっていうのもあるんだろうけど。


「おはようございます、皆さん!」


 食堂に入ると、既に集まっていた人たちに向かって元気よく挨拶をする。すると、すぐに返事があった。


「おっ、おはようさん」

「今日は随分と遅かったな!」


……なんか、思ったより歓迎されている?……まあ、いっか。


「すいません、ちょっと遅れたみたいで……」

「気にすんなって! それよりも飯を食ったら甲板に出てみてくれ! 面白いもんが見られるぜ!」

「そうなんですか?……わかりました。後で行ってみますね」そう答えながら、席に着く。

「おう!」


 参加者の一人は、そう言って笑顔を浮かべていた……やっぱり、歓迎されてるよね、私。

 そこにちょうど、料理が運ばれてきた。


「ありがとうございます! じゃあ、いただきまーす!」


――朝食を食べ終え、言われた通り甲板へと向かう。


「……馬鹿な奴らね」


 食堂から出て私の後ろをついてくるアンナが、ボソッとそう言った。


「……まぁ、いいんじゃない? 楽しませておけば……」


 それは、私の偽らざる本音……っと、しんみりしている間に甲板に出たようね。そこには大勢の人がいて、何かを見物しているようだった。

「あっ、あの人……」その中心にいたのは、見覚えのある人物だった。

「お姉ちゃん、あいつ……」

「ええ、まちがいなさそうね」


 金髪碧眼の中年男性……数少ないこの船の乗員の中でそのような容姿をしているのは彼、ジャン・ラインハルトしかいないわ。

 私達が彼に視線を向けていると、彼はその気配に気づいたのか、こちらに顔を向けてニコッと微笑む。その笑顔は、たいていの女性ならイチコロになるシロモノね……まぁ、私達には通用しないけど。

 そんな私達の気も知らずに、ジャンはその笑みを浮かべたままこちらに近づいてきた。


「やあ、おはよう」

「ええ、おはよう」

「……おはようございます」

「君たち二人だけかい?」


 彼――ジャンは柔和な調子で問いかけてきた。


「ええ、そうよ」

「そっか。それならちょうどいい。少し話があるんだ。いいかな?」

「……姉さん?」

「大丈夫よ」


……これはチャンスかもしれないわ。上手くいけばの話だけれど……。


「わかったわ。じゃあ、行きましょうか」

「うん。よろしく頼むよ」


 そして私たちは甲板を出て近くの使われていない客室へと向かった。


「それで、話というのは?」

「ああ、そうだね。実は、アメリカに着いたらある投資案件を扱おうと思ってるんだけど……できれば、君達の意見を聞きたくてさ」

「意見?……どうして?」

「おいおい、ごまかすのはやめてくれよ。悪いけど、君達姉妹が運用しているファンドのポートフォリオと運用実績を調べさせてもらった。

 びっくりしたよ、すごいじゃないかっ! あんな好成績のファンドが注目されないなんて……ジム・ロジャースとジョージ・ソロスのクォンタム・ファンド顔負けの利益率だよっ!」

「……それはどうも」

「だからさ…どうしても君達の意見を聞きたいんだ。もしよければ、投資収益の何割かを君達に上げてもいい。どうかな?」

「……」

「姉さん、どうするの?」

「……そうね。条件次第だけど、受けてもいいんじゃないかしら?」

「本当かっ!? ありがとう!」

「でも、いくつか確認したいことがあるの」

「なんだい? なんでも聞いてくれ!」

「まず、報酬は現金でもらえるの?」

「もちろんさ! 僕達は投資家でもあるけど、それ以前にビジネスマンだ。約束は必ず守る。信用してくれて構わないよ」

「そう。なら、二つ目ね。あなた、アメリカの証券市場に詳しいのよね?」

「ああ!……といっても、最近は為替かわせにも手を出し始めたけどね。それでも、証券に関しては今でも他の追随を許さないくらいの知識はあるつもりさ!」

「へぇ~……」まぁ、予想通りの回答ね。

「じゃあ最後に……私達がアメリカに行く理由を知っているかしら?」

「ああ、確か……『投資先を探すため』だったかな? まあ、詳しくは知らないけど……」

「ふぅん……そうなんだ」

「……え? 違うのかい? てっきり僕はそう思っていたんだけど……」

「ううん、間違ってはいないわ。ただ……」

「ただ……?」

「私達が行く理由は、別のところにあるの」

「どういうことだい?……まさか、誰かに会いに行くとか? それとも、何かを買うために? それとも、何か事業を始めるための資金集めとかか?……いや、でも、君達の資産を考えれば、そんな必要は全くないしなぁ~……一体、何をしに?」

「そうね……あえてごまかして言うと、債務整理ってところよ」

「債務整理? まぁ、確かに君達のポートフォリオの中にはいくらかの借入金もあったけど……わざわざアメリカに行かなくても、今のまま資産を運用していればどうにかなるんじゃないのかい?」

「あいにく、そう考えれるほど私達は楽観的じゃないの。石橋を叩いただけで渡るような奴は、この業界じゃ市場から叩き出されるわ」

「……なるほど。その言葉、ちゃんと覚えておくよ」

「嬉しいわ」

「ま、とにかく…アメリカに着くまではこの船旅を楽しんでくれよ」

「そうね……ありがとう。招待してくれて」

「いや、こちらこそ助かったよ。相談の件だけど、そっちはアメリカに着いてから連絡をくれると嬉しいな」

「ええ、分かったわ」

「じゃあ、これで失礼するよ」


 そしてジャンは客室から出ていった。


「ふう……疲れたわ」

「姉さん、大丈夫?」

「ええ、なんとかね」


 とは言うものの、何度もやりたいとは思わないわね。こんな面倒なこと……。


「それにしても、よくあんなことが言えたよね」

「ん?……ああ、『アメリカに着いたらある投資案件を扱う』っていう話のこと?」

「うん」

「別に大したことないわよ。嘘は言ってないもの」

「でも、なんかこう……もっと遠回しな言い方があったような気がするんだけど……。それじゃあまるで、アメリカに行きたいみたいじゃん」

「あら、私はそのつもりだったのだけれど」

「えっ……マジで?」

「ええ。だって、ここ最近ずっと同じ場所にいたせいか、少し退屈になってきていたのよ。そろそろ動き出したいなって思ってたところだし」

「だからって……」

「大丈夫よ。向こうに着いたら、すぐに行動に移すつもりだから」

「……」

「そんな顔しないの。どうにかなるもんよ。きっとね」

「本当に?」

「ええ。だから、心配しなくていいのよ。ほら、早く部屋に戻らないと。きょうは船上パーティーがあるわ」

「……わかったわ。姉さんがそこまで言うなら、信じる」

「ありがとう。それでこそ私の可愛い妹だわ」


 そう言いながら私は彼女の頭を撫でてあげた。すると彼女は視線をそらすも受け入れる。こういったところも、ポイント高いわね。


「じゃあ、戻りましょうか」

「ええ」


 私たちは客室を出て、そのまま自分たちの部屋へと戻った。少し経つと、船内アナウンスが流れる。


『それでは、これより船上パーティーを開始します』

「……いよいよ始まったわ」

「そうね。さて、どんな料理が出てくるのかしら……」


 私たち姉妹はお色直しを済ませると、期待しながら自室を後にする。

 そのまま食堂とは違う、大ホールのような会場へと向かった。ちょうどこの船の中央にある。


「うわぁ~……すごい人だかりね……」

「ほんとね……」


そこには大勢の人たちが集まっていた。どうやら、ほとんどの乗客はこの船上パーティーに参加するらしい。


「さて、どこに座ろうかしら?」

「そうね……」


辺りを見渡すと、すでにテーブル席はほとんど埋まっているようだった。しかし、それでもそれなりの数の人がグラスを片手に動き回っている。


「あそこにしましょうか?」

「そうね」


 私たちは隅っこの方にあった丸テーブルに向かうことにした。周りには誰もいない。ここなら、何かあっても目立たないでしょう。


「よかった。空いていたわね」

「うん。これならゆっくり食べられそう」

「ふぅ……ようやく一息つけるわね」


 私達は椅子に腰かける。それと同時に、給仕係の人が飲み物を持ってきてくれた。


「お飲み物はいかがいたしますか?」

「そうねぇ……せっかくだし、シャンパンを貰おうかしら」

「私も同じので」

「畏まりました」


 そういうと、給仕の人はシャンパンを注いでくれた。グラスに金色の泡が立ち昇る。


「綺麗ね」

「そうね」

「じゃあ、乾杯しましょ」

「うん」

 私達は互いにグラスを持った。


「……成功を祈って…」

「同じく……」


 私たちはグラスを合わせる――喧騒から少し離れた静かな場所で、心地良いグラスの音がした。


「美味しい……」

「ええ。ねえ、姉さん。何か食べる?」

「そうね……」


 そう言いながら会場内を見渡すと、前方のステージ上に豪華な食事の数々が置かれていることに気がついた。


「あ、見て。アンナ」

「……凄いわね」


 その豪華さは、アンナでも思わず感嘆の声を上げてしまうほどだった。


「姉さん、あれ食べる?」

「ええ、そうするわ」


 そして、私達はビュッフェコーナーへ向かって行った。

 そのまま、私達姉妹はつかの間の時間に食事を堪能することにした。それからしばらくして、私達は船内のバーカウンターに来ていた。


「どうぞ、ごゆっくり」

「ありがとうございます」


 カクテルグラスに入った飲み物を受け取る。そうして、さっきのシャンパンと同じように二人で乾杯した。


「美味しい……」

「本当……美味しいわね」

「そういえば、姉さん」

「ん? なに?」

「あの人たちって、誰?」


 アンナが顎で指し示す先を見ると、そこにはジャンを囲んで楽し気に談笑する中年の男女達がいた。


「ああ、『アスター・グループ』の関係者でしょうね」

「やっぱり……」


 アンナは彼らに見覚えがあったようで、これ見よがしに睨みつける。


「まぁ、彼らだけじゃなくて他にも何人かいるようだけれど……大体予想がつくわ」


 おそらく、資産運用会社とか投資銀行とかかしら? まぁ、どうせジャンが呼んだんでしょうね……気の毒な人達……。


「……さぁ、そろそろ始めましょう」

「ええ、そうね」


――私達がそう言った瞬間、外から爆音が響き渡った。


「ん? なんでしょう?」


 私達の前にいたバーテンがそう呟く。


「何かが爆発したみたいだけど……」


 私がそう言いながら周囲を見渡すと、私達と同じような表情を浮かべている客達や船員達の姿が見えた。その中心で、ジャンはみんなをどうにかなだめようとしている。

 そんな彼のもとに、外から入ってきた船員が近づいてジャンの耳元で何事かをささやいた。


「っ!」


 その瞬間、ジャンの端正の顔立ちにグッと皺ができると、彼はその船員と一緒に外へ出てしまった。他の数少ない乗客達も、そんな彼に羊のようについていく。


「私達も行ってくるわ。ご馳走様」

「はい。お気をつけて」


 バーテンのその言葉を背に、私達は他の乗客達と共に甲板に出る。すると、そこには悲惨な光景が広がっていた。


「これは……」


 目の前に広がる惨状を見て、私は顔をしかめる。


「お姉ちゃん……これってもしかして……」

「ええ、多分そうでしょうね」


 私達の目の前には、何もなかった。私達が乗船した時には、確かに存在したはずのもの……だが今、その場所はただただ虚空があるばかりだった。


「そ、そんな……たしか、ここには救命ボートがあったはず!」


 乗客の一人がそう言った。


「まさか……さっきの爆発が関係しているというのっ!?」

「それは……分かりません。ですが、とにかく探さないと……」

「ええ、そうね……」


 乗客と船員との会話を聞きながら、私は周囲を見回す。すると、少し離れた場所にある海面にゆらりと漂う救命ボートを見つけた。他の者達も同様に、その切り離されたボートを指差して口々に叫ぶ。


「あった! ありましたよ!」

「くそ! どうにか持ってこれないのかっ!?」

「無理です!これだけ離れたら……」


 そんなことを叫んでいる間も、ボートは見る見るうちに私達の視界から姿を消していき、最後の一艘が闇に消えた時には、みんな押し黙っていた。


「姉さん……」

「ええ、そうね……」


 私達は顔を見合わせる。


「……行くしかないようね」

「……うん」


 そうして、私達二人は船内へと戻っていった。


「姉さん……」


 アンナが不安そうな声を出す。


「大丈夫よ。きっと、なんとかなるわ」

「ええ……」


 そう言いながらも、彼女は私の腕にしがみついている。まぁ仕方がないわね……。


「とりあえず、ジャンのところへ行きましょうか」

「ええ」


 私達はそのまま船内の廊下で待機していると、続々と甲板から人がやってきた。その中にジャンがいたので彼に近づく。


「……やぁ、大変なことになったね」


 私達に気づいたジャンがそう言う。


「ええ、そうね。一体何が起きたの?」

「さあ、僕にも分からないんだ。たぶん、君達と同じじゃないかな? 突然爆発音がして船体が揺れたかと思ったら、この有様だよ」

「そう……」


 どうやら、まだ情報が錯綜していて確定的なことは分かっていないらしい。私はため息をつくと、周囲を見回した。

 甲板から戻ってきた他の乗客達は、口々に不平不満を言っていたが、ほとんどの者が自室に帰るようだ。


「……他の人達は?」

「ああ、見ての通り、自分達の部屋で休むそうだよ。さすがに疲れたんだろうね。無理もないよ」

「それで……これからどうするの?」


 アンナがジャンに向かってそう尋ねる。


「ああ、取りあえず船員達と一緒に船倉に行ってみることにするよ。他に異常がないか、この船旅の主催者として確認する責任がある」

「……そう」

「君たちも一緒に来るかい? まぁ、危険だっていうなら止めておくけど」

「いえ、行きましょう。

「分かった。じゃあ行こう」


 こうして私達は、彼と船員数名と共に船倉へと向かった。

 それからしばらくして、私達は薄暗い通路を進んでいた。先頭にジャン、そしてそのすぐ後ろに私達姉妹、さらにその後ろを船員達が歩いている。


「姉さん……」


 歩きながら、アンナが小声で話しかけてくる。


「ええ、分かってるわ」


 彼女の言いたいことは分かる。チャンスだということだろう。でも、まだ早い。そんなことを考えていると、前方に明かりが見えてきた。


「あれは……」


 前方を見ると、そこには数人の船員の姿が見える。彼らは、床に転がっている何かを囲んでいた。


「おい! お前たち何をしている!」

「っ! 船長……」


 私達の接近に気づかなかった船員たちは、慌ててこちらを振り返る。


「これは……その……」

「いいから、早くどけろ」

「はい……」


 そうして彼らが脇に退くと、そこにはいくつかの金属の塊が散乱していた。


「これは……」

「なんだ、これは?」

「こちらに……」


 船員の一人が、そう言って私達を誘導する。私達は、それに導かれるままに近づいていった。

 あれは……船の部品の一部のように見えた。だが、こんなところに転がっていて良いような代物ではないはずだ。なぜなら、それらはまるで……この大海原では、死の象徴のように思えたからだ。


「まさか、これが爆発したのか……?」


 先頭を歩くジャンがそう呟く。


「ええ、恐らくは……」

「なんてことだ……」


 彼らの隙間から見ると、エンジンルームの一角から煙が上がり、周囲には先程見たような金属の塊が散乱していた。しかし、さっき見たよりも数が多いみたい。


「ねぇ、どうしたの?」

「……これを見てくれ」


 ジャンがそういうので、私達姉妹は彼が指さす先を見た。そこには、本来はエンジンと直結していたであろうクランクシャフトが、粉々に吹き飛ばされていた。


「えっ……」


……この異常事態に、さすがのアンナも驚きの色を隠せないみたい。私も彼女と同じ気持ちだった。


「……あの爆発音は、これのせいだったのかしら?」

「……たぶんね…」


 私達の会話を聞いて、ジャンも顔をしかめる。


「これは……どうしたものかな……」


 彼はそう言うと、顎に手を当てて考え込んでしまった。他の船員達も同様で、誰も何も言わない。それは、この場にいる全員が同じ思いだからだろう。


「……とにかく、一度戻ろう。ここは危険だ」

「そうですね……」


 そうして私達は来た道を戻り始めた。すると、少し行ったところでジャンが立ち止まる。


「ん? どうかしましたか」

「いや、ちょっと待ってくれ」


 ジャンがそう言うと、船員達は不思議そうな顔で立ち止まった。


「どうしたんです?」

「ああ、この辺りに扉があったと思うんだが……」

「ええ、ありますよ。あそこです」

「そうか、ありがとう」


 船員が廊下を振り返って指差すと、確かにそこには水密扉があった。ジャンは一人で廊下を引き返していき、その扉へ向かった。


「どうするの?」

「まぁ、見てなって」


 彼の意図するところが分からず、私達が戸惑っていると、やがて彼は扉を開けて中に入り、数分してから戻ってきた。


「……それで?」


 アンナが問いかけると、ジャンはバツが悪そうに答えた。


「ああ、何か修理に使えるものがないかと思ってさ……」

「そういうことでしたら、我々に任せてください。ただ……あそこまで損傷が酷いと、修理のしようがないかと思いますが……」

「そうかぁ……」


 船長のその言葉を聞くと、ジャンはため息をついた。


「……取りあえず、上に戻りましょう」


 アンナの言葉に全員が従い、階段を上って先ほどまでいた大ホールに戻ったが、誰もいなかった。仕方ないので、少数の船員と船長と共に食堂へ向かう。


「それで……これからどうするの?」


 私は食堂に到着するなり、近くの椅子に腰かけ、同じくすぐそばの席に座るジャンにそう尋ねた。


「うーん、そうだねぇ……あっ!」


 彼は、何か思いついたように口を開いた。


「なんで今まで気付かなかったんだろう……無線で助けを呼ぼう。それなら、すぐにでも船が駆けつけてくれるはずだ」

「す、すぐにやってきます!」


 船長はそう言って、船員達を引き連れていった。


「ふう……これで大丈夫だろう…」


 ジャンが胸を撫で下ろす。


「……でも、本当に助かったわ。あなたがいなければ、今頃どうなっていたことか……」

「ははは、そうかい。でも、君たちも頑張ってくれたじゃないか」

「そうね。アンナもありがとう」


 私がそういうと、彼女はぎこちなく笑顔を浮かべる。


「ええ……」


 そのまま他愛もない雑談をしていると、船長たちが部屋に入ってきた。


「ジャンさん……」


……なぜか、彼は先程よりも憔悴している様子だった。


「……何か、あったのかい?」


 その様子を察したジャンは、注意深く船長に尋ねた。


「それが……ダメなんですよ……」

「何がだい?」

「通信機が、壊れているみたいなんです……」

「なんだって!? すぐに直せないのかいっ!?」

「いえ、あれは間違いなく壊れています。修理するのは難しいかと……」

「そ、そんな……」


 ジャンはその場でしばし呆然としているようだったが、やがて船長に力強く言った。


「……案内してくれるかい?」

「わかりました。こちらへ…」


 そして、私たちはジャン達に付いていく。

 いくつかの階段を上がり、乗務員専用の扉から通路を渡って、どうやら航海デッキのような場所に出た。


「これです」

「これは……」


 言葉を失うジャンの背後から、私達も顔をのぞかせる……最後の希望だったはずの通信機は、黒焦げになっていた。

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