御見送り ~数百年ぶりの再会~
神明大学附属病院で起きた、不可思議な事件から数日後……事件は一応の終息を見た。
カチューシャとアンナの死闘もとい姉妹喧嘩が終わると、見えざる糸が切れたかのようにオモイカネ機関のメンバー達やアシュリン達も目を覚ました。
その時には、すでにカチューシャとアンナは姿を消していたので、代わりに私が皆に事情を説明するハメになった。
オモイカネ機関のメンバー達は事件が一応は解決したということで納得してくれたが、アシュリンと助手は最後まで私に懐疑的な視線をこれでもかと向けていた。
そして……今回の事件に関わるすべての後処理と『その者』への連絡、資料作成を終えた後、私はこうして森深い場所に佇むカチューシャの館を訪れている……まだ昼前の時間のせいか、いつもより館の外観がハッキリ見えるような気がした。
『その者』には、今回の事件の顛末をすべて――ある一部分を除いて――報告した。奴は事件が解決したら途端に興味を失う妙な癖があるのか、『そうか』と言ったきりあまり追及はしてこなかった。まぁ、それはそれで私としてはありがたい。
私が館の玄関に備え付けられたドアノッカーを叩くと、少し経ってから扉が開く。
「いらっしゃい」
館の主には事前に行くように伝えていたので、彼女――カチューシャは笑顔で出迎えてくれた。その後ろには……カチューシャが着ているのとは色違いだが、似たような造りになっているドレスを着たアンナの姿があった。見たところ身体の表面に浮き出た呪術文字は消えていない。
それが残念な事なのかそれほど気にしていないのかは、彼女の無表情からは察することは出来ない……少なくとも、今のカチューシャを見た限りでは大丈夫そうだ。
しかし……。
「……っ……」
私を見て、一瞬ビクッとするアンナ……そんな彼女の肩を抱いて、気遣うように寄り添って立つ姉・カチューシャ……やはりと言うべきか当然と言うべきか、二人の距離はかなり近い。というより、ピッタリくっついている。カチューシャの方は明らかに好意を持っているようだが、どう見てもアンナは無自覚だろう。
(さて、これから一体何を話せばいいものかな?)
正直、カチューシャと二人だけで話がしたいのだが、この場にアンナを残して出ていくのも忍びない。それに彼女が何か口を挟んでこないとも限らないので放置も出来ない。
私はため息をつくと、覚悟を決めて館の内部に踏み込んだのだった……とりあえず客間に案内されたので、そこで待機することになった。カチューシャ達が用意してくれたお茶を口にして喉の渇きと心の平静を保つことにしよう。
「ところで……神牙、もといファング。今日はどういった用件で? まさかお見舞いにでも来てくれたの?」
ソファに座る私に対して、アンナが対面に座って問いかけてくる。
見舞いではない……内心そう思ったが、口を挟むべきではなかろう。
そもそも今回は本当に見舞ってきたわけではないのだ。ただ、どうしてもカチューシャと話をするためにやって来ただけだから、面会謝絶でなければそれでよかったのだ。
だが……カチューシャ達の様子を見ていると、それは難しいかもしれない。私が表の世界で色々と四苦八苦している間、二人が何を話したかは不明だが、彼女達の私を見る目付きが変わったような気がするのはおそらく間違いないだろう……仕方がない、か……。
こうなった以上、私の正体について話すべきかもしれない。私の目的はオモイカネ機関の目的とは真逆だから別に話す必要などないと思っていたが……まぁ、この姉妹がどう動くかを見定めるという意味でも、カチューシャ達には全てを話す必要があるだろう……。
エカテリーナ……私はあえて、カチューシャの本名を呼んだ。この名前でさえ偽名を使っている可能性も高いが、その反応を見て探るつもりだからだ。
すると、彼女は一瞬だけ動揺を見せた。そして、隣に目を向ける。そこには心配そうな顔を浮かべながら、カチューシャの様子をうかがっているアンナがいるだけだった……どうやら、他の者は近くにいないようだ。
カチューシャの様子を見て安堵したのかホッとしている様子も見えたが……すぐにいつも通りの無表情に戻った……その僅かな仕草で分かった。これは意図的に、私に自分達の思惑を知られないようにしているのだと――まぁ、そういう演技をしているのだろう。ならば……こちらにも考えがある。
私はカチューシャに、どうしてあの病院でアンナが『組織』の事を口にしたのか問いかけた。だが、実際は彼女からの返答を期待しているわけではない。その質問は実質、隣に座るアンナに向けられたものだからだ。
もちろん、私の視線が彼女に向いていることも気付いている。それでも敢えて無視した。それが答えなのだと――そして、やはりというべきか……アンナは無表情のまま何も言わずに私をジッと見つめていた……その目が語っている『お前が何を知っても無駄なことだ』――そう告げてるように感じられた。
(さすが……と言うべきか)
アンナは見た目以上に頭が回る女らしい……だからこそ今まで正体を掴ませなかったのだろう。あの時……確かに私達は協力関係を結んだと思っていたが、それでも自分達に関わる核心部分には触らせたくないようだ。
ともかく、このままアンナが口を割らないのであれば――もう手段を選んではいられない……私はまだアンナのことを全て把握しきれていないが……彼女なら私にとって有用な存在になってくれるのではないかと思っている。カチューシャの奔放さを加味すれば、姉の方を味方に引き入れるのは難しいだろう……典型的な、世界は自分のためにあると考えている人物だ。その分、アンナの方はなんとしても味方に引き入れておきたい――少なくとも、最低限の協力関係を築きたい。
そのためにも……今は多少強引であってもカチューシャから真実を聞き出さねば……。
「ファング?……どうかしたの?」
……少し無言が続いたからだろう。カチューシャが不思議そうに声をかけてきた。
私はなんでもないと言って微笑み返すと、再度カチューシャに同じ質問した。
するとカチューシャの顔色が変わって、隣のアンナを一心に見つめ始めた。おそらく彼女は私がこれから何を言うつもりなのか気付いて、必死に何か訴えようとしているのだろう。
私と二人の時はよく見せる感情豊かな姿だ……それにアンナも気づいたのだろう。カチューシャと同じように驚いたような顔を浮かべると、私に対して強い視線を向け始める……それは『そんなことしていいの?』と言いたげだった……構うものか……。
私がそう目線で答えると……それに気付いたのか、アンナは観念したように溜め息を漏らすと口を開いた。
「……あなたが何を言ってるかは分からないけど……あなたが私達のこと疑ってるのは分かった……だから言う……知っての通り、私には魔女としての能力とは別の、不思議な能力がある。
あの時、あなたに見せた光景もその力だし、その力であなたが言うところの『組織』や警察のことを知ったの」
私は、なぜ我々に知らせてくれたのか問いかけた。
「あなたが言う『組織』は、すごく邪悪な存在のような気がした。結局、警察の方はその『組織』とやらに丸め込まれて現場の人間が撤退して、残ったのはあなた達が交戦した『組織』が送り込んだ要員だけだった」
その時、私の脳裏であの三人の工作員の姿が思い描かれる……事件の後、あの三人の遺体は病院から跡形もなく消えていた。ルミノール反応による検査でも、まったく痕跡はなかった。
そのことを『その者』に問い詰めても、一向に歯切れの悪い返事しか来なかったため、その後の数日間は周囲を警戒する生活を余儀なくされた。
「あの時、私は知っていたの。『組織』が私の事を狙っていると……だから、悪いけどあなた達を利用させてもらったわ。生き残るためにね。でも、結果的に見れば私は間違えてしまった。あなた達の事を危険な目に遭わせて、『組織』にその存在を知らせる羽目になってしまった。私は失敗した。だから、せめてもの償いとして、あなた達には全てを話して協力するわ。それで少しでも罪滅ぼしが出来ればと思ってる……」
アンナの話を聞いて、私は思わず呆けてしまった。
これまでの彼女の言動から考えて、彼女は実の姉であるカチューシャ以外の存在はどうでもいいように思われたからだ。
そんな彼女の口から『申し訳ない』『償いたい』という言葉が出るとは思ってもいなかった……それだけではない。彼女は『組織』という存在は認知していても、その内情までは把握していないようだった。
でなければ、『組織』の内局である我々オモイカネ機関のメンバー達が『組織』に存在を知らせることを失敗だとは考えまい。
おそらく、あの工作員は『組織』の別の部署――それも、上層部に連なる者の意図であの場に現れた可能性が高い。
そこまで考えて、私はふと考えた……アンナは、私を試しているのではないだろうか?
私とカチューシャの関係……そして、私自身の力を――そういう意味では、彼女にとってこの状況はまさに千載一遇の機会と言えるだろう。
それは、私も同じだった。これを機会に、是が非でもアンナの信頼を勝ち取りたい。
私は大きく深呼吸をする……そして、真剣な眼差しを彼女に向けた。
『私とカチューシャの関係』――それはある意味、私にとっても切り札になりうるものだ。それを切り出す以上、下手な誤魔化しは許されない。そのことは彼女も分かっているのだろう。
私の言葉を聞くと同時に表情を引き締めて、真っ直ぐ見つめ返してきた……その目は『覚悟は出来てる』と語りかけてくるようだった。
……私はアンナに、カチューシャとは長年協力関係にあること。私達が所属する機関は『組織』に属していること。そして、今後、私達がカチューシャ達カザロヴァ姉妹に危害を加えるような兆候があれば、すぐに知らせること。最後に、もし私が困った時は、姉妹の力を貸してほしいと伝えた。
「もちろん、構わないわよ。ねぇ、アンナ」
「……」
……カチューシャに問われるアンナの表情は固い……彼女はそのまま長考した後、口を開いた。
「あの和服の女性……」
その言葉を聞いて、私は丹田に自然と力がこもるのを感じた。
「一見穏やかだったけど……あなたをすごく恨んでいたわ」
……彼女が私を恨む理由には、私自身思い当たる節がある。そのことを率直にアンナに伝えた。
「……あの女性とあなたの問題以外なら、力を貸してあげてもいい」
そう言って、アンナは手を差し伸べてきた……私は、その手をしっかりと握る。
……こうして、私には新たに頼もしい味方が出来た……同時に、『彼女』との直接対決が近いことも、私の心中ではハッキリと感じることができた。




