奪子 ~鬼との共存~
衝撃の展開から一夜明けて……我々は赤嶺村を去ろうとしていた。
あの後、この村はちょっとしたパニック状態になっていた。犯人の男はなんとか駐在所で確保していたのだが、どこかから情報が漏れたのか、事件の被害者の遺族達が駐在所に押しかけて男をどうにかしようとする騒ぎが起こった。
結局、その場は仁王立ちする大倉刑事と遺族達以上に喚き散らすわ暴れ回るわの鬼島警部、そして約束の時間より早めに来てくれた地元警察の速やかな対応もあって、何事もなく被疑者の引き渡しは完了した。
その後も遺族達には責められたが、意外と冷静だったのか、私が持っていたカランビットナイフを振り回すとみんな言う通りにそれぞれの家に帰宅してくれた。
それからすぐに私達は警察車両に乗せられ、警察署まで連れて行かれた。私は別室で事情聴取を受け、その間、他の3人は取調室の隣の部屋で待機させられていたらしい。
取り調べが終わった後に彼らがどんな話をしたかは知らないが、とにかく私の身柄はこの警察署に預けられることになり、しばらくここでお世話になることになったのだ。もちろん、私に身に覚えはない。
一応、『その者』が手を回してくれたのか、地元警察の間では私達は警視庁捜査一課の特別捜査班という肩書があるらしい。だから事情聴取にも協力してくれと言われれば断れないし、下手に逆らえばそれこそ逮捕されてしまう。なのでここは素直に従っておくことにした。
そして想定していたよりも早く取り調べが終わり、私が警察署から外に出ると、駐車場には大倉刑事の車があり、メンバー達が待っているようだった。どうやら先に事情聴取を受けていたようで、彼らはそこで待っていたようだ。
「おう、終わったか」
私は鬼島警部の問いに頷いた……これで、私達の役目は終わったわけだ。赤嶺村に関わる様々な謎は解明されていないが、おそらくそのままにした方が良いのだろう。
こうして、私達はようやく東京に帰ることができた。
ただ……不思議だったのは、私達が拠点としていた赤嶺村のビルに帰ったところ、そこにはビルや蔵はなく、ただの空き地だけがポツンと存在していた。気になって役場の地所関係の書類を漁っても、あの場所はずっと昔に空き地になっていたのが判明しただけで、それ以上の調査は事実上不可能だった。
鬼島警部などはそれらの現象を目の当たりにして『あの姉妹の仕業だっ!』となぜか怒り狂っていた。
そして、事件から数日が過ぎていった。
※
「それじゃ、神牙さん。僕達はこれで失礼します」
「あまり根を詰めすぎるなよ?」
今まで通りの日常――警視庁の地下にある資料室として機能している場所で、私は退勤する鳴海刑事と大倉刑事を見送った。
普段はなんだかんだ言って暇な部署も、いざ事件が起きればその解決や事後報告などで少しの間は忙しくなる。特に管理職の私などは、モロにその影響を受けている。
しかも、今回の事件における被疑者や重要参考人は、軒並み亡くなっているか行方不明になっている。
あの後、時間を見つけてはあの村に行って姉妹の痕跡を探したのだが、一向に見つからなかった。おまけに、あの旧校舎の壁や倉庫からはこれまで失踪していた児童達の遺体が発見されたため、地元警察が遺体を残らず回収した後は速やかに取り壊すらしい。
犯人はというと、一人は奈々の手によって生死不明…もう一人の方は、街の警察署にある拘置所の中で遺体で発見された。事情を聞くと、何かに食べられた跡が無数に残っていたらしい。
結局、今回の事件は真相が分からないまま、今、私が書いている報告書に記載され、私の目の前に見える広大な書架の森の中に消えていくのだろう……それを顧みる者達も、私以外はいずれ天寿を全うする……やりきれない気持ちを引きずったまま、私は職場を後にして帰路に着いた。
――自宅にたどり着くと、いつも通りのこの世ならざる者たちと食卓を囲み、家事をこなして風呂に入り、自室へと向かう。
「っ!?」
その時、私はリビングに強大な気配を感じた――明らかに人ではない、凄まじい気配を。
「誰っ!?」
リビングからはサキの声が聞こえてくる――同時に聞こえてくるのは、動物のような唸り声……おそらくハナだろう。
――咄嗟にナイフを手に取って、私はリビングに向かった。
「よぉ」
「……」
……そこにいたのは、鬼の姉妹…奈々と寧々だった。
……なぜ彼女達がここにいるのかは分からないが、四体の怪異の間では尋常ならざる殺気が流れている。私はひとまずサキとハナに落ち着くように言って、続いて奈々達に、どうしてここにいるのかと尋ねると、二人は互いに顔を見わせた後、奈々が口を開いた。
「別に……お前に会いに来たわけじゃねぇぞ? たまたま近くを通りかかったら、お前がいただけだ」
「そうですっ! 私たちはただ、あなたにお話があっただけですよっ!」
……とりあえず寧々の発言は置いておくとして、私は彼女達に再度どうしてここにいるのかと尋ねた。すると、奈々がバツが悪そうに答える。
「あぁ……一応、礼を言っておこうと思ってな…あの時は、色々とバタついてたんだ。それに、あたしらの事情を知ってる奴はもういないし、ここで言っとくかって思ってな」
「お姉ちゃんがどうしても言いたいっていうから……仕方なく来たんですっ!!」
「うるせぇな、黙れよ」
「お姉ちゃんこそっ!!」
相変わらず仲が良いのか悪いのかわからない姉妹だ。まぁ、私にとってはこの二人のやり取りは見慣れた光景だが。そんなことを考えていると、奈々が急かすように私に声をかけてきた。
「おい、用件はすぐに済むからよく聞け。お前のおかげで、あたしらは自由に動けるようになった。だから、礼を言うぜ。ありがとよ」
「でも、私達はこのままじゃ終わらない。必ず、復讐を果たすつもりよ……たとえ、それがどんな形になろうともね」
私がどういう意味かと疑問を口に出すと、寧々が答えてくれた。
「簡単なことよ。私達は人間じゃない……なら、どうするかなんて決まってるでしょ?」
「あぁ、そうだな。鬼のやり方で解決する。といっても、もう殺したい奴は殺したから、あとは人探しならぬ鬼探しだな」
……私がしばし困惑していると、それを察してか奈々が付け足すように話す。
「あー、つまりだな……あたし達には見つけなきゃいけない人が――というか――鬼がいる。そいつを見つけるまでは、お前の家に厄介になるぜ。いいだろ?」
「……」
私はしばし沈黙した後、それを承諾するには今回の事件について知っていることをすべて教えてほしいと言った。
彼女達はいわば、今回の事件における重要参考人だ。他の関係者が軒並み亡くなっているこの状況では、彼女たちの証言が事件の全容解明に役立つのは間違いない。
私のその言葉を聞いて、奈々はゆっくりと頷いた。
「いいぜ。といっても、あたし達もすべてを理解しているわけじゃないがな」
そのように断りを入れて、奈々は静かに語りだす。
「遠い昔、あの村は周辺の村との諍いが絶えなかった。おまけに規模が小さいから、何かあるたびに負け戦になっちまう。
そこに、どこかからフラッと一人の女が現れた。女は旅人の装いで連れもいなかったため、村人達は最初は不審に思ったが、女を村の客人として扱った。
それから数日後……村の農作業なんかを手伝いながらその女は村で暮らしてたんだが、魔の悪いことに隣村の奴らが襲撃してきたわけだ」
そこまで言うと、奈々は『水もらっていいか?』と聞いてきたので、私は頷いた。
サキとハナが警戒するなか、奈々は台所の戸棚からコップを取り出し、水道水を満たして一気にあおった後、話をつづけた。
「で、だ。村人達は女に逃げるように言った。女は美人だったから、争いに負けたら隣村の奴らに連れていかれるだろう。自分達の村の客人がそんな目に遭うのは、村人としてのメンツが許さなかったんだろうな。ところが、女は何を思ったのか、ゆっくりと隣村の奴らに近づいて行った。途中で拾った農作業用の鎌を構えながらな。
そこにいた奴らは当然、頭を抱えただろうな――実際に見たわけじゃねぇけど。だが、一番先頭に立っていた敵の村人が女に襲い掛かると、その両腕と首が『パンッ!』って音を響かせて空中に舞ったのさ。当然、その村人は死んだ。だが、話はここで終わらねぇ。その様子を見て慌てふためく村人達を、女は鎌一本でバタバタなぎ倒していったんだ」
そこまで話すと、奈々はまた水を飲んだ。
「で、争いが終わった後は、当然村人は女に感謝するわけだ。ところが、その女には…生えてたんだな、頭の上に……」
「大きな二本の角がね」
奈々の話を引き継ぐように、寧々が話し出す。
「村人達は恐怖したわ。自分達を助けたのは怪物…今度は自分達の番じゃないかってね。でもその女は、自分が人間ではないことと今現在妊娠していることを告げた。
村人達は、とりあえず女にいつもの民家の部屋で寝るようにいると、長老達を中心に会議を始めた。自分達を助けてくれた、この世ならざる者の存在をどうするかを、ね……結果、村人達はその女を山から下りてきた鬼と考えて奉ることにした」
「それから数世代が過ぎた頃……すでに女は二人の子供を産んで、村人達とも仲良くやっていた。ところがだ。人間達は時間が経つにつれて老いて死んでいくのに対して、女とその子供達の方はいつまで経っても若いまま……その頃になると、女の武勇伝をじかに知っている人間もみんな死んじまって、女とその子供達には『人間じゃない』って言葉だけがついて回るようになったわけだな」
「……人間の弱さたる所以よ」
寧々が吐き捨てるように言うと、奈々はなだめるように同情した。
「ま、確かにな。それで、女はある日の晩、自分の子供達に逃げるように言った。子供達は親のいうことに素直に従った……まだその時は、事態をうまく呑み込めてなかったからな。
それで、近くの森でジッと様子をうかがっていると、村人達が寺の坊主共を連れてくるのが見えた。奴らは女がいる民家に向かって何事かわめくと、女は姿を見せた。
そのまま、坊主達はお経を唱え始めた。ところが、女の方はそんなのどこ吹く風って感じだった。なのに、突然その体が霧のように消えて行って、残ったのは赤黒い液体が入った壺だけだった」
「――当然、子供達は森から出て行って村人達や坊主達を殺した。いくら幼くても鬼の子…村人達や坊主達は一瞬でバラバラになったわ。
でも、途中で騒ぎを聞きつけた村人がやってきたの。子供達がその村人を殺そうとしても、村人は一切動じなかった。しばらく周囲の様子を見た後、私達に逃げるように言ったの」
「しばらくは野宿できる分のおにぎりや水を持たせてくれてな」
「うん、そう……それからまた時が経って、いわゆる戦国時代になったわ。あの時代は、一つの村が忽然と姿を消すことなんて珍しくなかった。戦とか山賊とかの襲撃でね。
その頃には、私達を助けてくれた村人ももう亡くなっている頃だと思ったから、私達はその村に復讐しに行ったの」
「ところが、村についてみると祭りをやっててな。しかも、そこには立派な神社があった。子供達が暮らしていた頃にはなかった、立派な神社がな。
しかも、そこに祀られていたご神体は赤黒い液体の入った壺――つまり女の成れの果てだったわけだ。ま、これも日本人の精神性の一つだな。自分達がどうにかこうにかした相手を神として祀り、祟りを回避する……まぁ、もしかしたら子供達を逃がしてくれた村人が率先して建立してくれたものかもしれないが……いまとなっちゃ、真相は闇の中だ」
「でもその神社に、いきなり一人の男が入ってきたの。男はそのまま迷うことなく壺に向かって行ってその液体を飲んだわ。私達は止めようとしたけれど、騒ぎになるのが嫌で、そのまま事態を見つめるしかなかった……」
そこで、話は途切れてしまった。
私は二人に、その男と子供達はどうなったのかと聞いた。
「……男は…鬼になった。そのまま、子供達に襲い掛かったのさ。騒ぎを聞きつけた村人が神社の境内を覗いたの時には、もう三人の姿はなかった。でも、そいつらは近くの森で殺し合いをしていたのさ」
「結局、子供達が勝ったわ。でも、大きな深手を負ってしまって……村人への復讐は諦めたわ。
それから時代が経つたびにあの村を訪れたけれど、そこにはすでに母の姿はなく、男だけがいた。その時代にうまく溶け込んだ職業の人間としてね」
「んで、最終的にはお前らに殺されたわけだ。スカッとしたよ」
奈々はそう言いながら犬歯を見せて笑みを浮かべた。
私は姉妹に対して、私達があの村の調査にために拠点としたビルは姉妹が造ったのかと尋ねた。すると、奈々が深く頷いて答える。
「そうさ。村に常駐する形で調査をしてほしかったからね。そうすれば真相にたどり着くのも早まるだろう? まぁ、あの駐在がお前らの知り合いだと思わなかったが…それが功を奏したみたいだね。
ついでに言うと、あのビルや蔵は限られたものにしか見えないように呪印を施してある。用が済んだら自己崩壊して跡形もなく消えるようにもね」
その言葉で思い出したのは、確かにあのビルや蔵の壁に刻まれた呪印だった。どうやら、私達はかなりの部分を彼女達にお膳立てされていたらしい。それぐらい、あの男を始末したかったのだろう。
「ちなみに、お前達の前に姿を見せた黒い頭巾の女は寧々だ。まぁ、お前らの監視役だな。万が一、あの男にほだされた時のためによ。他にも、蔵に新聞紙やカギを張ったり、壺に入ってた血を瓶やら鍋やらに移してヒントを与えていたのも、寧々だ」
私がその話を聞いて寧々の方を見ると、彼女はプイッとそっぽを向いてしまう。
……ひとまず彼女のことは置いといて、私は奈々に、村の一家を殺害して地元警察に逮捕された男は、なんの関係があるのか尋ねた。
「あの人間はな、あの男に頼まれてあたし達を殺そうとしたんだよ。でも、ま、当然敵わなくて、逃げ惑った挙句パニクッて一家を殺害した後、そのまま街に逃げ込んだところを警察に捕まったわけだ。
あれだけじゃ、事件とのかかわりを見いだせなかったか? まぁ、とにかく、奴も始末したから問題はない……死んじまった家族には悪いがよ…」
そこで、私は初めて奈々が意気消沈する姿を見た。私が知る彼女は、人間を食料としか見ていないと思っていたが……これが、彼女の真の姿なのだろうか? それとも、私を騙すための演技?
いずれにせよ、彼女達が語ってくれた内容は、あの村を調査中に出会ったカチューシャが手渡してくれた本の内容とかなりの部分が一致する。両者の内容に差があるのは、それらの出来事が口伝によって伝わったからだろう。
結局、カチューシャとは事件が終わって村を後にした数日後に再開したが、彼女はあの村にまだ不満があるらしく、納得いくまで調査をするのだそうだ……彼女と奈々達を引き合わせても、あまり良い結末にはならないだろう。カチューシャには、このまま赤嶺村の探索に精を出してもらった方がいい。
最後に私は、あの赤黒い液体の入った瓶に浮かんだ『この血はまだ誰のものでもない』という言葉の意味について尋ねた。
「さあな。あたし達は知らない。でも、鬼の血には人を鬼に変化させる力がある。あの時……あの男が迷わず壺の中にある血を飲んだのは、あらかじめそのことをどこかで見聞きしてたんだろうよ。
寧々がその血を回収したのは、これ以上はヒントになりえないし、万が一血を飲んで鬼になっちまったんじゃ元も子もないと思ったからさ」
…なるほど……だいたい、この事件の全容が把握できた気がする。
私がそのことを伝えると、奈々は口を開いた。
「それで、どうするんだ? 協力してくれんのか?」
私は彼女の言葉に、探すべき鬼は母親なのかと尋ねた。すると、姉妹は意味深な笑みを浮かべる。
「ま、そこはお前の想像に任せるぜ」
「そうね。いつ敵対するかもわからないし……」
……そんなことを言われると不安が残るが、ここで断るのもどうかと思う。私は力強く頷いた。すると、奈々はニッと笑みを浮かべて、私の肩をバンッと叩く。
「よしっ、話は決まったな。これからよろしく頼むぜ、神牙っ!!」
こうして、私は鬼の姉妹と共に暮らすことになった。




