奪子 ~嵐に巻き込まれたような~
その日の午後は、加山巡査の言葉に従って赤嶺村の小学校旧校舎付近を調査することになった――はずだったが、そこはやはり現実の捜査機関。別に拳銃だか散弾銃だかをかついで旧校舎の古びた木造扉を蹴破るような真似はしない。というか、出来ない。
では何をするのかというと、新校舎とその周辺に点在する住宅地での聞き込みだ。幸い、この村はさほど人口が多くないためか、聞き込みだけならこの日のうちに終わるだろう。
そう思いながら、私は大倉刑事が運転する車の窓から旧校舎を眺めていた……すぐにでもあそこを調査したいが、きちんとした手順を踏まなければ犯人を捕まえる前に我々が警察バッジを失う羽目になる。
やがて、私達を乗せた車は新校舎の駐車場に入り、数少ない教師達が乗ってきたであろう車の列に埋もれるようにして停車する。すると早速、鬼島警部が車を降りて学校へ向かった。
私は彼女の代わりに、大倉刑事と加山巡査は付近の住宅地での聞き込みをするように言った。
「うむ、了解した」
「はっ! 行ってまいります!」
二人は元気よく返事をすると、彼らを乗せた車はタイヤのスリップ音を轟かせながら私の視界から消えていった。
そして私はというと、鬼島警部と鳴海刑事と共にこの新校舎での聞き込みに専念することになる。
しかし、彼女は仏頂面のままで何も語ろうとしなかった。何か事件に関する手掛かりを見つけたのかもしれないし、あるいはただ単に機嫌が悪いだけなのかもしれない……いずれにせよ、そんな様子の鬼島警部を伴って学校に入る。
校舎に入って職員室へ向かうと、そこには数人の教師達の姿があり、私達のすぐそばでは二人の若い男性教諭の姿があった。いずれも三十代前半といったところだろうか。彼らは他の教師達と同じく突然入ってきた私達に驚いたようだったが、私達が警察手帳を見せるとすぐに納得してくれたようで、こちらへ歩み寄ってくる。
「警察の方? どうかされましたか?」
一人の男性教諭が言う。彼は手にしていた出席簿を机の上に置くと、不思議そうな顔で私を見つめてきた。もう一人の方は黙って成り行きを見守っているようだ。
「実は、この村で起きている児童の連続失踪事件と、最近起きた一家の惨殺事件を調べているんですが……」
ヤンキー顔とミリタリー仕様の異様な風体の二人の上司の間から、紺のスーツという極めて実直で真っ当な格好をした、柔和な笑顔を浮かべた鳴海刑事が口を開く。
「ああ……なるほど。そういうことですか。いえね、それなら村の駐在さんとか街の方の刑事さん達に話したものですから……それで、今度は何を調べるんですか?」
「えーっとですね、すみません。私達は部署が違うもので……まずは一通りお話を伺いたいなと思いまして」
そう言って、鳴海刑事は懐から名刺を取り出し、それを二人に差し出す。どうやらそれは警察関係者に配られるものらしい。名前と連絡先しか書かれていないシンプルなものだ。残念ながら、私は持っていない。
とにかく事件の概要を知るのは鳴海刑事に任せて、私は彼らに軽く会釈をしてから近くの椅子に腰かける。鬼島警部もそれに倣った。
「そうですか……分かりました。それじゃあ、お話しましょうか」
そう言うと、二人は少しばかり姿勢を正し、事件について語り始めた。
それによると、ここ最近になってこの村に連続児童失踪事件が起きるようになったのだという。ただ、失踪したのはこの村だけでなく近隣の村々の児童も同じようで、今月に入ってからは五人の児童が立て続けにいなくなったそうだ。そのうちの一人はこの学校の生徒であり、しかも行方不明になった当日には友人の家に遊びに行くと言っていたらしく、それが最後の目撃情報だったのだと言う。
一家全員が惨殺された事件については、殺されたのはその家に住む両親と娘で、犯人は新聞に載っている通りすでに捕まっているとのこと。ちなみに、殺されたその少女はこの学校の生徒なのだという。
「……なるほど。それで、殺害された一家というのはどういう方々なのでしょう?」
「あぁ、はい。確か、父親の方は地元の役場の職員だったと思いますよ。ほら、あの赤い屋根の家があるでしょう? あれです」
そう言って、男性教諭は窓の外に見える一軒家を指差した。確かに彼の言うとおり、そこには赤い瓦の屋根が目立つ家が建っている。
「母親の方は、確か花屋を経営していましたかね……」
「そうですか……ありがとうございます」
そう言うと、鳴海刑事は礼を言いながら男性教諭の名刺を受け取った。
「いえいえ。何か分かったことがあったら教えてください」
「もちろんですよ」
そう言い残すと、二人は席に戻り仕事を再開する。私はそんな彼らの邪魔にならないように気を付けながら、鳴海刑事と代わるように鬼島警部と共に職員室での聞き込みを続けた。そして――。
「ふぅ……これで大体聞き込みは終わったかな」
鬼島警部の言葉どおり、新校舎内の教師達の聞き込みは終了した。しかし、それでもまだ鬼島警部の顔つきは変わらないままだった。
私は彼女の顔を覗き込むようにしてどうかしたのかと尋ねる。
「ん?……ああいや、何でもない」
彼女は首を横に振りながらそう答えると、さっさと職員室から出て行ってしまった――私は慌てて彼女を追いかける。
鬼島警部の様子がおかしいのは明白だ。しかし、いったい何を考えているのか分からない。もしこのまま放置してしまえば、彼女はまた単独行動を取ってしまうだろう。
しかし、いくら私が呼びかけても彼女は振り返ることなく廊下を歩いていく。私は彼女に追いつき、そっと彼女の背中に声をかけてみる。しかし、やはり反応はない。
「……」
私はもう一度だけ声をかけてみた。すると、ようやく彼女は立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り返る。
「ああ、わりぃ。考え事をしていてな」
……私は再度、彼女に悩み事でもあるのかと尋ねた。
「まあ、そんなところだな」
そう言うと、鬼島警部は再び歩き出した。私はその後ろ姿を見つめながら、仕方なく彼女について行くことにする。
「……」
相変わらず、彼女の表情からは何も読み取れない。ただ、先程までよりも幾分か険しさが薄れているような気がする。これはもしかすると、私の思い過ごしかもしれないが……このままでは埒が明かないので、私は彼女にこの事件をどう見るか尋ねた。
「どう見る? うーん……」
私の問いかけに、彼女は腕を組みながら小さくうなり始める。
「そう、だな……おそらくだが、この事件は人為的なものだと思うぞ。あの姉妹がなんで助けを求めてきたのかは分からねぇけど。
ただ、今回の児童の連続失踪に関わっている犯人が、鬼の伝説を知っていてそれっぽい状況で子供達を誘拐しているような気がする」
そう言いながら、鬼島警部は新校舎の窓から見える旧校舎を見下ろす。
「でもなぁ……」
そこまで言って、彼女はため息をついた……私は彼女に、一家の殺人事件が気になるのかと尋ねた。
「お、アンタも気になってたのか?」
彼女にそう聞かれて、私は深く頷く。
「だよなぁ……児童の誘拐は鬼の伝説になぞらえてるとして、一家殺人の方はなにが原因だったんだろうな? もしくは、二つの事件にはなんの関係性もないのか?
だとしたら、なんであの蔵の扉の前に事件を知らせる新聞記事をわざわざ貼り付けてたんだ? 単純にあの姉妹の勘違いとも考えられるけど…やっぱ気になるな。今からでも聞き込みしてぇけど……どう思う?」
彼女の質問に、私も気になると伝え、同時に今は児童の失踪について児童側から証言を集めてみるべきだと言った。
「なるほど……同じ子供なら、大人に言ってないようなことも言い合ってたかもな。調べてみるか」
私はその言葉に肯定の返事をして、鬼島警部と別れることにした。
――それから私達は鳴海刑事も加えて、それぞれ学年別の教室へと向かい、生徒達に話を聞いた。
その結果、この学校の生徒達は友達や兄弟などの全員が何らかの形で失踪事件の被害に遭っていることが分かった。
ただ、失踪した児童達が最後に目撃された場所はバラバラで、唯一共通しているのは失踪当日の放課後に友人宅へ遊びに行くと言っていたということだけだった。
さらに、殺された一家についても詳しく聞くことができた。なんでも、殺された一家は皆この村の住人ではなく、東京から引っ越してきたばかりの一家だったのだという。殺された娘は都内の私立学校に通っていたが、この村に引っ越してきたのを契機にこの学校に転属になったそうだ。
――そのような情報を入手しつつ聞き込みを終えた時には、すでに日が暮れ始めていた。
結局、この日はこれ以上の調査はできず、明日に持ち越しとなった。私は、事前に二人とうち褪せていた通りに新校舎の校門前に向かった。
「お、来たな」
校門前にはすでに鬼島警部と鳴海刑事がいた。どうやら、二人は私よりも先に聞き込みを終えていたらしい。
私は二人に、今日は捜査を終了する旨を伝えた。
「そうだな。帰ろうぜ。腹も減ったしよ」
そう言いながら、鬼島警部は大きく伸びをして駐車場の方へ向かっていった。
私は鳴海刑事と共に先に職員室にいる教師達に礼を言いに行った。すると、初めて会った二人の男性教師の姿が見当たらなかったので、どうかしたのかと他の教師に尋ねた。
「あぁ、彼らなら、今日は仕事が終わったということで先に帰ってますよ」
……なるほど。どうやら、私の取り越し苦労だったようだ。誘拐事件を扱っているからか、人の姿が見当たらないことに過敏になっているようだ。
そのまま学校を出ると、外はすでに夕日に照らされていた。その光景はどこか幻想的で、まるで一枚の絵のように美しく感じられた。その足元では、鬼島警部がジッと夕日に見入っている。
「きれいな風景だな」
鬼島警部はそう言うと、鳴海刑事は目を細めて景色を眺めていた。
「えぇ……本当に」
私も同意するようにそう言うと、彼らと同じように視線を遠くに向けた。
「しかし……もし、この村に何かがあるとしたら……やはり、あの家なのか?」
「あの家? あぁ、あの赤い屋根の家ですか」
鳴海刑事は彼女の言葉にうなずくと、少し離れた所にある一軒家を見る。
「確かに……可能性はあるかもしれませんね」
「だろう? となると……やはり、明日はあの家を調べてみる必要があるな……行ってもいいか、神牙?」
私は彼女の言葉に、深く頷いた。実際、私としても一家殺人の現場は見ておきたい。ただ、それが児童の連続失踪とどう関係しているのかまでは分からない。
一応、あの姉妹が用意したであろう拠点にこれ見よがしにその事件を報じた新聞があったので、何かしらの関連はあると思うが……。
「悪いな…」
鬼島警部はそう言うと、再び視線を空へ向ける。その瞳には、沈みゆく太陽が映っていた。
※
翌日――私と鬼島警部は、朝早くから例の赤瓦の家の前に来ていた。昨日の話によると、この家は殺人事件のあった翌日に空き家と化したらしい。
あれから拠点のビルに帰って大倉刑事達とも合流したが、彼らが得てきた情報はどれも鬼の祟りや迷信などの類で、私達がこれまで出会った現象や手に入れてきた物証に比べてあまり役に立たなかった。
今回、大倉刑事達三人には村の大規模かつ広範な聞き込み及び捜査をしてもらっている。とどのつまり、捜査の基本は足というやつだ。
そして――現在。私は鬼島警部と共にこの家に無断で侵入している真っ最中であった。
私は鬼島警部に、勝手に入っても大丈夫だろうかと尋ねる。
「ん……何がだ?」
対して彼女は、涼しい顔をしながら答えた。私は畳みかけるように、いくら警察の人間でも、空き家に勝手に入っていいものだろうかと尋ねた。
「なんだ、そんなことかよ……安心しな。バレなきゃ問題ねぇだろ」
……ということは、私達は今、なんらかの脱法行為に手を染めているわけか。私は思わず苦笑してしまう。
まあ、彼女ならやりかねないと思っていたのだが……私は鬼島警部に、もう少しだけ法律を守ることを心掛けてほしいと伝えた。
すると彼女は途端に不機嫌そうに眉間にシワを寄せ、こちらを振り返る。
「ふんっ! アタシと一緒に違法行為してる奴が何言ってんだよ!
いいかっ!? アタシらは刑事だぞっ!? ならばこそ、どんな状況だろうと自らの推理を貫き通す必要があるんじゃねぇかっ! というわけで、アタシはいつだって全力で行動あるのみっ!」
……鬼島警部は胸を張ってそう答える。その姿は実に堂々としており、とても眩しく見えた…ようは、自分のやりたいようにやると言っているだけなのに……。
とにかく、私は生返事をして歩き出す。すると、彼女は呆れたような表情を浮かべながら私の後をついて来た。
玄関を抜けると、そこには廊下が広がっていた。電気が点いていないせいか、昼間なのにも関わらず室内は薄暗かった。私達は慎重に歩を進め、辺りを警戒する。
「静かだな。人の気配もない。ま、空き家だから当然か。一応、油断するなよ」
私は鬼島警部のその言葉に先程とは違ってハッキリと、しかし静かに返事をして彼女と同じような緊張した面持ちで家を捜索し始めた。この家に、今回の事件を紐解くヒントがあると考えて……だが――。
「なんもなかったな」
数十分後、家の外で鬼島警部が呟いた。
あれからこの家を隅々まで捜索したが、事件当時のままであるにも関わらず一家殺害の犯行の痕跡以外は何一つ見当たらなかった。
私は彼女に、この件が児童の連続失踪とはあまり関係がないことが分かっただけでも収穫と考えるべきと伝えた。すると鬼島警部はため息をつく。
「ふぅ……仕方がない。こうなったら、やっぱりあそこを捜査するしかないな」
そう言いながら彼女が指さす先には、予想通り旧校舎があった。確かに、私もあの辺りが一番怪しいと思う。少なくとも、なんらかの物証が手に入るだろう。
そこで私達は、鳴海刑事達に連絡を取って迎えに来てもらい、拠点となるビルで作戦会議を開いた。
「――えっと……それでは皆さん。捜査方針が決まったところで……とりあえず、もう一度、これまでの情報を整理してみましょう」
会議室の中心に置かれたテーブルの上で両手を口元に当て、真剣な眼差しを向ける鳴海刑事。彼のその声は、いつもより少しだけトーンが低く感じられた。
私はそんな彼を見つめつつ、今までに手に入れた情報を思い出す。
まずは、あの児童連続失踪事件について。これは加山巡査が勤務している交番に保管された事件調書から得た情報だ。
最初の被害者は五歳の少女。名前は神木香恋。
この少女はある日、友人宅へ向かう途中から忽然と姿を消し、そのまま行方不明となった。
二人目の犠牲者は、四歳の少年。名前は一ノ瀬純。
彼は、姉と共に近所の公園で遊んでいたところ、突如としていなくなったらしい。
三人目と四人目は共に十歳の少女と少年の双子で、名前は川島茜と川島明。
最後に彼女達を目撃した友人達の話によると、彼女達は河原で遊んでいたそうだ。そこから家にも帰らず、ただ、神隠しにあったかのように突然と姿を消した。
そして、次の被害者は――八歳の少女、高坂月美。彼女は、学校から帰る途中で行方不明になったらしい。
最後に、六歳の少女、白崎萌花。彼女は、神社の境内で倒れていたところを発見された。外傷はなく、意識もしっかりしていたものの、なぜ倒れていたのかは分からないという。彼女は、今のところこの事件において唯一生存が確認されている。
この事件における共通点は、被害者は全員子供。そして、いなくなった時は必ず人が見ていない瞬間だったということだ。
他にも、この事件には隣村の子供達も巻き込まれているが、時間や管轄の都合でそちらの調書は手に入らなかった。
今のところ、以上が児童連続失踪、もとい誘拐かもしれない事件のあらましであるが……。
「……どう思う、大倉?」
鬼島警部は腕を組みながら、大倉刑事に意見を求める。大倉刑事は顎に手を当て、考え込むような仕草を見せた。
「うーん……自分としましては、失踪した子供達に家出や遠出をする理由が見当たらない点や、警察が大規模な捜索をしたにもかかわらず、未だに発見に至っていないことから考えて、やはり誘拐事件なのではと……ただ、誰が犯人かまでは分からないであります」
「確かに、その点は同感ですね……警部。僕はやはり、これらの現象や手に入れてきた資料が、今回の児童連続失踪事件となんらかの関係があるように思えてならないんです」
鳴海刑事がそう言うと、鬼島警部は顔をしかめる。
「アタシもそれは考えたけどよぉ……でも、結局のところ、どれもこれも憶測に過ぎないだろ? いや、もちろん関係はあるんだろうがよぅ……どういう風に関係してるのかがなぁ……」
「はい……僕もそこが引っかかっているんです。こんな小出しにしなくても、知っている情報を全部僕達に教えてくれればいいのに……」
「だよなぁ……」
鬼島警部はそう言いながら、机に突っ伏して脱力した。確かにその点は、私も気になっている……あの姉妹は、私達に何か伝えたい事でもあるのだろうか? あるのなら、なぜこのような回りくどいやり方をするのか……その辺りの事情が判明すれば、事件の全貌が見えてくる気がする。
だが、私がそのように思考している間も会議は進行していく。
「ま、いいか。次に、あの鬼の姉妹がなんでアタシ達に手紙を寄こしてわざわざこの事件に関わらせたのかだが……分かるか?」
「いえ……すみません」
「いいって。ま、理由は二つ考えられるな。一つは、単純に暇つぶし。もう一つは、何か別の目的がある」
「別……ですか」
「ああ。例えば、あの二人に依頼されてアタシ達がこの事件を解決する。それを見届けることで、あの姉妹はなにかを確かめたかった……とかな」
なるほど。確かにそう考えることもできる。しかし、私にはどうしても彼女がそんなことをする理由が分からなかった。
「ま、本人達に会えた時に分かるだろ。えっと次は……」
「神牙さんが見つけた、不思議な物体の数々ですね」
「おお、それだ」
「えっと、確か、あの物体の正体は……『鬼の血』でしたっけ?」
「ああ。ただ、その血に浮かんでた錠剤の正体は分からないがな。しかも、『鬼の血』ってこともアタシの当てずっぽうで、実際はなんの液体は分からないままだ」
私はその時のことを思い出し、胸がざわつく。あの時の恐怖は今でも忘れられない。
「まぁ、こっちも今は手つかずのままにした方がいいか。あとは、古い紙に書かれた鬼の伝説とか民話みたいなやつだな。アタシ個人としては、犯人はこの民話だかなんだかをどこかで見聞きして、児童を攫ってると思うんだが」
「はい。僕もその可能性は高いと思います」
私も鳴海刑事の意見を肯定した。児童を誘拐する理由は不明だが、その状況を鬼の伝説になぞらえて利用しているのは間違いないだろう……やはり、一度旧校舎を徹底的に調べた方がいい。今から行えば、充分に捜索できるだろう。私はそのことを提案した。
「ああ、いいぜ」
「確かに……一度は調べるべきですね」
「自分も異存はない」
「じ、自分もであります」
皆から賛成してもらったため、さっそく準備に取り掛かった。と言っても、資器材の準備はほとんどが私がすることになり、他の皆はそれぞれ談笑したり昼食をとったり、思い思いに過ごしていた。
そして、準備を終えた私も彼らと同じように食事をした。
※
「はぁ…近くで見たら意外とでけぇな」
拠点にて腹ごしらえをしてから十数分後。私達は事件の核心に迫るべく旧校舎に来ていた。私達の目の前には、木造建築の二階建ての建物が鎮座する。
「これが例の旧校舎……当り前ですけど、だいぶ古いみたいですね。あちこち傷みがあります」
「そうだな。ま、崩れる心配はないだろ。行こうぜ」
鬼島警部はそう言うと、ゆっくりと建物の中へ足を踏み入れる。私達も後に続いた。中は薄暗く、意外とひんやりとしていた。
「うわぁ……これは凄い…」
「えぇ、そうでありますな……」
室内を見渡しながら、鳴海刑事と大倉刑事は感嘆の声を上げる。
内部は予想よりかなり老朽化が進んでおり、床板のほとんどが腐り落ちていた。そのため、歩くたびにギシギシと音が鳴る。また、一応電気は通じているようだが、天井から吊るされた裸電球は今にも切れてしまいそうなほど弱々しい光を放っており、その明かりは心許なく感じられた。
「しかし、本当にボロボロの建物だな」
鬼島警部はそう言うと、壁に手を当ててみる。
「確かに……それにしても、こんな所に本当に手がかりがあるのでしょうか?」
「分からん。だが、調べる価値はあるだろう。ほら、行くぞ」
――鬼島警部がそう言った瞬間、私達の少し前方から、ギシッという床板を踏み鳴らす音が聞こえた。
「あっ!」
私と同じようにそちらに目を向けた加山巡査は、そのような声を上げる。
「どうしたっ!?」
鬼島警部の問いに対し、彼はこう答えた。
「あそこに……誰かいます」
彼の指差す方向に目を凝らすと…そこには人影らしきものが見えた。
「なんだ? ありゃ……」
「分かりません……行ってみましょう」
私達は急いでその人物の方へと駆け寄る。すると、その人物がこちらを振り向いた。
「あ、あなたはっ!」
その人物を見た瞬間、鳴海刑事が声を上げる。
私達の目の前にいたのは、鬼の奈々だった。彼女は少しの間黙ってこちらを見つめた後、そのまま旧校舎の向かい側――裏手を森林に囲まれた棟へ続く渡り廊下を走り去ってしまう。
「待てっ! おい、お前らも行くぞっ!」
鬼島警部は彼女を呼び止めようとするが、彼女が止まる様子はない。仕方なく、私達もその後を追った。
「はぁ……はぁ……どこ行ったんだ、あいつ……」
しばらく走り続けるが、彼女の姿は見えなくなっていた。
「や、やっぱり、人外の存在だけあって、足が速いですね…」
「え、えぇ……まったく追いつけなかったであります…」
私達は息を整えながら呟く。そこで私はふと疑問を抱く。なぜ、彼女は突然逃げ出したのだろうか……。
「……おいっ、あれを見ろっ…」
その時、鬼島警部が急に立ち止まり、ある一点を指し示す。その先に視線を向けると、私達が通ってきた旧校舎の扉の前に佇む人影があった。問題はその人影の風体で、遠目で見てもその人物が血にまみれていることがハッキリと分かった。
「まさか……あの人が犯人なのかっ!?」
鳴海刑事は、そのように叫んだ――その声に気づいた人物は私達の姿を確認するなり、その場から逃げ出す。
「しまった! 逃がすかっ!」
「ちょ、ちょっと、警部殿、落ち着いてくださいっ!」
「うるせぇっ、止めるんじゃねぇよ!」
制止する加山巡査の手を振り払うと、鬼島警部は猛然とその人物を追いかけ始める。
「ま、まずいですよ、これじゃあ。このままだと、取り返しのつかないことに……」
「とにかく、僕たちも追いかけよましょう。鬼島警部一人に任せておくわけにはいきません」
「そ、そうでありますなっ!」
私達は慌てて彼を追う。そして、何とか鬼島警部に追いつくことができたのだが、彼女はすでに件の人物を制圧していた。
「なんだよ、もう追いついてきたのか……まぁいい。とりあえず、こいつをふん縛っとけ」
鬼島警部はそう言うと、その人物の腕を後ろ手に拘束する。
ただ、なぜか彼女の足元には拘束している男性とは違う、もう一人の男性が横たわっていた。その男性は、額から角のような突起物を生やしており、さらに着衣が乱れていることからも彼が人間でないことは明らかだ。
「け、警部…この人は……」
「あぁ、こいつか? アタシがこいつを蹴り飛ばした時には、もうここで倒れてたぜ?」
そう言って、鬼島警部は男の腕をグイッとねじり上げる。同時に、男からは『うっ』とうめき声が聞こえた。
私がその男の顔を覗くと、彼もこちらを見つめてくるが、私は驚いた……鬼島警部が確保した男性は、昨日私達が職員室で出会った男性教師の一人だったのだ。
私がそのことを誰に言うでもなく呟くと、鬼島警部がニヤッと笑みを浮かべる。
「驚いたろ? いやぁ、アタシもびっくりしたぜ。倒れたこいつの顔にどっかで見覚えがあると思ったら…まさか、てめぇの勤務している学校の生徒に手を出すとはなぁ…」
「うぅ……ぼ、僕は――」
男性教師は何事か反論しようとしたが、鬼島警部の暴力と暴言の前にあっけなく屈した。
しかし……倒れて気を失っている異様な姿の男性には、どこかで見覚えがあるような気が……。
「あ、神牙さんっ!」
私と同じように男の顔を覗き込んでいた鳴海刑事が、突然声を上げる。
「思い出しました。この人、今は見た目が変わっているけれど、僕達に応対してくれた男性教師の人ですよ」
「なに? それじゃ、お前ら二人がグルだってことか!?」
「わ、私は――」
男性教師が何事か言おうとした瞬間、犯人を取り囲む私達の中心で突如、衝撃音と共に土煙が舞った。
「うわぁっ!」
「せ、先輩っ!」
その場にいる一番ひ弱な鳴海刑事が、後方に吹き飛ばされる。
私は大倉刑事に鳴海刑事を助けるように言って、咄嗟にカランビットナイフを取り出して土煙の中心に向かって構えた。
「……まだ、生きていたのか。しぶとい野郎だ」
……土煙が徐々に収まってくるなか、その中心に立つ人影からそのような言葉が聞こえた。
「誰だ、てめぇ!?」
「アタシだよ」
土煙の中から姿を見せた鬼――奈々はそう言い放った。
「あ、さ、さっきの…」
うろたえる加山巡査や私達のことなど気にも留めていない様子で、奈々は足元に倒れる男性を踏みつける。
「お前らには感謝してるぜ。こいつを殺す手伝いをしてくれたんだからな――」
彼女がそう言った瞬間、男性の身体は雲散霧消していった。
その場にいる誰もが呆然とするなか、奈々は自分の役目が終わったとばかりに脱力して言った。
「ま、そういうことだ。じゃあな」
彼女はそれだけを言うと、こちらに背を向ける――やがて彼女の周辺の空間が歪み、残された我々の足元ではうめき声をあげている人間の男性だけとなった。




