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奪子 ~もはや準メンバー?~

「……ふぅ、やっと着いた」


 鬼島警部は、目的地にたどり着くとそう呟いた。

 もっとも、それほど距離があったわけではない。駐在所は、私達がこの村にやって来た都心側の出入り口とは反対方向の場所にあった。

 駐在所に向かう途中に車窓からこの村を観察したが、この村は出入り口付近は他の山間部の村と同じで物置や民家などが点々と建っているだけだったが、中心部まで来るとちょっとした温泉街になっているようで、そこかしこから湯気が立ち上っていた。

 その温泉街から少し離れた小高い丘の上に、奈々が言っていた新築の校舎と旧校舎を発見した。村の規模からいって、おそらくは小学校だろう。明日は、あの辺りを中心に捜査してみようと思っている。

 私はパトカーを降りると、大きく伸びをした……別に鬼島警部のマネではないが、結局この村に来てからはまともに休むことができなかった。

 大倉刑事が車を停めている間、私達は駐在所に入る。


「すいませーん。誰かいますか?」


 鳴海刑事は声をかけながら玄関に入ると、靴を脱いで中に上がった。どうやら、この駐在所は受付以外は和風の民家になっているようだ。すると、奥の方から足音が聞こえた。


「はい。どちらさ…ま……?」


 その人物は、私達の姿を見ると驚いた表情を見せた。おそらく、私達も彼と同じ表情をしているだろう

。彼は、我々が良く知っている人物だったからだ。


「あ、あなた方はっ!?」

「そういうお前はっ!?」


 礼儀正しい言葉遣いに小柄ながらもがっしりとした浅黒い肌の体格…いつの間にか駐在所に入ってきて、親し気に言葉を交わす大倉刑事……この二つの事象に遭遇した場合、その人物は高確率である人物との出会いを示していた。


「加山っ!」


 大倉刑事に名前を呼ばれた警官は、背筋をピンッとのばして敬礼する。


「押忍っ! 不肖ふしょう、加山太郎巡査っ! 現在は赤嶺村の派出所にて任務に就いておりますっ!」


 加山太郎巡査……我々の前に幾度となく姿を見せる警察官…一応、『その者』の調査によれば『組織』に属してはいない、いわゆる一般人ではあるが…こう何度も会うと、ワザとなのではないかと疑ってしまう。だが、当の本人はそのようなことなど微塵も感じさせずに大倉刑事と言葉を交わす。


「いやぁ、まさかこんな所でお会いするとは……これは運命を感じざるを得ませんなぁ」

「まったくだ。いやはや久しぶりだなぁ…」


 そう言いながら、加山巡査と大倉刑事は固い握手を交わした……正直なところ、この二人のやり取りにはついていけない……それはそれとして、どうして彼はここにいるのだろうか?

…いや……よく考えてみれば、これはチャンスだ。初めて会ったばかりの頭の固い警察官よりも、すでに我々と何度か同じ修羅場をくぐった彼の方がこちらの捜査に協力してくれる可能性は高いだろう。

 私がそんなことを考えている間に、加山巡査は首をかしげて口を開いた。


「それで、皆さんは何でここに?」

「ああ、実は……」

 

 そこで、大倉刑事は事情を説明した。

 彼から事情を聞き終えると、加山巡査の表情は明らかに厳しいものになっていく。


「……確かに。その事件ならば、本官も知っているであります。ちょうど今、その関係で見回りをするところでありまして……」

「そうなんだ……だから、ちょっと協力してくれないか?」

「もちろんです。喜んで協力させていただきますよ」


 鬼島警部の言葉に、加山巡査は快く承諾した。


「ありがとうっ!」


 大倉刑事は嬉しそうに加山巡査の肩をバシバシッと叩いて、すぐに本題を切り出した。


「ところで、新聞にった事件について、何か分かったことはあるか?」

「あ、はい。それも知っているであります。担当したのはほかならぬ自分でありますから……ただ、自分は殺人現場の封鎖と犯人の捜索以外は詳しい事情は分からなくて……」

「っていうことは、そっちの方は地元の警察署に行った方が早いわけだな?」

「はい、そうであります」

「それで、子供達の方はどうだ? 何か掴んでいないのか?」

「う~ん……自分はここに赴任した時、親御さん達に早く子供を見つけるようにとしか言われてませんので……おそらく、駐在所に捜査資料などが保管されていると思いますが……」


 そこで、鬼島警部が質問した。


「それなら、お前はどう思う? 事件か? それとも、この辺りには子供が姿を消しやすい何かがあると思うか?」加山巡査は腕組みをして答えた。

「う~ん……自分としては基本的に事件だと思うでありますが……どうも、それだけじゃないみたいなんですよ」

「どういうことですか?」鳴海刑事が思わず質問した。

「実は、村ではそれ以前から奇妙な事件が起きていたらしくて、特にあの丘の上に建つ旧校舎がある辺りは昔から呪われているという噂があったそうなんです」

「呪いって……あの場所に?」


 鳴海刑事が不安げに呟く……振り返ると、確かにここから小高い丘が見え、その上に旧校舎が建っている…話を聞いたせいか、その姿は幾分か不気味に見えてきた。


「自分も初めは信じられませんでしたが、村で暮らしている人達にとっては当たり前のことのようで、あの場所は元々は神様のおわす場所として崇められていたそうなんです。

 ですが、昭和初期頃にあの場所に校舎を建ててからというもの、妙な事件が起きたらしくて……なんでも、旧校舎の中にはそれを鎮めるためにわざわざ神棚まで建立こんりゅうしたようなんです」

「で、今は新しい校舎が建ってるわけだな?」

「はい。幸い、新しい方の校舎には何の問題もないそうで……」

「つまりお前は、子供達がいなくなったのは祟りだと言いたいのか?」


 大倉刑事が詰め寄ると、加山巡査は首を横に振る。


「とんでもないっ! ただ自分は、この村の中か、あるいは外から来た人間がそのような話を知って、その祟りに遭ったように子供達をさらっているのではないかと……」

「ま、おおかたそんなところだろうな」


 加山巡査の言葉に、鬼島警部はウンウンと頷く。


「ですが…仮にそうだったとしても、どうして子供達をさらう必要があるんでしょう?」

「それは……分かりません」


 鳴海刑事の疑問に、加山巡査は申し訳なさそうに答えるしかなかったが、何かを思い出したかのようにハッとした表情を見せる。


「そういえば、子供達の失踪事件の聞き込みの時に、村の人は『夜中に旧校舎のあたりで光を見た』とか言っていましたが……あれはなんだったのありましょうか?」

「え? それ、どういう意味だ?」

「いえ、自分が見た時はもう誰もいなかったのですが、何人かの村人がその話をしていて……その時に、確か『鬼かもしれない』という話をしていたので……もしかしたら、それも関係しているのではないかと思いまして」


…『鬼』というフレーズを聞いて、大倉刑事の眉がピクッと動いた。


「……その『鬼』っていうのはどんな姿だったのか、聞いてないか?」

「えっと……女性で、白い服を着ていて……髪は長くてボサボサで……そして、顔は真っ黒な仮面に覆われていました。それで、頭からこう、角が生えてたんだとか」

「…………」


 加山巡査の頭から角が生えているジャスチャーと返答を聞いて、大倉刑事の顔色が変わった。


「加山……まさかとは思うが、その鬼は二体だったのではないか?」

「いえ、自分が聞いたのは一体だったのですが、その……」

「なんだ、どうした?」


 大倉刑事が問いかけると、加山巡査は申し訳なさそうに口を開いた。


「その、警察官である自分がこのようなことを言うのははばかられるのですが……」

「なんだよ?」


 鬼島警部がイラついた口調で問い詰めると、加山巡査は筋肉質な身体を縮こまらせて答える。


「じ、自分は、別の日にこの村を巡回中に見たんであります。旧校舎の光や鬼の姿を……」

「ほ、本当ですかっ!? い、いつ!?」


 鳴海刑事が興奮した様子で尋ねると、加山巡査は思い出すように顎に手を添える。


「そうですね……だいたい深夜2時くらいでしょうか。もちろん、すぐに旧校舎を捜索したのですがめぼしいものは何も見つからなかったので、てっきり自分は疲れているのだと……」

「ふむ……」


 加山巡査の証言を聞くと、鬼島警部は考え込む仕草を見せる。


「どうします? この辺りを捜査してみますか?」


 鳴海刑事が提案してくるので、私は首を横に振った。それに続くように、鬼島警部も首を横に振った。


「そうだな。とりあえず今日は引き上げよう。さっきも言ったが、まだ情報が足りないし、それに……」

「それに?」

「……この村の空気に馴染めない」

「あ……」


 鬼島警部の言葉に、鳴海刑事は納得したように声を漏らした。


「確かに……僕もこの村にはあまりいい印象は受けませんでした」

「自分もであります。こんなところに長居したら、その、村人の方々には気の毒でありますが…気がおかしくなりそうであります……」


 鳴海刑事と大倉刑事も同意するように言う。ということで、私は今日の捜査はここまでとし、加山巡査に明日から捜査に協力してくれと告げた。


「はっ! つつしんでうけたまわりますっ!」


…敬礼する彼を見て、大倉刑事は『うむっ!』と満足げな笑みを浮かべたのであった……。


                     ※


 それから少し時間が経った頃――私達はこの村での拠点となるビルに戻ってきていた。

 戻ってきてから気づいたが、どうやらこのビルの一階奥と二階は完全に生活空間となっているようで、私達は玄関口から見て一階奥の座敷にて、これまたビルの一階に備え付けられていた冷蔵庫に入ってきた諸々(もろもろ)の食材を調理した夕食を食べながら、今後のことについて話し合う。

……一応、状況から判断してこのビルや資材、物資などはあの鬼姉妹が提供してくれたと考えるべきだが、それだと今朝に出会った異能の女性が何者なのかが気になる…敵でないことを祈るばかりだ。

 まぁ、それとは別の問題として、このビルに元からあったものはなんでも使って構わないのだろうが、やはりあの姉妹が関わっているだけあって、やや引け目を感じる……が、そこはやはり腐っても窓際部署…カツカツの予算をやりくりすると割り切って、前向きに考えよう。

 第一、私がそれなりに深刻な問題を悩んでいる間も、目の前の三人は今現在直面している事件に真剣に向き合っている。私が他のことを考えていたら、彼らに失礼だろう。


「そういえば、大倉さん。加山さんの話では『夜中になると幽霊が出る』と言ってましたけど、その幽霊というのは何者なんでしょうね?」


 鳴海刑事が尋ねると、大倉刑事は食事をする手を止めて腕を組んで考える。


「うーん……まぁ、普通に考えたら、子供を連れ去る犯人でしょうな」

「やっぱりそうですよねぇ……」

「ただ、それが人間なのか、それとも幽霊なのか……そこが問題であります」

「え?」


……これは意外だ。てっきり大倉刑事のことだから、この後は『なんにせよ、自分がいるからには必ずや逮捕して見せるでありますっ!』とか根拠のない自信を元に大言壮語を吐き散らすかと思ったのだが…。


「幽霊ならば、果たして人間をさらうことが出来るでしょうか?

 呪い殺すことは出来るでしょうが……こうも頻繁ひんぱんに物理的な現象として人間が消えている以上、やはり加山や村人達が見た幽霊というのは、事件になんらかの関わりがある人間である可能性が高いと思うであります」

「なるほど…さすがですね、大倉さん」

「いえいえ、それほどでは…」


 そう言いながら、大倉刑事は照れ笑いを浮かべて一言。


「それに、ゆ、ゆゆ、幽霊だなんて、ぜぜ、絶対に、この世にいるはずがないで、あ、ありますからして、はは……」


……そう言う大倉刑事の額からは、部屋の蛍光灯に照らされて大粒の脂汗が流れていた。


「…はぁ、なるほど……」


…鳴海刑事も、大倉刑事のその様子を見て何かを察したのだろう。慈しむように彼を見やった後、しばし考えるようにしてからポンッと手を打った。


「でも、幽霊の正体が分からない以上、調査のしようがないですねぇ…」

「いや、そうでもないぜ?」


 鬼島警部はニヤリと笑って答えた。


「え? どうしてです?」

「それはだな。こういう怪談話の類には、大抵の場合、元凶があるからだ」

「……というと?」

「例えば『学校の七不思議』とかいう話があるが、あれは『実際にあった出来事』が語り継がれた結果、『そういうことが起きたのではないか?』という噂が流れて、やがて『そういう話が本当なのではないか?』と思われ始めた結果、『本当にあった出来事』として広まったわけだ」

「はぁ…」


 鳴海刑事は感心したような表情を見せた。


「だから、今回の事件にも必ず元凶がいるはずだ。その正体を突き止めれば、解決の糸口に辿り着けるかもしれない」

「なるほど……」

鬼島警部の話を聞き終えると、鳴海刑事は納得したように何度も小さく首肯しゅこうする。そして、チラリと私を見た後に尋ねた。


「ところで、神牙さん。あの鬼の姉妹が手紙を送って我々をここに来させたのは、やはりこの児童の連続誘拐事件を解決させるためと考えていいのでしょうか?


 私は分からないと答えた。


「え、どうしてですか?」


 まず第一に、我々鬼の姉妹からの通報によってここにきているが、彼女達がどのようなトラブルを抱えていたのか不明であり、また我々がその解決をするようにも依頼されていないこと。

 第二に、加山巡査や村人達の証言から考えて、この村には『鬼』に関するなんらかの民話か、それに匹敵する事件などが過去に起きた可能性があること。

 そして第三に、この事件の犯人は、今のところ人間と仮定して、それらの民話や事件を知ったうえで、犯行に及んでいる可能性があることを告げた。


「なるほど。それなら、アタシと考えていることは同じだな」


 鬼島警部はいつその手に掴んでいたのか分からないビール缶をグイッとあおった。


「どういうことでありますか?」


 大倉刑事の問いに、彼女はハッキリとした調子で応える。


「よくよく考えてみれば、もしあの姉妹に邪魔な奴らがいたとして、あいつらならどうとでもなるだろ? それなのに、あいつらはわざわざ敵の立場にあるアタシ達に頼るような真似をしてきた……賭けてもいいぜ。あいつらにとって邪魔な奴――この場合は子供の誘拐犯だが、そいつには間違いなくあの姉妹が手出しできないような事情がある」

「そういうことなら……まぁ、分かりますが…」

「加山や村人達が体験したって話も、元々この土地に『鬼』に関わるようなことが起きなきゃ、ただの幽霊で片がついてたはずだ」

「そうでありますな」

「最後に…これはアタシの憶測も入るが、犯人はそこら辺の知識に長けてて、姉妹が手出しできないような状態を作ったうえで、子供を誘拐してると思う。

 加山や村人達が体験したことは、たぶんその犯人が仕組んだトリックかあるいは……」


 そこまで言って、鬼島警部は黙ってしまう。


「あるいは……なんですか?」


…鳴海刑事が問いかけると、鬼島警部はグイッとビール缶を傾けてから答えた。


「あるいは…あの姉妹は何か弱みを握られていて、それでやらされたんじゃねぇかな……」

「やらされたって…旧校舎の光や鬼の姿は、彼女達がやったことだと?」

「あくまで可能性の話だ。ただ、さっきも言った通り、アタシ達にはそこら辺の知識や情報が圧倒的に足りない。あの姉妹が犯人に自発的に協力したうえで、アタシ達をもてあそぶために呼び寄せたのかもしれないし、本気で困っているのかもしれない……その辺のことがハッキリしないことには、何とも言えねぇなぁ…」


 私は鬼島警部の意見に賛成した。とにかく、情報が少なすぎる。ということで、明日の捜査方針は決まった。

 私はみんなに、明日はその辺りの情報収集に全力を尽くすうえで、何か事件が起きた場合は被害者の救助を最優先にすることを伝えた。


「それで、どうします? とりあえず、今夜はもう遅いので明日に備えて休みますか?」


 鳴海刑事が提案に、私は首肯した。それに付け加える形で、明日から加山巡査にさらに詳しい話を聞いたうえで捜査にも協力してもらうことを告げた。


「そうだな。あいつも協力するみたいだしよ」

「えぇ、いいと思いますよ」

「うむ」


 全員の賛同が得られたことで、今日の仕事はここまで……それを告げると、皆はそれぞれの食器を片付け始めた。

 その後は風呂に入ったりテレビを見たりなどの時間を過ごして、午後十時を回る頃にはそれぞれの部屋に戻っていった……。


                       ※


……深夜、午前二時。私はトイレに行くために目が覚めた。


(さすがにこんな時間だと誰も起きていないな……)


 そう思って二階の自室から廊下に出ると、すぐに一階の座敷の方から声が聞こえてきた。どうやら誰か起きているようだ。


「うーん、やっぱりダメね……」

(……?)


 どこかで聞いたことのある女性の声だった。

…私は気になって、警戒しながらそちらに向かうと、そこには意外な人物が座っていた。


「あら?」


 女性は私に気づくと、立ち上がって優雅に礼をする。


「こんばんは、ファング。こんなところで会うなんてね」


 柔和な微笑みを浮かべる、東欧系の顔立ちをした女性……カチューシャは、私の姿を見てもあまり動じていないように見える。というか、動じているのは私の方だ。なぜ、彼女がここにいるんだ?

 私がそのことを尋ねると、彼女はクスリと笑った。


「それはこっちの台詞せりふじゃないかしら? あなたこそ、どうしてこんなところに?」


……質問を質問で返された。こういう時の彼女は手強い…なので私は、用を足しに来ただけと答えた。


「そう……」


 彼女はそれ以上何も言わなかった。そこで私は、もう一度彼女に対してなぜここにいるのかと尋ねた。


「私は、たまたま目が冴えて眠れないから散歩をしていただけよ」


……絶対嘘だ。彼女の住処はここからずっと離れた東京郊外の森の中だ。

 よく見ると、彼女の傍らには水の入ったコップと読みかけの本が置いてある。本のタイトルは『世界の民話』だ。

 その本を読んでいたのかと聞くと、彼女はまた笑った。


「えぇ、まぁね。面白いわよ」


……私は少し沈黙した後、彼女に向かってこの村に伝わる昔話について尋ねた。


「この村にまつわる昔話?」


 私の質問を聞いた途端、彼女は怪しげな表情を見せる。まるで、何か企んでいるような顔だ。


「一応、知っているけど……それがどうかしたの?」


……よかったら聞かせてほしいとお願いする。


「……」


 彼女は黙って私を見つめていたが、やがて小さくため息を吐いた。


「分かったわ」


 そう言うと、彼女は再び席につく。そして、静かに語り始めた。


「昔々、この村に住んでいた人々は『鬼』と呼ばれる存在を崇めていたらしいわ。鬼は人間と違って、子供を食べる恐ろしい化け物だったけれど、その鬼は違った。

 だから、この村の人達は鬼を神様として祀り上げ、大切にしていたみたいね……」


 私は相槌を打つ。すると、彼女はさらに続けた。


「でも、ある時を境にして、この村の人は鬼を恐れるようになったの。その理由は分からないけど、きっと鬼が恐ろしい存在だということに気付いたんでしょうね……」


……私は無言のまま彼女の話を聞く。


「鬼を恐れた村人達は、鬼から子供を守ろうとした。だけど、鬼は人間の力では到底敵わない相手だし、鬼から子供を守れる者などこの村にはいなかった。だから、村人達は鬼の力を封じることにしたのよ。鬼が二度と自分達の目の前に現れないように……」


 封印……私は思わず聞き返す。


「えぇ」


 彼女はうなずいた。


「そうすることで、鬼はこの村から出られなくなって、鬼は永遠にこの地に縛り付けられることになったの。これでもう安心……そう思った矢先に悲劇が起きた」


……私は黙り込む。


「ある日、この村に旅の男がやってきたの。男は宿を求めて村を訪れたんだけど、その時はちょうど祭りの日で、村は大勢の人で賑わっていた。当然、男もその人ごみの中に紛れ込んでしまったのよ。

 すると、しばらくしてから男の悲鳴が聞こえたの。慌てて駆け付けると、そこには全身血まみれになった旅人の姿があった。何が起こったのか尋ねても、彼はただ震えながら首を横に振るだけで、何も答えようとはしなかった。結局、そのまま彼は亡くなってしまったのよ……」


 私は顔をしかめる。しかし、そんな私を見て、カチューシャは不思議そうな顔を見せた。


「あなた、意外に冷静なのね」


 私は苦笑いする。一応、これでも衝撃を受けているつもりなのだが…そのことを彼女に伝えてみる。


「ふぅ~ん……」


 彼女は少し納得いかないといった様子だったが、それ以上は何も言わなかった。代わりに、今度は彼女が私に問いかける。


「ところで、あなたはどうしてこんなところにいるんだったけ?」


――私は一瞬戸惑ったが、すぐに我に返った。そして、トイレに行きたいと告げる。


「トイレならそこにあるわよ?」


 そう言って、彼女は座敷の奥の方を指す。そこには確かにトイレマークが張られたドアが備え付けられていた……ここで彼女から目を離すわけにはいかないので、今はいいとだけ伝える。


「あぁ……なるほど、そういうこと」


 彼女はクスリと笑う。私は首を傾げた。


「ごめんなさい、気にしないで。こっちの話だから」


 彼女は小さく頭を下げて立ち上がった。


「じゃあ、私はそろそろ失礼するわね。夜も遅いし、あまり長居していると他の人に迷惑をかけそうだから」


…私が安堵して別れの挨拶を言いかけた時、彼女は思い出したように言った。


「あっ、そうだっ! 忘れるところだったわ!」


 彼女は古びた鞄の中から一冊の小さな本を取り出すと、それを私に差し出す。


「はい」


 彼女から受けとったその本は、幾何学模様の表紙に『鬼の封印』と銘打たれたものだった。

 私が、これは何かと尋ねると彼女はさも当然かのように言い放った。


「文字通り、『鬼の封印』っていう本よ」


…私は目を丸くして彼女を見つめる。


「その本には、鬼を封印する方法が書いてあるわ。もしもそういう機会があれば、是非試してみて……」


 彼女は意味深にそれだけ告げると、ゆっくりと立ち上がって玄関に向かう。

 そして、去り際にもう一度こちらを振り返り、「それじゃあ…健闘を祈るわ……」と言って去っていった……。

 その後、私はトイレに行って布団に戻り、眠りにつこうとしたのだが、なかなか寝付くことができなかった。理由は明白だ。彼女、カチューシャの言葉が気になって仕方がなかったからだ。


(鬼を封印する方法……)


 木目の天井を見つめながら、その言葉を反芻はんすうする……正直、彼女の言葉を鵜呑うのみにすることはできなかった。だが、もし仮にその方法が真実だとして、一体どうすればいいのだろう?……駄目だ、やっぱり分からない。

 私はため息をつく……そもそも、この事件に鬼は関係あるのだろうか?

 この事件を知らせてきたのは、間違いなくあの鬼の姉妹……もしかしたら、その部分からすでに疑ってかかるべきなのかもしれない。あくまで可能性の話だが……。

 だが、現にこうして子供達が行方不明になっているのは事実……この頻度であれだけ特定の年齢層の人間が行方不明になるということは、間違いなく人為的な何かが関与しているに違いない。その点は疑いようもない。だが……例にもれず、この事件も慎重に捜査する必要がありそうだ……。それだけは、確かに胸に秘めておく。


(……)


 私は布団の中で考え続ける。

 事件を知らせてきた奈々と寧々……隔離されたように存在する村……鬼の存在……複数の児童の行方不明……直近に起きた、一家惨殺事件……祟りがあると言われている旧校舎と光……加山巡査……は、どうでもいいか。とりあえず、今は保留にしておこう。いや、候補から外してもいいか。

 そして、カチューシャが教えてくれた鬼の伝説……この村に古くから伝わる昔話……彼女の言葉を信じれば、この村で昔起こった鬼による惨劇は、鬼の封印によって防ぐことができるらしい。……鬼の封印。それがどういうものなのか、彼女からもらった本を読めば分かるのだろうが……そもそも、彼女はここで何をしているんだ? 堂々巡りの疑問が頭の中を駆け巡る。私は悶々としたまま、いつの間にか眠ってしまった……。

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