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邪なる意志 ~兵器か怪異か~

 地下室での戦闘から一夜明け、我々はいつも通り報告書の作成のためにパソコンの画面と向き合っていた。そんな時…ふと気になったのか、鳴海刑事がボソッと呟いた。


「結局、バンシーってなんだったんでしょうね……」


 その言葉に、いつも通りソファに寝転がる鬼島警部が答えた。


「さぁな。軍の秘密兵器かなんかじゃねぇか?」

「警部殿……日本に軍隊はいないでありますよ?」

「てめぇ、非国民か? 在日米軍がいるじゃねぇか」

「そ、そんな無茶苦茶な――」


 こうして今日も、我々は暇な日常を謳歌おうかしているのである。

 今日も鬼島警部はやる気なし……そう考えていたその時、『その者』から通信が来た。


『なんだ?』


 私が応答すると、返信はすぐにきた。


『今、大丈夫か?』


 その文言を見て、私はメンバー達に少し散歩をしてくると言って本部を後にする。

そして、そのまま地下の廊下を歩いてとある一室に入る……今回の事件で図らずも使用することになった、これまでオモイカネ機関が携わってきた事件の物証などを保管している倉庫だ。


『いいぞ』


 私がそう返信すると、向こうからすかさずメッセージが届く。


『バンシーの件だが、こちらでは諸々に決着がついた。もう忘れてくれて構わない』


 諸々の決着とは、おそらく今回の事件をめぐる上層部間の暗闘や研究開発部門の処遇に関することなのだろう。

 だが私は、一つだけ気になっていたことを質問してみた。


『聞きたいことがある?』

『なんだ?』

『我々が捜索した家から、村上家の長女の遺体が発見されなかったか?』


 そのメッセージを送って少し経ってから、返信がきた。


『ああ。見つかった。よくわかったな。見たのか?』

『いや。ただ、バンシーのこれまでの特性から言って、行方不明にした子供を召使いのように扱っているのではないかと考えてな』

『なるほど。まぁ、今となっては分かりようもないが、私は君の意見を指示するよ』

『ありがとう。それでは、この事件はいつも通り書架に?』

『ああ、そうだ。報告書を書いてそれで終わりだ』

『了解した』


 そこで、『その者』との通信を終えた……あの時、私と大倉刑事が見た子供達の影は、幻ではなかったのだろう。バンシーの力が弱まった瞬間に、一気に彼らの思念があふれ出した結果、あのような現象が起きたと、勝手に推測する。

 私はふと、目の前にある大きな本棚を見上げた。そこにはこれまでの事件の資料が大量に納められている。だが、ここにあるはいわゆる捜査資料というもので、本部の書架にあるような報告書とは、また違う性質のものだ。

 例えるならば……あちらは万が一存在がバレても眉唾物として扱われるだろうが、こちらにあるものはバレる数分前にこの倉庫の空間ごと廃棄される……そういった類のものだ。私はその中から適当に選んだファイルを取り出して、そっと開いた。そこには、これまでの一連の事件についての資料が収められている。

『海外麻薬組織壊滅作戦』、『連続企業爆破事件』、『集団幻覚事件』、『連続児童誘拐殺害事件』、『新宿地下街連続殺人事件』、『渋谷連続バラバラ殺人未遂事件』……これらは全て、今までに発生した事件や出来事において、『組織』の関与が濃厚な情報筋から寄せられた情報がまとめられている。

 これらの情報は、どれも世間には公表されていない。しかし、この国の警察機構が持つ情報網やコネクションを駆使して秘密裏に調査を進めてきた結果が、これらの情報というわけだ。

 そして、おそらく……今後も、世間にこれらの情報が出回ることはないだろう。それが、我々が所属している『組織』というものだ。


「……」


 私は何も言わず、黙々とページをめくった。そこに記されている情報を頭の中で整理し、必要な部分だけを抽出していくのだ。それは、これまでに自分が行った仕事の確認作業だった。

――『組織』の仕事は多岐に渡る。

 例えば、海外の犯罪組織の殲滅。これは国内の『組織』と協力体制を敷いている『警察』と連携して行うこともあるが、単独で動くこともある。その場合は事前に『組織』に所属するエージェント達が現地の警察に潜入するなどして情報収集を行い、対象の組織の情報を入手した上で突入することになる。

 他にも、国内で発生した大規模なテロ事件や大規模災害に対する救援活動などもある。また、要人の護衛任務なども我々の主な業務内容の一つだ。

 その規模は、おそらく最大手の多国籍複合企業にも匹敵するだろう。そんな『組織』が、設立以来最も心血を注ぐもの。それは――。


「あ、神牙さん」

「っ!?」


 突然声をかけられ、私は思わず飛びのいてしまった。目の前には、鳴海刑事がいた。彼は少し驚いた様子を見せたが、すぐに柔和な笑みを浮かべる。


「あはは、すみません、驚かせてしまって。今回の事件の報告書があらかたまとまって、確認して頂きたくて……」


……私は鳴海刑事に、『分かった』とだけ言って資料を元の棚に戻し、彼と一緒にオモイカネ機関本部まで戻った。


「お、来たか」


 本部に戻るなり、ソファに寝そべっていた鬼島警部がこちらに視線を向けた。


「報告書なら、アンタの机の上だぜ」


 見ると、そこにはそれぞれの名前が記された報告書が三通あった。思わず時計に目を向けると、時刻はすでに午後六時を過ぎていた。


「腹減ったなぁ…って、もう退勤時間過ぎてんじゃねぇか」


 私につられるして時計に目を向けた鬼島警部は、そう言ってソファから立ち上がった。


「……自分も、お腹がすいたであります」

「あ、僕もです。久しぶりに、皆で食べに行きますか?」

「お、いいねぇ。神牙も行くだろ?」


 当然行くよな?……鬼島警部のヤンキー丸出しの視線には、そのような意味が込められている気がした。

 私はなんとか報告書に取り掛かろうとしたが…仕方ないので、彼らについていく……バンシーという怪異については、今は忘れることにして彼らとの親睦を深めよう……いつ、別れが来てもいいように……。


                     ※


 その日の夜……彼らとの親睦会兼夕食を済ませた私は、一度警視庁のオモイカネ機関本部まで戻って彼らから提出された報告書だけを持って自宅に帰った。

 自宅について車を車庫に入れた後は、本来ならば一人でいつも通りに家事をこなして二階へ上がり、黒革手帳を広げるところだが、最近はこの家の新しい住人達とのコミュニケーションで忙しい。

 私が家に帰って最初に出会うのはたいてい、ガスマスクをつけた巨体の女性、サキだ。以前はロングコートにフードを目深に被った、非常に暗い印象を持たせる装いだったが、最近は外国の大きい人用の衣服を着て生活している。それでもガスマスクを外さないのは、『そうすることによって自我を保っているから』とのことだ……まぁ、暴れられても困るので、それでもいいだろう。

 彼女と挨拶を交わしてリビングに行くと、狗神であるハナだ。彼女はいつも、何かしら食べている印象がある……そのうち、寝ている間に食べられないか心配だ。

 そのまま、ハナの隣に座ってサキが作った料理を食べるのは、もはや我が家における日課の光景となった。食事や入浴を終えて二階の自室へ行き、机の引き出しから黒革の手帳を取り出してペンを握る。今回の事件の顛末てんまつについて、報告書では到底書けない……私独自の視点で総括するためだ。

――ある程度手帳に書き込んだ時、『その者』から連絡が入った。


『今、大丈夫か?』

『ああ』

『改めて聞きたいことがある』

『なんだ?』

『バンシーは本当に殺したのか?』

『ああ。なぜ?』

『殺したなら構わない。ただ、あれは組織が心血を注いだ研究成果でな。君が名付けた事件、カタコンベのシャレコウベ事件だったか? バンシーは、あの時崩壊した施設で作られた実験体の唯一の成功例だったそうだ』


……それを、もっと早く言ってくれれば良かった…どおりで似てると思ったわけだ。


『まさか、その実験体を殺したせいでこちらに何か仕掛けてくることはないよな?』


 その質問には、意外にも早く答えが来た。


『それはない。絶対に』

『確証はあるのか?』

『私が全力で阻止するというのでは不安か?』

『少なくとも、メンバー達に危害が及ぶようなことは許さん』

『分かっている。それでは』


 私は『その者』との通信を終えてタブレットをしまい、代わりにカバンから一枚の呪符を取り出して隣の部屋に向かった。


「む? なんじゃ?」

「あ、お帰りなさい!」


 隣の和室には、『魂喰らい』事件と『人形の家』事件の時から同居しているタルホとアヤカがいる。タルホはともかく、アヤカは最近性格が明るくなってきているような気がする。この調子で保護を続けたい。タルホの方は私が手に持つ一枚の呪符が気になっているようで、興味津々とばかりにニヤッと笑った。


「ほう……また、なんぞ悪いモンでも連れてきよったか…」


 呪符を見てかすかに眉間にシワを寄せるアヤカとは違って、嫌がるどころか、おもちゃを与えられた子供のように喜ぶタルホをしり目に、私は呪符『魑魅魍魎縛封』の効果を解いた。


「――ううぅぅ……」


 呪符から気が満ち溢れ、やがて部屋を覆いつくすと、その中心からバンシーが姿を現す。

 今はいたって落ち着いているようで、巨大な体躯を折りたたむようにして体育座りの姿勢でユラユラと前後に揺れていた。


「ほぅ……これは珍しい」


 本当に珍しいものを見るように、タルホはバンシーの周囲を回って時折顔を近づけてクンカクンカと臭いを嗅ぐ……常人ならば、大変失礼な行為に当たるが、バンシーはそのことに気付いていないかのように揺れ続けている。


「こやつ……まるでツギハギじゃな。じゃが、かなりうまく出来ておる」


 私はそのまま、タルホに説明を願った。


「うむ。こやつの内なる部分は、わらわ達と同じあの世のモノ――しかも、神に匹敵する存在で出来ておるが、外の部分はこの世で出来ておる。これはどう考えても不自然じゃ。

 内があの世ならば、外もあの世、反対もしかりじゃ。このような状態で、よくこやつが均衡きんこうを保っておれるのぅ。こやつのような存在は見たことがない。聞いたことはあるがの。ククッ! お主ら人間とは、かくも罪深き者よなっ!」


 タルホの言葉を聞いて、私はカチューシャが示してくれた紋章を咄嗟に思い出す……確かあれは、神を出入りさせるためのゲートの役割も担っていると、彼女は言っていた。

 もしかしたら……そこまで考えて、私は思考を止めた。今は、目の前にいる弱った彼女のことを考えるのが先決だろう。

 私をからかうようにして周りではしゃぐタルホをしり目に、私はバンシーに近づいてひざまずいた。彼女も、私の姿を認識してゆっくりと顔を上げる。


 よろしく……言葉が理解できているかは分からないが、私はそう言って彼女の手をそっと握る。


「……うぅー!」


 そんな、言葉にならない声を上げて、彼女は犬歯を見せて笑い、私の手を握り返した。相変わらず黒い仮面をつけているせいで表情を完璧に理解することは難しいが、敵意は感じない。


「ククッ! もっとも、そなたのような存在も珍しいがなっ!」

「新しい人?」

「人ではないが、この家の住人にはなったな、ククッ!」

「? タルホおばあちゃん、何言ってるの?」

「これ! おばあちゃんじゃない、お姉さんじゃ!……ふぅ、まぁ、よいわ。どれ、アヤカや。本の続きでも読んでやるかのぅ」

「うん!」

 

 タルホはそう言って、再び座椅子に座ってアヤカを相手に本を読み聞かせる……彼女もアヤカという同居人が出来て、だいぶ丸くなったようだ。

……オモイカネ機関のメンバー達や『その者』には悪いが……私はいまいち、人間というものを信じていない。

 それに『その者』が言った言葉…『組織』の崩壊について奴の口から発せられた以上、私も保身を考えなければならない。ならば……この世ならざるモノ達と手を結ぶことも、決してやぶさかではない。

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