敵か味方か ~市街戦の後~
「……ずいぶんと派手にやったな」
私達が異様な風体の女性と戦闘してから数十分後……私達は警視庁捜査一課課長の本郷警部と事件についての情報交換をしていた。
彼は、荒れ果てた現場を見ながら苦虫を噛み潰したような顔をする。かつては、この表情は我々に向けられていたが、今ではそれなりに協力関係を築く仲だ。
「それで、ホシはどこへ逃げたんだ?」
彼にそう聞かれて私が奴が逃げた方向を指差すと、『……まぁ、捜索はしてみよう』と言って手帳に何事か書き込む。
「それにしても……あの人はいったい何者だったんでしょうか?」
「決まってるじゃねぇか。今回の事件の犯人よ」
疑問を呈した鳴海刑事の横で、鬼島警部は言った……どうやら彼女の頭の中では、奴と殺人事件が結びついているらしい。もっとも、それは私も同じだった。
先ほど、鑑識班によってあの女性が投げつけてきた斧が回収された。せめて、あの斧と被害者の傷跡や血液などが一致すれば、少なくとも彼女はこの事件の重要参考人だ。
「ま、なんだ」
本郷警部は手帳を閉じて話し続ける。
「あの女の事はこっちに任せとけ。アンタらはいつも通り、事件解決に集中してくれればいい」
「もちろん、そのつもりだぜ」
私も、鬼島警部の言葉に頷いた。
だが……あの時、彼女を狙った狙撃……あれがどうも引っかかる。もしや、あれは『組織』の手の者ではないのだろうか?
だとすれば、『組織』はこれだけ目立つ事態を引き起こしておきながらその解決を我々と自分達のもう一つの配下組織、または個人、あるいはまったくのフリーな存在に委託していることになるが……理由はなんだ?
ふと、周囲を見る……やはり、マスコミの姿は見えない。あれだけの騒ぎを起こしたにも関わらず……それが、今もこの事件に『組織』がガッツリと関わっていることを示唆しているように思えてならない。
出来れば、今すぐ『その者』と連絡を取りたかったが……とりあえず我々は捜査一課と別れて、神明大学附属病院に行くことにした。理由は、被害者である市村夫婦の死因の特定と凶器の鑑定のためだ。
※
「なぁ、神牙……お前、さっきの女のこと何か知ってるか?」
――病院へと向かう車中で、鬼島警部が話しかけてくる。私は首を横に振った。本心だ。
正直言うと、彼女のことについては知りたいことは山ほどあるのだが……今はそんなことよりも優先すべきことがある。
まずは、事件を解決しなければならない。そして、できれば彼女に狙われた理由も探り出さなければならない。
「そっか、ならいいけどよ」
鬼島警部はそれだけ言って黙ってしまった……いかん、このままではいけない。
私は話題を変えることにしたが、結局何も思いつかなかったため、仕方なく思いついたことを口に出すことにする。それは、あの女性は人間なのかということだ。
「……え?」
ポカンとする鳴海刑事に対して、私は女性の身体能力や身体に傷一つ付かなかった事実を挙げた。
「あぁ~、それか。アタシもそれ思った。だってあいつ、明らかに身体能力おかしかったもんな」
鬼島警部がそう言いつつ、私の方をジト目で見る。
「……おい、まさかとは思うがお前……手加減してたんじゃないだろうな?」
……全力ではなかったのは本当だ。しかし、私は鬼島警部の言葉に『してない』と即答した。
だが、言い訳をさせてもらえれば――するわけにはいかないが――あの時は本気ではなかったがそれなりに『力』を行使した。実際彼女を追い詰めることには成功したのだ。
しかし……あの時の彼女はまるでこちらの動きが読めているかのように立ち回り、しかも攻撃を当てても大して効いている様子もなかった。それ自体、あの状況では異常なことだ。
「そういえば、前から気になってたんだけど神牙って昔から結構喧嘩強かったりしたの? なんか格闘技とかやってたとか?」
……今日の鬼島警部はやけに鋭くこちらを質問攻めにしてくる……だが、私はその質問にはあいまいな返事をした。
彼女の方は特にそれ以上追及してくることはなく、我々はしばらくして神明大学付属病院に到着した。車を降りて正面ロビーから中に入ると、病院の中は騒然としていた。
廊下を歩く人々のほとんどは、どこか落ち着かないような顔をしており、中には看護師を捕まえて何かを尋ねている者もいる……一瞬、この事態に思考停止したが、なんのことはない。私達とあの女性が死闘を繰り広げた現場の周囲では、この病院が一番規模が大きい。おおかた、負傷者や死者などが集中してこの病院に運ばれたのだろう。よく見てみれば、制服姿の警官やいかにも刑事といった出で立ちの者達がちらほら見える。
私はひとまず、この喧噪の合間を縫うように切り抜けて受付に寄り、女性に声をかける。
「はい、なんでしょう?」
女性は疲れた様子だったが、それでも私達の前で毅然とした態度で応じる。いかにもプロ意識の高そうな人物だった。
私はそんな彼女に、この病院に殺人事件の被害者として今朝に運び込まれた遺体の解剖に立ち会いたいと、警察手帳を見せながら言った。
「あぁ……はい。少々、お待ちください」
警察手帳に目を向けた女性はそう言うと、奥の方へと引っ込んでいく。それから数分後、再び彼女が戻ってきた。
「申し訳ありません。ただ今、先生をお呼びしていますのでもうしばらくお待ちいただけますでしょうか?」
私が礼を言ってお辞儀すると、女性も負けじと丁寧に腰を折った。
「いえ、とんでもございません」
……そのまましばらく待っていると、お目当ての人物が姿を見せた。アシュリンだ。
「やぁ」
彼女は少し疲れた様子で挨拶してきた。私が大丈夫かと訊ねても『ああ……』としか言わない。
彼女はこの病院に勤務する解剖医であると同時に外科医も兼ねているため、今回の事件と騒ぎで多忙を極めているのかもしれない。
「早速ですまないが、遺体について教えてくれるか?」
鬼島警部が単刀直入に切り出した。
「わかった」
アシュリンも、すぐに自分の考えを話し始めた。
それによると、被害者達の死因は二人とも失血死の可能性が高いとのことだ。また、被害者は全身を強く殴打された跡があるが、これは死後に行われたものだと考えられるらしい。
そして、一番不可解な点は彼女の説明によれば被害者の首筋にあった注射痕だそうだ。
「恐らくだが、あれは毒物か何かを注入するものだったんじゃないかと思っている」
「なぜ、そう思うんだ?」
鬼島警部が質問すると、アシュリンは答えた。
「まず、被害者二人はいずれも激しく抵抗した形跡があった。つまり、意識はあったということ。しかし、そんな状態で大人しく注射針を受け入れることができるだろうか? いや、できないはずだ。ならば……考えられることは一つしかない」
私は彼女の言葉を聞きながら、本郷警部から別れ際に受け取った資料を取り出した。そこには、被害者に関わる暫定の結果が記載されている……確かに、彼女の言う通りだった。
被害者二名のどちらもが激しい抵抗をしており、現場付近の住人達は被害者宅で激しく争う声や物音を聞いたとのことだ。
「なるほど……ということは、被害者は何者かによって殺されたというわけか」
「ああ、そうだ」
資料を覗き見ていた鬼島警部が言うと、アシュリンは迷うことなく首を縦に振る。私はアシュリンに、巨体の女性について訊ねた。
「ああ、その話なら私も聞いている。何人か警官や刑事に死傷者が出たからな。ふむ……」
アシュリンは顎に手を添えて言った。
「確かに……その女が二人の殺害に関わっている可能性も否定はできないが……ちなみに、その女性はどんな姿をしていた?」
私が女性の容姿を話すと、アシュリンはこれ見よがしに眉間にシワを寄せた。
「まさかとは思うが、変な薬物を使っているんじゃないだろうな?」
私はその言葉に、それは私かそれとも女性のほうか訊ねた。
「ふん……まぁいい。あまりにも現実離れした話だが……身体機能の強化や痛みをマヒさせる薬物を投与していたならば、その女性の状態もうなづける。体格にしても、世界に目を向ければそのような体格の女性達がいないというわけでもないしな」
アシュリンは自分の中である程度の考えがまとまったのか、そのまま話し続ける。
「いずれにせよ、君達が回収した女性が持っていた斧と被害者の傷口や血液が一致すれば、その女性が犯人である確率は非常に高い。今は、それ以外に言えることはないな」
私がアシュリンの所見に対して礼を言ったその時――。
「あ、皆さんっ!」
我々の前に姿を現したのは、捜査一課で我々にいつも協力してくれる捜査員だった。彼は額に汗をかいて焦った様子だった。
「あ、どうも」
鳴海刑事がそのように挨拶するのでその捜査員も同じように返事をし、私に視線を向ける。
「た、大変です、また死体が出ましたっ!」
※
――協力的な捜査員が運転する車の先導によって、我々は前の事件と同じような閑静な住宅街にたどり着いた。車を降りると、さっそく捜査員の案内で目の前の一軒家に案内される。
「これは……」
現場の様子を見て、鳴海刑事は絶句して呆然としている。他のメンバーも同じような状態だった。
我々の前に見える現場であろう一軒家は、無残に半壊していた。金属製の玄関のドアはひしゃげ、外から見える限りでは家の中はかなり荒らされているように見える。しかも、家の外壁には大穴が空いており、窓などは金属製の枠と共に粉々に粉砕されていた。
「何だ、こりゃあ……?」
「ひどいですね」
「まるで爆弾でも使われたようであります……」
各々、感想を言い合う。しかし、実際に爆発物が使用された痕跡は今のところ見当たらない。
「鑑識さん達もまだ到着していないようですが……とりあえず、入りましょう」
鳴海刑事の言葉に導かれるように、私たちは現場へと踏み込んだ。
案の定、家の中には家具などが散乱しており、ここで激しい戦闘が行われたことが窺える。特にリビングがひどく、そこには男女二名の遺体があった。
「また、犠牲者か……」
「えぇ……もしこれがあの女性の仕業なら、これで四人になりますね」
鬼島警部の言葉に、鳴海刑事が答える。
私はふと、専用タブレットに目を向ける……そこには、移動中の車内にて『その者』から受け取った今回の事件の概要が記載されていた。
この家の住人は林優斗と林加奈子。夫婦は昨夜から行方がわからなくなっていたらしい。近所の住人達の証言によると、早朝に凄まじい轟音がした後に何者かが争う声や物音が聞こえたそうで、そのうちの一人が警察に連絡したらしい。
そして、警察が到着する前に勇気ある住人の一人が変わり果てたこの家を訪れたところ、すでに事切れている二人を発見したとのことだ。
警察よりも早くこの情報を私にもたらしてくれた『その者』の情報力には敬意を払うが……ここまでわかっているのなら、奴は例の女性についても何か知っているのではと勘ぐってしまう。
「やはり、抵抗の跡があるな」
鬼島警部は遺体の様子をつぶさに観察しながら言う。
専用タブレットをしまってそちらに目を向けると、遺体の様子は最初の遺体よりもさらに酷いものだった。
遺体はいずれも全身を殴打されており、床には血痕が残っている。そして、首筋にある注射痕……これも、前回の事件の被害者達と同一の特徴である。
ただ、今回の被害者の二人は共に頭部にも集中して打撃を受けた跡があり、こちらも同様に死後に行われたものと思われた。
「ん? これは……」
鬼島警部が何やら見つけたようだ。
「どうしました?」
鳴海刑事が訊ねると、鬼島警部はある部分を指差す。そこには『B』という文字が刻まれていた。
「これ……イニシャルか何かですかね?」
「いや、違うな。よく見てみろ」
私と鳴海刑事はその部分をよく見た。一見すればその文字は『B』に見えるが、よく見てみれば下の文字はかすれてよく見えない。
「あ、本当だ。じゃあ、一体なんでしょうね」
「わからないが、気になるな。書きかけで放置したって可能性もあるが……少し調べてみるか」
そう言って、鬼島警部は懐から手帳を取り出す。
「あの……何かわかりましたか?」
声が聞こえたので振り返ると、いつの間にかそこにいたのは先ほど合流した捜査員だった。彼は私達に頭を下げて挨拶をする。
「あぁ、さっきぶり。ところで、君はこの家で何を見つけたんだ?」
「いえ……実は、ちょっと妙なものを見つけまして……」
「妙なもの?……それは一体、どんなものだ?」
「それが……その……」
鬼島警部に問われて、捜査員は言いづらそうな表情を浮かべる。
「それは、どこにあったんですか?」
鳴海刑事が質問すると、捜査員は小さく手を挙げて答えた。
「はい……その、死体の近くに」
「死体の近くっ!?」
鳴海刑事は大きな声で叫んだ。
「わっ!……な、何だよ?」
突然の大声に、隣にいた鬼島警部は驚いているし、捜査員の男は申し訳なさそうに「すみません」と言う。
「それで、その妙なものというのは何だったんだ?」
鬼島警部が尋ねると、捜査員はもう一度周囲を見渡してから言った。
「はい。えっと、それなんですけど……」
捜査員が示した先――血の海に沈む遺体を見て、その場にいた全員が絶句するしかなかった。
――そこには、人間のものと思われる白骨化した腕が置かれていたのだ。
※
その後――我々はオモイカネ機関本部に戻ることになった。新たな事件の捜査のために……。
まだ情報は少ないが、今回の事件も同一犯による犯行である可能性が高いだろう。遺体の特徴はまだ報道されておらず、何よりあの現場からは……例の女性の狂気が伝わってくるような気がした。
今回はその女性や彼女を狙っている狙撃手との戦闘は経験せずに済んだが、同時にこの事件における大いなる謎が一つ増えた。
我々は大倉刑事の車に揺られて本部がある警視庁へと戻っているが、車内では沈黙が続いていた……無理もない。これまでにも多くの事件を解決しているとはいえ、あんな凄惨な現場にはそうそうお目にかかれない。
だが、そのような状況でも私は思考の海にて思索にふける。
あの白骨化した腕は、いったい誰のものなのか?……何故あの場所に放置されていたのか……それに、もう一つ気になることがあった。
あの後、現場を徹底的に捜索したが、家の固定電話は手つかずだったが、デスクトップ型のパソコンや携帯電話などの通信機器はどこにもなかったことだ。
まるで、二人の素性を知られたくないかのように……後から現場に到着した捜査一課との協同の聞き込みでは、被害者達は周囲の住人達に医療関係の研究所に研究員として勤めていると言っていたらしい。
ということで、研究所の方は捜査一課が担当することになり、我々は一度本部に戻って状況の整理をしたいところだが……今はとにかく情報が足りない。
そうこうしているうちに、我々を乗せた車は警視庁の地下駐車場に吸い込まれるようにして入っていき、我々は車を降りて地下にある本部に到着すると、すぐに対策会議を行うことにした。
まず最初に行われたのが、発見された白骨化した右腕の持ち主についての調査だ。
しかし、これに関しては難航が予想された。なぜなら、既に白骨化していたということは、我々が発見した時にはかなりの時間が経っていることを意味する。
しかも、見つかったのはあくまで片腕だけ……全身の骨は見つかっていない。ということは、この腕の持ち主はまだ生きている可能性もあるのだ。
ということで、さっそくこの腕については科捜研や捜査一課に任せることにした。腕を保存した容器を抱えて、大倉刑事は本部を後にする。
そして、次に調査されたのは現場に残された血液反応だ。
後からやってきた鑑識班の報告によると、現場には被害者のものではない血痕が、窓枠や室内、玄関付近などで確認されたらしい。それも、かなり大量の。また、その血痕からは複数の指紋が検出されたという。ただ奇妙なことに……それらの血痕は、入念に拭き取られていたとのことだ。それが判明したのは、ルミノール反応による鑑識作業を行ったからに過ぎない。
これらのことから推測されるのは、犯人はこの家に侵入する前からかなりの痛手を負っており、犯行後にそれらの痕跡を消し去ろうとしたことだ。だが、その際に使用した道具類は現場には見当たらなかった……普通に考えれば、犯人が持ち去ったのだろう。
「……やはり、犯人はあの家に侵入して住人を殺害し、可能な限り痕跡を消してから逃走したと見るべきでしょうか?」
鳴海刑事が言うと、鬼島警部は「ああ」と言って顎に手を当てる。
「恐らく、そうだな。まぁ…そうなると、ますます妙だな」
「妙とは?」
鳴海刑事の言葉に、鬼島警部は答える。
「この事件……あの女が犯人なら連続殺人の線が濃厚だが、なんのために奴は人を殺して回ってるんだ?」
「あぁ、確かにそうですね」
「何かの法則に従って殺してるのか、それとも適当に選んだ家に押し入って、住人がいたらそのまま殺しているのか……」
鬼島警部がそう言うと、鳴海刑事は思い出したように口を開く。
「……白骨の腕の事もありますしね」
「あぁ。だから余計に気になるんだ。あの腕の事も、犯人も、殺害理由もな……」
「……まぁ、とりあえずは他にめぼしい物証やらがない以上、あの女性がこの事件の重要参考人と考えていいでしょう」
「あぁ、そうだな……」
鬼島警部の表情は険しいものだった。
私も同感だった。今回の事件は、どうにも解せないことが多いように思える。犯人の目的や、殺害方法など不明な点が多い。
この事件を起こした犯人と言う点では、例の女性が思い浮かぶが……今回の事件においては確たる証拠はないし、事件全体に目を向ければ謎だらけなうえに『組織』が関わっている以上はしつこいようだが慎重な行動が要求される。
「……よし、次の議題に移るぞ」
考え込んでいると、不意に鬼島警部の声が聞こえてきた。私は慌てて思考を中断させる。
「えっと、次は被害者の身元についてですか?」
「ああ、その通りだ。といっても、そちらの方は既に判明しているんだが……」
鬼島警部はそう言って、資料を捲る。
「えー、被害者の名前は林優斗と林加奈子。二人は結婚しており、年齢は優斗が五十歳で加奈子が四十二歳です。死因は失血死。腹部には刺し傷があり、これが致命傷らしいな。
その他、頭部を中心として全身に打撃による外傷が見られる……以上の点から、警察は他殺と判断、か……また、現場の状況を簡単に説明すると、窓には鍵がかかっており、窓ガラスは内側から割られた形跡が見られなかったそうだ。
このことから、やっぱ犯人は外部から中に押し入って犯行に及んだんだろうな。それから、室内にあった家具類だが、ベッド、テーブル、本棚、テレビなどが確認できたが……ただ、いずれも荒らされていてたが、現金なんかは盗られてねぇ。それと、この家について―――」
鬼島警部の説明が続く中、私は一人考えていた。先ほど、現場を見て回った時に抱いた違和感の正体についてだ。
(あの白骨化した腕といい……やっぱりおかしい)
私が抱いていた疑問は二つあった。しつこいようだが、一つは、なぜこの家に白骨化した遺体の一部があったのか。もう一つは、被害者である二人が、携帯電話などの通信機器を所持していなかったことだ。
前者は犯人が現場に何らかの理由で持ち込んだと考えることができるし、後者の場合も、犯人が被害者達の交友関係などを知られたくなかったから持ち去ったと考えられる。
ただ……白骨化した腕があの現場に置いてあったことについて考えられる可能性としては……第三者に見せつけるため。あるいは、この家を訪れた人物に対して警告するためにやったとも思える……だとすれば、それは誰なのか……。
そこまで考えた時、私の脳裏に『組織』と『狙撃手』という言葉が浮かび上がった。
(……あり得ない話ではないが……)
この事件……『組織』は我々に手を引いてほしいのではないか?
自分達で処理できる算段がついたため、我々に手を引かせたうえで事態を収拾する……だが、それならば、なぜ正式なルート――『その者』を通じて調査中止を言ってこないのか……これまでの出来事から考えて、もはや隠密裏にこの件を処理するのは不可能に近い。いずれ、マスコミの統制も限界に達するだろう。それでも解決の算段がついているとして、今も我々に調査を続けさせる理由…あるいは、手を引かせようとする理由…まるで思い浮かばない。
その後、会議は続いたがほとんど上の空だった。結局、この日は何の進展もなく解散となった。退勤時間となり、会議室を出て、廊下を歩いていると鳴海刑事に声をかけられる。
「神牙さん、どうしました? 会議中、ずっと難しい顔をしていましたが……」
……よもや、鳴海刑事に見透かされるとは……私はその言葉に、ちょっと考え事をしていただけだと答えた。
「そうでしたか……あまり、一人で抱え込まない方がいいですよ」
……私はその言葉に、短く礼を言った。
鳴海刑事はそれ以上何も言わず、「それじゃあ」と言って立ち去った。私はそれを見送りながら、深く溜息をつく。
「……」
今回の事件について、少し整理する必要があるかもしれないが……まだ確証はない。もう少し、調べてみる必要がありそうだ。