邪なる意志 ~家屋内戦闘~
「――さん、神牙さん。着きましたよ」
いつの間にか眠りこけていたのだろう……目を開けると、そばに鳴海刑事の童顔が見えた。
私は意識を徐々に覚醒させるにつれて、周囲の様子を探る。
どうやら車は田園地帯にいるようで、右側には田んぼがあり、左側には少し古びた一軒家があった。
「神牙。お前から知らされた住所では、この家がそのようだぞ?」
運転席から、大倉刑事が一軒家を見つめながら言ってきた。
私はシートベルトを外し、家の捜索に着手することを宣言した。その言葉を合図にするかのように、他のメンバー達も動く。
「それにしても、周りの風景からして新しい家だなぁ」
「そうですね。つい最近建てられたんでしょうか?」
「あるいは、改修工事でもしたのか? ま、調べれば分かるか」
その後、車を家がある敷地の空いてるスペースに停めた大倉刑事がやってくると、鳴海刑事が玄関のインターフォンを鳴らす。
「……でねぇな」
「ですね……」
その後、何回かインターフォンを鳴らして待ってみたが、中から誰かが出てくる気配はない。
「もしかして、空き家か? そういえば、そこら辺は調べて無かったな」
そう言って鬼島警部が玄関の扉を引くと、扉は音なく開いた――その瞬間、私は持ってきた拳銃とナイフを取り出して構える。
鬼島警部は扉の取っ手をもったまま大倉刑事と場所を交代し、私は大倉刑事の後ろに陣取り、その後ろを鳴海刑事、鬼島警部の順番で待機する。
私は大倉刑事の背中を軽く叩くと、彼は頷いて扉をゆっくりと開けて中に入る。
私もそれに続いて中に入り、大倉刑事を援護するように拳銃を構える……見た限り、室内には誰もいない。
私が再び大倉刑事の背中を軽く叩き、彼はゆっくりと先へ進む。私と彼が廊下の半ばまで進んで最後に鬼島警部が家の中に入ると、彼女はゆっくりと扉に鍵をかけた……これで、正面玄関から誰かが逃げる際に時間が稼げる。
私は大倉刑事の背広を軽く掴んで彼に止まるように指示した後、鳴海刑事と鬼島警部に、玄関付近で待機しているように手ぶりで合図した。
『……』
…幸い、彼女達は私の指示を理解してくれたようで、玄関付近で固まって五感を研ぎ澄ませている。私は再び、大倉刑事に進むよう指示した。
それから私達は廊下の左右の壁にある扉を一つ一つ、慎重に開けて室内を捜索していく。その間も、玄関付近では鬼島警部達がしっかりと見張りをしてくれていた。
最初に調べた階段下の収納スペースは大小さまざまな物が乱雑に入れられていたが、あまり埃をかぶっていないその形跡が、この家では何者かが普通に生活していることを物語っていた。
そこから少し進んでトイレを調べてみるが、特に異常は見当たらない……ということは、このトイレにも人の手が行き届いているということになる。
そのトイレに隣接された風呂場も調べてみるが、同様の状態だった。しいて言えば、衣服類などがここには見当たらないことだろうか…?
そして、私は大倉刑事と共にさらに家の奥に進んでいく……行き止まりの扉を彼が開けると、そこはリビングだった。そこにはダイニングテーブルやソファーなどの家具が置かれていて、生活感を感じさせる…私は念のために部屋全体を見渡したが、やはり人の姿は確認できなかった。
私は大倉刑事に、次は二階を捜索することを指示して、彼と一緒に廊下を戻り、玄関の鬼島警部達にもそのことを伝えて階段を上がっていった。
大柄な大倉刑事が先頭を歩くと、木製の階段はギシギシと異音を轟かせる……この静寂では、その音さえも耳障りに感じた。
二階に上がって、また各所にある扉を調べていく。だが、どこの部屋も生活感がありながら、やはり人が住んでいるような痕跡はなかった……まるで、出来のいいモデルルームのようだ。
その後も一階同様に各部屋の探索を行い、全て調べ終わった頃には、すでに日が落ち始めていた……私は大倉刑事に、一度鬼島警部達の所まで戻ろうと口頭で伝えた。
「うむ」
大倉刑事と共に階段を下りて、玄関で警戒を続ける二人に対して、特に怪しいものは見つからなかったと口頭で伝えると、鬼島警部が我慢していたものを吐き出すかのように喋り始めた。
「あ~、くそ! 結局無駄足かよっ!? ホントになんも見つからなかったのか!?」
私は彼女の言葉に首肯する。
「…ったく、それじゃいよいよ手詰まりじゃねぇか……」
鬼島警部のその言葉には、どことなくやりきれなさのような感情がにじみ出ているように感じた。彼女も、一介の刑事として事件が迷宮入りになるのは避けたいのだろう。
そこで私は、玄関に鍵をかけたまま、全員で一階から二階までより詳細に調査することを告げた。
「……分かった。それじゃ、アタシらは二階を調べるぜ。行くぞ、鳴海」
「はい」
そう言うと、鬼島警部は鳴海刑事を伴って二階に上がっていった。私は大倉刑事に、私達は一階を調べようと告げた。
「うむ」
そうして、私は彼と共に再び家の一階をしらみつぶしに捜索していく――だが、どれだけ探しても、何も発見することはなかった。
「ふぅ……ここまで調べても、何もないとはな」
額にじんわりと汗を浮かべる大倉刑事を伴って、私は二階から降りてきた鬼島警部と鳴海刑事と合流した。
「…その様子じゃ、そっちも何か見つかったわけじゃなさそうだな」
鬼島警部の言葉に、私は肯定の返事をした。
「でも……こう言っては何ですが、良かったです。バンシーなんかが現れたら、大倉さんや神牙さんならともかく、僕達は完全にお荷物でしたから」
「ま、そりゃあな。だが、こうも何もないんじゃ、下手したら捜査がここで行き詰るぜ?」
「あ……」
意地悪な笑みを浮かべて鬼島警部がそう言うと、鳴海刑事が言葉に詰まってしまう。私は彼に助け船を出すように、メンバー達にリビングで待機するように指示して『その者』と連絡をとった。
『なんだ?』
『お前がバンシーを隠すとしたら、どこに隠す?』
……いきなりこのような質問をした私にも非はあるだろう。少し経ってから返信が来た。
『場所による』
『田園地帯にある一軒家ならば?』
『もし自分にある程度の権限があるなら、地下だな。気付かれにくいし、残土もどうにかできる。機材の運び入れなんかも土地柄しょっちゅうだろうから、問題ないだろう』
『今、まさしくそのような家宅を捜索している。これまでのオモイカネ機関が収集したバンシーに関する捜査資料の中で、奴に殺されたと思われる家族はみんなこの家に一度は引っ越していた。お前、何か知っているんじゃないか?』
『残念ながら、何も知らない。だが、君が言うようにその家族が組織の実験体として選ばれてその家に引っ越したのならば、目に見える部分を捜索しても無駄だろう。むしろ、目に見えない部分…例えば、天井裏とか地下への階段、あるいは不自然な間取りなんかに気を配ったほうがいい』
『わかった。参考にしてみる』
『どういたしまして』
私はタブレットをしまって、リビングにいるメンバー達に対して先ほど『その者』から示された不可解な点を見つけるように言った。
メンバー達も私の意図に気付いたようで、特に何か質問してくることもなく、私と同じように室内を捜索してくれる。
「……ここ、おかしいな」
私が二階に上がろうとした時、廊下にいた鬼島警部がそう言うのを聞いて、私は彼女に近づいた。彼女は、二階へとあがる階段の直下にある、壁をくりぬいて設けられた本棚とランプを交互に見つめて『う~ん』と唸っていた。その隣には、先ほど調べた収納スペースがある。
「どうしました?」
「何か見つかったでありますか?」
やがて、その場に大倉刑事と鳴海刑事もやってくる。
しばらく四人で考え込んでいると、私はやっとわかった。距離感だ。
階段とこの壁は、収納スペースの分を考慮してもかなりの広さがある。それを埋めるようにして、ランプと本棚が置かれている……ということは。
「どうかしたんですか、神牙さん?」
鳴海刑事の言葉に生返事を返しつつ、私はランプを掴んで――。
「あっ!?」
そのまま引っ張ってみると、本棚からガチャッと音がして、少しだけ手前に開いた。
「どれ……」
「気をつけろよ?」
「押忍っ!」
そう言って、大倉刑事は本棚の隙間に両手を突っ込んで、勢いよく手前に引いた。
本棚は呆気なく開き、その先には地下へと降りる階段が、二階へと続く階段とは逆の方向にあった。階段の先は真っ暗で、状況がつかめない。
だが、本棚の裏側をよく見てみると、天井の電球までつながっている配線の先にスイッチがあった。私がそのスイッチを入れると、隠された空間に設けられた電灯に明かりが灯り、階段の先が露わになる。
隠されていた空間は一階より下の部分はコンクリートで補強されており、階段部分は短く、降り切った先にすぐ鉄製の扉が見えた。
私は再び拳銃とナイフを構えながら、今度は自分を先頭にして捜索を実行することを告げた。
再び一列となって階段を降り、鉄製の扉に手をかけて引くと、扉が動き出す。私は扉を大倉刑事に任せて、拳銃を構えた。
大倉刑事に合図を出すと、彼は慎重に扉を開けてくれる。隙間から銃口と両目を出し、扉が開き切ると、室内に突入した。
「……」
室内はこれまた薄暗い……このままでは危険と判断し、ナイフをしまって壁際を手探りすると、案の定照明のスイッチがあり、それを入れる。
「あっ!」
「なっ!?」
いくらかの電灯の明滅の後――我々の目の前に見える光景に、思わず鳴海刑事と大倉刑事は声を上げてしまった。
「すげぇな、こりゃ……」
「警部、危ないでありますよっ!」
大倉刑事の警告など耳に入っていない様子で、鬼島警部は室内で歩みを進める。我々の眼前には、様々な機械から伸びたチューブに繋がれてイスに座る、バンシーの姿があった。
彼女は眠っているのか、これだけ近くで物音を立てても一向に反応しない。
「こいつ……眠ってんのか?」
鬼島警部は、培養装置の中で目を閉じるバンシーに触れるかのように手を触れる。
その瞬間――。
『あああぁ……あああっ!』
眠っていたはずのバンシーが、絶叫して身体を起こしたのだ。
私はすかさず、鬼島警部を後ろに引きずって大倉刑事に二人を守るように伝えると、拳銃とナイフをバンシーに向けて構えた。
「神牙、危険だぞっ!?」
「ちっ! これくらいしかねぇかっ!」
後ろで大倉刑事と鬼島警部が叫ぶ声が聞こえる。それからすぐに、私の隣にどこから調達したのか程よい大きさの鉄パイプを両手に持つ鬼島警部が現れる。
……私はバンシーから目を離さずに、鬼島警部に対してその鉄パイプを大倉刑事に渡して、他に武器になるようなものを探して参戦してほしいと言った。
「…おう、それもそうだな」
鬼島警部はそう言って、後ろに控える大倉刑事に『ほらよっ!』と言って鉄パイプを投げ渡す。すかさず、彼女がいた位置に大倉刑事が陣取る。
「すぐに戻ってくるからな! 死ぬんじゃねぇぞっ!」
鬼島警部はそう叫んで、鳴海刑事と共に一階へ戻っていった。
……残された大倉刑事に対して、私は大丈夫かと尋ねた。
「……見くびってくれるな。これでも剣道の心得はあるっ!」
……幽霊に近い存在に相対して大倉刑事が役に立つか不安だったが…どうやら、大丈夫のようだ。
私達の目の前には、相変わらず低いうなり声をあげるバンシーがいる…そのうなり声は、まるで狗神のハナのようにも聞こえるが、今は彼女はここにはいない。
「……グゥ…アアアァァッ!!」
すると、バンシーが突然襲い掛かってきた――私はすかさず構えていた拳銃――『マニューリン MR73』をバンシーに向かって発砲した。
「アアアァァッ!!」
だが、怯みはするものの、さほど効果がないようで、357マグナム弾を六発も被弾したにも関わらず、我々に向かってきた。その爪が大きく振りかぶった瞬間――。
「イヤアアァァッ!!」
「アアッ!?」
私は咄嗟にナイフを構えて応戦しようとするが、タイミングよく大倉刑事が鉄パイプを刀のようにして強烈な突きを繰り出す。
さすがにダメージをくらったのか、バンシーはヨロヨロと自身が座っていた椅子まで後退する。その隙に、私は拳銃の再装填を済ませて全弾発射した。
「あああぁぁあああっ!!」
強力なマグナム弾はすべてバンシーの頭部に命中した…さすがにダメージが蓄積したのか、バンシーはその場で朦朧とした様子で立ち尽くしている。
――当然、その隙は見逃さない。私は拳銃をしまってナイフと呪符を取り出す。
「神牙っ!?」
大倉刑事の声を背にして、私はバンシーに駆け寄る――刹那、意識を取り戻したかのようにバンシーは全身を躍動させ、長く鋭い爪で私に切り付けてくるが、難なく避ける。
「あああぁぁっ!!」
――がら空きになった奴の腹部にタントー型のナイフを突き立て、呪符『魑魅魍魎縛封』を放つ。
「むおっ!?」
呪符を放った瞬間、バンシーの身体から瘴気があふれ出し、その中に混じるようにして五人の人影が見えた。
「ひぃっ!? こ、子供……!?」
大倉刑事が途端にうろたえ始めたのは、子供が苦手だからではないだろう……おそらく、子供達が醸し出す雰囲気を、敏感に感じ取ったのだ。私の考えが正しければ、あの子供達は……。
私がそんなことを考えている目の前で、大倉刑事の声に反応するように、その子供達はニコッとほほ笑んだ後に立ち昇る瘴気と共にその姿を消していき、やがてその瘴気に包まれるようにしてバンシーも姿を消してしまった。
「……終わったのか?」
……それから少しして、再び静けさを取り戻した地下室を見渡しながら、大倉刑事は言った。
私はその言葉に、おそらくとだけ答えたが、彼にとってはそれで充分だったようだ。
「……はぁ~、なんだかんだで大変だったな…」
そう言って達成感を伴う微笑みを浮かべる大倉刑事に対して、私も同じように微笑んで『確かに』と答えた。その時――。
「おらぁっ!! 陽子様のお通りだっ!」
「ひぃっ!?」
……かなりの大ぶりの包丁――刺身包丁、というものだろうか?――を片手に、鬼島警部が地下室に乱入してきた。少し遅れて、鳴海刑事も普通の包丁を両手に大事そうに持って現れる。
遅れての鬼警部の登場に、大倉刑事は悲鳴を上げるが、当の鬼警部はそのようなことなど気にしていない様子で、刺身包丁片手に地下室全体にギラついた視線を向ける。
「どこだぁ~? どこに隠れたぁ?」
……その姿は、一見すればほとんど山姥のようだが、今の彼女には口が裂けてもそのような発言は出来ない。だが、よく見てみれば、鬼の奈々にも見える。
「あ、神牙さんっ! バンシーはどこにっ!?」
…幸い、鳴海刑事は話が通じるようなので、彼に事情を説明した。
「――ちっ! 一歩遅かったか!」
鬼島警部は意外にも話をちゃっと聞いていたようで、私が話し終えると近くの木製の机にガンッと刺身包丁を突き立てる。
「お、押忍…め、面目ないであります、押忍……」
大倉刑事は、そのように荒れた状態の鬼島警部と机に突き立てられた刺身包丁を交互に見つめながら、なぜか平身低頭している。
「ま、まぁまぁ、良かったじゃないですか。バンシーがいなくなった今、もうこれ以上の被害は出ないでしょうし、ね?」
そして、いつものように鳴海刑事が二人の間を柔和な包容力で取り持っていた。
……かくして、過去のオモイカネ機関も携わった連続殺人事件は幕を閉じることになった。もっとも、それを知るのはこの地下室にいる四人と『組織』だけだろうが……。




