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邪なる意志 ~バンシーと組織~

 カチューシャの館を後にした我々は、そのまま警視庁のオモイカネ機関本部まで戻った。重たい鉄製の扉を開けると、すでにそこには鬼島警部と大倉刑事の姿があった。


「よぅ、遅かったな」


 我々の姿を見るなり、鬼島警部が片手を上げてそう言った。


「すみません、なにぶん距離が距離なもので」

「まぁ、気にすんなよ」


 鳴海刑事の言葉に、鬼島警部はそう答えた。どうやら、事件に関してかなり進展があったようで、鬼島警部の機嫌はすこぶる良かった。

 私は彼女がいるソファに行ってそのまま腰掛け、カチューシャの意見を二人に聞かせた。


「――なるほどなぁ……アタシらが遭遇したバンシーは偽物の可能性がある、か…あの先生じゃなけりゃ、何言ってんだってところだが、まぁ、そうなんだろうな」

「信じるのでありますか、警部?」


 大倉刑事が聞くと、鬼島警部は肩をすくめる。


「アタシは元々そういった手のことには疎いからな。その道のプロがそこまでハッキリ言うんだったら、『まぁ、そうなんだろうな』としか思わねぇさ」

「それならいいのですが……」

「ま、それはそれとして、だ」


 そこで彼女は、テーブルにちりばめられた資料に手を置いて私を見た。


「アタシらも、それなりのネタを仕入れてきたぜ。なぁ、大倉」

「押忍、その通りであります」


 見たところ、捜査結果には大倉刑事も自信があるらしい。

 私は鬼島警部に捜査結果について話すように言って、彼女の報告に耳を傾けた。


「ああ、いいぜ。まず失踪した家族達についてだが、地元の警察署ではほとんどが未解決の殺人事件として処理されている」

「えっ!? それじゃ、遺体が発見されたんですか?」

「ああ。いずれも、その家族が住んでいた家の近くや家の中で発見されている」


 取り寄せた資料を見ながら、鬼島警部が話を続ける。


「状況は色々と違うが、家族が他殺体で発見されたこと、犯人に繋がる手掛かりが少ないか、まったくないこと、そしてこれが一番重要だと思うんだが……」

「なんです?」

「どの事件も、その家族の子供が一人だけ、今も行方不明なんだ」

「え、どういうことですか?」


 鳴海刑事が聞くと、大倉刑事が鬼島警部の言葉を補足するように答えた。


「殺害された家族は、どれも二人以上の子供がいたであります。ですが、二人の子供のうち、一人は殺害されて遺体として発見され、もう一人は今も行方不明なのであります」

「どの事件もですか?」

「はい。これまでの事件ですべてであります」


 大倉刑事のその言葉で、ほんの少しだけ本部内を静寂が支配するが、その空気を嫌ったのか、鳴海刑事が口を開く。


「それじゃ、事件の犯人はその失踪した子供――」

「その可能性も、なくはねぇ」


 鳴海刑事の言葉を遮るように、鬼島警部は口を開いた。


「だが、まだ証拠みたいなものはねぇだろ? ようはアタシが言いたいのは、今回の事件で失踪した村上家の人達も、家があった場所付近を捜索したら遺体が見つかるんじゃねぇかって話だよ」

「もう……亡くなっていることが前提なんですね」

「まぁな。『まだ生きててくれ』って念仏唱えるほど、アタシはロマンチストじゃねぇんだよ」


 鬼島警部の言葉が、またしても本部内に静謐せいひつな空間を作り出す……なるほど、鳴海刑事が空気を変えたい気持ちも分かる。

 私は鬼島警部に、他に過去の事件で気になるような点はないか尋ねた。


「ああ、あるぜ」


 そう言って彼女は、ペラペラと資料のページをめくった。


「アタシも最初は驚いたんだが、亡くなった家族や村上家には共通点があった」

「え、なんですか?」

「家だ」

「……はい?」

「引っ越しでありますよ、先輩」


 大倉刑事が補足するように発言するのだが、鳴海刑事はいまいちよく分かっていない様子だ。私も同様である。

 私は鬼島警部に、話を続けるように言った。


「ああ。亡くなった家族達や村上家はな。数の違いはあれ、引っ越しをしてるんだ。それも、同じ家にな」

「同じ家?」

「ああ、ここだ」


 そう言って、鬼島警部は資料のファイルから一枚の紙を外してテーブルの上に置いた。

 その紙には、その建物があるであろう住所などの情報が書き込まれており、建物の外観の写真が一緒にクリップで留められていた。


「アタシとしては、村上家の方は家族の家があった場所を捜索すれば手掛かりが見つかると思う。だが、今回の一連の事件の原因は、この家にあるんじゃねぇかとも考えている」


 私はその言葉に、静かに相槌を打った……確かに、この家を調べてみる価値はありそうだ。

 そこで私は、今日の捜査はこれで引き上げて、再びホテルで休んだ後に村上家の自宅付近を捜索することを提案した。


「アタシは、それでいいぜ」

「自分もだ」

「僕もです」


 その場にいる三人は、力強く頷いてそう言った。事件に進展があったことで、メンバー達の士気が上がっているようだ。どうか、それに見合う成果が明日見つかるといいのだが……。


                      ※


 翌日――再びカプセルホテルで夜を明かした我々は、ホテルのロビー前で集合して全員で警視庁に登庁した。

 その後、いつも通りに大倉刑事の車に乗り、何度目か分からない村上宅があった更地まで向かう。もはや見慣れた住宅地を通り抜け、再び空き地の前までやってきた。

 だが、車を降りた瞬間……これまでとは違うものを感知した。臭いだ。


「……臭うな」

「あ、確かに……」


 私に続いて車を降りた鬼島警部と鳴海刑事にも、その臭いは感じ取れたらしい。

……私は大倉刑事に、このまま車を通行の邪魔にならないように道路の端に止めて、そのまま車内で待機するように言った。


「うむ、分かった」


 彼はそう言って、車を発進させる。我々は大倉刑事が車を道路の端に寄せるのを見届けて、臭いの原因を探ることにしたが、それは意外にも早く見つけることができた。空き地のすぐ隣にある、林の中だ。


「…気をつけろよ」


 先を行く私を気遣う鬼島警部に返事をしつつ、私は注意深く林の中に入っていく。

 この辺りはそれなりに管理されているのか、倒木などはなかったが、それでも都内の住宅地にしてはかなり木々の密度があるように思える。

 そのまま足を進めていくと、臭気は一段と濃くなっていき、我々はついにその原因にたどり着いた。


「……やっぱ遅かったか」

「ええ……」


……私達の目の前には、すでに腐敗が進んでいる三人の遺体があった。二人は体格からして男性と女性で、もう一人は子供……おそらく男子だろう。

 私は二人に遺体の検分をするように言って、専用タブレットを取り出して『その者』に連絡をとった。


『なんだ?』

『事件に進展があった。以前話した怪物が出てきた家に住んでいた家族の遺体を発見した』

『分かった。回収班を送る。場所を送ってくれ』

『なぜだ?』


……おそらく、私の言葉に戸惑っているのだろう。『その者』からの返信には、かなりの時間を要した。


『どういうことだ?』

『なぜ、警察を使わない?』

『組織の問題だ』

『また、私達を利用するのか?』

『結果として、そうなってしまっているな』


 その言葉が……あまりにも他人事過ぎるその言葉が、私には我慢できなかった。


『責任という言葉を知っているか?』

『ああ』

『責任を取ることは出来るか?』

『無理だな。なぜ?』

『捨て駒として人生を終える気はない』

『そんなことか。気にしなくていい。危ないと判断すれば逃げればいいのだ』


 それは、やけに楽観的な言葉だった。


『それが、組織を裏切ることになってもか?』

『何をもって裏切りとするかによる。自分を危険から遠ざけることと、組織を危険にさらすことは同一ではない』

『それならもう一度聞くが、なぜ警察を介入させない? そちらの方が、ハッキリ言って今よりもずっと安全に、確実に捜査ができる』

『怪物が出てきたから助けてくれと捜査一課に言うのか? 最近仲が良くなったようだが、それでも我々と彼らの溝は深い。そもそも、彼らと我々は対処する存在が異なる』

『現に遺体が発見されているんだぞ?』

『だが、その遺体は君達が担当している連続殺人事件に連なるものだろう? しかも、その殺人事件にはいずれも怪異が絡んでいる可能性が非常に高い』


……どういうことだ? 私が知る限り、『その者』は怪異が絡んだ事件においても特例を除いては一般的な警察の介入も良しとする、いうなれば柔軟な思考の持ち主のはずだ。

 なぜ、今回の事件に限って、これほどまでに頑迷に抵抗する?……私が返答しかねていると、『その者』から追加のメッセージが来る。


『我々がこうして言い争いをするのは、これまでにも何度もあった。しかし、結局今もこうして二人とも生きながらえている。今回の君の部下達だってそうだろう?

 何度も言わせてもらうが、危険ならば撤退してくれ。それを責める者がいるならば、こちらで対処する。今までもそうだったろう?』


……やけに親目線の説教に感じるのは、私の気のせいだろうか?

 とにかく、今は事件の解決を優先したいというのは、『その者』の言うとおりだ。その思いで、私は最後に奴に釘を刺しておいた。


『一つ約束してほしい。個人的にだ』

『言ってくれ』

『私達に何かあったら、まずはメンバー達を先に助けてほしい。私は最後でいい』

『分かった。そうする。だが、手が空いたら当然君も助ける』

『ああ。通信終了』


 私はタブレットをしまって改めて遺体の方に目を向けると、すでに検分が終わったのか、二人が待っていた。


「誰とやり取りしていたんですか?」


 鳴海刑事のその質問に、いつも事件発生の知らせを送ってくる者と伝えた。


「そいつ、信用できるのか?」


……私は、鬼島警部のその問いにしばらく答えられなかった。なぜなら、私自身が『その者』を心から信じていないからだ。メンバー達を守るように言ったにも関わらず……。

 それでも、今は彼らのことを奴に頼るしかない。ゆえに、もし何かあったら、奴を頼っていいとだけ伝えた。

 その言葉が不満だったようで、鬼島警部は小さな声で『そうか』とだけ答えて本題に入った。


「遺体なんだが、腐敗のせいもあって外傷のようなものは見つけられなかった」

「ですが、他にも気になることがあります」


 鳴海刑事の言葉を聞いて、私は彼に話を続けるように言った。


「遺体の数です。確か、村上家は夫婦と長男、長女の家族構成でした。でも、ここのあるのは夫婦と長男の遺体だけ……長女の方は今も行方不明です」

「……どうやら、同一犯による犯行とみて間違いないようだな」


 私は鬼島警部の言葉に賛成した。

 その後、我々は遺体の周辺や空き地を捜索してみるが、他に手掛かりになるようなものは掴めなかった。

 意気消沈した状態で大倉刑事の待つ車に乗り込むと、さっそく大倉刑事が口を開く。


「押忍、ご苦労様であります。いかがでしたか?」

「ああ、実はな――」


 そうして、鬼島警部は状況を説明すると、大倉刑事はいつものように驚いたり震え上がることもなく、沈痛な面持ちで口を開いた。


「そうでありますか……」

「ああ……」


……私は皆に、警察の捜査が済むまで、バンシーのことを重点的に調べることを告げて、大倉刑事に警視庁まで戻るように言った。


「…うむ、分かった」


 そう言って車を発進させる大倉刑事……ふと後ろを振り向くと、かつて家族が住んでいた家が建っていた空き地が、妙に寂しく見えてしまった。


                      ※


 その後、私達は警視庁のオモイカネ機関本部まで戻り、かつてこの機関が捜査したバンシーに関わる事件の資料をすべてリストアップした。

 そして、その情報をもとに、メンバー達が過去の事件を調べることになった。


「――はぁ……もう夜か…」


 鬼島警部のその言葉に、私はふと時計に目を向けると、確かに時刻はすでに午後七時を回っていた。だが……幸いにも、事件の報告件数の少なさや資料の乏しさから、すべて調べ終えることができた。

 結論から言うと、このバンシーという怪異については、二種類の傾向がある。

 一つ目は、ある日、ある場所で、夜中に叫び声を聞いた者達の中で、聞き込みされた者がオカルトに詳しかった場合、その叫び声をして『あれはバンシーのようだった』という証言をして、実際に警察の捜査資料にその証言が記載されるが、まともに捜査がされることもなくこの書架にやってきたケース。

 二つ目は……今現在、我々が取り組んでいる事件について、『極秘』というハンコが押された資料の中に、何者かによって『バンシーの関与』と記載され、この書架までやってきたケースだ。

 どうやら、私の知らないところでバンシーは様々な被害を起こしていたらしい……ということは、『その者』も何か知っているはずだ。知らずとも、奴を使って『組織』とバンシーの繋がりが見つかるに違いない。

……おそらく、これ以上目の前に見えるこの資料について考えても、仕方ない気がする。

 私は鳴海刑事達に今日の捜査はこれで終わりにして、また明日にしようと告げて、彼らと一緒にすっかり馴染みとなったホテルに戻った。

 そのまま彼らとは別々に別れ、私は自分の個室に入ってすぐ、専用タブレットを取り出して『その者』と連絡を取った。


『どうした?』

『単刀直入に聞くが、お前はこの事件に関与しているのか?』

『……ある意味では、そうだ』


 その返答に私は思わずタブレットを落としそうになったものの、すぐに気持ちを落ち着かせてから再び質問をする。


『なぜ、今まで黙っていた?』

『……君も組織の一員なら、理解できるだろう。保安上の理由というやつだ』


 その文言が、私には本当に腹立たしく思えた。だが、これが初めてではない。私は自分の感情を奴に悟られないように言葉を選んだ。


『今日、例の家のそばにある林で家族の遺体が見つかったことは報告したな?』

『ああ、知っている』

『あの後、我々はオモイカネ機関の本部まで戻ってバンシーに関する調査を入念に行った』


 私があえてそこで返信したのは、『その者』の反応を確かめるためだ。奴の返答次第では、撤退を選ぶことになる。


『どこまで知っているかを教えてくれれば、私も包み隠さず話す。いや、話すべきだろうな。いずれにせよ、私としてはもう隠し事をするつもりはない』


……その言葉が信じられないからこそ、ここまで事態がこじれたのも、また一因か。

 私は『その者』に、本部で調べたバンシーについての情報を送信した。


『わかった。それじゃ、私も話そう』

『頼む』


 私はそう言った後に、しばらく沈黙が続いた。その間、奴は何を考えているのか?……そして、ようやく話し始めた。


『まずは……君の言うとおり、バンシーに関わるすべての事件の責任は組織にある……正確に言えば、組織の研究部門だな』

『またか』

『……ああ。それで、君に謝らなければならないことがある。実は、あの家に住んでいた家族は全員、組織の実験台として殺されたんだ。つまり、彼らは実験体だったわけさ』


 その言葉を聞いて、私は愕然とした。『組織』がかねてより人命を軽視しているのは知っていたが、今回のように表沙汰に――少なくとも、私達にまで話が届くように――なるようなケースは珍しい。仮に表沙汰になったとしても、組織には我々以外に後始末専門の部署があるのだから、そちらに話を回せばいいことだが……。

 しかし……そこまで考えて、私はある一つの考えを導き出した。それを、『その者』に問いただす。


『まさかとは思うが、今回の事件が我々に回ってきたのは、また組織の上層部で揉めたからか?』


……しばらくして、返事が来た。


『ああ。そうだ』


 まったく……確か、サキの事件の時もそのような感じで介入した気がする。最近、『組織』の上層部はかなりピリついているようだ。無論、そのシワ寄せは現場の私達に降りかかってくる。


『それで、その失態を犯した研究部門とは?』

『正式な名称はない。ただ、組織の研究開発局に属している一部門だ』

『どんなことを研究していたのだ?』

『……一言で言うと、あの世とこの世の存在を混ぜ合わせる研究だ。その過程において、様々な生物を用いた人体実験が繰り返されていた』


 私は絶句してしまった。『その者』の言葉が真実ならば、それはあまりにも冒涜的な行為だ。とても『組織』が管理できるような領域ではない。


『それで、何をやらかしたんだ?』

『部署の人間いわく、実験中に突然暴走して姿をくらませたらしい。その場所が、君達が最初に向かった家だ』

『なるほど』

『そのあとは、君達の知る通りだ。他に質問は?』

『……お前は、バンシーについてどう思っている?』

『正直言って、現時点では何とも言えない。だが、ハッキリ言えることが一つだけある』

『というと?』

『最近の組織…特に上層部は、組織にとって有害な存在になりつつあるということだ』


……その文言を見て、私は普段よりも慎重に言葉を選んだ。


『どういう意味だ?』

『そのままの意味だ。このままだと、組織が崩壊するかもしれない』


……こいつは、一体何を知っているのだろうか? いや、そもそも、いくら特注の暗号回線を仕込んだこのタブレットを使用した会話とはいえ、まずいのではないだろうか?


『よく、そんなことが言えるな。この通信端末を使って』

『君だって薄々勘づいているはずだ。組織が今、崩壊寸前であると』


 私はその言葉に何も返せなかった……確かに、最近上層部の不手際が目立つとは思っていたが、それでも『組織』が崩壊する可能性までには至らなかった。

 もしかしたら……私は知らず知らずのうちに、『組織』の忠実な手下になっていたのかもしれない。そこまで自己嫌悪に陥りたくはないが、なんとなく『その者』の言っていることが正しいような気がした。


『まぁ、それはともかく、今はバンシーの事件を解決してくれ。何度も言うが、危険そうならいつでも撤退してくれて構わない』

『わかった。あと、今日見つかった遺体に関する調査資料は、明日の朝までに届けてくれ』

『了解。通信終了』


 私はその文言を確認すると、タブレットの電源を落として、そのままベッドの上に横たわった

……バンシー。その名前を頭の中で反すうしながら、私はいつの間にか眠りについていた。


                      ※


――翌朝。

 昨日の疲れが残っていたのか、私はいつもより遅く目覚めた。寝床兼自室となるカプセルの中で身支度を整え、洗面所で顔を洗い、ついでに朝風呂も満喫する……とても、事件捜査に携わっている刑事とは思えない、穏やかな朝だ。

 それから食堂で朝食を取ろうとしたのだが、そこではすでに鳴海刑事達が朝食を食べ終えた後だった。彼らは私に気付いて挨拶を交わしてくる。


「おはようございます、神牙さん。珍しいですね。今日は神牙さんが寝坊ですか」


 鳴海刑事の言葉に、私はふと時計に目を向けた……時刻はすでに、午前十時…普通の刑事なら遅刻している。

 私はみんなに申し訳ないと言って、席に着いた。すると、私の隣に座っている鬼島警部が話しかけてきた。


「それで、今日は捜査はどうするんだ? 昨日見つかった遺体を調べんのか?」


 その問いかけに、私は首肯した。今現在も、バンシーについては分かっていないことが多い。

 しかし……言い方は酷だが、奴の犠牲者の遺体が三体発見できたことは、我々には幸いだった。遺体から、何か奴についての情報が得られるかもしれないからだ。

 私はみんなに、遺体検分の許可を取ってくると言って、ホテルの自室に戻った。そして専用タブレットを使って『その者』と連絡を取った。


『なんだ?』


……自分から呼び出しておいて言うのもなんだが、こいつはいつ寝ているのだろうか? 気になる疑問を頭の隅に追いやり、私は『その者』に昨日見つかった遺体を検分したいと連絡した。


『ああ。分かった。搬送先は神明大学附属病院でいいな?』

『ああ、感謝する』


 そして通信を切り、私は再び食堂まで戻ろうとしたが、その道中で鳴海刑事達とすれ違う。


 「おう、先に病院に行ってるからな。もう許可は取ったんだろ?」


 鬼島警部の質問に、私は肯定の返事をした。

 そのまま彼らとは別れる形となり、私は遅い朝食をとることになった。食事を済ませて改めて身支度を整え、私はホテルを後にして、タクシーに乗って目的地を目指した。


                      ※


 病院に到着してすぐに、私は病院の受付へと向かった。そこにいる女性に用件を伝えて許可をもらい、解剖準備室へと向かう。


「…む…?」


 目的の場所までたどり着いて中に入ると、そこには手術着を着た大倉刑事がうずくまっていた……状況から考えて、解剖に耐えられなかったのだろう。

 私は彼にしばらく休んでいるように言って解剖に立ち会う準備を終える。

 そして、大倉刑事の『すまない……』という謝罪の言葉を背に、隣接された解剖室へと足を踏み入れた。


「ん?」

「お、来たか」


 そこには、見慣れた面々が遺体を取り囲んでいた。


「本当に遅刻してきたな」

「な、言った通りだったろ?」


 遺体を解剖している医師――アシュリンに対して、鬼島警部が自慢げに笑った。その隣では、鳴海刑事がいたって真剣な面持ちで遺体に目を向けている。

 私は誰に言うでもなく遅くなったことを謝罪して解剖の輪に入り、遺体の状態を確認した。

 すでに夫である村上茂雄と妻の村上さやかの遺体は解剖済みのようで、今は長男の明の解剖に取り組んでいるらしい…が、それもすでに終わりそうだった。

 私は邪魔にならないように少し離れたところに移動する。

 そして、明の身体を観察し始めた……やはり、腐乱が進んでいて、どれが致命傷なのか、そもそも外傷の有無が分からない。仕方ないので、そのままアシュリンが解剖を終えるまで待つことにした。

……それからしばらくして、解剖が終わった。


「――どうだ? なんか分かったか?」

「いや、残念ながら分からなかったよ」


 鬼島警部の言葉に、アシュリンは首を横に振った……私は、そのやり取りを聞きつつ、明の全身を見渡した。

 彼の遺体は、解剖のために臓器を抜いたせいか、先ほどよりも小さく見えた。普段ならば、この後はアシュリンが切開口を縫ったりして後処理をするのだが、彼女はその場を助手に任せて準備室へと戻る。

 その後、我々も彼女と同じように準備室へ戻って後処理を行い、アシュリンの研究室へと集まった。

 途中、院内をそわそわしながら徘徊していた大倉刑事と合流して、それぞれ適当な位置に陣取ってアシュリンの話に耳を傾ける。


「さて、それじゃあ始めようか」


 そう言って、アシュリンは解剖結果の資料を片手に説明を始めた。


「まず、もう一度伝えるが、三人の死因は遺体の腐乱が激しいために今も不明だ。一応、臓器の内容物調査も精密な状態検査もこれから結果が分かるだろうが……ま、期待は出来ないだろうな」


 彼女の言葉に、私を含めた全員が落胆の色を見せた。

 頭の片隅で覚悟はしていたが……これでは、遺体からバンシーに繋がる手がかりを見つける線は薄くなるだろう。


「すまないな。せっかく来てもらったのに、今回は力になれそうもない…」


 そう言うアシュリンに対して、私は何も言えなかった。『バンシーのせいで死んだ』などと言おうものなら、彼女は一転して烈火の如く怒るだろう。私は彼女に礼を言って、病院を後にした。


「……それで?」


 病院を出て大倉刑事の自家用車まで来たとき、鬼島警部がそう聞いてきた。

……残る手がかりはただ一つ…これまでの犠牲者が引っ越していたという、あの邸宅だけだ。

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