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邪なる意志 ~連鎖反応~

 翌日――私達は、再びバンシーが現れた一軒家のある住宅地に向かっていた。

 昨日はそのまま自宅に帰るのは危険と判断し、皆で警視庁の近くにある『組織』のフロント企業が経営しているカプセルホテルに泊まって夜を明かした。

 そのまま、身支度と食事をして、警視庁の地下駐車場に置きっぱなしになっていた大倉刑事の車でこうして現場まで向かっているわけだ。


「いや~、それにしても神牙があんな宿泊場所を知っていたとは思わなかったぞ」


 上機嫌な様子の大倉刑事に対して、私はこれからも何かあれば利用すればいいとだけ伝えた。


「うむ、そうしようっ!」


……どうやら彼は、あのカプセルホテルが気に入ったらしい。

 それはともかくとして、再びバンシーが襲ってこないとも限らないので、私は昨日よりも緊張の糸をピンと張り巡らせる。

 昨日から家に帰っていないため、装備の変更もしていない。その分、バンシーが現れた際には私自身の力だけが頼りだ。


「いや~、あのカプセルホテルは部屋も風呂も大きいし、メシもうまいっ! しかもそれでいて料金が千円ポッキリとはっ!」


……まぁ、いざとなれば大倉刑事にも手伝ってもらおう。

 そのまま、しばらく上機嫌な大倉刑事の運転を堪能していると、やがて車は住宅街に入って例の現場にたどり着く。

 そして、車を降りると同時に私は周囲を警戒した。


「また現れたりしないよな?」

「その可能性は捨てきれないですね」


 鬼島警部と鳴海刑事も油断なく辺りを見回しているが、特にこれといった変化はないようだ。

 大倉刑事は車から降りて大きく伸びをしながら言った。


「ふぅー……さすがに今日は現れないのでは?」

「どうしてですか? 大倉さん」

「これは自分の勘でありますが、皆さんが対峙したバンシーはこの家から出てきたそうですね?」

「ああ」

「それならば……この通り、その家があった場所は更地になっているでありますから、バンシーも出てこないでありますよ」


 そう言って大倉刑事が指差す先には、確かに昨日まで一軒家があった場所が見事な更地になっている。まるで、はじめからこの状態だったかのようだ。


「……仕事が早えな?」


 鬼島警部が、私に視線を向けながら意味深な調子で言ってくるので、私はその言葉を適当に受け流しながら、空き地に足をつける。

 一通り調べてみるが、どうやら今回の事件に関する物証や手掛かりのようなものは綺麗に掃除されているようだ。まぁ、『組織』の手にかかればこんなものか。

 しょうがないので、私は皆に付近に住む住人達に家族について聞き込みを開始することを告げた。


「そうですね。ここでジッとしていてもらちが明きませんし……」


 空き地に目を向けながら、鳴海刑事は呟いた。

 その後、私達はそのまま一軒家を一つずつ訪問して聞き込みを開始した。幸いなことに聞き込みは昼過ぎには終わり、私達は一度乗ってきた車に入る。


「――それで、どうだった?」


 席に着くなり、鬼島警部が誰に聞くでもなくそう言った。


「自分の方では、失踪した家族の名前は夫の村上茂雄、奥さんの村上さやか、長女の村上花と長男の村上明であることが分かりました」

「僕も、家族の名前は分かりました。それと、聞き込みをした範囲では、家族がいなくなったのは最低でも一週間は前の事のようです」

「アタシも、だいたい似たような感じだな」


 鬼島警部のその言葉に、私が手に入れた情報も同じようなものだと皆に伝えた。


「家族は、近所の方々と付き合いがあったのでありましょうか?」

「それなりにはあっただろうな。でなきゃ名前なんて知らねぇだろうし、いなくなったことに気が付くこともないだろ」

「確かに……でも、地元の警察署に捜索願いは出されているでしょうか?」


 私は鳴海刑事の言葉に、今から地元の警察署に行って調べてみようと言った。


「よし、では向かおう」


 そう言って、大倉刑事は車を発進させた。

 そのまま私達は乗せた車は市街地中心部まで走り続け、都心に繋がる路線の駅近くにある警察署にたどり着いた。

 地方自治体とはいえ、さすがに同じ東京都内にあるだけあって近代的な造りだが……問題は、捜索願いが出されているかどうかだ。もし、家族に関するそのような書類がない場合、捜査は一段と難しくなる。

 不安な気持ちになりながらも、私達は車を降りて警察署へ向かった。

 ロビーの受付にいる女性警察官に、行方不明になった家族の捜索願が提出されているか確認すると、彼女は『少し待っていてください』と言ってすぐに戻ってきた。


「すみません、お待たせしました。ご希望の家族は、先月の半ば頃に行方不明者として届け出が出されていますね。受理された日付は、ちょうど一週間前となっております」

「なんですって!?」


 それを聞いていた鳴海刑事の顔色が変わる。


「ど、どうかなさいましたか?」


 女性警官は突然声を上げた彼に驚いているようだ。


「ああいや、何でもないですよ」


 鳴海刑事は慌てて取り繕うと、丁寧に礼を述べてからその場を離れた。

 私は女性警官に、届け出を出した者は誰か訊ねた。


「えーと、仲村春夫さんですね。備考欄によると、村上家の夫である茂雄さんと友人なんだそうです」


……私は彼女に礼を言って、鳴海刑事の後についてく。


「鳴海……どういうことだ?」


 鬼島警部がそう聞いても、鳴海刑事は首を横に振るばかりだった。


「……分かりません。いったい……」

「ど、どういうことでありますか?」


 私は、鬼島警部達と共に署内の隅に移動して、これからの行動を相談する。

 大倉刑事がいまいち事態を飲み込めていない様子だったので、私は彼に、行方不明者としてこの警察署に届け出がされたのは先月半ば頃なのに対し、付近の住民達の話では実際に家族がいなくなったのは今から一週間ほど前であること。そして、ちょうど届け出が受理されたのもその頃であることが不審であると伝えた。


「あっ、た、確かに……」


 彼は納得がいったようで、『う~ん……』と鍛え上げられた太い両腕を組んで考え込む。


「まさか、誘拐殺人か?」

「どうでしょう……今のところは何とも言えませんね……」


 そのまま私達の間には沈黙が流れるが、私はひとまず、大倉刑事に村上家に関する行方不明者の届け出

を提出した仲村春夫なる人物について、もう一度村上家の自宅があった住宅地で聞き込みをすることと、鬼島警部と鳴海刑事には、私と一緒に再び村上家にあった証拠品を調べなおすことを提案した。


「うむ、分かった」

「確かに……何か見落としてるかもしれませんしね」


 その後、私達は大倉刑事によって警視庁まで送ってもらい、彼を乗せた車はそのまま走り去っていった。

 地下駐車場から庁内に入り、はじめに証拠品が積まれていた倉庫とは別にある、オモイカネ機関本部がある部屋の隣にある倉庫へ向かった。

 ここにも、これまでオモイカネ機関が関わってきた事件に関するあらゆる証拠品が保管されているが、普段からあまり使用しないため、室内に入るとあまりにも埃っぽいために咳が出てくる。


「ゴホッゴホッ、ひ、ひどいですね……」

「……事件が終わったら、掃除するか……」


 私は鬼島警部の言葉に賛成しつつ、証拠品が収められた棚の林をかき分けて、一番奥までたどり着く。

 この部屋は、本部にある書架よりも少し広く、証拠品の所蔵量ならば都内でも一、二を争うほどだろう。

 そんな広大な証拠品の山から、昨日より新しく加わった段ボール数箱を取り出して倉庫を後にし、隣のオモイカネ機関本部に運び込む。

 その後、私達はダンボール箱いっぱいに詰まった証拠品を捜査していくが、ほとんどは家族が普段から使っていたであろう日用品ばかりであり、やはり今回の事件に関わりのあると思われる証拠品はビデオカメラとそのテープ数本だと考えられる。


「やっぱ、これしかねぇか……」

「ですね……」


 二人も私と同じ考えになっているのか、それら二つの証拠品を見つめてため息交じりにそう言った。

 私は二人に、最初に見たテープは今は置いておくとして、残りのテープを見てみようと提案した。


「そうだな」


 鬼島警部はそう言って、ビデオカメラを手に取って中に入っているテープを取り出し、箱の中から適当に別のテープを手に取って設置する。


「さて、何が映ってるのか……」

「緊張します……」


 言葉通りに、鳴海刑事は顔を強張こわばらせながらもビデオカメラの画面にくぎ付けになった。


「――やってくれたな」


 それから数十分ほど経ち、最後のテープを見終わった鬼島警部は吐き捨てるように言った。

 結論から言うと、テープの中身はほとんどが殺人動画――スナッフムービーというものだった。

 誰がなんの目的でこのような動画を撮影したのかは分からないが、いくつかの収穫はあった。私がそれを話そうとした瞬間、鳴海刑事が口を開く。


「確かに……でも、いくつか気になる点は見つけました」


 そう言って彼は、ビデオカメラを手に取ってテープを入れて再生し始める。再生が始まると、彼は少し早送りボタンを押して映像を進めた後、私達にビデオカメラの画面を見せてきた。


「ほら、ここ……よく見てみると、年度と日付、それに家族の名字が書かれていませんか?」

「ああ、確かにな」


 鬼島警部が言うように、画面の中には『20○○年 10月13日 東京都○○市 村上家』と、風呂場のタイルの上にマジックペンのようなもので書かれている。

 その後も他のテープを見てみるが、ほとんどの殺害現場で同じような内容が様々な方法で表示されていた。古い順番に直すと、


『1998年 8月13日 山梨県○○市 山川家』

『2001年 5月13日 秋田県○○市 川田家』

『2013年 2月13日 秋田県○○市 田中家』

『20〇〇年 1月13日 東京都○○区 仲村家』


 と記されていた。


「これらの家族……もしかしたら、今回の村上家と同じように失踪しているのかもしれませんね」

「ああ、かもな。ここに書かれている場所にある警察署に調べに行けば、何かわかるかもしれねぇ」


 私はその言葉に肯定の返事をしつつ、今のところ共通している点は、今回我々が捜査を担当してる事件は連続殺人事件であることと、殺人決行の日付が『13日』ということだとも付け加えた。


「確かに……年度や月、場所にはバラツキがあるのに、日付だけは一致してますね。犯人にとって、何か意味があるのでしょうか?」

「……ジェイソンマニアとか?」

「……警部――」

「分かってるって! そんなマジになるなよっ! ああ、そうだなぁ……アタシ達があったバンシーとかいう怪物と、何か関係あるんじゃねぇか?」

「あ、なるほどっ!」


 確かに、鬼島警部に言われるまで気づかなかった。それが正しいかは不明だが、調べてみる価値はありそうだ。なぜなら、その根拠となるものを、私は映像の中で見つけたからだ。そのことを二人に伝える。


「え、どこですか?」


 私は鳴海刑事からビデオカメラを受け取ると、問題となる場面まで巻き戻した。その場面は、ビデオカメラが起動した直後の映像だ。


「どれどれ……あっ!」


 私が指差す場所を鬼島警部が覗き込むと、彼女は驚きの声を上げる。それは鳴海刑事も同様だった。


「これ、なんの紋章でしょう?」

「さぁな。そういえば、こういうのに詳しい先生がいたろ? ほら、山の中で中世のお貴族様の真似事みたいなことしてる先生――」

「あぁ、カチューシャさんですね」


 カチューシャ……確かに、彼女ならこの紋章について詳しいことを知っているかもしれない。

 日本的な家紋とも見えるかもしれないが、これが西洋の紋章ならば、この日本で私が頼りにできるのは彼女を置いてほかにない。私は早速大倉刑事に電話した。


「神牙か? すまん、あれから聞き込みを続けているのだが、仲村春夫なる人物についての情報は手に入っていない」


 珍しく私に対して意気消沈した様子を見せる大倉刑事だったが、私は構うことなく、これから鬼島警部を警視庁まで迎えに行き、彼女と共に現場捜査に着手してほしいと伝えた。


「なに? そうか……すぐに向かうっ!」


 追加の現場捜査ということで、大倉刑事は再び張り切った様子で電話を切った。

 私はスマートフォンをしまい、鬼島警部はあとで大倉刑事が迎えにくるので、彼と共に家族達の事について捜査してほしいと伝えた。


「おう、分かったぜ」


 続けて私は、鳴海刑事に紋章の事でカチューシャに会いに行こうと伝えた。


「ええ。行きましょう」


 鳴海刑事は、事件が進展を見せたことで生気を吹き返したようで、若年じゃくねんに良く似合うハツラツとした様子で答えた。


                    ※


「なるほど、ビデオテープに写っていた場所に残されていた紋章ねぇ……」


 車で数時間、徒歩で数十分……すでに外は暗闇に包まれていたが、我々はなんとか深い森林の木々をかき分けてカチューシャの館にたどり着いた。

 館の主は、我々の苦労などまるで気にしていないかのように、応接室の見事な革張りのソファに深く腰掛けて、我々が渡したビデオカメラの映像にくぎ付けになっていた。


「確かに、この紋章には見覚えがあるわ」

「えっ!? 本当ですかっ!?」

「ええ、ちょっと待ってて」


 そう言ってカチューシャは立ち上がり、応接室を後にする。どうやら、彼女の自室に保管されているらしい。

 数分後、彼女は何冊もの分厚い本をテーブルの上に積み上げながら戻ってきた。


「これは、ヨーロッパの中世時代に使われていた紋章の図鑑よ」

「へぇー、すごいんですね」

「ええ。でも、今はあんまり役に立たないかも」

「どういうことですか?」


 鳴海刑事が身を乗り出して尋ねると、カチューシャは一冊の本のページを開いてみせた。そこには、我々が良く知る紋様とよく似た絵が描かれている。


「あ、これ……」

「私が知る限りでは、映像に映っていた紋章と一番形が似ているのがこれね」

「あの……これはどういった意味があるんでしょう?」


 鳴海刑事が図鑑から目を離さずに尋ねると、カチューシャはソファに身をゆだねて答える。


「その紋章は、かつて中世ヨーロッパ時代に東欧のごく限られた山岳地帯で信仰されていた宗教のシンボルマークよ。

 山岳地帯っていうのは、昔から都市や街とは異なる文化圏を築くことが多くて、キリスト教会が絶大な権威を誇っていたその時代でも、その宗教はその地域で強く信じられていたわ」


 まるで、自分がその時代を生きてきたかのように話すカチューシャに対して、鳴海刑事がさらに質問する。


「あの、その宗教の名前とかって分かりますか?」

「残念ながら、名前はないわ」


 カチューシャはゆっくりと首を横に振る。


「キリスト教や仏教のような世界宗教のようなものじゃなくて、民間信仰――しかも、その山岳地帯で暮らしていた人達だけが代々受け継いできたような信仰だから。

 ただ、それだけ閉鎖的であつい信仰でも、当時のキリスト教会からすれば邪教になるわけね。度重なるヨーロッパの戦乱の中で、その宗教も教会に弾圧される形で姿を消していったわ」

「そうなんですか……あの、それでしたらこの紋章の意味は分かりますか?」


 鳴海刑事のあからさまな落胆ぶりに気を悪くしたのか、カチューシャは彼をフォローするように話を続ける。


「ええ。これは、その宗教で崇められていた神を表す紋章よ。同時に、その神がこちらの世界にやってくる際の出入り口――ゲートのような役割を担っているの」

「紋章が出入り口、ですか?」

「別に珍しいことじゃないわよ? ほら、日本のアニメとかでも、術者が何かやったら魔法陣からボワボワッて出てくるじゃない?」

「ああ、なるほど……」


 確かに……この紋章がヨーロッパを発祥とするものならば、紋章がそのような役割を担っていてもおかしくはないだろう。

 とにかく、聞きたいことは聞けた。今後は、紋章の出所に関して調査することにしよう――そう考えてカチューシャにお礼を言った瞬間、スマートフォンに着信が入った。


『神牙か? アタシだ』


 電話に出ると、相手は鬼島警部だった。


『あれから、地元の警察署に片っ端から連絡を入れて、ある程度収穫があったぜ。一度戻ってこれるか?』


 私はその言葉に快諾かいだくの返事をして電話を切り、応接室にいる二人に伝えた。


「あら、順調に捜査が進んでいるみたいね?」

「はは、まぁ、ボチボチ……」


――あまりカチューシャに勘繰かんぐられたくないので、私は彼女に再び礼を言って応接室を後にしようとした。


「あ、ちょっと待って」


 私達が応接室の扉に手をかけた時、後ろからカチューシャに呼び止められた。

 私が返事をすると、カチューシャは別の棚から別の本を取り出してページをめくる。


 私が、どうかしたのかと質問すると、彼女は本から目を離して、いたって真剣なまなざしで問いかけてくる。


「あなた達が見たっていうバンシーだけど……家を倒壊させて襲ってきたって、ホント?」

「はい、そうですけど……」


 鳴海刑事がそう答えると、カチューシャは少し考え込むように沈黙してから、改めて口を開く。


「ねぇ、もしもの話なんだけど……そのバンシーが、偽物って可能性はない?」

「え?」


 カチューシャの言葉に、私と鳴海刑事はあっけにとられてしまう。


「あの、それはどういう意味でしょうか?」

「そのままの意味よ。そのバンシー、人間が作った人工的なものって可能性はないかしら?」

「ええっ!?」鳴海刑事は、素っ頓狂とんきょうな声を上げる。

「そ、そんな馬鹿なことあるはずないですよ! だって、あの怪物は間違いなく僕たちを襲ってきましたよっ!?」

「私が気にしているのはそこじゃないわ。あなた達を襲った怪異が、本当にバンシーだったかどうかよ」

「ど、どういうことですか?」


 鳴海刑事は、困惑した表情を浮かべる。


「つまり、本物のバンシーじゃなかったらってこと」

「本物じゃないなら、偽物ってことですか?」

「もしくは、名前だけ借りた何かって感じね」

「名前だけ借りた何か……」


 カチューシャの言葉に、鳴海刑事はしばし呆然とする。


「そうよ。例えば、その怪物は人工的に作られて、なんらかの理由でバンシーと呼ばれているとか…」

「何か、そのように考える根拠があるんですか?」

「ええ、あるわ」カチューシャはそう言って、手元の本に視線を移す。

「私が知る限り……バンシーは人の死をその人がいる家の周辺で叫び声をあげて知らせるだけなの。家を破壊したり、まして人間に物理的に襲い掛かってくるなんて、聞いたことないわ」


 カチューシャはそこまで言うと、顔を上げて私を見る。


「ねぇ、ファング。あなたが見たバンシーは、本当の意味で"バンシー"だったの?」


……私は、その質問に対してただ首を横に振ることしかできなかった。


「それなら、あなた達が探しているバンシーに関しては、力になれそうにないわね」


 そういう彼女に、紋章のことについて教えてくれただけでも、助かっていると私は伝えた。すると、カチューシャは少し照れくさそうに笑う。


「いいのよ、別に。こういうのは、私の専門だしね」


 そう言いながら、カチューシャは手元にある本を閉じた。


「……あの、最後に一つだけよろしいですか?」

「何?」鳴海刑事の問いに、カチューシャが返事をする。

「その紋章が描かれた本は、一体どこで手に入れたものなんですか?」

「えっと……確か、私が大学生の時に同じサークルの先輩の母親の妹の娘の友達の父親の姉が持っていたのを借りたものよ」

「……そうですか」

「ええ、そうよ」


……鳴海刑事はカチューシャの返答を聞いて諦めたのか、そのままトボトボと応接室を後にする。私も、カチューシャにお礼を言って応接室から出ていった。


「ええ。また何かあったら、いつでも寄ってちょうだい」


 私の研究に役立ちそうな素材と一緒にね――最後の言葉には、そのような意味が込められているような気がした。


「――はぁ、もうずいぶんと日が経ってますね」


 カチューシャの館を出て空を見上げて、鳴海刑事がそう言った。

 彼と同じように空を見上げると、確かにそこには星々が煌々(こうこう)と輝く夜空が広がっていた。

 だが、今の私にはこの夜空をでている時間はない……多くの人間を殺傷している今回の連続殺人の犯人も、この夜空の下を今も闊歩かっぽしているかもしれないのだ。

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