人形の家 ~残った存在~
「結局、真相は分からずじまいだったな」
加山巡査の自宅で起きた騒動から数時間後――周囲が喧騒に包まれる中で、鬼島警部がボソッと言った。周囲には他にメンバーもいない。どうやら私に向かって言っているようだ。
私は彼女の言葉に、同じような調子で『そうでもない』とだけ伝えた。
「あ? なんか証拠でも見つけたのかよ?」
途端に機嫌を悪くする鬼島警部に対して、私は今回の一連の事件は単なる事故で捜査終了となるだろうが、今後行方不明となった安藤刑事の家宅捜索によって、事件の全貌が明らかになるかもしれないことと、あの夜に私達の前に現れた人形の群れについて、先ほどカチューシャと継続捜査を行うことで決まったと、彼女に告げた。
「へぇ、そうかい。ま、それなら文句ねぇよ」
鬼島警部に笑みが戻る。どうやら、私の言葉を信じてくれたようだ。
その後……私達を待っていたのは地元警察の取り調べだったが、ありのままを話しても、当然相手側は納得していないようだった。人によっては、私達が安藤刑事を行方不明にしたと思い込んでいる者までいる始末だ。
だが、なんとか私達は釈放された。互いに疲労の色を隠さないで談笑していると、私の専用タブレットに連絡が入る。相手は『その者』だ。
『終わったか?』
『お前が手を回したのか?』
『そうだ』
相変わらず、あっけらかんとしている。良い意味で言えば素直だが、なんとなくそれは言いたくない。だが、礼は言わなければ。
『助かった』
『お安い御用だ。それより、今回の事件で気になる点はあったか?』
私はそのメッセージに対して、これまでの捜査状況と、人形の群れについて信頼できる協力者と共に通常業務と並行して調査を継続していくことを伝えた。
『分かった。組織の方には、私からうまく説明しておく。その怪異について何らかの支援が必要になったら、いつでも言ってくれ』
『分かった』
『それでは』
こうして、組織の懸案事項がまた一つ片付いたわけだ。幾人もの犠牲を出してだが。
※
数日後――私達は都心の警視庁に戻って、いつもの地下の資料保管室で書類仕事に追われる羽目になる。
「はぁ、どうしてこの現代で、こんな紙を使った仕事をしなきゃいけないんだ?」
「正直、紙だろうがデータだろうが、僕達の仕事の量と質はあまり変わらない気がします」
「そういうことじゃねぇよ、つまりだな――」
その後も、鬼島警部と鳴海刑事の仕事に対する議論は続いたが、なんだかんだ言って終業時間までにはある程度の報告書は出来た。
別に、誰かに報告するために作っているわけではないが、今回の事件もまた、私の目の前に見える膨大な書架の海に沈むことになる。
一見無意味なことにみえるが、これこそが、この部署の最大の存在意義と言えるだろう。
誰もがバカバカしいと切り捨てるような事件……それを、あらゆる観点から捜査してなんらかの捜査資料を作成する。事件が解決することもあれば、解決しないときもある。
しかし、どのような場合でも、この一連の作業は決して怠らない。
最近は文句を言う鬼島警部も、なんだかんだ言ってよくこの作業に励んでくれている。嬉しい限りだ。
いつか、それらの事件は私達か、他の誰かが引き継いでなんらかの決着がつくかもしれない。その日を迎えるために、この作業は決して怠ってはならないものだ……非常に退屈ではあるが。
「――うし、終わった。じゃあな、神牙」
報告書を書き終えた鬼島警部は、そう言ってリュックを背負って本部から出ていく。すでに大倉刑事と鳴海刑事は退勤している。
私も清書を終えてパソコンの電源を切り、帰り支度を済ませて帰路につく。
警視庁の地下駐車場から車に乗って外に出ると、空はすでに暗闇に包まれており、その代わりとばかりに地上では街灯の明かりが煌々(こうこう)と輝いていた。この光が、私の日常における家までの導きの星となるわけだ。
私はそのまま車を東京郊外の住宅地まで走らせ、やがて目的の場所までたどり着く。今のところ、私がこの世で唯一安らげる場所である自宅だ。
車を車庫にしまい、そのまま車庫に備え付けられた扉からリビングに入る。靴は玄関と同じようにその場で脱ぐ。
「……お帰りなさい…」
「っ!?」
いきなり背後から声をかけられた。見ると、そこにはロングコートを着て目深にフードをかぶり、古い型のガスマスクを装着している大きな体躯の女性がいた。私が『敵か味方か』事件で保護するようになった『組織』の実験体、サキだ。
彼女は根がシャイな性格なのか、その体格に見合わず声が小さいし気配も感じにくい。それでいて、いざ戦闘となったら恐ろしく強いのだから始末が悪い。だが、今は私が守るべき存在だ。
私は彼女に挨拶の返事をすると、彼女はスッとリビングを指差す。
そこでは、サキとは異なる異形の存在――白と灰色の獣毛に覆われた人型の大柄な体躯をした女性がいた。彼女もまた、事件を解決するなかで保護した存在である。名前はハナという狗神だ。
彼女はリビングの食卓で、手づかみで料理を頬張っている……怪異でも腹は減るらしい。
「ごはん……出来た…」
私はその言葉に感謝の返事をして、リビングの椅子に座ってサキの手料理を食べた。この体躯からは想像もできないが、彼女は料理が得意らしい……実験体になる前からそうだったのだろうか?
そのまま食事を終えると、いつも使っているスマートフォンに連絡が入った。カチューシャからだ。
私は、サキに『おかわり』と言って皿を突き出すハナを尻目に電話に出た。
『あ、ファング?』
私はカチューシャに返事をした。彼女とは、昨日の夜に人形の群れを捜索することを提案してから協力関係にある。
『あなたが言っていた人形の群れについて聞きたいことがあるの。今、あなたが言っていた神社に来ているんだけど……人形の姿が見当たらないわ。ただの一体もね』
私の脳裏には、その話を聞いた瞬間に安藤刑事を飲み込んだ人形の群れと、鳴海刑事達の顔が思い浮かんだ……私はしばらく呼吸を整えて、話を続けるように言った。
『うん。あのね、最初見た時はあったんだけど、急に襲い掛かってきたのよ。でも、ここが神社だったおかげか、それほどてこずらなかったわ。それで、人形を調査しようとしたんだけど、その時にね。出てきたのよ――』
――私はその言葉の先に出てきた名前を聞いた瞬間、はじかれたように自宅の二階に駆け上がって自室に入り、すぐそばにある扉を開けた。
「む? 何用じゃ?」
部屋の中には、私が予想していた人物が予想通りに座椅子に座っていた。
その隣……和装の少女の近くでは、もう一人、同い年くらいの少女が似たような和装でうつむいて正座している。その周囲には、種類豊富な人形が数体ほどあった。
タルホ――私が名前を呼ぶと、和服を着たおかっぱ頭の少女がこちらに目を向けて、ニッと微笑む。
「感謝するのじゃぞ? わらわがこの子を守ってやったのじゃ」
私が事情を説明するように言うと、タルホは頷いた。
「ふむ。まぁ、なんじゃ……あの安藤という輩は、この子に良からぬ痴れ事をしておっての。それでまぁ、この子の無念が人形のうちの一体に宿ったわけじゃ。
他にも、あの神社では多くの念が宿った人形があったじゃろ?
あれらの中には、ちといたずらが過ぎることをする奴らがおっての。そ奴らが安藤とかいう者を殺めたのじゃろうが、そ奴らはわらわがまとめて冥界に送ってやって、今はおとなしいのばかりじゃ。
それでな、ほとんどの念は今はそう……半ばこの子の中に同化しているような状態じゃ。今のこの子は、人形を抜け出て純粋な霊体となっておる。この一見実物に見える人形達もそうじゃ」
私はタルホに、今の彼女に危険性はないか訊ねた――その言葉を聞いた瞬間、タルホはニヤッと意味深に笑う。
「お主ら人間が余計なことをしなければの」
……それは、タルホから私への、『ちゃんと面倒を見るんじゃぞ?』という、老婆心が込められた脅迫のように聞こえた。
私は、電話口から聞こえてくるカチューシャの声に反応して、なんでもないとだけ伝えて電話を切り、少女の近くまでいって座り込んだ。
「……」
少女は、怯えた様子でこちらを見つめてくる……私は彼女に、名前を教えてほしいと言った。
「……アヤカ」
「ククッ! これでこの家の新しい住人が増えたわけじゃ! よろしくのぅ、お嬢ちゃん」
「は、はい、よろしくお願いします……!」
私は、隣にいる強大な力を持つ黄泉の支配者と共に、この幼く、小さな、しかし強力な霊力を持った少女を養っていかなければいけないと、心から誓った。




