人形の家 ~闇に消える器~
我々が横沢宅を後にしてから車で数分後――我々は、今回も加山巡査の自宅兼駐在所で夜を明かすことになった。
だが、家主である加山巡査は自宅側の玄関の前まで来ると、急に歩みを止めた。
「ん? どうしたのだ、加山?」
大倉刑事が訊ねると、加山巡査が額に脂汗を流しながら振り向いて答えた。
「じ、自分、ちょっと用事を思い出したであります。しばらくここで待っていてほしいであります」
「なんだ? 自分も手伝おうか?」
「いえ、結構でありますっ!」
「あ、おいっ!」
そう叫んで、加山巡査は大倉刑事の制止を振り切って玄関から中に入ると鍵を閉めてしまう……どうせ、大倉刑事に何回注意されても自宅の中が荒れ放題のままなのだろう。人の習慣はなかなか変えられないものだ。
案の定、住居の奥からはドタバタと音が聞こえる。
「……一体、奴は何をやっているのでしょうか?」
「どうせ、散らかり放題の部屋を片付けてんだろ?」
鬼島警部は躊躇なく言い切った。まあ、躊躇するようなことでもないか。
しばらくして、加山巡査は先ほどよりも数倍はある量の脂汗を伴って姿を見せた。
「ぜえ…ぜえ…ど、どうぞ中へ……」
「う、うむ……」
その異様な風貌に、さすがの大倉刑事も引いてしまう。
私達は加山巡査の自宅に入ると、すぐさまリビングに向かってありったけの資料を広げた。
リビングはこれまでと違って綺麗だが……よく見てみれば、剥き出しのフローリングの床のところどころに皮脂汚れや埃が目に付く。いかにこの部屋が先ほどまで悲惨な状態だったかを物語るほどだ。
まぁ、それはそれとして、私はさっそく鬼島警部達から説明を受けることにした。
「よし、じゃあ話すぜ」
そう言って鬼島警部が手渡してきたのは、山本綾香の事件に関する記録のコピーだった。
「調べてみたら、アタシの思ったとおりだった。あの安藤って刑事、山本綾香の事件を担当してたぜ。捜査一課の課長としてな」
「一課課長って……やり手じゃないですか。とてもそんな風には見えませんでしたけど……」
「ただ、あの事件は警察が簡単な現場検証と事情聴取だけを行って早々に事故として処理されているであります」
大倉刑事に続いて、加山巡査が資料を見ながら話す。
「しかも、安藤刑事が作成した調書には、いかにも多くの捜査をしたような記載がありましたが、他の刑事達の調書も同じような内容ばかりであります。まるで、コピーを取ったかのように……」
なるほど……捜査一課長ならば、部下の調書を改竄するのはお手の物だろう。失礼だが、このような田舎の警察署ではなくもない話だ。
「う~ん……安藤刑事は、あの事件をどのようにしたかったのでしょう?」
「それは分からねぇが、何かを隠したかったのかもな。今回の事件だってそうだ。アタシ達の前に現れたと思ったら、何かとウダウダ言ってきやがる……さっきの横沢の家の時だって、ホントに明かりが点いてたから見に来たかどうか、怪しいもんだぜ」
どうやら、鬼島警部の中では安藤刑事は最重要指名手配犯のような扱いのようだ。もっとも、それは私も変わらない。
とにかく、状況を整理しよう。そう思って、私は自身の考えを皆に述べた。
まず第一に、この村では過去に二人の人間が同じ場所で亡くなっている。最初の被害者である山本綾香と、今回の事件の被害者である横沢成吉だ。
横沢は山本の遺体を発見した第一発見者でもあり、事件後には、事件が起きた川で釣りをするたびにどこかから手に入れた人形を家に持ち帰っていたという証言がある。
彼が人形をどのようにして手に入れたかは不明であるが、その人形が元々どこにあったかは判明している。前回と今回の被害者達が発見された川の上流域にある丘の、明治初期頃に建立された神社である。しかも、その神社は訳アリの人形を供養するためだけに建立されたという。
そして死因についてだが、横沢の場合は状況から考えてその原因を人形に求めることも可能性の一つとしてあり得るが、山本の場合は違うと思う。彼女の遺体が発見された現場からは人形などは発見されておらず、当時彼女が暮らしていた家にも人形の類は一つもなかったそうだ。両親からも、それらしい話は聞けなかった。少なくとも、事件の事を詳細に記録していた安藤以外の刑事達の調書にはそのように記載されている。
そして、山本綾香の死はただの事故だったと言えるだろうか?……これは、今までの捜査や安藤刑事の当時と現在の言動から考えて、充分に検討する必要があると思う。
私が話を終えると、鬼島警部が口を開く。
「まぁ、人形うんぬんはアタシには分からねぇが、この小さな村の中で二人の人間が同じ場所で死んでいるのが見つかったって言うのは、調べる価値があると思うぜ」
「僕は、そうですね……それと同時に、人形のことも考える必要があると思います。綾香ちゃんの事件は偶然かもしれませんが、なんとなくですけど、横沢さんの事件の方は人形が何らかの形で関与しているような気がして」
「自分は、お二人の意見に賛成でありますが、個人的に気になることがあります」
私は、大倉刑事に対してそれは何かと問いかけた。
「地元警察の対応だ。綾香ちゃんの事件といい、今回の事件といい、いささか捜査がずさんな気がする」
「あ、それは自分も思っていたであります」
大倉刑事の言葉に、加山巡査が賛成の意を示す。
「自分が知る限りでは、どうもあの安藤と言う刑事が怪しい気がするであります」
「どうしてだ?」
鬼島警部がそう聞くと、加山巡査がポリポリと頭をかく。
「も、申し訳ありません。ハッキリとは言えないでありますが、なんというか……これらの一連の事件から、我々を遠ざけたいような印象を受けるであります」
加山巡査の言葉は鬼島警部の言葉と一致する。私にも心当たりがあった。
私達が捜査協力を申し出た時、私達が山本綾香の事件を捜査すると言った時の安藤刑事の言動、そして、先ほど横沢宅で見せた態度……あれは、一見すれば地元の事件に中央的な存在が介入することを嫌がる地元警察の刑事にありがちな態度に見えるが、今考えれば、我々を事件から遠ざけようとする行動にも受け取れる。
ただ、この考えには確証がない。何か、安藤刑事がそうするに至る確証のようなものがあればいいのだが……私はその考えを皆に話した。
「ま、確かにな。アタシも奴は怪しいと思うが、物証が必要だわな。となると、もう一度地元の警察署で山本綾香の事件を調べたほうがいいな。今度は当時の事件を担当していた刑事達を中心によ。それと、地元警察の行動も監視もしねぇと」
「そうですね。それならば――」
その後、我々は今後の行動指針を山本綾香と横沢成吉の事件の捜査と並行して、地元警察の動きを監視することに決めた。これが事件解決に役立つかは分からないが、今のところ、これがベストな選択なきがする。
そして、メンバー達が就寝の準備を進めるなか、私はスマートフォンを取り出してアシュリンに連絡をとった。
『ファング? なんだ、こんな時間に?』
私は彼女に、ある用件に大至急取り掛かってほしいと伝えた。
『――なるほど、分かった』
――私から用件の詳細を聞き終えた彼女は、何も問いかけることなく、電話を切った。
※
――それから数時間後。少し眠った気がするが、どうもよく寝付けない……まるで、見えない何かが私の睡眠を妨害しているかのようだ――というのは言い訳だろうか?
だが、こういう時には、何かがある……これまでの経験から、そのようなことが自然と思い浮かぶ。
私は布団から起き上がって、しばらくその場でジッと周囲の様子を探った。
……外から聞こえる虫のさえずり…大倉刑事と加山巡査のいびき…鳴海刑事と鬼島警部の寝息…意識を集中させるにつれて鮮明に聞こえてくるそれらの音に混じった、かすかに気になる音が聞こえる。
草花の間をかき分ける、無数の音……虫ではなさそうだ。それに混じって、この建物に近づいてくる自動車のエンジン音……これはなんだ?
やがて、エンジン音と草花のこすれる無数の音は徐々にこの建物に近づき……エンジン音は家の前で止まった。
しかし、こすれる音はなおもこちらに近づいてくる。エンジン音とは反対の方向、山林の側だ。
私は近くに置いてあった自分のバッグから、数枚の呪符とナイフと拳銃を取り出す。
エンジン音が聞こえてきた方向からは、代わりに誰かの足音……それはちょうど玄関の辺りで止まり、ガチャガチャとドアノブから音が鳴る――私はその瞬間、目を見開いて周囲の様子を探る。
玄関からは相変わらず音だけが聞こえる……山林側を見ると、眠りについた時にはカーテン越しに月明かりで照らされていた外の光景が、今は漆黒の闇に包まれていて様子が判然としない……しかし、相変わらず音だけは聞こえてくる。
皆を叩き起こそうかと迷った……こすれる音の正体はいまだ判然としないが、玄関の方から聞こえてくる音には明らかに人間の悪意が感じられる……こんな時間に我々を訊ねてくる人間などいないだろうし、いたとしても、あらかじめ連絡をとるはずだ。インターフォンを鳴らさずにドアノブを回して家の中に入ろうとする行為は、それ自体が明確な悪意を持つ証拠である。
私がしばらくその場で逡巡している間にも、双方からの音は途絶えない――その時、私のスマートフォンから着信音が聞こえてきた。
静寂な世界に響く二つの異音に混じってきた、現実世界を感じさせる電子音は、二つの異音をかき消すと同時にメンバー達の覚醒も促した。
「……ん? なんだ?」
初めに起きたのは鬼島警部だった。
私は彼女に、皆を起こすように言ってスマートフォンを耳に当てた。
「ファングか? 私だ」
電話の主は、アシュリンだった。
「むう こんな夜更けにいったい何を……」
「神牙さん? 誰からの電話ですか?」
メンバー達が次々と起床する中、私はアシュリンとの会話に集中する。
「む、誰か来たであります」
ドアノブを工作する音に代わって玄関のチャイムが鳴る。その音に反応して、加山巡査が玄関に向かおうとする。
私はそれを制して、代わりにアシュリンに少し待つように言って玄関に向かい、扉を開けた。
「……」
扉の外には、安藤刑事がいた。取り巻きの姿は見えない。
私は彼に、中に入るように言った。
「あ、ああ」
彼は、いささか驚いている様子だったが、言う通りに自宅に入って靴を脱ぎ、迷わずみんながいるリビングに向かう。その後ろを、私が追随しながら再びアシュリンとの会話に入る。
『いいか? 結果として、お前の判断は正しかった』
その言葉を聞いて、私は後ろにねじ込んでいた拳銃――『Ⅿ360J SAKURA』に手をかけた。
「あれ、安藤刑事。こんな時間にどうしたんですか?」
「ああ、ちょっとな」
「おい、なんかこっちから変な音が聞こえねぇか?」
「そうですね。草なんかがこすれるような……」
「な、なにやら、段々音が大きくなっているような気がするであります……」
拳銃を後ろに隠し持ち、ゆっくりと近づく……当然、弾がメンバー達に当たらないような射線上に立つ。
「お前たちに用があってきたんだ」
「はぁ、どのような用でしょう?」
『山本綾香の衣服から、奴のDNAが検出された。間違いない』
「お前たちに消えてもらうためさ」
「あ、安藤刑事、何を――」
鳴り響く銃声――割れる窓ガラスと、そこから溢れ出る無数の人形――我々がいる部屋は、瞬く間にして異界のような場所になった。
「ぐわあぁぁぁっ!!」
「な、なんだ、こいつらっ!?」
「皆さん、気をつけるでありますっ!」
複数の怒号と一つの悲鳴――やがて……我々の眼前には、人形の群れの中で鮮血にまみれた安藤刑事の姿が見えた。彼はそのまま、窓から外の闇夜へ消えゆく人形達と共に姿を消した。
「い、いったい、なにが……」
再び静寂を取り戻した世界で、加山巡査がボソッとつぶやく。
惨劇が起きた現場では、私を含めて五人の人間と割れた窓ガラス、私が放った銃弾に纏わりついていた硝煙、そして……おそらく安藤刑事のものと思われる血痕だけがあった。




