人形の家 ~人形の神社~
事件が起きた村から少し離れた地元の街で、我々は山本綾香の母親から事情聴取をしたわけだが、結論としては事件解決に進展は見られなかった。
しいて言うならば、当時の事件も今回の事件も、担当刑事に安藤が関わっているだろうというくらいだ。それ以上のことを知るには、今警察署で資料請求している鬼島警部達の働きにかかっている。
その間、私と鳴海刑事は横沢が集めていた人形達について捜査することになり、今は事件が起きた村に帰る途中だ。だいぶ日が傾いてきたが、もう少し捜査を続けたいと思う。
ただ、村に戻る傍ら、私は『その者』に連絡をとった。
『なんだ?』
『刑事が邪魔だ』
『地元の刑事か?』
『そうだ。明確に妨害してくることはないが、こちらの捜査を快く思っていない節がある。それだけならば地元警察によくあることだが、捜査の過程でどうもそいつには色々と好ましくない嫌疑がある。できれば、法的に可能な範囲で奴の封じ込めを行ってほしい』
『なるほど。それなら、こちらから手を回そう』
『助かる。捜査の方は引き続き継続する』
私は通信を終えて専用タブレットしまい、そのまま車内で仮眠をとった……これで、しばらくは安藤の動きを封じられるはずだ。
詳しいことは鬼島警部達の働きにかかっているが、どうもあの刑事は胡散臭い。私達の捜査をただ妨害しているというより、そもそも私達の存在そのものを疎ましく思っている感じだ。
まぁ、ただ単に縄張り意識であのような態度をとっているのなら構わないが……一応、警戒しておくに越したことはない。
それから少しばかり静かな空間でうたた寝していると、パトカーがゆっくり止まるのを体で感じた。
ゆっくり目を開けると、村の入り口の風景が見える……いつの間にか、村まで戻っていたようだ。
「神牙さん、付きました」
運転席から聞こえてくる、私を呼び覚ます鳴海刑事の声に促され、私は微睡みの世界から抜け出して覚醒する。
私は早速鳴海刑事に、そのまま川沿いに上流までパトカーで捜索してみようと言った。
「分かりました」
鳴海刑事が返事をすると同時に、私達を乗せたパトカーは発進する。
やがて、今もまだブルーシートの幕が張られた事件現場を通り過ぎ、我々が聞き込みをしていた民家群を抜けて、あまり人の手の入っていない地域にたどり着く。ここまでは、まだ本格的な捜査はしていないはずだ。
アスファルトの道路などは整備されているが、先ほどまで見かけていた自転車や軽トラックなどは見当たらず、ところどころ何かの農機具が収められた小屋が点々と建てられている。
私は鳴海刑事に、この辺りを重点的に捜索したいので、もう少し車の速度を落とすように言った。
「はい」
鳴海刑事がそう返事をして車のスピードが徐々に遅くなると、それなりにゆっくりと車外を観察できる……これで捜査の進展が期待できるかは不明だが、今はこの方法がベストだろう。
そのようなことを考えていると、ふと右側にある林の中に石段が見えた――鳴海刑事にパトカーを止めるように言って、少し通り過ぎてしまった石段まで徒歩で向かう。
「神牙さん、どうしたんですか?」
後ろから声をかけてくる鳴海刑事に対して、この石段がどこに続いているのか気になることを伝えた。
「う~ん……あ、見た感じでは神社のようですね」
石段の先――古びた木製の鳥居を見上げて、鳴海刑事がそう言った。
私は鳴海刑事に、横沢が人形を集めていたのはこの村に伝わる独特の宗教感のせいかもしれないと伝えて、あの神社を捜査することを告げた。
「なるほど……調べてみる価値がありますね」
鳴海刑事が同意をしたので、私達は早速石段を登っていた。
「あっ……」
石段を登り切って、隣の鳴海刑事が声を上げる。
我々が鳥居の先に見た光景……それは、神社の境内を埋め尽くさんばかりの人形の群れだった。
「どうやら、調べてみて正解でしたね」
私は鳴海刑事の言葉に賛成した。そして、神主に事情を説明して話を聞こうと返した。
「ええ、行ってみましょう」
私達は周囲を警戒しつつ、神社の境内へ向かう。
「すいません」
境内に近づいて、鳴海刑事が声を上げる。
「はーい」
やや時間が経って、境内の後ろから声が聞こえる。
それからさらに少し経ってから、境内の裏から神主と思われる壮年の男性が姿を現した。男性は、よく神社の神主が着ている狩衣の姿だった。
「突然すみません、警察の者です」
鳴海刑事が警察手帳を見せながら言った。私も男性に警察手帳を見せる。
「警察……ああ、例の事件ですね」
どうやら神主は感が良いようで、合点がいったとばかりに頷いた。
「ええ。実は、今回の事件の被害者がですね、川で釣りをするたびに人形を持ち帰っていたという証言がありまして。
それで、私達としてはその人形は川の上流から流れついたものなのではないかと思うのですが……どうでしょう?」
境内にある人形達に目を向けながら、鳴海刑事が神主に問いかける。神主からすれば、まるで自分が人形を川に捨てているかのようにも受け取られかねない質問のため、いつにもまして鳴海刑事は慎重な姿勢で質問したが、意外にも神主はコクッと首を縦に振った。
「お察しの通り、おそらく横沢さんが持ち帰られたという人形は当神社で祭っている人形達のことでしょう」
「では、あなたが人形を川に捨てていたのですか? あ、もしくは、横沢さんに人形を渡していた?」
……先ほどまでと打って変わって、鳴海刑事は遠慮なく質問する。普通なら怒るなり、不安になるなり、なんらかの否定的な反応が返ってくるはずだが、神主はにこやかに応対する。さすが、と言えるか。
「いえ、違います。この神社では時々起こるんですよ」
「どういったことがですか?」
鳴海刑事が問いかけると、神主は境内にある人形の群れに目を向けた。
「この神社は、少なくとも明治初期頃に建立されたのですが、その時からすでにこの神社の役割は決まっていたのです」
人形の供養……私がボソッと呟くと、神主は首を縦に振った。
「はい。元来、この神社では異変のある人形をもらい受けて供養または封印する役目を担った神社なのです」
「それは……なんとも特殊な神社ですね」
「ええ、そうですね」
ニコッと笑みを浮かべた神主は、なおも続ける。
「しかしながら、何の因果か時折人形が消えることがあるのです。一体の時もあれば数体の時も……おそらく、横沢さんが拾われたという人形はその時のものでしょう」
「あの、具体的にここの神社にある人形がどういった経緯で持ち込まれたかは分かりますか?」
「ええ、わかりますよ。記録がありますから」
「よかったら、見せてもらえますか」
「もちろん」
そう言って神主は神社の敷地内にある社務所へ向かったので、私達も後をついていく。
神主に続いて社務所に入った我々は、カウンターで仕切られた奥にある事務所へ向かう神主の姿を確認して、そばに置いてあったイスに腰掛ける。
少し経ってから、神主は分厚い書物や黒色のファイルを数冊持ってきた。どうやら、人形の記録は神社が建立されたという明治初期から現在まで綴られているようだ。
「こちらが、当神社が保管している記録です」
「今、拝見してもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ。私は境内の裏で掃除をしておりますので、何かあればお知らせください」
私と鳴海刑事は社務所を去っていく神主にお礼を言って、書物を読み込む作業を始めた。
書物には、人形が持ち込まれた日付とどのようにして人形が持ち込まれたか、そして、その理由が書かれていた。
一番古い記録によると、この神社に最初に持ち込まれた人形は、明治十年九月十日にある地方の資産家が所有していた典型的な日本人形で、その資産家の下女が持ってきたと書かれてある。その理由は、どうやら憑き物とのことだ。
それからずっと記録を調べてみても、内容の差はあれ、どの人形も何かしらの怪異現象によってこの神社に持ち込まれたことが分かる。しかも、人形の備考欄にはその人形が失踪したこととその日付が書かれていた。
そのような人形達が、私達のすぐそばにあると背筋がゾッとする思いだったが、どうにかこらえて書物を読み終えた。
「――どうやら、これで最後のようですね」
私が最後の書物を読み終える頃には、すでに外に見える空は夕闇に包まれていた。
「それで、この後はどうします?…だいぶ時間も経ちましたし、そろそろ鬼島さん達が何かしらの記録を手に入れたと思うんですけど……」
私はひとまず、彼らに連絡を入れて横沢宅の前で落ち合うことを提案した。
鳴海刑事の言う通り、今はあちらが手に入れたであろう記録を見たい。それに、この帳簿に書かれた失踪した人形と、横沢宅にある人形の特徴を照らし合わせれば、横沢宅にある人形達の出所がこの神社であるという、決定的な証拠になる。私はそのことも鳴海刑事に伝えた。
「なるほど……それじゃ、行きましょう」
そして、鳴海刑事と共に社務所を出ると、神主の姿を探す……この時間は何をしているのだろうか? 声をかけてこなかったことから考えて、まだこの神社にいると思うのだが……。
「あ」
そう声を上げる鳴海刑事の視線の先には、神社の境内にある人形達を一つ一つ丁寧に掃除する神主の姿があった。
私達は彼に近づき、帳簿を持って行っても構わないかと訊ねた。
「あとで返してもらえれば、構いませんよ」
掃除をする手を止めてそう答えた神主の姿は、どことなく物悲しそうに見えた。私は神主に、何か考え事でもあるのかと訊ねた。
「あ、いえ……」
最初はそう答える神主だったが、やがて良心の呵責に耐え切れないとばかりに口を開いた。
「あの、警察の方にこのようなことを言うのはどうかと思うのですが……」
「構いませんよ。ぜひ、おっしゃってください」
「はぁ、ありがとうございます」
鳴海刑事の迷いない言葉を聞いて、神主は深呼吸して続けた。
「その……私は、横沢さんを殺めたのはかつてここにあった人形達なのではないかと思うんです」
「何か思い当たることでもあるんですか?」
「いえ、何も……ただ、この神社に持ち込まれる人形達の中には、人に危害を加えたという理由で持ち込まれたものもありますので……その人形が姿をくらませて自分を拾った横沢さんを殺めたとしたら、私はこの神社の神主として本当に申し訳なくて……」
嗚咽混じりにそう話す神主に対して、私は気にする事はないとだけ伝えた。
「え?」
確かに、彼の言うように人形が犯人だとすれば供養が足りなかったとも言えるが、それはこの神社にある人形に関してだけだ。
だが私は、仮に人形が犯人だとすれば、その人形は横沢宅にある人形であると考える。さもなければ、この神社である神主もとっくに亡くなっていただろう。
ゆえに、神主が気に病む必要はない……それを、私は彼に伝えた。
「……ありがとうございます」
そう言った彼の顔は、どことなく憑き物が落ちたようにスッキリとしていた。
「警察の方なのにこんな話をまじめに聞いてくださって……あの、もしこちらで何かわかりましたら、ご連絡いたします」
私は、その言葉に加山巡査の携帯番号を伝えてよろしく頼みますとだけ伝えた。
「――事件、解決したいですね」
神社を離れて石段を下っている時に、鳴海刑事がそう言った。私はその言葉に、迷うことなく肯定の返事をした。
どの事件も、絶対に解決したいことに変わりないが……あのような人から言葉をかけられれば、俄然やる気になるのが人間というものだ。もっとも、私が人間かどうかは怪しいところだが……。
私達は再びパトカーに乗り込み、横沢宅へ向かう。
横沢宅へ向かう間、いつも使っているスマートフォンを取り出して鬼島警部に連絡を取った。
『どうした?』
着信音が鳴って少し経つと、鬼島警部の声が聞こえてきた。
私は彼女に、こちらの用事が済んだことと、今から横沢宅へ向かうように指示した。
『お、奇遇だな。アタシ達も、今用事をすませたところだ。分かった、横沢の家だな』
そう言って、電話は切られた。
「鬼島さん達、うまく記録を持ち出せましたか?」
私は鳴海刑事のその質問に、着いてからのお楽しみとだけ答えて、再び仮眠をとった。
※
――先に横沢宅に着いた私達がしばらく待っていると、村の出入り口の方から車のヘッドライトの明かりが見える。
すでに時刻は夜となり、街灯も少ないこの地域ではヘッドライトの明かりはまるで大海原を漂う船の明かりのような頼もしさを感じる……理解してくれる人はいるだろうか?
明かりは徐々に私達の方に近づいてきて、やがて私達の目の前で動きを止めた。
「よっ!」
ヘッドライトの主である車から出てきた鬼島警部は、田中〇栄ばりのポーズでそう言った。
私は彼女に、何か収穫はあったか訊ねた。
「ああ、バッチリだぜっ!」
「先輩っ! 聞いてほしいでありますっ!」
「一大事あります、押忍っ!」
鬼島警部に続いて車から降りてきた大倉刑事と加山巡査は、興奮した様子で私達に近づいてくるが、私はその声を制してミリタリー規格のショルダーバッグから神社の社務所にあった帳簿を取り出して見せた。
「なんだ、そりゃ?」
私は鬼島警部達に、この帳簿は川の上流にあった神社で手に入れたこと、今からこの帳簿に書かれている行方不明になった人形とこの家にある人形の特徴を一つ一つ照らし合わせていくことを伝えた。
「い、今から、これだけの数を、で、ありますか?」
ぎこちなく答える加山巡査を見て、なんとなく横沢宅に目を向けるが……確かに、この時間からこれだけの数の人形を調べていくとなれば、徹夜は覚悟しなければなるまい。
ということで、私は皆に帳簿の中から比較的新しく失踪した人形を見つけ出してほしいことと、残りは明日に捜査することを伝えた。
「そうだな。一番新しく無くなった人形が見つかれば、それ以前の人形もこの中にあるってわけだし」
「で、ありますな……」
そして、私達は横沢宅の家宅捜索を実行する。人手不足のためか、横沢宅には規制線となる黄色のテープが玄関の引き戸に対して真一文字に貼られているだけで、見張りの警察官はいない。
我々はテープを破って各々(おのおの)が帳簿を片手に捜索を開始する。
「――見つけたであります」
「これで全部か?」
捜索対象を絞った甲斐あってか、幸いにして人形達はすぐに発見できた。これで、少なくともこの帳簿に書かれている最新の失踪した人形は、横沢が持ち帰ってこの家に保管したという証拠となった。
それにしても……この家は本当に気味が悪い。
神社で神主にも言ったが、もしこの家にある人形のうちのどれか……いや、あるいは、この人形達すべてが横沢の殺害に関与していたとしたら……そのような考えがよぎると、途端に寒気がする。
私と似たようなものを感じているのか、鬼島警部はキョロキョロと周囲の人形に視線を向けながら私に話しかけてきた。
「なぁ、神牙。もう帰ろうぜ。なんだか気味が悪くなってきやがった」
私はその言葉を快諾し、皆に今日の捜査を終えることを宣言した。
「押忍、それでは車を――誰だっ!?」
突然、玄関に向かって加山巡査が咆哮する。
「あ……」
その声に反応して、私と大倉刑事が玄関に走って向かい扉を開けると、そこには安藤刑事の姿があった。
「お~、これはこれは……どうかしたんすか?」
鬼島警部はこれ見よがしに挑発的な態度で安藤刑事に接するが、彼は我々がここにいることにかなり驚いているようで、額に汗を浮かべて口を半開きにさせるだけで鬼島警部の言葉に答えようとしない。
「あの……安藤刑事?」
「っ!? あ、あぁ、すまん。この家から明かりが漏れてたから、規制線を張っておいたはずなのになんでかと思ってな……」
そう言ったきり、彼は踵を返して自分が乗ってきたであろう車に乗り込もうとするが、私は彼に、部下達はどうしているのかと訊ねた。
「っ!? いや、別に……今日はもう遅いから、解散させたところだ。俺も、今家に帰ろうとしてたところでな」
……私は彼の返答に礼を述べた。
「……ふんっ!」
彼は、あからさまに不機嫌な様子で車に乗り込み、そのまま走り去ってしまう。
「神牙」
そう呼ばれて振り向くと、鬼島警部が珍しく真剣な表情をしている。
「すっかり忘れてたが、アイツの事で知らせたいことがある。いいか?」
私はその言葉を快諾し、加山巡査に駐在所まで案内するように言った。
「えっ!?」
まるで、そのような事態など想定していなかったかのような加山巡査の声が、人形達の中でこだました。




